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戦争編〜第一章〜

第128話 一寸先は何センチ

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「うっ、わぁぁぁあああ!?」

 クアドラード王国、王都。
 エルドラード伯爵家に1人の悲鳴が響いた。

「何事ですか!?」

 その声は連日泊まっているヴォルペール殿下のもの。
 御身をお預かりしている以上刺客などに入られ危険に合わせる訳にはいかない。警備として部屋の前にいた使用人が安否確認のために声をかける。

「無事、無事だ、OK、パニクった。──下がれ」
「……はっ」

 突入しようか考える前に止められる。
 そしてその声を聞いたのは使用人だけでは無く、慌てた様子で家主代理をしているクロロスもだった。

 使用人が下がる中、遠慮なくクロロスは扉に手をかける。

「殿下、入りますよ」
「お前ちっとは俺の人権考えろ!」

 血が流れる様な怪我したらどうするんだ。と、内心思っても言わないでクロロスは普通に人権なんて気にせず扉を開ける。金の血は存在が大事なのであって人権とかそういうのはちょっと関係ないですね……。

 窓、異常なし。光、異常なし。匂い、異常なし。音、異常なし。
 目視でチェックを入れていくも、異常と見られる場所はない。つまり、だ。

 ベッドからこぼれ落ちたであろうヴォルペールに視線を向ける。

あちら・・・、ですか」

 二重の視界で生活するヴォルペールの様子に、あちらリィン側で異常が発生したと考えた。

「黄金の君に何か危険が……!」
「あ、あー、あーいや、危険ってわけじゃないんだ。ただ寝起きに衝撃映像が飛び込んできただけで」

 ヴォルペールはショックを受けたように頭を抱え、深く息を吐いた。

「……まさか寝起きに幹部の顔が真ん前にあるとはおもわねぇだろぉ」

 あれ、俺むさいおっさんと一緒に寝たっけなってパニクったし、なんでリィンは同じ布団で寝てんだ貞操は無事かとパニクった。



 ==========



「──ッッッ!?」

 起きた瞬間目の前にいたクラップが一瞬にして飛び下がりその勢いで壁に頭をぶつけていた。何を言ってるのか分からないけどそういうことだ。

 あっ、今すっごいゴンって重たい音がしたな。
 クラップは動揺しているのかパクパクと口を開いたり閉じたりして私を見下ろしている。

 何してるんだろこのおっさん。目が覚めちゃったじゃんか。

「おまっ、おま何時、いつの間に俺の、俺の布団に」
「おはよう……ござりましゅ……ぐぅ……」
「寝るな!」

 スパンッ、と頭を叩かれて、改めて目が覚める。
 もちろん眠気なんてものはさっさと消えていたけど、不用心な少女、を過剰に見せている以上寝起きにぽやぽやしていても問題は無い。

「んで、なんで俺の布団にいる」
「なんでって。床で寝るより体楽故に、ですけど」
「だからって……! はぁぁぁあああぁぁあ。おま、お前ほんっっと……」

 起きたばかりだと言うのに非常に疲れている男。
 私はなぜだか分からなくて首を傾げる。

 ……なんてね。

 昨晩の内に寝惚けたフリをして気配を消し、クラップの布団に潜り混んだ。初日だったら御手洗に行こうと起きればすぐに反応を見せたクラップが、私が大胆な行動をしても起きなかった。

 さて、自覚しましたか?
 キミ、私の事あまり疑ってないんだよ。警戒が薄まってきている。

 今日の事はそれを自覚するのに丁度いい出来事だっただろう。

「朝ごはん準備すてきます! クラップさんも行くです?」
「……あーー。クソ、行くに決まってんだろ」

 そんなクラップの動揺に気付かない平凡なフリをして普通に過ごす。
 これでようやく私の監視が緩むだろう。いやぁ、監視が始まって約1週間。頑張った。

 るんるん気分でエルフのお世話をする為、身支度を整えた。
 エリィに王都行きの返事を快諾してもらおう。

 身支度をして、朝ごはんの配膳をして、それでエリィのところに行って、話し相手しながら王都行き快諾。
 今日の午前中予定はこんなところかな。

 ここから始まる快進撃、待ってろルナール、絶対生きていることを後悔させてやるんだから!


 ==========



 一方。

「(あ゛ーーーーーー、くそ、こんなのっ、この俺が、こんな小娘に油断するなんざ……!)」

 クラップは背中を伸ばしながらご機嫌に準備をする小娘を追いながら1人脳内でボヤいた。
 夜当番の兵士や雑用が入れ替わる少し前の時間帯のため、人はあまりいないが現れた幹部にチラホラと挨拶が交わされる。

 そんな普通の返事も出来ないほど、クラップは動揺していた。

「(未だにコイツがクアドラードの姫じゃないという証明は出来ない。だが、だが──!)」

──ガンッ!

「おわぁ!? え、何、何事?」
「姫さんは黙って仕事してろ。エルフの世話もあるんだろうが」
「は、はぁーい」

 感情のままに壁に八つ当たりした拳の火傷と傷がヒリリと痛む。

「(──あまりにも説得力ありすぎるだろ異世界人!)」

 いや、本当に思考がロックされるというか。説得力の塊すぎてその可能性に他の可能性が塗りつぶされて行く。

 脳天気な思考回路も下手くそな言語も、堂々と証拠を身につける様も、あまりにもスパイとはかけ離れている。
 それに目的が探れない。
 この子供が何を企んでいるのか、行動から見つけられないのだ。知りたがりではあるが、内容は一般常識に近い。

 だから、クアドラード王国のスパイだと断定出来なくなってしまった。

「く、クラップ少将?」
「……あぁ、すまない」

 わざと集めた訝しがる視線。一挙一動を国の顔として常に見られている。そうだ、俺はこの基地を纏める幹部だ。
 感情のままに振る舞うな。

 ……深く息を吐いて思考を整えた。

「で、アイルズ。報告は」
「準備は既に万全です。あとは時を待つだけだと」
「……そうか。なら、奴らの行動待ちだが、遅いな」
「はい。偵察を出しますか? 幸い空軍の一部がまだ残っています」
「いや、冒険者を出す。目立ちにくい冒険者で偵察に行かせろ。ギルド挟んで依頼扱いの処理をしておけ」
「はっ」

 指示を出していく。
 問題の小娘がこちらの会話に聞き耳を立てる様子もない。本当に、戦争に無関係なのか……。

「クラップ」
「……おデブか。なんだ、何か問題でも」
「あいつらの手土産のことなのだよ。探ってみたが特に嘘を吐いている様にも見えない。そろそろ処理を考えるべきだな」
「殺す……には勿体ねぇな。とは言え王都に近付けるも国境に置いておくも判断が難しいぜ」
「別にどちらでも問題ないだろう」

 なら、面倒事は面倒事に任せるに限るな。



 クラップはこの数時間後、『エルフから王都行くという言質ぞ取りますた! 出立予定とか決めるしましょう!』とニコニコ笑顔+大声で報告してきた面倒そのものの頭をすっぱたいてズルズル引き摺り始めた。


 ==========



「──ここ、確かトリアングロの国境の……」

 汗だくで泥だらけの女がそう呟いた。太陽は既に高い。
 クアドラードに向かう目的がある女は、ここからどうするかと悩んだ。

 そこに近付く影は一つ。

「あら、誰なの?」
「えっ」

 見つかった! 追っ手に見つかる訳にはいかないのに……!
 逃げようとした瞬間、その少女はキョトンとした顔をして言い放った。

「雑用の人間? 丁度いいわ、私つまらなかったの。面白いことを言いなさいよ」
「えぇ??」

 見た目はエルフ、中身はバブちゃん。その名もエリィ、不審者に堂々と近付ける爆発物だった。

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