上 下
84 / 193
王都編下

第84話 30代の苦労

しおりを挟む

「あ゛ーーーーッ、疲れた」

 ライアーは宿に戻るとすぐベッドにぼふりと体を倒れ込ませた。ダクアの宿よりは質がいいため、寝ても体が痛くなることはないだろう。
 非常に疲れた。疲れてしまった。

 肉体的な疲労はもちろんだが、精神的な疲労がやばい。

 よく考えて欲しい。
 冒険者大会の決戦でペイン達のパーティーと戦ったたった2人のコンビだ。惜しくも準優勝だったが。
 そしてその日の夜、睡眠を取る前に王宮へドナドナされた。朝まで徹夜コースの始まりである。

 更に言えば牢屋に入った瞬間から回しすぎた思考回路がショート寸前だったので寝なきゃまずいのに眠れないという悪循環。結局そのままギルドにカチコミに行ったのだ。

 若い頃なら何とかなったがこちとら34だぞおい。四捨五入して30でも20代と30代では雲泥の差なんだよ。25と34を同じ括りにするな。


 リィンから見れば、だらだらと何も考えて無いように見えたかもしれない。むしろそう見えるようにした。
 自分の『そういうところ』は見せたくない。

 それはプライドなのか打算なのかよく分かっていないけど。

「ダメだ……寝みぃ……」

 精神的に貯蓄された疲労が激しい。

 いつの間にか鬱陶しい視線は消えていた。監視は恐らく自分ではなくリィンに向かったのだろう。隣の部屋は、静かだ。今なら監視もなくどこにでも行けるが如何せん眠気がMAX。眠りたい。今すぐに。

 色々考えすぎた為、そろそろ限界なのだった。とても赤ちゃんになりたい。
 微妙に心当たりがあり、そして心当たりが微塵もない問題にただただ巻き込まれている。

 おかしい、今までこんな感じに巻き込まれたことなかったのにリィンと知り合った瞬間からとことん巻き込まれている。傍観者で居たいだけなのに。


 ライアーはもそりも顔をあげる。

 思えば、リィンとの付き合いもそこそこ長くなってきた。
 月組ならまだしも、深く関わり合う仲というのは家族以外では初めてなのでは無かろうか。

 あの気の抜けた声を聞くと、言葉を聞くと。自分はどうしたって警戒心が消えてしまう。心臓が締め付けられ、吐きそうになる。肩の力が抜けていく感覚と、強ばってくる足。


 ライアーの眉間にシワが寄った。
 幸せそんな事を考えるなんて、罪深すぎて笑ってしまいそうになる。



「──けど、あいつ本当に何者だ?」

 最初は異世界人かと思った。
 この世界には他の世界との交わりが過去確認されている。最古の異世界人はエルフから魔法を学んだ大賢者。そして最近の異世界人と言えば、クアドラード王国が召喚した女だと言う。

 大賢者はともかく、転移者は実際お目にかかったことなんて無いが。

 でも、リィンの幼馴染だという男を見て理解した。あぁこいつちゃんとこの世界の人間だったんだなー、と。詐欺だろ。
 そして同時に思う。

 貴族じゃなくて、良かった、と。
 貴族がそんな不思議な喋り方を許すはずが無い。(確信)

 実際幼馴染は、そう頻繁に会ってなかった様だが完全にど庶民。それにしては槍の使い方が殺し慣れている使い方だが。


「血を被った、ような、茶色……。なぁ」

 バカバカしい考えだ。
 クライシスの言った言葉がぼんやりと思い浮かぶ。

「トリアングロのルナール・・・・が幼馴染くんたなんて」

 知るはずの無い名前を口に出し──


「────禁忌じゃん弱点ぞッッッ! 時間停止! これは折檻の予知予感!」

 しんと静かだった隣の部屋からの叫び声に思わずベッドからこぼれ落ちた。

 何言ってんだあいつ。言語的な意味で。


 ==========


 そもそもの話をしよう。
 私が社交界に出なかったのは言語がボロくそだから。
 何故言語がボロくそなせいで社交界に出なかったとかと言うと。

 簡単に言えばファルシュ家の弱点だからだ

 ガチで他の貴族王族との交流を経っていた。
 まぁ、だから鼠ちゃんが探りに来たみたいだけど。


 つまりだ。
 つまり!

 ──身分を証明するためだけにリアスティーン・ファルシュだと言うことをバラしたら本末転倒だよね。

 弱点、自ら晒して楽しいか?
 それを知った私のパパ上はどうする?

「────禁忌じゃん弱点ぞッッッ! 時間停止! これは折檻の予知予感!」

 サイレントとロックウォールを解き解放した鼠ちゃんを一気に締め上げた。鼠ちゃんは泣いてた。

 そういえば前に鼠ちゃんが探りに来た時は私のことを忘れさせるようにしてたな、なんて思いながら。
 よし、手遅れかもしれないけどサイレントかけ直そう。


 ==========



「なんか今すごい愉快な気配がした気がする」
「うっそやぁ、ペインの勘はよく外れるやん」
「いや、今回は絶対外さないね」
「そのセリフ何回目?」
「……48だったな」
「ご主人って馬鹿なの? 阿呆なの? それとも塵なの?」

 王都の外。東の森──魔の森の中に作られた建物。
 偶然ばったり街中で出会わない様に拠点を移したペイン達5人が、その建物で顔を突き合せている。

 遠出の依頼?
 日帰り出来ない?

 そんなもの、裏で動くための言い訳だ。

「エンバーゲール王子が行方を消したのが、第2戦目の直後」
「まっ、間違いなくリィンとライアーはちゃうやろな」
「当たり前だって。そうなるように仕向けてる最中なんだから」

 実はペイン、第3戦目の直後にエンバーゲールが現れなかったことを不審に思い王宮に戻っていたのだった。
 リーヴルの迎えにペインが居なかったのも、野暮用だったわけだ。
 野暮というにはちょっとあまりにも仕事がすぎる。つまらない用事どころか衝撃すぎてめがさめる。

「っていうか~ぶっちゃけぇ?」

 クライシスがJKみたいな動きをしながらきゅるんとぶりっ子をする。ちなみにこの世界で言うJKは邪魔なキチガイの略である。

「第2王子ちゃん、死んでもオマエにカンケーある? なくね?」
「ないよ」

 ペインは決して聖人君子じゃないから、即答した。

 第2王子が死んだとて、ペインの王位継承権が上がるという訳では無い。第3王子が第2王子となり、王太子殿下の産まれてくる息子が第3王子になるだけだ。

 王子が死んでも王になれないことは分かっている。
 この国の王は、金髪碧眼という決まりがある。
 歴史の中には時折その例外もいるが、すぐに修正するように金髪碧眼になる。

 碧眼しか王の子だという証明が無いヴォルペールには無縁の話だ。

 ちなみにペインの母親は平民のメイドで、黒髪黒目だったという。ロークの死別した妻のシャーロットが同じ色彩であったという点から見ると、あの兄弟は似たようなもんであることがよくわかる。
 ペインは知らない話だが。

「エンバーゲール王子もそうだけ、あの王子達が性格悪けりゃ良かったのに」
「かの王子たちは、良い王子だ。性格が特に」
「ラウトそれ俺の性格悪いってディスってないか?」
「褒めている。お前は性格が悪くて意地汚くて欲深い男だよ」
「絶対褒めてねぇ!!!!」

 どっ、と笑いが起きる。

 あぁ、あの王子たちが自分のことを『紛い物』だと言って虐げて、そして苦しめてくれたなら良かったのに。
 あの王子達は自分を弟だと扱ってくれる。同情と、優しさと、慈悲と。

 クソッタレ。
 てめぇらからそんな憐れみ、欲しくねぇんだよ。

 同情するなら今すぐ自分を王族から除籍させろ。

「(無駄にっ、優しいから俺は、あいつらを見捨てられねぇから困るんだよな……っ!)」

 ダークファンタジーの様にドロドロと欲望渦巻く王位継承権争いがあればよかった。そしたら遠慮なく蹴落とし、自分の利益だけを追い求めることが出来た。
 優しい優しい、ぬるく甘い、焦がしたカラメルのような鎖がヴォルペールを王子という座に縛り付ける。無意味な金メッキの椅子に。

「……!」

 瞬間。ペインの首にリボンが巻かれた。
 隙を見せた瞬間だったが、リボンと首の隙間に小さなナイフを挟むことに成功したペイン。

 リボンの先? 聞くまでも無い。

「僕様が殺してあげましょーか」
「クライシス、あんたまだそんなこと言って」
「そんなに辛いなら死ねばよろしゅうおす。な? そう思わねー?」

 でもでもでもでもっ! そうクライシスは演技混じりの身振り手振りを加えてペインの心臓を指さした。

「でも王子サマは死なねぇの」
「そうだな。俺は、死ぬのならお前の手じゃなくて国のために死にたい」
「ひゅう、熱烈。オイラドキドキしちゃった! お熱いねぇ! オマエを馬鹿にする国との愛が」

 例えば悪役とか。
 国のための悪役になって、王子おにい様に殺してもらう。完全に理想的なシナリオだ。

 紛い物の王子様は国民のストレス発散のためのもの。
 本物の王子様の肉盾だ。

「──綿の縄で死ね無い哀れな俺様のハニーちゃん。俺様に殺される覚悟、そろそろ決めてよね。俺様別に殺し合いが好きってわけじゃねぇのよ」

 あぁ、そういえば。
 クライシスが国を裏切ってペインにくっつき回っている理由を教えよう。
 まぁ本人は裏切った、なんて感覚は微塵も無いのだけれど。


 クライシスの欲望はただ一つ。

「お前が欲しい」

 ──その首が。生き足掻く王子様の命全てが。

「んもうっ、あんたが中々殺されてくれねぇから俺様うっかり愛しちゃったんだからっ! 責任、取ってよね!」
「付き合ってられっか……」
「ホンマに厄介なやつに好かれてんな、ペイン。下町駆け回っとった頃とそんな変わらへんけど」
「うるせーよサーチ。今度エルドラード家から家宝盗みに行かせんぞ」
「やめーや! ウチが合法的な盗み出来るのは犯罪の裏付け取れとる貴族だけやろ!?」

 リーヴルがクスリと笑う。それにつられてかラウトも椅子に座った状態で瞼を閉じ、口角を上げた。

「全く、呑気に落ち込む暇もない」

「えっなにラウト。お前落ち込んでたの?」
「えーなになにラウトぉ。あんた落ち込んでたん?」
「えぇ、ラウトおじさん落ち込むとかあんの?」

 まだ若い3人が同時に声を揃えた。
 流石にちょっと腹立ったな。


 
しおりを挟む

処理中です...