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戦争編〜序章〜

第104話 狐につままれる

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 ズキズキと痛む体に深くまで沈んでいた意識がフッと浮上する。痛みが思考の7割を占める。

 ここは、どこだっけ。

 知らない天井を見上げてぼんやりと痛みを知る。
 シミひとつない天井。というよりこれ天幕だな。ふわふわの布団は実家を思い返す。ふわりと漂う花の香り。肌を撫でるやわらかな服。

 ……あれ、なんかおかしくない?
 なんでこんな貴族みたいな服を着て貴族の御屋敷みたいなところにいるんだっけ?


 ジンジンジクジクと突き刺さるお腹の物理的な痛みの由来を思い返す。確か、蹴られた。そう、蹴られて。それは黒い軍服を着た男で。茶髪の男で、その瞳は、その声は、その動きは殺意が込められて…………。

「ルナッあ────────ッッゥッ!!!!!」

 痛ぁ!? 待って待って待ってめっちゃ痛いんだけど!

 ベッドから慌てて飛び起きればその痛みに思わず悲鳴をあげる。
 思わず涙が浮かんできた。
 あまりにも痛い。なんだこれめちゃくちゃ痛いぞ……!

「──リィン大丈夫か!?」

 バン! と飛び込んできたのはペインだった。

「……ッぅ……ぃた、ぃ、ぃ、いぃ、」
「あぁなるほど、動いちまったわけか。ゆっくり、ゆっくりな。回復魔法使ってもらっても怪我は完璧に治んねーんだから」

 布団を握り締め俯きながらヒィヒィ悶えていればペインはゆっくりと私を布団に戻していった。

 いやなんで庶民おまえが真っ先に駆けつけれんの?

「リィン嬢起きた?」

 ひょこっと扉の外から顔を出したのはクロロス。

──バリン!

「リィンさん起きまして!?」

 そして窓から入ってきたエリィ。ナチュラルに不法侵入するな。


 声に出してツッコミを入れる気力すらない。なんというか側だけが修復されお腹の内側がまだ怪我しているような感覚。ただとにかく痛い。そして絶対骨折れてると思うんだ。呼吸する度に肺が痛いから。

 思い出した。

 私はシュランゲを連れて箒に飛び乗り、べナードを止める為に王城に取り込んだ。再戦宣言させなければいいだけだから。
 悲しそうな顔をした、それでいて同情の視線を向けたシュランゲに気付いたけど、気にしている暇な時間は無かったから。

 そしてそこに居たのは、王の前にいたのは。

「ルナール……ルナール……っ、ライアー……」

 狐と呼ばれるルナール。それは、よく知った。私とコンビを組んでいた男だった。

 呟けばズキリと身体が痛んで、涙が自然と零れた。別に悲しくて泣いてるわけじゃない。ないったらない。

「……あんっっっの、うんこ野郎……! よくもこの私ぞ騙すやがったな……? 地獄の底まで探し出してその面二度と太陽を浴びれない程歪ませてやる……!」

 普通に悔しくて涙が出てきただけなのだ。

「……リィンお前、お前そういう所だと思う」
「トリアングロに向かうです。今からならルナールとべナードに間に合う」

 私の箒の速度なら間に合わせる。
 窓の外は雨が降り注いでいた。その曇り空。私が王城で気絶した瞬間からそう時間は経ってないと思う。

 痛みで気絶をして、回復魔法で気絶から目覚める程の痛みにまで落ち着いた、のだと考えれば辻褄は合う。

「まてまてまてまて」

 私がベッドから上半身を起こすとペインが慌てて止めた。

「お前自分の体を考えろよ」
「あのクソボケ野郎ぞ殺すしなければ私の気が済まぬです……!」

 アイツ、アイツ!
 今まで見たことない速度で私の事を蹴り殺そうとした!

 普段の3倍は速くて、今までが偽りだったというのが確信出来る! 私を殺すことに関して躊躇が無かったし!
 悔しい、悔しくて悔しくて、苦しい……。

 今まで見せて来た全てが偽りだったというの?

「……ぅ、あ……! ライアー……」

 あの時見せた表情が、脳裏にこびりついて剥がれ無い。裏切りの証拠。

 思い返せば、いくつか心当たりはあったのに。

「私が、私が……!」

 気付けなかった私がルナールを殺さなければ!
 貴族として、スパイ行為に気付けなかったのは罪だ。一発でもいいから殴らないと気が済まない。

 行かなきゃ。ファルシュ領までなら地理も大丈夫だから。

──ドンッ

 もう一度起き上がろうとしたら素早い動きで布団に飛び乗ったクロロスが私を跨いで両肩を掴みベッドに押し倒し直した。

 表情は無である。

「……黄金の君。これ以上その体に流れる血を流して見ろ。俺、どうなるか分からないですから」

 クロロス・ガチギレ君の爆誕である。

「アッハイ」

 大人しくおやすみしますよ。はい。いい子なので。
 人権って、知ってる??


「とりあえず状況の説明をしたいですけど、俺は直接見てないのでグリーン子爵呼びますね」

 ベッドから降りたクロロスがそう言う。
 私はその言葉に思わず首を傾げた。

「えっ、てっきり私、グリーン子爵王都邸かと思うしたですけど、ここ、って、どこです?」

 嫌な予感がする。
 どうか子爵の王都邸であってくれ。

 そんな願いも虚しく、クロロスはニコリと感情を感じさせない笑顔で回答を口に出した。

「──ここ、俺の家です」
「神は死んだ」

 クロロスの家に関しては知りたくないって言ったじゃん!!


 ==========



 数分と待たずに、クロロスに連れられたグリーン子爵と、ついでにシュランゲがやってきた。

「リィン、ヴァイスは預かっておいたよ。……さて、大丈夫かい?」
「……それは、どれのことぞついてです?」

 私が疑問を返せば子爵はグッと眉間に眉を寄せた。

「………シュランゲ」
「私は、予め言っておきました。祖国を裏切るつもりは無い、と。貴女様に嘘を吐いた記憶はございません」
「ヴァイス!」
「1度ならず2度までも、貴女様は憐れなことに我々に見事騙されました。なんと滑稽な事か。あの時カジノに行かなければ、あの時王城に行かなければ。貴女様はそこまで傷付くことは無かったでしょうに」

 シュランゲは私が何も問うてないのにも関わらずべらべらと言い訳を重ねた。
 元主人であるグリーン子爵が諌めるが、気にした様子は全くない。

「此度の再戦宣言に関わる貴女様の最大の敗因は。私、ウィズダム・シュランゲを利用なさったことです」

 主人にウソを吐けないということを考えれば、シュランゲの言っている言葉は本当なのだろう。それが真実かどうかはさておき、シュランゲの中にある事実は嘘偽りの無い言葉としてこの世に生まれた。

 シュランゲの言葉を全て受け止め、ややあって口を開く。

「…………シュランゲ。誰が、誰に、負けるしたって?」
「……は、」

 それはそれとしてちょっと聞き捨てならないです。

 すいません。
 誰が、負けたって?

「まだ、負けるしてない」

 それは戦争についてもそう。個人としても。勝手に負けたと言っているけど、嘘つきなのは私も同じ。

 クアドラードの女狐とトリアングロの狐。果たしてどっちが化かし合いに勝てるかなぁ?

「……まだ、終わるして無き」

 勝負はまだ始まったばかりなんだから。
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