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王都編下

第87話 人種差別は結構日常

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 奴隷商で出会ったのはレイラ姉様でした。

「貴族……嘘だろ……誰だよ……」

 脳みそがフリーズした結果動かなくなってしまったライアーの悲しい思考回路のために分かりやすく言葉を向ける。レイラ姉様自己紹介したのにそれすら耳に入ってなかったのか。

「ファルシュ領の領主様のお子さん」
「…………………………おま、お前はまじか」

 語彙力がお溶けになられた。
 ライアーの脳内でどんな葛藤が起こったのか分からないが心の底から溜め込んだ感情が溢れ出たことはたとえ天地がひっくり返っても本当だろう。

「にしたって、ファルシュ辺境伯令嬢が現れるとは」
「……あら?」

 レイラ姉様はクロロスをじっと見つめる。多分、どこかで会ったことあるんだろうなぁ。
 レイラ姉様って武闘派だけど社交界には積極的に顔を出してるし。私の代わりに。

「エル──」
「しっ」

 ボソリと呟いていた言葉にクロロスが唇に手を当てる。黙っていてくれ、って合図だな。

 私はそれに気付かないフリをしてライアーの手で遊んでいた。呆然としている状態のライアー。
 そういえばファルシュ領にも行きたいとか行っていたから思い入れでもあるのだろうか。ライアーが冒険者になる前の職とかで。

 おっ、生命線見っけ。短。
 結婚線は無い……あっ、薄いのが1本あった。
 というかライアーの手って結構ゴツゴツしてるな。指は細いから手先は器用そう。実際器用だけどさDEX多分16とかあるよね。生き方は不器用そうだけど。

「ところでリィン、貴女どうしてこんな所にいるの?」
「レイラね……レイラ様こそ」
「……リィン、貴女なら分かるでしょう? 自ら奴隷にならざるを得ない人に多いのは異種族。種族差別の被害者だと」

 あぁー。なるほど。
 双子お得意の『善性による救済活動』か。

 レイラ姉様は理不尽な差別を見過ごすことができなくて獣人や魔族を積極的に保護していると聞く。首都のメーディオなど、私が過ごした範囲には見えなかったけど、ファルシュ領は差別貧困層の救済場所だ。

 ま、私は差別とかに興味無いんだけどね。
 自分の存在すらまともに分からないし自分の人生すら不安定なのに他人の人生や種族まで考えてられるか。
 差別する側の存在って、さぞかし余裕がある人種なんだろうな。

「……は!」

 おっ、覚醒した。おかえり。

「お前本当にふざけんなよ」
「唐突な罵倒やめてくれませぬ?」

 覚醒した瞬間から罵倒された私は悲しくて涙が出てきちゃった。〝ウォーターボール〟めっちゃ小さめで。

「それで、リィン。私の質問に答えてもらってもよろしい?」
「あ、はいです。えっと、人ぞ探すしています」

 あくまでも庶民が貴族様に答える様にピシッと姿勢を正して答える。
 私と双子は、ぶっちゃけそんなに似てない。私が金髪でレイラ姉様が黒髪であることも考慮するとまず姉妹だと思われることは無いだろう。

「その人、奴隷になっている、と?」
「可能性は少なきです」

 うーん、と考える素振りを見せながら唇と顎に指をつける。2本指だ。
 さりげなく視線をクロロスと魔法で隠れている鼠ちゃんの方向に持って行くと、レイラ姉様はそれだけで察したのかスッと真剣な顔をした。

「道理で……」

 鼠ちゃんやっぱり密偵向いてないよ。レイラ姉様も気付いてた。ここまで来るとわざとなのかって言うほど王宮側の人選が下手。見張り監視役って、普通にバレたらまずいよね? なんでこんな密偵下手な人材に任せたの?

 ……姉様武闘派だし多分視線派かな。(現実逃避)

「レイラお嬢様……。子ど……庶民には悪影……身不相応ですので、申し訳ごさまいませんがその……」

 奴隷商の職員。恐らく貴族の姉様に話しかけていることを考えると普通にオーナーだと思う。
 誤魔化しきれてない善人の香りを漂わせながらそう忠告すると、レイラ姉様は微笑んで頷いた。

「今回は私も下がります。さぁあなた達、外へ」

 高貴なお嬢様風に穏やかに退出を促すがこの女、家では腕力に身を任せ私をポイポイ物理的にぶん投げる女である。サイコキネシスの靴浮遊が上達したよね。

「……。」

 めっっっっちゃ見られるから視線を逸らす。もう瞳が『何余計なことを考えているの?』って語ってる。
 野生の獣か。黙りますはい。

「でも、よろしいの? まともに調べて無いけれど……」
「オーナーさんの様子ぞ見ればまぁ白でしょうね」

 エリィがオロオロと後ろ髪を引かれる状態だったので私がその手を引っ張る。
 あとレイラ姉様の行動範囲(しかも結構贔屓にしてる)なら問題は無いだろう。

「黄金の君、あの令嬢と知り合いなのかい?」

 クロロスが私の手を取ってエスコートしながら問いかける。
 待って私黄金の君とか言われてるの? ど恥ずかしいんだけど。お前が。

「……あの、そのすごい嫌な顔だけはやめて欲しい。わかった、わかった。リィン嬢」

 庶民は人の名前に敬称を付ける時『嬢』なんて使いませんよ、貴族さん。
 普通にポロッと貴族の常識的なところが溢れてるんだよなぁ。本人必死に隠そうとしているみたいだけど。

「レイラ様は、メーディオで冒険者活動ぞしてるです故に」
「あぁそれで……。結構庶民派って噂が……」

 おい心の声溢れてるぞ貴族。

「流石はファルシュ家……尊いな全てが……ふふふ……年齢が違うから関わる機会など無いと思っていたが……こんなところで出会えるなんて……黄金の君にも会えたし……ふふふふ……そして俺は生まれながらヴォルペール様の従者確定……ふふふふふ……世界が俺の性癖に優しい……」

 〝サイレント〟

 思わずクロロスに魔法をかけた。
 こいつ心の声溢れ出る系の貴族(確定)だな。精神衛生上聞こえない事にしておきたい。

 1分経ったら解除しよう。

「そういや」

 ライアーがふと顔を上げた。眉間にしわ寄せてうんうん唸ってる時間はもう終わったらしい。

「──ってなんだお前その格好」
「両手に花」
「その花ラフレシアとか言わねぇ?」

 言うかもしれない。

「アコニツムがラフレシア侍らしても損失にしかならねぇんだわ、人生の」
「ふっとばすぞ」

 手は塞がっても魔法は使えるんで!
 奴隷商では使えないけど、1歩外に出ればお前を吹き飛ばすことなんか簡単に出来るんで!

「ふふふっ」

 レイラ姉様がとても楽しそうに笑った。笑い事じゃないんだけど。貴女の妹、おっさんに素直に馬鹿にされてるんだけど。誰がトリカブトだ。

「……あー。話を戻すが、奴隷商のオーナーって名前ねぇのか?」
「えっ、なんでだ?」

 サイレントから解除されたクロロスが首を傾げた。

「ダクアで名前教わらなかった。聞いても、だ」
「そりゃ奴隷商と言うすれば人から恨むされます上、奴隷契約の魔法ぞ使える唯一の人間達です故に、色々狙うされますから。家族に被害ぞ行かぬように何者でもないただの『奴隷商のオーナー』になるですよ」

 奴隷契約魔法の解除を求めるために家族を人質に取られたりね。昔は結構問題になったらしいから、今では彼らの身元は全く一切不明らしい。
 生前(言い方は違うがニュアンスはあってる)の知り合いにあっても気付かれない様にしている様だし、彼らは過去の一切を捨てる。いやぁ、すごいよね、ほんと。

 前世で言う刑務所を担ってる組織なだけあるわ。

「だからお前はなんでそんな黒寄りの話に詳しいんだよ」

 答えてあげたのに文句言われた。不服でござる。

「──さて、私がなにか力になれることは?」

 奴隷商から離れ、少し歩けばクルッと振り返った姉様がそう問いかけた。お付のメイドのユニアがパチンと指を鳴らす。きっとこれで人は来ないだろう。彼女の唯一使える魔法は人避けの魔法だ。

「クロロス、説明」
「俺か!? いや、黄金の君に言われるなら従うけど」

 頭をかきながら『私たちの事情をあまり説明してないはずのクロロス』は説明を始めた。

「あ、えっと、彼女達が誘拐の事件に巻き込まれまして……。えー、それで、それが冤罪じゃないかと……。エリィ、こっちのエルフの子が、精霊が入れない場所を睨み」
「へぇ……」
「冤罪を晴らすためには犯人見つけなきゃなりませんから……ええっと足取りを追って……」

 はい、確定しました。
 『冤罪』だとは言ってないです。

 まぁほぼ確信していたようなもんだし、これで監視役というか直接探っている貴族の手の者だと言うことがはっきりしたね。


 ……いや監視役の質ッッ!

 しかもこれクロロスは間違いなくハニートラップ要因でしょ。

「それでイーラさ……レイラ様、私達貴族街の事に詳しき無きですて」
「地図に書き出してくれません?」
「あ、既に書き出すてます」

「……辺境伯令嬢に対してズバズバ利用する度胸」

 クロロスがあこがれとドン引きを混ぜたような視線を向けてきた。

「これです」

 よくわかったけどクロロスは程よく無視するのが良いね。
 アイテムボックスから地図を取り出すとレイラ姉様は持っていた鞄をボトリと落とした。

 顔から血の気が引いていく。

「だ、大丈……? レイ、」
「ッ……! ふぅ、大丈夫です。心配かけましたね。……お気になさらず、アイテムボックスを使えるとは思っていなかっただけですのよ。──さ、地図を見せてくださる?」

 鉄仮面のユニアがレイラ姉様の取り乱しに目を見開く。
 アイテムボックスに、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。それともアイテムボックスの使い手にトラウマを負わされた事が……?

 私の生まれてからの記憶の中でアイテムボックスを見たのはリリーフィアさんが初めてだから、多分実家では無いと思う。学園でか、冒険者活動でか。
 それとも私が産まれる前か。

「…………なるほど、ここね」

 私から地図を取ったレイラ姉様が睨みながら考え込む。
 15~18歳の貴族の子供は学園に通う。レイラ姉様は今年18になるので、最高学年だ。私が来年入学することを考えると丁度入れ違いになってしまう。

「1番怪しい、と言うより、大衆が利用しやすく拠点にもなり探られず、まぁ都合のいい場所といえば貴族街は1つしかないわ」

 レイラ姉様が指さした場所は貴族街の端の方にある空間。
 一体そこに何があるのだろうか。
 同じく地図を覗き込んだクロロスがあっと声を上げた。

「──グランドカジノ『ヘレティック』」

 ギャンブル施設かぁ……帰ろう。
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