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戦争編〜序章〜
第106話 金の髪と青の瞳
しおりを挟む雨は止んだ。
澄んだ冷たい空気が肌を撫でる。
下弦の月が闇夜の中にぼんやりとした輪郭で光っている。
「……何故いる?」
「秘密の遊びみたいでテンションぶち上がりません?」
脱出するぞと窓を開け飛び出しかけた所でエリィが部屋に入ってきたのでフリーズしてしまった。
「リィンさん何をしてるの?」
「えっ、えー。読解力……」
これまでのやり取りと私の窓に足かけた状態で読み取れないものかなぁ。
……どっかから『言語能力無いお前に言われたかねぇ』みたいな声が聞こえた気がしたけど多分気の所為だろう。うんうん。
「……あっ」
私は今魔法が使えない。使うには1週間待つかエルフに魔力回復してもらうか。
キョトンと首を傾げるバブエルフに視線を向けながら、私は人差し指を口元に持っていって、にやりと笑った。
「エリィ、秘密の冒険する?」
しぃー、と内緒のポーズで。
幼いエルフは顔を輝かせた。
==========
「──嫌な予感がする」
家主の居ない屋敷で客人をもてなし王子を迎え入れ妹と弟の突撃を防いだ男、クロロスがそう呟いた。
「あにきぃ、行っちゃダメ? 行っちゃダメ?」
「おにいたま、おにいたまぁ。エラ、王子様か女の子のお部屋にお泊まり行きたいなあ」
「ダメです! あの金の血は俺が担当です! あとお前らライトペン持ってキャーキャー言うつもりだろ推しにオタクバレするからダメ! エルドラード家の禁忌です!」
「はぁ? 俺らエルドラードが金の血オタクなの国中が知ってんだろ」
「そうだそうだー! クロロスの兄貴のばーか! 両手に金の花もって羨ましいんだよクソバカー!」
「お口が悪い!!!!!!」
あと古狸にしかバレてないから本当にやめろ。
クロロスは弟妹の駄々に反対した。めっちゃした。オタク認知本気でやめろ。
一個下の弟も二個下の腹違いの弟達も三個下の妹も四個下の妹と弟と妹も分別付くお年頃なので自室及び学び舎で大人しくしているというが、分別付かない年少組が駄々こねまくる。そりゃもうこねまくる。
可愛子ぶりっ子使うあたりエリィより幼く感じないのだから種族ってふっしぎい!
「ともかく、高等の兄貴姉貴は居ないし、親父もお袋も居ないんだから。俺の言うことを聞いてもらいます」
「「けちー!」」
「誰がケチだ」
クロロスは宝箱から黒髪のカツラを取り出した。いつもリィン達の前で被っているカツラだ。
地毛は水色に近いグレーの髪色をしている為、程よく目立つのだ。
「(まぁ黄金の君の金髪よりはマシだけど)」
そのカツラを装着すると弟妹からブーイングが起こった。
「それ! ヴォルペール殿下の髪!」
「ずっるーー!!」
「なんっで見せつけてくるかなこのクソボケ兄貴は!」
ブーブー文句を垂れている弟妹に向けて、クロロスは顎を上げて微笑んだ。
──羨 ま し い だ ろ ?
笑みと言うには邪悪だが。
「兄貴のぼけーーー! 禿げろーー!!!」
「抜けろーーー!!!!!」
多分6歳と7歳だったはず。口が悪い。
やんちゃ盛りの将来を暗示ならが扉を占める。
「……アイツらがヴォルペール様とリィン嬢の所に行くのは阻止しろ」
廊下で佇む使用人に声をかけると使用人は了承の意味を込めてぺこりと頭を下げた。
クロロスは足を早める。レディの部屋に夜中訪れるのもどうかと思うが、まぁ貴族ではなく(※貴族)庶民相手なので階級的には大丈夫(※大丈夫じゃない)だろう。
──コンコン
「黄金の君、話があるのですが」
いつまで経っても帰ってこない返事。嫌な予感は倍増中。慌てて扉に手をかけるとガチャリと拒否される鍵のかかった音。
ほう、おかしいな。
重体のリィンが果たして鍵を閉める為に動けるだろうか。
「──ッフンッ!」
やはり暴力。暴力は全てを解決した。後始末以外。
クロロスは有り余る力を拳に込めて、扉をぶち破った。
修復したはずの窓は再び開かれ、カーテンがひらりひらりとはためいていた。
「……ふ、ふふ、黄金の君。随分と無茶をやってくれたな」
エルドラード家は金の血ガチ勢である。
確かに金髪は性癖であるし、青い瞳も堪らなく好きだ。
だが、彼らは決して、『王家の血が流れる人間』ガチ勢では無いのだ。
「その血を流してみろ、本当に、どうなるか分からないからな……」
エルドラードにとって人権は二の次である。
彼らが尊ぶは金の血であるという事。
クロロス・エルドラードはバキリと天幕の柱を握り潰した。
==========
「これさぁ」
「なにごとですの?」
クロロスの屋敷から逃走してエリィの魔法を宛に一気に庶民街まで逃げ出した私がポツリと呟いた言葉に、エリィが首を傾げた。
「端っこより見るすれば『相方が正体バレすたので時間差で貴族から逃げるした共犯者』と見るされませぬ?」
「……何を、言ってますの?」
カーー、読解力。
決して私の伝達能力がないというワケデハナイ。発信側じゃなくて問題は受信側にあります。ハイ。
「要するにトリアングロの味方だと思うされてもおかしくは無き、って事!」
痛む肺を押さえて簡潔に伝えるとようやく伝わった。
もう少しで東門。エティフォールさんに魔力回復してもらうんだったかな、って後悔してるけど、王都に留まったままだとクロロスに追いかけられそうで……。
別に監視とか捕縛とかじゃないなら自由にさせてくれたっていいのに。
「よっ」
ビクゥ!
突然声をかけられて飛び跳ねる。
いっっっったぁ!? 怪我に、怪我、傷、痛ぁ!
外傷は深くなかったのか回復魔法で消えているみたいだけど、骨折とか腹部外傷とかは治ってないみたいだから、動くと痛みがきっついんですけど!
「……ペイン」
「やっぱ抜け出すと思ってた」
建物の影からコソッと出てきたペイン。その青い瞳が私を捕らえる。
闇夜に紛れるその姿、私は戦闘態勢を取った。
「ああ待て待て! 別に止めねーよ」
「……?」
「なんで俺がここで待ってたかわかるか? ……俺がリィンなら絶対そうすると思ってたから」
ペインは私に近寄ると手を握る。
額を合わせて、呼吸を合わせると伏せていた瞼を開いた。
「リィン、俺の運命。お前は俺で、俺はお前だ。俺たちはとても似てる」
「うん」
「でも、俺たち運命は、お互い先に宿命と出会った。なぁリィン、今度はちゃんと約束してくれよ。俺が力を貸すから、絶対約束してくれ……──死なないって、約束してくれ」
頼む、と、小さな声で懇願された。
「死ぬ気は、ミジンコ如きも無きです」
強く、返した。
「〝視界共鳴──お前から俺へ〟」
魔力を感知出来る程の魔力すら残っていない。
魔法のはずだけど、言葉でしか感じないソレに閉じていた目を開く。
「俺は、悪いけど王都から離れられない。リィンがトリアングロに行くなら、俺がずっとリィンを見守る。危険になったらすぐ隠れて助けを求めてくれ。絶対、どんな立場を押してでも、助けに行くから……!」
私の視界をペインが見ている、ということになる。
ペインがクロロスって貴族と繋がっているのなら、私を通して戦場を真っ先に確認できる。リアルタイムで報告が出来るということ。
「ありがと、ペイン」
「うん」
「絶対、ライアーの尊厳めちゃくちゃにすてくるから」
「うーん」
なんで悩んだ。
「クロロスは俺が抑えとくから、まぁ、頑張れ。──ところで足はどうするつもりだ? お前箒ないだろ?」
「それどころか魔力ぞ空っぽ。……エリィに、回復するまで頼るです」
1週間経てば回復はするし、いざとなればもう1回リミットクラッシュするし、そしたら2週間は使えないけど1週間で絞りっカスみたいな魔法は使えるから……。
うん、自然回復1週間。早めにダクアでリリーフィアさん、ってところかな。
「リィンってさ、馬乗れる?」
「ペイン、私が馬ぞ乗るが可能と思うです?」
「あー、ごめん」
「可能ですけど」
「出来るのかよ」
貴族の嗜みなんですよ、これでも。
「検問のところで、小隊長にペインから伝言ってことで伝えて馬2匹奪い取れ。と言っても国の物だから馬での移動は国内までな。伝言内容は『命令4』」
頭にメモをする。
簡単な内容だからすぐに覚えられた。私が頷くと、ペインは『じゃあ、視界揺れるから戻る』と言って踵を返していく。
大丈夫だろうか、私の視界を見ながら動いて。
サーチさん辺りが近くに居ればいいけど……。いや、他人の心配してる場合じゃないな。
「行こう、エリィ」
「まっすぐ国境に向かうのですよね? なら私たちの集落を突き抜けて行きましょう!」
エリィはエルフだ。エリィの集落、というの魔の森の中にあるエルフ領……だっけ。
場違いだって分かっているけど、ファンタジー要素にはワクワクする。
「……ライアー」
お前、どんな気持ちで私たちと居たの?
戦争を目前に控えた夜の月は、優しかった。
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