最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音

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戦争編〜序章〜

第108話 ライアルディ(下)

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 6年前。

「俺が、クアドラードに?」
「あぁ、と言っても潜入とかそういう仕事じゃない。今、両国の軍事は相互不可侵を結んでいる」

 表面上、だが。

 ライアルディは叔父のヴェイン・ルナールの呼び出しに従うと、回ってきた仕事に目を見開いた。

「トリアングロ王国からクアドラードに逃げ出した兵を始末して欲しい」
「移民も殺せ、と?」
「いや、兵士だけだ。兵士に志願したからには裏切りは許されない」

 ルナールはため息を吐く。

「レイツは隠密活動に向かないし、私も今はここを離れる訳にはいかない」
「……分かりました。クアドラードにいる全てのトリアングロ兵士を殺せばいいのですね」
「そうだ」

 もっとも、クアドラード王国にいるのは脱走兵だけではなく潜入兵もいる。だが、そこで殺されるなら実力はそれまでだ。
 なんせ、潜入を許されるのは幹部のみだから。まだ20歳の若造に殺されるようじゃ幹部の名は要らない。

「依頼には報酬を。貸しには恩を。裏切りには罰を。……この国に徴兵令は無い。だから、例えどんな残酷な真実があったとしても決して裏切ってはならない」
「俺はまだ、兵士として起用されてないので分かりませんが」

 裏切り行為についてライアルディの考えを漏らした。

「勿体ない、と思いますね」
「……それは兵を殺すのが?」
「いえ、裏切りが。この国で築き上げた時間も評価も全て失う事になるのに」

 なるほど、そういう考え方をするのか。
 ルナールは静かに頷いた。

「死体の処理の仕方は任せる。見つからないように隠すも、鎮魂の鐘に分かるように放置するのも。状況に合わせなさい」
「はい」

 ひとつ、疑惑がある。
 甥の生態が掴めなかった。が、ようやく分かってきた気がする。

 だからルナールは話題を変えることにした。

「しかしライ。あれから6年経ったが、この家に居て辛くはないか?」
「辛いとは?」
「お前は若くして両親を亡くした。私の兄と、義姉を。だが、レイツには両親が生きている。しかも王都でそこそこ優雅な暮らしだ」

 ルナールはライアルディに『親の代わりにお前が死ねば良かったんだ』と。そう言われる事も想定していた。
 しかし予想とは打って変わってライアルディは特に気にした様子も無い。

 ややあって青年は口を開いた。

「最初から貴方の息子として生まれていれば、手っ取り早かった・・・・・・・・とは思いますが。別に辛いとかは思いませんね」
「……!」

 やはりだ。
 ルナールの予想は当たっていた。

 悲壮感の無さに心が壊れたのかと思っていたがこれは違う。

 ライアルディはまるで機械だ。
 人としての情が全くない。

 人でなしと言えば聞こえは悪いが、軍人としての素質がある。冷徹に合理的に、己さえ評価されればどんな非人道的な仕事でもやれるだろう。

「ライ、人を殺したことは」
「あります」
「……それは私の、いや、お前の父親か?」

 その質問に、ライアルディは10秒ほど時間を開けて返事をした。

「はい」

 疑惑は、正しく真実へと導いた。

「元々病の身、そして毒で誰よりも早く苦しんだ。──あの人が死ねば、毒の重大性を街に知らせることが出来るし、無意味に苦しむ時間を無くすことも出来る」

 ライアルディの言い分はこうだった。
 要するに『死んだ方が早いから殺した』という意味。

 確かに。
 ライアルディがエントマを殺したことで、王都に毒のことが伝わるのが速かった。死者が出たから。
 その判断の速さで国境は崩されずに済んだと言っても過言ではない。

「それを黙っていたのは?」
「毒で死んだ、と伝えた方が色々と手っ取り早いからです。毒に犯された、よりも毒で死んだ、の方がことの重要性が違って来るでしょう」
「…………なるほどな」

 それは合理的だ。
 黙っていれば街の住民は毒で判断能力も落ちていることだろうし、バレることはあるまい。

「それに、殺してもいいんでしょう」
「……!」
「あの人は元々兵士だったんでしょう。俺、知ってます」

 シュランゲとの繋がりがそうだ。
 ルナールと共に肩を並べていたのがエントマだった。

 この国の仕組みとして幹部になるには上の者を殺すのが1番常識的なルートだ。
 だから別に兵士に限っては殺しても別に罪では無い。おかしくはない。


 ──そこに『親』という括りがなければ。

「そうか……。分かった、ライ、ひとまず今日はゆっくり休息を取りクアドラードに発ちなさい。細かい話は明日教えよう」
「はい」

 ライアルディが退出するとルナールは天を見上げた。

「兄を殺したのは、お前だったのか……」

 軍人として、親殺しも出来るような人材が居るのは良い事だ。とてもいい手駒になる。

 だが、弟として、親戚として。とても虚しくて悲しくて。

 ルナールはそっと涙を流した。

 ライアルディがクアドラードに出発した翌日、彼は死亡した。







「ライ~~!」
「おわっ」
「避けんなよ!」

 レイツ・ルナールがクアドラードから戻ってきたライアルディに飛び付くも、簡単に避けられた。

「グルージャの息子、まじでやべぇ」
「はぁ」
「もうやべぇもやべぇ。すっごいやべぇ。グルージャ自身が『俺多分すぐこいつに殺されるわ』って死んだ目してた。やばい。俺、あいつが幹部になったら絶対任務に出るんだ」

 ルナールになった従弟は慣れない仕事にあたふたしていた。

「(……今なら、幹部になれるな)」

 頭抱えたルナールの背中を見下ろしながらライアルディは考える。

「(いや、まだ早い)」

 慣れない仕事を引き継げば、ただの無能となる。
 ルナールが仕事に慣れて、要領を掴めてきたら。

「(きっと、俺の方が仕事が出来ることになるだろう)」

 それまで従弟の傍で仕事の補助をして。
 そして。

「レイツ」
「なに?」
「書類とか手伝ってやるから早いとこ訓練するぞ。お前今のままだとすぐ死ぬだろうから」
「なんでそういうこと言うかな!? おにーちゃん!?」

 そっちの方が無駄にならない。
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