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戦争編〜序章〜

第107話 ライアルディ(上)

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 約30年前。トリアングロ王国の国境の街に、1人の少年が居た。

「こんばんは、エントマ殿」
「……どうも」

 やせ細った男が頭を下げると、訪問した男が笑顔を見せた。

「体調の程は」
「お陰様で。貴方が王都から届けてくれた薬がよく効きましてね」

 昔から付き合いのある近所……と言っても1キロは距離が離れているが、2人は親子程の歳の差があれど親しくしている。

 エントマと呼ばれた男は病に伏せていた。


「王都の様子はいかがでしょうか」
「変わりなく。国境の様子はいかがでしょうかな」
「そうですね……私は生憎。ライ、外の様子はどうだった?」

「別に、ふつー」

 少年はチラリと一瞥すると簡単に答える。

 彼の手元は覚束無いとはいえど、作業効率がいいのだろう。右手で兎を掴みあげ、血抜きしながら捌いている様子だった。

「すいません愛想がなくて……」
「はははっ、いやいやそんな。ライ君はもうすぐ5歳でしたかな」
「うるさいなジジイ。むだ話してるひま、あるのかよ」

 大人顔負けの要領の良さ。それが逆に言えばつまらない子供だ、と言うのが男の評価だった。

「ライ……」
「はは、それもそうですな」

 エントマは息子の愛想の無さにため息を吐く。

「あ、そういえば。ルナール殿に息子さんが産まれましたよ」
「……! なんと、そりゃ、嬉しいことですね」

「ルナール殿なんて、『めちゃくちゃ嬉しい俺今ならなんでも出来る気がする!』と言いながら王城の中庭に突撃していきまして」
「…………うちのバカが本当に」

「それにしてもあの弟に子供が……」
「本当に驚きましたよ。昔はここら辺で駆け回っていたというのに」

「勘弁してください息子の前ですから……」

 照れたエントマが慌てて男の口を遮る。
 少年は気にせずザクザクと切り刻み、兎を捌き終えていた。

「あぁそうだ。王都に戻った際、弟に私からおめでとうと伝えてもらえますか」

 男は、言葉を途切れさせた。
 返事がないことに不思議に思ったエントマが男を見ると、彼は申し訳なさそうな表情でエントマを見ている。

「……実は私、これからクアドラードに潜伏致します」
「……! それ、は」
「恐らく長期任務となりましょう。私が生きている内に、会うことはもう難しいかもしれません」

「何を言いますか、シュランゲさん」

 シュランゲ、と呼ばれた男はエントマを見た。

「今のトリアングロの幹部には弟もシュランゲさんもいる。きっと、我々が生きている内に戦争は終わりますよ」
「そうだと良いですな」

 そして願わくば、トリアングロ王国に勝利を。

「では、また・・
「えぇ。ライ、挨拶を」
「……。」
「ライアルディ!」

 ライアルディと呼ばれた少年はこの交流を無駄だと判断し、関わろうとはしなかった。

 後に、ルナールになる少年の幼い頃の記憶であった。





「お゛ぇ……っ!」

 毒だ。
 それが毒であると分かったのは国境の街の住民が次々と倒れ始めたからだ。

 病だと信じたかった。
 毒だと恨みたかった。

 ただ、なんせ、街の水源が川だったから。


 ライアルディは14という歳になり、国境の街での生活は慣れたものだ。父親は変わらず病に伏せていたが、小さな頃から既にその身であり、症状は良くなることも悪くなることも無かった。

 トリアングロ王国には細々と川が流れている。水源にできるほど大きな川ではなく、国はダムを作り微かに振る雨水を貯め、そして井戸を掘っていた。主な水不足対策だ。

 しかし国境の街は例外であった。国境にはクアドラードから流れるストゥール川の恩恵があったからだ。西から流れてきた川は国境を突き抜け北の海へと消えていく。

「父親はしんだ」

 病に苦しんでいた体は、街の誰よりも先に苦しみ、そして死んだ。

「苦しい、苦しい……なんで死なないんだ……!」

 川下というのは、不利だ。でも川が無ければ生活は出来ない。
 死ねない苦しみ。
 街の人間は時々老人や体の弱い者、子供が死んでいく。働き盛りのライアルディは中々死ぬ事の出来る強さじゃなかった。

 胃の中が掻き回されるような、喉に何かが張り付いているような。痛くて痛くて、いっそ気絶していた方がマシで。
 胃から出てくるのは、もう既に胃液しかない。胃液は辛い。のどを、口を、肌を焼く。


 ……それもそのはずだ。
 国が抱える人間の中で最も負担がデカイのは死者の数ではない。怪我及び病人の数。

 つまり、クアドラード王国はわざと弱い毒でトリアングロ王国を弱らせる策に出たのだ。

「う゛……っ、ぇ」

 そんな事も考えられず、ライアルディは空っぽになった胃の代わりに嗚咽を零した。


 幸か不幸か、ストゥール川放毒事件のすぐ後に停戦の契約が結ばれた。
 今から20年前の出来事だった。
 停戦の理由がなんなのか、昔も今も分からないままだ。

 ただクアドラード王国の毒により国境の街と国境警備隊が甚大な被害を受けたということに間違いない。




 親も亡くなったライアルディは、従弟の暮らす王都に向かった。
 トリアングロ王国の王都だ。

「こんにちは、ライアルディ。会いたかったよ!」

 赤褐色の髪色をした従弟はライアルディを受け入れた。彼の叔父でもある現ルナールは、少年の事を歓迎する。

「久しぶりだなライ。改めましてヴェイン・ルナールだ」
「俺はレイツ! よろしく」

 ブンブンと嬉しそうなレイツにライアルディは驚いた顔をしたが、その手を握り返した。


 その日からライアルディにはルナールの補助としてレイツと共に鍛え始めた。
 レイツの方が先に訓練を始めていた為従兄弟同士で訓練をしても負け続きだったが、ライアルディはめきめきと実力を伸ばしていた。

 どうすれば効率が良く強くなれるのか。
 どうすれば無駄なく成長出来るか。

 彼は無駄な努力をしなかった。今日は何をした、などこと細かくルナールに努力を報告し、また新しい鍛え方を教えられる。


「ライ、凄いな」

 憎しみどころか尊敬の眼差しを見せる従弟。
 ライアルディは流れる汗を拭いながら首を傾げた。

「なんでだ?」
「成長スピード? 多分、俺すぐに抜かされるな」
「……俺、効率の悪い事嫌いなんだ。隠れて努力、とか。自分の実力を評価して欲しいなら自分の努力や現在の実力を強いやつに教えるのが1番正しく判断してくれるだろ」
「でた、効率厨」
「別にそこまで効率厨なわけじゃない! ……まぁ否定は出来ないが」

 庭に転がっている適当な木箱に腰掛けてライアルディはポンポンと剣を投げた。

「その点、この国は分かりやすくていい。強くなるって努力だけで上に行けるから」
「エ?? 何事ですかライさん、王様でも目指してるんですか?」
「いや別にそこら辺は興味無い。上を目指す、というか、目標自体は無い。ただ」

 びっくり仰天と驚く従弟にライアルディは少し考えて答えを出した。

「幹部にはなる。そうじゃないと俺の今までの全てを無駄になるだろ」

 無駄な努力、という言葉は嫌いだった。
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