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戦争編〜第四章〜
第180話 嫌いなものと好きなもの
しおりを挟む地下階段の前。
幹部の戦闘だ、ということで周辺にいた一般兵士や非戦闘員は蜘蛛の子を散らすように避難していく。
その事に気付いたグレンはずっと冷や汗だ。
リィン曰く、『シンミアは幹部の中で最弱』
何人かの幹部を、それこそその幹部とコンビを組んでいたリィンの判断だから間違いはないのだろう。グルージャという若い幹部相手に勝利を納めたのだから。
まぁ、それは、それとして。
「(俺より強いことは確実なんだよな~……)」
この一言である。
任せてくれ、と言うような啖呵を切ったはいいが、勝てる見込みはない。
グレンは魔法に魅力を感じている。
自分の魔力量が少ないと知っていても、それを補えるようにほぼ独学で何とかしてきた。
掛ける時間は魔法ばかりだった。
運動不足? おっしゃる通りで。
リックを追い回すだけで息も絶え絶えなグレンにとって、魔法の使えない国は中々にキツイ。
そんな典型的な魔法職のグレンが、いくら年下&最弱とは言えど武力国家のトップクラスの幹部に勝てるだろうか。
──答えは否だ。
「……リィンの言葉通り、粘るしか方法は無い、か」
一応武器であるメイスを構えたままグレンはシンミアを視た。
対するシンミアはグレンを視て眉間に皺を寄せていた。
死霊使い。
それはシンミアの嫌う言葉だった。
「なんでお前がそんなことを……」
「俺も死霊使いだ。生まれはシルクロ国の狭間の塔。死霊使いの言葉に反応できるから野良ってことは無いだろ」
「──お前なんかと一緒にするな!!!!」
反射的に言葉が荒くなる。
「俺は死霊使いなんて小汚いもんじゃない! 魔法を使う様なお前らと一緒に、するなっ!」
感傷的なままに振るった鞭はしなり、棘のついた先端はツボを易々と砕いた。
グレンは避けることが出来なかった。しなる鞭の速度は肉眼で追うことで精一杯だ。
「……っ! ……いいや。同じだ。俺たちは同じだ。人の魂を見ることが出来て、鐘の音を聞きながら生まれた。俺たちは同族だ。同じ、人間だ」
「うるさい黙れ! お前は人間じゃない!」
グレンはその気迫に押されそうになるが、後退しかけた足を踏ん張って留まる。
「気持ち悪い! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! こんな世界、めちゃくちゃ気持ち悪い! 何が魔法、何が死霊使い、何が天使! 何より気持ち悪いのが嬉々として魔法を使うお前らだ!」
シンミアは叫んだ。
「俺はお前らなんかと違う!」
シンミアの視界には、グレンの姿があった。駄々を捏ねる弟を困ったように眺めているような表情。腹が立った。
「なんでそんなに魔法を嫌うんだ……」
シンミアは幼い頃を思い返した。
彼がまだ10にも満たない幼い頃。
シルクロ国の枢密院で死霊使い達は育てられていた。魂を見ることが出来る、世界の監視役。天使様から与えられた使命。
他の人間とは違う特別な存在。
特別な存在だからこそ、彼らは外界を知らずに育てられていた。機密が理解出来る存在になるまで。
シンミアは幼い頃から魔法が好きではなかった。自分が上手く使えない、というのもあったし、嫌悪感が拭いきれなかった。そして嫌な気持ちにさせてくれる根本には全て魔法が繋がっていた。
死霊使い使いが好きでは無かった。人を暴くのも嫌いだった。何よりどれだけ自分を隠しても偽っても、すぐにバレてしまう環境が、嫌いだった。
いつもと同じ日常。
ただその日、彼をいつもと違う日に変えたの事務室での話を聞いてしまったからだ。
「──愚国がついにやったらしいわよ」
「えぇ!?」
女の声。シンミアは思わず口を手で抑えた。なんだか自分がここにいるという事がバレてはいけない気がして。
「世界法を無視して、国王が人の体に魔石があるってことを国民に暴露したみたいなの」
「そんな……パニック必須じゃない……。ど、どうなったって?」
人の体に魔石がある?
意味が分からず首を傾げるが、その後耳に入り込んだ言葉にシンミアは動転することになる。
「滅んだわよ、その国」
ヒュ、と息がつまった。
人の体に魔石があることを知ったら、国が滅ぶ。
幼いながらもそれは理解出来た。
「馬鹿でいれば楽なのに……。鎮魂の鐘を敵に回すんだもの」
「そうよね」
「国中はパニックになるし、もう大変だったみたい。ほら、東側にちょっとした島国があるでしょ。魔法排出国。あそこの監視もこれから厳しくなるって。エリート達が支部移動したって言ってたわ。全く、愚国は所詮愚国よね。素直に戦争で負けていれば苦しむことなく滅べたと思」
「ちょっと、こんな場所でそんな話しないでくれる? あくまでも孤児院の事務よ」
「り、リーダー! ごめんなさい!」
なに、それ。
シンミアは喉の奥が震えた。
「子供達の耳に入らない場所で話しなさい。我々は天使様から直々に監視を承っているのよ?」
──気持ち悪い。
よく理解は出来ないけど、この場所は世界に隠し事をする為にあるのだと理解した。
聞き慣れた鐘の音が体に響き渡る。
ここから出よう。そして世界を知ろう。
鎮魂の鐘が一体、人から何を隠しているのか。
彼は大人の手も借りず、一人で逃げ出した。
大陸の中心にある国から、ずっと歩いて、歩いて、海を渡って。自分がそこらの女の子よりも可愛い顔をしているのは自覚していた。女の子のフリをすれば簡単に親切にしてくれる。
何より可愛い格好の方が似合っている。
シンミアは自分を偽りながら、それが偽りで無くなるほど利用した。
魔法は相変わらず気持ち悪かった。
魔法があるから、世界はこんなにも狂っている。
10歳。そしてようやく──
「俺はここが故郷だ!」
ティザー・シンミアは叫んだ。
「この国を、王様を、魔法なんかに汚させやしない! お前ら愚族の魔法なんかに……! 負けてたまるか!」
魔法のない国を守る為に、自分の存在を守る為に、彼は鞭を振るった。
魔法のない世界は綺麗だった。
魔法の気配が無いそこは、とても息がしやすかった。
綺麗なものが好き。
美しいものが好き。
好きなものを守りたい。
「馬鹿野郎……!」
グレンは歯を噛み締め、式神を握り魔法を放った。
死霊使いに、自分の魂は見えない。
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