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戦争編〜第二章〜

第137話 馬鹿と素直も紙一重

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「よし、無事辿り着いたな!」

 第二都市の平地の端に鎮魂の鐘の建物がある。
 そこは検問とは真逆の位置に存在し、隣には山を切り崩して建てた様な場所があり、何やら豪華な建物が建造されていた。

 なんの建物だろうな(※幹部の屋敷)、なんて呑気に考えながら3人は顔を見合わせた。

 リック、エリィ、カナエという、その3人で。

 この後リィンとグレンは宿に戻って置き手紙だけ置いた空っぽの部屋を見て膝から崩れ落ち胃痛に涙を零すのだがそれはまた別の話だ。

「……あのさ、こういうのって冒険者ギルド経由しなくて大丈夫なの?」
「ん? 別に平気だろ。冒険者ギルドに報告義務は無いし、俺も地元でばあちゃんの畑仕事とか、村長の依頼とか受けてたし」

 カナエの疑問にリックが答える。
 実際ギルドを通すとランク上げの功績になることが多いと言うだけで問題は無い。仲介役が入る、ということで何かトラブルが起こった時に穏便に済む確率が高くなるメリットもあるが。


「んじゃ、おじゃましまーす!」

 元気よく挨拶しながら突撃したリックに残りの2人は仲良くお手手繋ぎながら入っていく。おそらく街に入るための設定は既に頭にはあるまい。

 建物の中は白を基調としたシンプルな作りであった。冒険者ギルドの建て方と似ているが、建物の中を見るも外観より小さく感じる。
 ランタンに火が灯り、水瓶から受け皿へ流れ落ちる水。扉を開けると吹き抜ける風と、微かに香る大地の匂い。

 華美というよりシンプルで機能的な建物は、王宮や屋敷などのジャンルと違うが綺麗という感想が頭を支配するだろう。

 ──中に過労死しそうな職員がいることを除けば。


「…………こんにちは。ようこそ神使教へ。魂に問います。迷い人の導きですか、それとも輪廻回帰でしょうか」

 受付、だろう。手元を一所懸命動かしながら目の下にクマを飼った女がニコリと微笑んだ。

「えっと……?」
「おお?」

 その凄みのある圧に言葉を失った、という訳では無いのだが。
 エリィは論外として、カナエは異世界人故に鎮魂の鐘の仕組みが分からず、リックは馬鹿なので抽象的な表現では伝わらなかった。

「り、リック君~? あたし達鎮魂の鐘に来たんじゃ無かったっけ?」
「あー、えっと、鎮魂の鐘って言うのは結構土台的な組織の名前なんだ。色んな形態があって……。それで俺達みたいな普通の奴らが関わるのが神使教とか白華教ってわけ」
「鎮魂の鐘の、手足。……みたいな?」

 そう、それ! と言いながらリックはカナエを指さす。カナエはそっと指を逸らした。人を指さすもんじゃありません。

「……で、さっきの受付のお姉さんが言った言葉の意味、わかる?」
「ごめん!」
「んえぇ~しっかりしてよぉリック君。あたしまじでこっちの知識無いんだからね!?」
「カナちゃんとエリリンがあんまり詳しくないのわかってっけどそれとこれとは話が違ってだな……!」

 先程に比べて音量を下げ緊急会議である。地元(惑星サイズ)民もお手上げなのにどうしろと。

 一方エリィは空中を眺めていた。

「んんっ。──ようこそ、神使教へ」

 強い咳払いの後に受付が言葉を繰り返した。

「ご要件はなんでしょう。死体を見つけましたか、それとも自殺志願者ですか」

 お馬鹿向けの言葉であった。
 名誉のために記するが、受付が言った言葉は鎮魂の鐘共通の言い方である。そう、世界規模の中立組織の、定型文。言わば常識とも言える。つまりこいつらが馬鹿。

「あ、なるほど! でもごめん俺達どっちも違うんだ」
「……?」

 訝しげな顔を向けられる。

「──バイトしようかと思っ」
「「「「「確保!!!!」」」」」

 建物の至る所から人がゾンビのように這い出て、リック達に襲いかかった。

 追っ手か!?

 リックは腰の剣に手を伸ばした。すっとんできた人達が受付と似たような服装であったためちょっと冷静になれた。

「うっうっ、すくいの、すくいのかみにみえる゛」
「馬鹿野郎裁かれたいのか」
「助かった……! たす、かった」
「言ったな!? 絶対逃がさねぇからな!?」
「逃亡することは死だと思いなさい」

 …………帰りたい。

「あの、この状況、何ですか」

 引き攣った笑みを浮かべながらリックが受付を見た。
 受付は未だに手を激しく動かしながら、貼り付けた笑顔のまま理由を簡潔に答える。


「──戦争があるせいで死体が国の至る所に上がりまくるんですよ」

 本来。
 鎮魂の鐘は首都だけではなく冒険者ギルドを置かない様な町や村にも組織が置かれる。しかしながらこの国は土地や国柄の特性上大都市から離れた集落には支部を置けなかったのだ。
 通常時でも職員を定期的に派遣して様子を見ていた。派遣は支部を建てるより人件費やら時間やらがかかってくる。

 つまりそれに加えいつどこで死ぬかも分からない戦争が起こったのだ。もう国中を歩き回らなければなるまい。本当に勘弁して欲しい。
 一応戦時中も死体の報告があるとは言えど、死体を放置していたら大変なのだ。
 処理がおいつかはい


 おそらくこの世界の誰よりも鎮魂の鐘が戦争を嫌がっただろう。


 そして現状である。
 猫の手でも借りたい彼らは見事3人を物理的に囲んだのであった。

「とにかく。俺はともかく、こっちの2人はコミュニケーション能力に支障があるんだ。かと言って女の子だから力仕事させたくないし」
「リック君喧嘩売ってる?」
「売ってない売ってない。ほら、チャンチャン文字の読み書きは出来ないだろ?」
「ぐうの音も出ない」
「喋れるだけありがたいって」

 カナエが君付けで読んでいるため錯覚するが、リックの方が歳上である。
 リックはお兄ちゃん力を見せつける様にカナエの頭をポンポンと撫でた。ちなみに2人は共に一人っ子である。

「仕事は、溢れかえっています」
「おおう」
「話は聞かせてもらったわ」

 片目が隠れる長い前髪にポニーテールの女がヒールを鳴らしながらホールに現れた。

「お前たち、まだ仕事は残っているでしょう。持ち場に戻りなさい、死は待ってくれないわよ。…………さて、冒険者の3人」

 見定められる様な視線を受けてリックは思わず背筋を伸ばした。

 3人を囲んでいた職員は足早に持ち場に戻っていく。死もそうだが仕事も待ってくれないのだ。
 こりゃ仕事というより死事だね! アッハッハッハッハッ! 死にたい。つまらん、5点。……そんな言葉が聞こえてくる。きっと脳死寸前だ。

「私はここの責任者。グラセ・フューネルよ。人手は大歓迎。バイト管理人はモルテ、そこにいる男よ。さて、何をしてもらおうかしら……」
「よろしく! グラノーラ!」
「ちょっと待ちなさい?????? 今なんて???」

 解説役のグレンが居ない為、リックはニコリと笑った。自分で説明する方法が思い浮かばなかった。

「……まぁいいわ。モルテ、バイト服を貸し出してあげなさい。その後に仕事を振るわ」
「えぇ、分かりました」
「あと書類記入するから貴方達のギルドカードをお貸しなさい」

「はぁーい」
「こういうの渡していいもんなの?」
「うん、平気。無くしたら俺は向こうまで戻って再発行しなきゃならねぇけど」
「えっ、そうなんだ。……エリィちゃん、ギルドカード渡そう!」
「『分かりましたわ』」
「……エリィちゃん何話してたの? ずっと虚空に向かってブツブツ言ってたよね?」
「『精霊と少し。命令は相変わらず出来ませんし、この施設の精霊が私を断固拒否しますの。まぁ精霊にエルフは止められませんけどね』」
「ふぅん……?」

 3人はわちゃわちゃ話しながらモルテに続く。
 グラセはギルドカードを見て、納得した。

 ──発行、クアドラード王国ダクア支部。



やはり・・・、ね」
「グラセさん?」
「……なんでもないわ」
「それよりあまり面談をしてなかったようですけど、平気なんですか? 一応うちの組織って世界規模の機密がわんさかありますけど」
「平気よ。彼らは、そうね。腹芸が出来ないタイプ。何か目的を隠す事は出来ないようだし、純粋に路銀が尽きた、ってとこかしら」
「流石グラセさんです」
「これでも沢山の人間を視て・・来たから」

 受付にギルドカードを渡すと、彼女はすぐに書類を作成する。たかがバイトと言えど、管理はしっかりしておかなければならない。

「何かを隠せる人間はね、瞳の奥に理性を宿すものなの。1番分かりやすいのが貼り付けた笑み。お前達だって疲れを見せないように笑顔で接客するでしょう」
「あ、確かに」
「素直さは美徳よ。時に牙を剥くけれど」

 これがリック達ではなくリィンだったらおかえりいただいただろう。
 グラセの観察眼はとても優れている。ある意味、あの3人だけというのが幸運だったのだ。リィンとグレンの胃に牙を剥いたが。

「さて、リーク通りなら国境北に死体が沢山上がるわ。沢山の供養の準備をしておきなさい」
「はい……」

 帰ってきた声は疲れ果てた声で、グラセは自身の疲労を隠すために笑顔を貼り付けた。
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