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戦争編〜第二章〜

第149話 嘘吐きの間違えた世界

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「リックッ!」
「ゲボ、ゲホッ……。来て、くれると思ってた」

 中庭たどり着いた瞬間に死にそうなの本当に勘弁して欲しい。

「──リィン!」

 そういうプレッシャーのかけ方も良くないと思う。



 私がべナードから逃げ出した後、隠れることもせずにすぐさま外へ出て廊下を走るとグレンさんと合流した。音の正体がグレンさんじゃないってことは分かったけどこちとら身バレしたんだ。逃げる為にも中庭へ向かうと、そこには首吊り真っ最中のリックさんが居たから本気でパニックに陥ったよね。
 なんでいるの、と。なんてことしてんの、っていう反応で。

 リックさんの使っていた剣が落ちていたのでそれを拾い上げて慌てて切ったってわけだ。

 しっかしリックさんの剣、双剣にしては重たいな。
 普通のショートソードと同じような重みなんだけど。


「所でリィン、助けてくれって何!?」
「あれ」
「──待たないかてめぇコラ!!!!!!」

 曲がり角から追いかけてきたのはべナードだった。
 正直かなりのピンチです。

「鹿さん」
「あぁ、鶴……。というかここはコードじゃなくても構わないが」
「それもそうですが」

 息を整えたべナードがグルージャの隣に立つ。
 うっっっっっわぁ。

 端的に言ってピンチ以外の何物でもない。
 この場でグルージャ、もしくはどちらかを殺さないとコーシカも強制敵対ルート。殺せたとしても生き残ったもう1人が隙なくやってくるってやつ。

「リックさん」
「はい!」

 私はグレンさんに介抱されているリックさんに指示を出した。

「剣1本で、3人守るして」

 地面に転がっていた剣をリックさんに向かって後ろ蹴りする。綺麗にすっ飛んで行った。

「出来るね?」

 私はリックさんの剣1本借りる。何も武器は持ち合わせてないんだ。うん、仕方ないよね。
 柄を握りしめる。前を向いたまま。

「──それが俺の主人公の頼みなら」

 背中から力強い言葉が聞こえた。
 ……私は、守り方を知らないから。


「初めまして、自分はブレイブ・パスト・グルージャ子爵と申します。貴女達がグレン、そしてリィンちゃんですね」
「誰がちゃんださんをつけろよビジュアルモブ野郎」
「んッ。……ゴホン、笑ってませんよ」

 べナードがニッコリ笑顔で誤魔化した。
 こいつ、絶対嘘つく時とか内心悟らせたくない時敬語になる癖あるよね。カジノオーナー自体ウソの塊だったんだから。ちなみにウソとクソって似てるよね、クソ野郎!

 どこかから投げられた剣をグルージャは受け取る。ここはグルージャのホーム。武器を壊してもいくらでも補充されてしまう。

「はぁ、まぁいいですよ。幹部っぽくないのは自分が1番分かっていますから。……所でリィンちゃん、貴女はFランク冒険者だと聞いています。いくら国が違えども貴族に敵対するという事を理解出来ていますか?」
「私、別に貴族の指示は受けるしていませぬが、子爵貴族の後ろ盾は所有済み故に」
「……これが噂の言語能力ですか」
「翻訳いるか、グルージャ」
「い、いいえ、身内で鍛えてますから読み解けました」

 まるで私の言語が悪いみたいな言い方をするな。

「というか何故貴族の後ろ盾を得ているんでしょうか。たかがFランクが……」
「──シュランゲの身柄と交換すた」
「…………。」
「…………。」

 ほら、ツッコミ入れてこいよ。
 こちとら純粋に元の身分使わずにシュランゲっていう裏切り者を見つけ出したことで貴族の後ろ盾手に入れたんだぞ? ほら、話題を広げてこいよ。ルナールと元グルージャと一緒にシュランゲを陥れた(誇張)から手に入れた後ろ盾だって説明してやるから。

「時にリィン様は冒険者大会で準優勝を果たすほどの実力者!」

 チッ、誤魔化しやがった。

「しかしながらリィン様、貴女は魔法職。この国では魔法は使えませんよ」

 地団駄踏みたくなるくらいには知ってるよ馬鹿。
 しかしこれ、本当にどうしようかな。

「知ってますよ」

 私は片手剣を構えた。

「べナードさん。自分がやりますよ」
「……いや、相手は魔法職だ。いくら接近戦ができなくても、予想付かない・・・・・・ものだ」

 私はトン、と地面を蹴った。

「──正解」

 懐に潜り込む。
 グルージャが即座に反応して剣を飛ばすが私は縄の部分に剣を添えていなした。

 知っていたけど鞭みたいな動きするの厄介だな。

 肉薄。
 グルージャが一歩後ろに飛び下がる。私はそれを追った。狙うは脳天。斬り上げる!

 しかしガキッとぶつかる衝撃。私の剣にはべナードが隠し持っていたであろうソードブレイカーにぶつかった。

「壊れ……!」

 ろ、だろう。ソードブレイカーは歯の部分に凹みがいくつもあり、そこに剣がハマるとてこの原理で簡単に折れてしまう。
 だから私はその動きに逆らうことなく、柄を持つ手の向きを変えた。

 スカートの内側にベルトを付けてホルスターの中に仕込んだ銃を左手で構える。

「げ」
「残念です、った!」

 べナードが表情を崩した。
 ただしグルージャの縄がしなり背後に伸びた剣が私の方向へ飛んでくる。
 鉄を仕込んだブーツで回し蹴り。


 これ以上はきついな。
 互いに距離を離した。


「──誰が、接近戦出来ぬと言うした?」

 銃をカナエさんの方向に投げる。
 これは彼女の護身用の武器。六発入れてあるけど予備はない。さっきはハッタリで取り出しただけで使うつもりなど何も無かったのだ。

「これは……想像以上…」
「……速いですね」

 警戒心をグンと高められた。
 こちとら! こちとらなぁ! 小さな頃からパパ上達のスパルタ教育で仕込まれてんだよ! 魔法だけで済むと思うなよ、双子の姉なんて魔法はちょっと苦手だから肉体で何とかする脳筋なんだぞ!? あいつ髪色は金じゃないけど脳みそがの金なんだよ! 魔法だけ楽しく使ってりゃいいなんて時代は冒険者生活初めてからだわ!!!!!!!!!!!

 あ、思い出の胃痛と共に涙も出てきた。よよ落涙。

「身体強化魔法でも使ってます?」
「使えると思うです?」

 べナードの疑問に逆に聞いた。なんで使えないんだよ本当に。あ、魔法のことだよ。身体強化とか体に乗算する系の魔法は元々使えた試しがない。

「……べナードさん、ありがとうございます。それとすいません。自分本気でやります」
「まぁ、合わせた事は無いからな」

 驚くことにべナードが距離を離した。
 要するにグルージャが私とタイタン。そしてべナードは見学と言ったところ。

 ……チッ、判断能力が速い。

 例え個々が強くてもコンビネーションがダメであれば100パーセントの力を出し切れない。つなぎ目に綻びが生まれるし、人数が多いからと油断もしやすい。
 2人まとめて相手をしたのはそこを突くつもりだったのだ。でなきゃ、間違いなく私より実力が上だと確定しているべナード相手になんて出来ない。

 べナード、強いよ。戦えなかった時期があるからブランクはあるけれど、それを差し置いても私より強いよ。

「その剣筋、面白いですね」
「そう?」

 グリーン領のダクアで、前に獣人に言われた。『前衛職の筋肉の付き方だ』って。
 うん、その通りだ。
 私は前衛もこなせる。魔法に比べたら完成度は低いけれど。

 私の剣は、パパ上直伝。
 片手剣を使って戦う方法……──だけでは無い。

 時に目潰し、時に投げナイフ。ありとあらゆる卑怯な手を使い、物理を鍛えた。だって下手に手を抜いたら完全に死んでた。パパ上容赦無さすぎる。私に恨みでもあるんか? もしかしてママ上が亡くなったから恨んでるの?
 だからこう、正当な流派ってものはない。独学に近いね。だって死にものぐるいだったんだもん。……あれ、おかしいな胃痛が。

「なぁ!」

 リックさんが叫んだ。

「なんで、子供を殺したんだ」

 ……子供?
 聞こえてきた単語に覚えがなくてグルージャの挙動を見ながら聞き耳を立てた。

 すると仕方がないと言わんばかりにグルージャが小さく息を吐いた。

「あの子供はね、苦しんでいたでしょう」

 話が読めない。
 恐らく私が辿り着く前に行われたやり取りの続きなのだろう。

「自分は幹部としては新米で下っ端に過ぎませんが、それでも貴族です。この都市の政治は自分の担当……」

 グルージャはカチン、と剣を柄に嵌めた。縄を出すのはやめたらしい。

「叔父が存命ですので、当主の座を譲ることも出来た。前任が生きていますので、別に幹部にならなくても良かった。ですが……──自分は貴族になった。幹部になった。それは、自分がこの手で、たくさんの人を救いたいと、思ったからなのです」

 油断はしていないようだけど、グルージャは自分の手のひらを見つめて握りしめた。
 剣をグルンと振り回して彼は構え直す。

「ならなんで!」



 そしてグルージャは笑った。


「──だから殺しました。苦しみ悩むのなら一思いに死んだ方がいいでしょう」

 その笑みは、純粋な笑顔だけど、狂気を孕んでいた。

「…………お前やっぱり」

 視界の端にコロンと頭が転がっていた。
 私は今にも飛び出しそうなリックさんの代わりに駆け出した。

「クライシスの弟ぞっ!」

 右、左。
 足さばきはなるべく多く取って打ち合いに持っていく。余計なことをさせないように。
 出来れば攻撃をこちらから頻繁に仕掛けたいけれど、私は攻撃をいなした後にカウンターを入れる方が得意(入れれるとは言わない)なのでどうしても防戦寄りになってしまった。

「リィンちゃんは、兄をっ、ご存知なのですか」
「えぇ! ライバルパーティーの、っ! メンバーぞ! 一時期共に、旅ぞした!」

 グルージャの眉が歪んだ。

「あの人猫かぶれるんですね」
「冗談っっ! あいつ自傷ぞすて魔物おびき寄せるしますたけど!? 認知症のジジイより厄介!」

 心からの叫びを剣に込めてぶつける。
 よく分かった、剣技は対等。年齢と剣術の経験はグルージャの方が上だけど、私は師のレベルがグルージャより上。
 だからか分からないけど、5年か6年の差は対等だった。

 やはり経験は強いもので、私が何かを仕掛けようとする度に避けていく。

 魔法、使いたいな……!

「兄は、お元気でしたかっ?」
「素直にくたばるしてほしき!」
「同感です!」

 今、心が通じあった。
 まぁ私はその通じた心をちょん切るんだけど。

「あのどぐされリボン単独王道キチガイ野郎が、何の目的であのパーティーに存在するのか不明ですが、間違いなく言うが可能の事があります」

 ギィンッ。
 耳を劈くような刃と刃のぶつかる音。手に振動が伝わってくる。

 剣技は対等と言ったけど、実は体力面は私の方が劣る。短時間で殺せなきゃ、負ける。

「……アイツは、慈悲深き」

 お腹がすいているから餌はここだよと血を振りまいてプチスタンピードを発生させた。

 もうね、脳みその思考回路どうなってるのか頭蓋骨を今すぐシャンデリアでかち割って覗いてみたい。

 まぁとにかく、あの男は行動理念の根本に『愉快』があるだろうけど、その隙間に『慈悲』とから『慈愛』とかがあるように見えた。

 兄弟そっくりだよ。笑い方も、考え方も。

「……。純粋にムカつきますね」


 いくつかフェイント混じりの攻撃が飛んでくる。体の動きを最小限にして、少しでも動ける時間を長くする。

 大きく吸う。その間に攻撃する。息切れしない内に早く何とかしないと、休む間もなくこちらの動きを観察しているペナードが吹っ飛んできてしまう……!

「そもそも! なぜ、グルージャ戦争するですか! ……っ、誰かを救うしたきと願うなれば、戦争とは真逆の結論ぞ出るでしょう」

 謎だったこと。救いたくて殺した。
 ならクアドラードとはどうして戦うんだ。それこそ悲しみを生み出す行為だと分からないのだろうか。クアドラードはトリアングロに慈悲をかけられる程弱い国ではない。

「…………可哀想に」

 攻撃が止んだ。
 肩で息をしながら剣を構えたままグルージャを睨む。

 この、私が、同情された?

「自分は先程苦しむ人を救いたいと言いましたよね。クアドラード王国こそ、苦しみを背負っているじゃありませんか」

 ちらりとべナードを見ると真剣な顔で口を固く結んでいた。あながちグルージャの意見が冗談ではなさそうな顔だ。

「どういうことぞ……?」
「やめて! グルージャ君やめて!」

 私の疑問符を打ち消すようにカナエさんが叫んだ。

「魔法を使うことに葛藤しながら、沢山の矛盾を抱えながら、魔法を使い続ける彼らを、救いが必要と思わずになんと思うんですか」

 魔法を使う、葛藤?
 意味がよく分からない。

「仕方ない。教えてやろう」

 いつでも飛びかかれるように構えて、止めようとしているカナエさんには悪いけど私は言い分を聞くことにした。一体、私の知らない何を抱えているんだ。

 私を見ながら、べナードが言った。魔法の国に潜入していたべナードが。



「──人間の体には、魔石が存在する」

 ………………は?
 予想もしなかった発言に理解が出来ずに無様な隙を見せた。しかしべナードもグルージャもその隙を使って攻撃してくることは無かった。

「魔族差別を知っているか? クアドラードの人間は、魔族が無限に魔法を使えるせいで『まるで魔物の様だ』と差別をする。己の体に存在する魔石が、人間こそが魔物なのだとも知らずに」


 私の頭の中で冒険の記憶が蘇ってくる。



『魔物と獣の違うは何ですか?』
『魔石の有無』
『単純』
『それ以外説明のしようが無いだろ……』

 言葉を探しながら答えたライアーを眺めながら、そういうものなのだと知った。

 スライムの水魔石を経由して使ったウォーターボールは、いつもより何倍も魔法が使いやすくて綺麗だった。

『ちなみに無色透明の魔石はハズレだからな』
『なんにも使えないからハズレ。冒険者の中ではクズ魔石って言われてる。回収したら一応銅貨1枚でギルドが買い取ってくれるぜ』

『空間魔法ってさー。覚えるのめっちゃ大変で。大体、元々エルフが使う魔法なのに人間が使おうとした段階でやべーよな』

『……。頭も回って、そして空間魔法も使えてしまう。そんな貴女相手に誤魔化しは効かないので正直に言いますと──あの魔石は危険なので使ってはならない』

 クズ魔石は空間魔法を補助出来る魔石だった。
 そしてリリーフィアさんは魔石を使うなと忠告した。

『リペア』

 人間の魔力を回復させることができるエルフ。
 そしてそのエルフは、普段は魔力が切れた魔導具の魔石を修理していた。

『禁忌魔法〝リミットクラッシュ〟』

 ピシッと何かが壊れる音がする。

『これ、出来れば二度としないでください。寿命削るだけですよ。さっきまでのリィンさんの状態は……。そうですね、例えるならヒビの入ったすっからかんの魔石みたいなものです』

『はーーー。間に合ってよかった。単刀直入に言うが、王都にいる間は魔物を狩らない方がいい』
『王都には『魔神崇拝ラスール』って組織があるんだ』

 そのラスールは貴族が多く、そして魔物を神の使徒だと考えている宗教団体だった。

『魔石には2種類あってね。1つは魔石に作動命令の術式を組み込んで……、まぁ簡単に言うと加工した魔導具用の魔石』
『それでもう1つの魔石は魔物っていう物から採れ……』

 国境基地では魔物から採れる魔法のことを生きた魔石と呼ぶことを知った。


 人間は限度ありで回復式の魔力。
 エルフは限度曖昧な精霊の魔力。
 魔族は限度なしで吸収式の魔力。

『魔族は人間を魅了する。魔族は無限の魔力を持った脅威だ。──これが、魔族差別の根源って訳』

 体内に魔力があるからこそ、他から吸収する魔族の特性に意識を奪われる。



 ──なら『クズ魔石』と呼ばれる使えないハズレの魔石は、どんな種族から採れて何のためにあるんだろう。

「合点が、いく」

 冒険してなかったら見えてこなかった。
 隠され続けた事実。

 冒険者ギルドが魔石を回収するのも、鎮魂の鐘が死体を回収するのも。全てバレたくなかったんだ。人に、魔石があるという真実を。


「人間と魔物の違いを、貴女は説明出来ますか?」

 人と機械の違いを『無駄があること』と答えを出したべナードが、答えられない質問を出した。

「…………お待ちに、なって」

 エリィが震えた声で呟く。

「じゃあ、私が、私が神使教で壊した透明の魔石って……」
「クズ魔石、人の魔石でしょうね。人を燃やして魔石を回収するのが鎮魂の鐘というものですから」

 なんてことない顔して正解を出す。

「そんな……。そんなのって」
「嘘だろ……」

 弱々しいエリィの声と、鎮魂の鐘の枢密院出身のグレンさんの微かな呻き声。


「……一体クアドラードの人間はどの口で種族差別をするんだか」

 魔族を魔物と差別して、魔石を持った人間が、魔石の存在証明として魔法を使う。
 確かにどの口が、と言いたくなる真実だ。

「魔法職、Fランク冒険者リィン。それでもお前はまだ、魔法を使うのか?」

 べナードが私に問いかけた。

「ね、可哀想でしょう。魔石があるということを隠しながらも魔法を使うクアドラード王国が。便利なものを手放せずに、悩み苦しむあの国が」

 グルージャが同意を求めた。


「──なるほど、これが貴族当主のみ知る世界法ですか」

 兵士全員を士爵にするトリアングロ王国の軍事力の根本を覗いた気がした。
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