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戦争編〜第一章〜

第125話 初心忘るべからず

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 その日の夜からクラップの態度に変化が生じた。

「姫さん、さっさと来い」

 相変わらず疑っている最中というスタンスだけど、疑いの割合が薄れているのだろうなって感じ。

「クラップさん、何読むしてる?」
「あ? ……言うなよ」

 ほら、こうやって『私的』な部分を見せてくれている。
 初日の警戒した態度から見れば考えられないことだ。

「えっと、ごめんです文字読む不可」
「……………………なるほど」

 本を見せられたが読めないふりして返す。
 異世界人設定なら読めない方が自然だ。

「これは初級士官心得ってやつだ。俺が軍人になってすぐに配られた教科書みたいなもんだな」
「初級士官ってことは既に士官どころか幹部のクラップさんには不必要じゃ……あ、初心忘るるるべからず」
「……俺はツッコミする柄じゃねぇからな」

 ちぇっ、ライアーならツッコミしてくれるんだけどな。
 中をパラパラページをめくっている所を横から覗き込むが、嫌そうな顔をしただけで止めはしなかった。

 ふむふむ、本当に初心者向けの心得ばかりだな。上の言うことは聞く、とか。問題がなくても逐一報告をしろ、ただし考えることを辞めるな、とか。

「見ても読めても面白くないだろ」
「うん」

 別に私軍人じゃないもん。

「ところで姫さん」
「はい?」
「お前が異世界人設定だとして聞くが」
「設定ではなく事実ですぞり!?」
「なんで鶴を知ってんだよ」

 あ、私の発言聞かなかったことにされてる。

「鶴さんと会うしたのは本当です。正直、どこで会うしたかと言うされると普通に謎です。森の中としか」
「本当にあいつに会ったのか……」
「当時は言語ぞ、今より酷く。聞くは死にものぐるいでやるした故に覚えてるです。というより暗記?」

 ごほん、と息を吐いてあいつの真似をした。

「『あーあー、そこのアホ毛ちゃん、さてもさてはオレサマのプレゼントになっちゃう?』と」
「ッ!??!? 姫さん今完全に声帯模写しただろ!?」
「その後『ほら見て豚肌。ツマンネー』と言うしながら去るしたですけど」

 本当に豚肌ってなんだろう。
 王都に行く道すがら言われたけど、あいつの思考回路は本当に分からない。ちなみに一言一句違わず言ってました。
 言語は苦手だが真似を出来ないとは言ってない。オリジナル発音が苦手なのだ。うんうん。心の中の誰かが『だからってオリジナル言語を作るな』とツッコミを入れた気がした。

「あっ、そうだ」
「今度はなんだ」
「話は回転するのですけど」

 ふと、不安要素を思い出した。

「この基地、エルフいませんですた? 前に見るした記憶があるのですけど」
「……エルフと関わってどうするつもりだ」
「知らぬのですか! エルフなんてファンタジー! 会うしか無いじゃなきですか! ビバ、異世界! 人間ばかりの元の世界舐めるなぞ! 私は異世界ファンタジーに飢えるしてますー!」

 興奮して詰め寄る。
 実際は窓から突入するタイプのバブちゃんエルフなんだけどね。ファンタジーはこの世にありません。あるのは現実だけです。

 そんな夢打ち砕かれる現実を知らない『私』は期待に胸を躍らせる。

「……人間、ばかり?」

 眉間に皺を寄せてクラップが視線を合わせる。
 疑わしい目、という方が伝わりやすいだろうか。種族が複数居て共に同じ大地で暮らしているこの世界からすると、知能を持った人間一種類だけなのは意外なのかもしれない。

 過去の私、異世界に憧れていた私よ。
 現実は、知るだけ損です。お前の身近にいるエルフはクソです。

「人間しか居ないです。だからエルフもドワーフも……あと何がいるですっけ」
「魔族と獣人。それと、魔物もいる」
「すっごき、ファンタジー! ──魔法は異世界の醍醐味ですぞね!」

 クラップはより一層眉間に皺を寄せた。

「どう、したですか」
「……。俺の知ってる異世界人も似たようなことを言ってたんだよ。はぁ、くそったれ。よく調べてやがる」

 前世知識(ほぼない)に頼った演技です。初な頃の私とも言う。
 常識として存在する記憶しかないから、具体的な前世の内容が出てこない。そういうところ突かれると非常に困るから異世界ネタの掘り下げはしないで欲しい。

「よく調べる…………。まさかまだクアドラードの人だと疑うしてるのですか」
「その金髪と碧眼がいい証拠なんだよ姫さん。異世界人で魔法に憧れがあるにしては魔法国家に行かないんだな」
「クアドラードが魔法に優れるした国、というのは聞くしますたけどォ……。ほら、私、魔法使えぬじゃなきですか」

 この国が無理やり封じ込めている魔法。
 でも『私』はそんなこと知らないのでどんだけ頑張っても使えないと思い込んでいることにした。

「魔法なんて凶器のある国に、魔法の使えない弱っちい私が行くしても、危なきですし不便なだけです」

 魔法ありきの生活だからね。庶民や冒険者の生活でさえ、何人か魔法を使える人が居ないと生活しにくい。魔物もいることだし自衛手段がないとあの国は厳しいよ。
 もちろん、魔法が使えない人のために騎士たちは国中を巡って弱い者を助けているけど。

「……いいな、お前の国は。差別が無さそうで」

 心からの本音だろう。クラップが零した。
 その言葉に反応しようと思ったが、瞬時に切り替えたクラップに引き剥がされ床に放り投げられた。

「ほら、さっさと寝ろ。明日もビシバシ働いてもらうからな」
「はーい……。じゃなくて、エルフは!?」
「あ? あー、あのエルフなら客人扱いだな。……。姫さん子守りの経験は?」
「子守り、はありますけど」
「……ふむ。まぁいい。早く寝ろ」

 子守りの経験があるかという質問。
 それに関して私は一つの仮説を立てた。


 さては子供エリィに手を焼いてるな……?
 そしてその世話を私に任せようとしているな?

 自然と接触出来るのはありがたいが開幕即座に名前を呼ばれたらまずいな。うーん。
 やはり連れてくるんじゃなかっただろうか。
 でも魔法が使えなかった私にとってエルフの存在は有難かったし、今でも魔法の使えない国ではエルフの精霊頼りになる。
 潜入にあまりにも無かないから逆に考えてクアドラード側からの刺客だと思われないだろうけど。

「……まだ起きてんのか、はよ寝ろ」
「──わーー! すぐ寝るですすぐ寝るですー!」

 パキッ、と腕を握りしめてぶん殴るポーズで脅してくる。

「うぅ、おでこの生え際後退しろ……」
「本当にぶん殴るぞ姫さん」

 慌てて毛布を被る。
 丸まったら深いため息を吐かれた。子守りご苦労。私はお姫様じゃないからお転婆だって分かったでしょ。

「……クラップさん」
「だからはよ寝ろと──」

「──人間しか居なくても、差別は存在したですよ」

 この国が、この世界が抱える差別。
 魔族や獣人が差別されているのだと知った。実感はあまりない。けど、クアドラード王国に居た魔族も獣人も、私は1人ずつしか見ていない。

 それが現実だろう。

「………………そうか」

 何かの想いが込められたシンプルな返事。私には読み切れなかった。
 ただ、その感情があまりにも大きくて、複雑だと言うのが理解出来た。

「おやすみなさい」
「あぁ」

 厳しい人だ。
 クラップは、多分私がクアドラードの王族であるという可能性を失わない限り私に絆されてはくれないだろう。

 多分今すぐにだって私を殺せる。
 今まで出会った幹部が『らしく』なかったから実感しなかったけど。クラップは本当に軍人なのだと思えた。

 海軍幹部〝鯉〟

 私はお前を出し抜いて目的を果たしてやる。



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