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王都編下
第97話 謎多きアホ
しおりを挟むカジノ内のとある一室にて。
ソファにちょこりと座ったのは白髪の老人。ウィズダム・シュランゲが『はぁ』とため息を吹きこぼす。
「……殺されますな、これ」
確信に近い予想を立てる。
自分の奴隷権を持った主はリィンである。奴隷と主人の身分における命令はそこそこ強制力がある。なお、犯罪奴隷に関しては抜群の強制力を放つ。
まあつまり、リィンがシュランゲに対し命令権を行使すればたまったもんじゃないのでべナードが予め別室待機させていたのだった。
罪悪感が積もる。
「しっかしまぁ、あの小娘も甘いもんですね。いくら私が奴隷として従おうとも、心は常にトリアングロにある」
予め言っていた筈なのに。
トリアングロを裏切ることはできない、と。
「トリアングロの幹部に前任は存在しない。元白蛇や元狐など存在しないというのに」
幹部が変わる瞬間は死、のみ。
たとえ奴隷の身に堕ちようとも、ウィズダムはシュランゲであり続ける。その身が滅ばない限り。
「……まぁですから元グルージャが存在しているのがひたすらにおかしいんですけど」
中々死なないし死ぬまで待てなかった。トリアングロの結論である。
「貴方のことを言ってるんですよ貴方の」
シュランゲの視界の先にあったのは反対側のソファで無口であるがまともな青年ぶった感じで座っている男だった。
そう、我らがクライシスである。
「黙ってないで何か喋ってはどうですか」
シュランゲがキロリと睨むも何処吹く風。なんなら指先のささむけがちょっと気になってきた感情が3分の2を占めているので忙しいのだ。
「はぁ……。全く、元グルージャ殿を見た瞬間は度肝を抜かしましたよ」
奴隷として王都に連れてこられたシュランゲはそりゃもう苦労した。ただの生活苦奴隷ならともかく犯罪奴隷であるので扱いは厳しいものだった。自業自得以外何物でもないが。
そして王都で優雅に労働を血反吐りながらこなし。そして突然訪れた元凶。スピード感。やめてください知った顔にちょっと嬉しく思っちゃったじゃないですか。
あれよあれよという間にカジノの前。悟りました。あっここべナード殿の所じゃん、って。
リィンの下についたとしてもトリアングロの者だということに変わりは無いので、自分は必死に誤魔化した。嘘をつけないという環境下の中。
クライシスが現れた瞬間発狂しなかった自分を誰か褒めていただきたい。
あの全人類発狂マシーン(※同種族とは認めたくない)を見て思ったことは普通に2つ。『リィンの奴隷だった』か『クライシスが潜入している』、だ。
後者の可能性が少なくとも有り得ない話ではないのでシュランゲの取った行動はただ一つ。
──初対面のフリをする……!
というか知り合いだとは思われたくないですよね、素直に考えて。
「そろそろ口を開く気になりませんかな。このままだと永遠に独り言を喋るジジイになってしまいますが」
ちなみに20年以上も前から子爵邸に潜んでいる超慎重派のシュランゲがなぜ20歳程度であり片手で数えられる年数しか務めてないクライシスの事を知っているかというと。
伝令に教えられたというのもあるが、何より子爵邸に1度カチコミしたことがあるからだった。
その時はまぁ今のように静かではなかったし、たまたま居合わせた冒険者に助けてもらったのだが。
カチコミした理由は指令だったのか趣味だったのか未だに分からないが多分趣味なんだろうな。
幸か不幸かおかげでトリアングロだと疑われる可能性が一気に低くなり楽に任務を終えることが出来たので、そこだけは感謝している。そこだけは。
「というか貴方一体何を企んでいるのですか」
クライシスは答えない。
押し問答どころか暖簾に腕押ししている自分に嫌気がさしてシュランゲは再びため息を吐いた。多分一日で吐くため息の量を更新した。
──ドタドタドタ……! バンッ!
「なんてことをしてくれたんだよバカーーーー!」
部屋の外から思いっきり足音が聞こえてきたかと思うと勢いよく扉が開かれ、姿を見せたのは白銀の髪を持った人物。
──ゴンッ
そして扉が勢いで戻ってきて後頭部にジャストミート。
「アイターーーーーーッッッ!?」
綺麗に後頭部をぶつけるという神技を発揮した者はその場に蹲った。
あぁ、空気が一気にギャグめいて来たぞ。
「……あなたの腕力で勢い良く開ければそりゃ戻ってくるでしょう? アホなのですか?」
「いっててて……」
呆れたような、微笑ましいものを見るような。そんな笑顔を浮かべてシュランゲが言葉を発した。
「──サルパ」
「こんにちは……ってそれどころじゃないだろ!」
伝令係、サルパ。
トリアングロの海蛇に『ヘビちゃん』と呼ばれ、蛇に『チビ助』
と言われる存在。
琥珀色の瞳でキロッとシュランゲを見上げる。
その背はリィンよりもやや低い。オンボロのマントの下から黒手袋を着けた手を出してビシッとシュランゲを指さした。
「折角僕がクアドラード内飛び回ってお知らせしてなのになんで捕まってるんだよ! プンスコなんだけど!?」
「そう言いますが潔く負けましたので。……あぁそういえばサルパの落ちた無様な落とし穴あったでしょう。アレに引っかかった子供がいましたぞ」
「エッエッほんとに!?」
「良かったですね、あんな在り来りで分かりやすい罠にハマる、こ、ど、も。が居て」
「おわーーーー! なんだよなんだよ! 僕がその子供と一緒だって言いたいのかい!?」
「……リィン嬢の方がまだ賢いような」
「あーはいはいはいはい! どーせ僕は片割れにも呆れられるようなアホだよーーーッッッ!」
ドンドンと地団駄を踏む。
サルパの行動にほっほっほっと楽しそうに笑う。
おやめください地震が起きます。
「あぁそうだ友よ」
「うん?」
「その片割れはどうしたのです」
「僕の片割れはチョーーー! 優秀だからね! 家の事任せてきた!」
「……そんなんだからしょっちゅう流血沙汰を起こすんですよ。一緒に行動なさい、一緒に。子守り役を連れなさい」
「ムキーーーーー!!」
殴り掛かるも普通に躱され腹が立ってきたのだ。
「……はぁ、このバカ相手してたらすっごい疲れるよ。あーあ僕ったら可哀想」
このサルパという存在、1歩歩けば怪我をする。怪我の治りははやいのだが、家の壁の修理をするために釘を片手にトンカチ振り下ろせば普通に手に打ち付ける。そんな感じの存在である。
アホなのだ。
トリアングロ公認のアホとはこの事だ。
ちなみに年齢も性別も誰一人として知らないのが怖いところなんだが。
「さて、最後の伝令だよ蛇の友よ。──全ての準備は完了した」
えぇ知っていますとも。
伝令係のあなたが、このグランドカジノに現れたその瞬間、悟ったとも。
リィンの背に魔導具を取り付け、そのあと物陰で見事にすっ転んで額をぶつけたのだろうなと想像出来る。
「はぁ、怖いですな。リィン嬢が」
「逃げたらいいんじゃないか? 奴隷ってそういうことも無理?」
「えぇ無理ですね。場所は簡単に分かります。特にリィン嬢の魔力を持ってすれば、契約の糸など簡単に」
奴隷契約はGPS機能も搭載しているのだ。主人には奴隷の場所など手を取るように分かる。
サルパは気付いた。怖い怖いと言いながらも楽しそうにしている友の姿を。
「ふぅん、そんなに面白い子なのかい?」
「それは」
シュランゲは答えかけて言葉を止めた。
「──会ってからのお楽しみ、ということで」
きっと出会うだろう。
だって災厄な運勢を持った少女と純粋にアホだから。ウンウン。
そんなことを考えていたのがバレたのかシュランゲは街道を塞ぐほど大岩をぶん投げれる腕力を持った友にぶん殴られた。避けたが。
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