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戦争編〜第二章〜

第148話 月が沈んで陽は昇る

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 人の目があるためふらつきながら足を進め、グレンさんと合流しようと屋敷を歩いていたらべナードと会いました。これ、なんて災厄?

 べナードはカジノの時とは打って変わって吹き飛ばして、ホームラン取れるくらいにはトリアングロの幹部だった。胡散臭いという先入観があるから疑惑の目で見てしまうけど、ピシッとカチッと軍服を着こなしている。
 クアドラード城で見た時の格好のままだ。

 なんで顔バレしてる幹部なんだよぉ。う、めまいといつうが。

「大丈夫か?」

 思わず立ちくらみをしてしまった所でべナードが私の体をがしりと抱えた。ひぃ! 密着すな! 目を覗くな!
 青眼が今までの私と違う事は分かっているけど、青眼が情報共有されている可能性が考えられます。というかその可能性しかありません。

 だからクラつく視界を塞ぐように手でしゃなりと目元を隠した。

「目眩、立ちくらみだな? っと、熱もあるのか」

 首筋を触られてゾワっとした。おでこでもなく急所触るのやめてくれ反射してしまうから。

「休ませよう、私の泊まっている部屋が近い」

 やめろ(迫真)!!!!!!
 いや本当に勘弁してください。お前が味方に優しいのは分かったからやめて。

「私、部屋゛」
「気にするな」

 ふわりと体が浮いた。体は平行に、そして首や肩、足の関節や太ももの方に手が添えられている。

 はっはーん、これはプリンセスホールドと言うやつでは?
 金髪青眼プリンセスだけに? アッハッハッハッハッ。

 ……微塵も笑えないんだが。

「軽いな」
「ぴぇ……」

 歩く振動が体に伝わってくる。
 トントンとリズム良く背中が叩かれる。ふぇぇ、眠りに誘おうとしてくるよぉ。

 まあどうにもならないのでとりあえず現状どうするか考える。

 私のポイズンクッキングで失神者が出れば屋敷は一時的にパニックにもなるだろう。原因が食事だとわかっていても今日は何も特別なことは無かった。下っ端が風邪を引いていたけれど、野菜を切るくらいしか作業はしなかった。事件は迷宮入り間違いなしだ。私の腕も迷宮入りしている。ちょっとよくわかんない。

 なんでだろうな。手際はいいし出来栄えもいいのにパパ上ですら気絶させた私の料理。別に死に至るとかは今まで経験してきた中で確信はしているんだけど。あ、後遺症は無理矢理起こさせたことがあるよ。私を探りに来た王宮からの鼠ちゃんとか。拷問終わって情報も絞りだせたし、都合悪かったから記憶を消したんだよね、料理エンドレスで。気絶から起こして一口食わせて、気絶から起こして一口食わせて。そりゃ忘れるわ。

「全く、自己管理がなっていない。体調を崩したのならしっかり休みなさい」

 自己管理が胡散臭さ一直線だったてめぇに言われたかねぇ。
 いやこいつそれでも最後まで潜入やり切った人間だから言えるっちゃ言えるんだけどなぁ~! 本当になんでルナールやべナードが成功してシュランゲが失敗したんだろう。
 運ですか。そうですか。

「ほら、おやすみなさい。少しでも体調が良くなったら自室でしっかり休む様に」

 目を閉じているから分からないけどふわりと上等な品質のベッドに下ろされ、布団も掛けられた。
 恐らく宣言通りべナードが泊まっている部屋なのだろう。

「ん? 寝られないのか……?」

 お前がいるからな!!!!

「あの、べナードサマ……おかまう」

 あぁぁあこういう時乗り切れない不思議語が本当に邪魔! えぇ、風邪を演出したのは口が回らなくても大丈夫な様にです! 可能な限り単語で話す! なのに! こういう! 場面には! 役に立たないんだよ馬鹿野郎!

 なんで私は前世の言語記憶があってしまったのか。

「よし、子守唄でも歌ってやろう」
「ぶん殴るぞ貴様」
「……? 今何か言っ」
「ブシュンッ! キシュン! ゴホゴホ」

 幹部殺すの別にこいつでもいいんだよね、猫たん。
 今すぐポイズン(命)ブレイクしたい。

「~♪ ~~♬」

 はーーーーころしてぇなーーーー!

「──眠れ、愛しい子、強くあれ、けれど今だけは穏やかに」

 トリアングロの子守唄だろう。聞いたことが無い歌だ。
 まぁ私幼い頃から前世の記憶もあったせいで夜泣きとかもなく、子守唄なんて経験これが初めてなんだけどね! 泣いてない。泣いてないよ。

 こうなれば、グレンさんの式を使って魔法を使おうかしら。

 ……。

「べナードサマ」
「どうしたんだ?」
「なぜ、貴方は……戦争……する…ですか」

 よし、怪しい文法は多分無かったはず。
 息を切らしながら喋れば、私の言語で1番弱い接続詞を喋らなくて済む。

 うっすら目を開けると、べナードは目を見開いていた。

「……何故、と言いましても。──それが無駄だと知っているからですよ」

 無駄だと知っている、から?
 意味が分からなくて思わず上半身を起き上がらせた。

「世の中に、どれほど無駄なものがあるか分かりますか? 酒、タバコ、ギャンブル、女遊び? 私は、そんな、無意味なものを心底、望んでいる」
「……?」
「この国でも、向こうの国でも、あまり知られてはいませんが。この世界のどこかには人と機械が共存する国があるそうですよ」

 人と機械が共存?

「機械は、合理的だ。そう命じられるまま動いて、規則やルールに縛られて、規律、規則、個性はなく全て同じような動きをする」

 それはロボットということだろうか。ロボットは確かに便利だ。正確性も人間と桁違いでプログラムを間違えなければ何においても信頼出来る。

「私はね、人の見た目に近い機械を見たことがあります。型落ち品だとは言っていましたけどね」

 べナードはゆっくりこちらを見た。

「人と機械、その違いは──無駄です」
「無駄……?」
「人は無意味なものを大事にする。思い出も、欲望も、何事に関しても。だから私はトリアングロで、貴方達クアドラードと敵対するなんて無駄で無意味なものを楽しんでいるんです」

 私は即座にベッドから離れて距離を取ろうとしたけど、相手はきっっちり扉側を塞いでいた。

 チッ。
 舌打ちをすればべナードはうっっっさんくっさい笑みを浮かべて礼をした。

「お久しぶりですね、リィン様! いやぁ! ……本当にこの任務嫌でたまらなかったのに私の前に現れてしまうんですから」
「失敬ですぞね!?」

 私に関係する依頼……恐らく追っ手を見つけ出せみたいな、コーシカと同じような任務を受けていたのだろう。まんまと私は目の前に現れた、と。

「……わざわざ幹部に寄って来ることは無いと踏んでグルージャ邸へ来たというのに何故現れるんだよ本当に」
「んぐ」

 コーシカがいなければ確かにノータッチだったよ幹部屋敷なんて。

「ま、しかし仕事は仕事。大人しくすれば無傷で」
「どりゃ!」

 手短なところにあった花瓶を取ってぶん投げる。話の途中だろうと知らないったら知らない。

「どこに投げているんだノーコン」
「アビャア!?」

 普通にべナードには避けられた。ですよね。
 しかし、私の真の目的はそこでは無い。

「ちなみにべナード!」
「ハイハイ」
「どこで私とバレるすた?」
「目を付けたのは勘だな。あとパーツ……特に耳の形が同じだった」

 こいつ本当に、本当にさぁ。
 いやまぁそれなりにスペック高くなくちゃ潜入なんてできないしカジノも栄えないだろう。

「ハンっ、観察眼では私の勝ちだな」
「じゃあ言わせてもらうですけど!」

 私はビシっ! とべナードを指さした。

「お前、年頃の子供ぞいるでしょう」
「……」
「潜入前は赤ん坊、お世話ぞすていたけど潜入ぞ決まり十数年。帰れぬ日々ぞ続いた。子供の成長ぞ願うして蛆虫みたいなる貴族の相手ぞして立派に育つ姿ぞ想像しながら踏ん張るしてきた。しかし、久しぶりに家に帰るすれば長年家ぞ開けていた子供達には「おじさん、誰?」もしくは「今更父親面しないでくれる?」なんて理想とは程遠き現実を突き付けるされ」
「なんで知ってんだよお前! 見てきたのか!」

 私を寝かそうとする手つきが赤子相手そのものだったからだよ! 馬鹿野郎!

「まぁ、なんです、元気出せぞ」
「うるっっせーーよ! クアドラードでの仕返しだな!?」

 大正解ですけど何か?
 牢屋では何も出来なかったからここぞとばかりに傷をえぐってやる。

 さて、そろそろか。
 私は服をはだけさせた。

「──失礼します、何かが割れる音がこの部屋から」
「この人に『我が子には手酷いまねは出来ないからな、俺が女装するから女王っぽい服きて鞭でしばいてくれ』って脱がすされる所なのです助けて!」
「…………は?」
「はぁ!?」
「『とりあえず試しに花瓶で痛め付けてくれ』って言うされたの!」
「お、おまっ、なんでこういう時だけ言語封印出来るんだわざとか!?」
「引用だけは得意」
「経験してきたのかそのセリフを!」

 無言で返します。

「は、え、…………え?」

 乱入してきた人物が脳みその理解を拒んだその時、何故か屋敷全体が揺れた。
 ドカン、という音が聞こえた気がした。
 もしかしてグレンさんだろうか。

「私をルナールのアイボーと知るしていながらの行為! ルナールに言いつけるです! 覚えておくしろぞ! 首洗って待つしてろ馬鹿!」

 そんな捨て台詞と共に私は部屋を出て走り出した。
 強者絶対主義のこの国では、弱い私が悪く言われてしまうから、幹部には同じ幹部の栄光をぶつける。

 スタコラサッサと曲がり角を曲がった。ふぅ、少しは時間が稼げるかな。

「──お前ルナールとのコンビ解約されただろーーーーーが!!」
「べナード様、流石に他の幹部に喧嘩を売る行為は……」

 地獄の底からの叫びみたいな声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。



 ==========



「……ッ! ぐ、かハッ」
「リック君!」

 地面に膝を着いて、己の剣で体を支えるリック。
 その姿を見下ろすのはトリアングロの幹部。ブレイブ・グルージャであった。

「弱いですね、本当にクアドラードの冒険者ですか?」

 グルージャは柄を握っていた。
 柄の先から出ているのは剣……ではなく、縄である。鎖でもなく縄である。三打ちロープだが材質は鉄が混ざっており、ワイヤーロープに近いだろう。

「まぁ、魔法が使えなきゃそんなもんですよね」

 縄の先には、剣身があった。
 グルージャの武器は縄鞭の剣。蛇腹剣と違うところは縄先にしか剣が付いていないという点だ。

 これが戦いにくくて仕方がない!
 縄のしなる速度は時に銃より速い。
 その上縄が剣とは違い形を変えるため、切り付けようとしてもグネリと曲がる。鉄も混ざる為ちょっとやそっとじゃ切断出来なかった。

 挙句、縄に衝撃が加わればその勢いで縄先の剣が動きを変えてしまう。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 頬に掠ったせいで流れる血を拭い、リックは切れる息を整えた。
 リーチの差があまりにも遠い。避けるので精一杯だ。

「お願い……お願いだから……私の言うことを聞きなさい……!」

 エリィはこの国に辿り着いて少しも命令を聞かない精霊に何度も何度も命令をする。
 魔法が使えれば、足でまといにならないのに!

「いいから私の言うことを聞きなさい! 私の友達が危ないのよ!」

 癇癪を起こしても精霊はエリィの命令を聞かないままだ。

「……っ」

 元々魔法の手段も無く、戦闘なんて少しも出来ないカナエは戦いを見守ることしか出来なかった。


「困りましたね。早く倒れてくれれば自分も楽なんですけど」

 グルージャが柄を右から左へ振るだけで剣は外壁を大きく傷つける程の技へとなった。
 柄を振るくらいは簡単な作業だ。何度も何度もグルージャは柄を振る。

「(せめて身体強化の魔法が使えれば……!)」

 リックはゴロゴロ回転しながら、予測しづらい攻撃をやや大袈裟に避ける。大袈裟なのはどこまでが射程範囲か掴めないからだ。
 棒立ちのまま武器を振るう者と大きく避け続ける者。体力の消費など考えるまでもない。

 縄を切りつければ剣の起動がグネリと曲がり背中に突き刺さろうとする。しかしリックは双剣。縄を切ろうとした逆の手で己に向かう剣を弾いた。

「チッ……脆いと思ったのに」

 剣と縄の繋ぎ目を狙ったのだが、想像よりもしっかりした武器であった。剣が地面に弾かれただけで、破壊には至らない。

「──刺突の剣」

 グルージャが不規則に柄を揺らしたかと思えば、目で追えないような素早い動きで剣がブレた。
 あわてて体を捻り避ける……。

「ーーッッ!」

 が、無惨にも太ももに剣が刺さった。
 あまりの痛みと足の違和感にかくりと膝をつく。

 刺さったままにしておけば傷口が無意味に広がる可能性がある。リックは急いで剣を引き抜いた。

「……ひっ」

 死よりも身近な怪我。
 カナエはその怪我を見て小さな悲鳴を上げた。

 グルージャは縄を柄へ収納し、カチリと剣をはめた。普通の剣だ。

「とどめです」

 あ、やばい。
 カナエの素人目でもリックが死にそうなことくらい分かった。

 これを食らったら、死ぬだろという攻撃。
 一撃必殺の技、ともいうだろう。

「(この攻撃を受けたら──)」

 カナエの体は考えるより早く動いていた。リックの前に立ち塞がる。そして、両手を広げてリックを庇うように目の前の死へ対面した。

「(──死!)」
「させ……っ、るかぁ!」

 慌ててリックは足の痛みを耐えてカナエの位置をズラす。グルージャは即座に刺突から一文字斬りに切り替えた。
 接近戦ならリックも負けはしない。彼は左手で剣を逆手に持ち、防ぐ。

 ギャリッ、という耳に響く不快な音を発生させながらグルージャはリックの剣をなぞると、鍔迫り合いをする剣の位置を首の近くに移動させた。

 カナエを突き飛ばして、リックは右手の剣でグルージャを袈裟斬りにしようとする。そう簡単にいかせるか、とグルージャはアクロバティックに飛び上がると剣を再び伸ばした。

「ぅっ!」

 勢いよく飛び出した剣の勢いに怯んだその一瞬。グルージャの縄はリックの首に巻き付いた。
 グルージャは飛び跳ねた勢いで木の上に飛び上がり、反対側から降りる。

──ギリリッ……!

「……ッ!」

 1本。
 リックが締まる縄の間に入れ込めた指の数である。

 樹の枝を支点に、リックが吊り下げられたのだ。

「勝負しますか、全身で貴方を苦しめられる自分と、指一本で体を支える貴方。どちらが持つか」

 対等な勝負を持ち出す様に言うがグルージャは涼しい顔である。この場にカナエがかかってきても簡単にかわせる位には余裕がある。

「は、は」
「……?」
「俺は、さ、脇役なんだよ」

 汗と血を流しながらリックはグルージャに笑いかけた。

「悪役はっ、主人公に倒されるのが、……セオリーだろ?」




 ──金が走った。

 ブツン、と縄の切れた感覚がリックとグルージャの両者に伝わる。

「……貴女は」
「こんにちは! 所で時間ぞない故にさっさとくたばりやがれ縄野郎!」

 輝くような笑顔で、味方を傷付けられたことに切れた主人公たいようが降臨した。

「リックさん、助けにきた! 助けるして!」
「どういうこと???」

 内心めちゃくちゃ胃痛で苦しんでいる主人公らしからぬ主人公だ。
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