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道中編
第59話 回避失敗してた
しおりを挟む喧嘩とは先に手を出させれば勝ちで、売るものではなく売らせるものである。──リアスティーン・ファルシュ
「決闘を申し込む!」
まぁ普通に喧嘩売られるだけ時間の無駄なんだけど。
朝出発前にギルドに訪れたらそんなことをいきなり言われた。
どうやら2人組の男の様だ。
ちなみに。
「どこの馬の骨とも分からないような男が……! 俺たちのメルクリウス様に近付きやがって……! 挙句の果てに、挙句ホッペにチュー! ほほほほっぺ。きさ、貴様……! 末代までこの恨み……! 晴らさでおくべきか……!」
喧嘩を売られたのはライアーだ。
お前はどこの時代の人間だよ。
そんなライアーはイラッとする様な表情をその顔に浮かべて額に手を当てた。やれやれと言いたけに首を振ると、その高身長が冒険者を見下ろす。否、見下す。
「悪ィなァ……俺が色男なばっかりに」
「ただのくたびれたおっさんでしょ」
「標準語でディスるなリィン」
絶対悪いと思ってないわこの人。
こういう時『美少女』って看板があると喧嘩を売られないからいいよね。
「聞けば、貴様はFランクだというじゃないか!」
「身の程知らずめ!」
どうやらここのギルマスはその美貌からか一定数ファンがいるみたいだ。
人の多いギルド内でこの愚かな冒険者の味方をする者もいる。表立って言うほどじゃないけど、視線は雄弁だ。
「頑張るすておっさん。私は一眠り……」
私は美少女なので恨まれる対象外だろうし、2度寝と洒落こもう。
そう思い欠伸をするとガシッと腕を掴まれた。
「おいおいどこ行くんだよアイボーさん?」
「……貴様都合の良き場所だけ相棒扱うすてっ」
ギリギリと腕が音を鳴らしながら睨み合う。
私は逃げ出すために身を引き、おっさんも私を巻き込むために引っ張る。
あ、こいつ本気で引っ張ってやがるな。
愚かな冒険者、略しておろボケが『おい無視をするな! おい!』と叫んでいる。
「まさか……お前……」
おろボケの声を無視しているとライアーが口元を手で隠し片眉を上げた。
「──俺に負けるのが怖いんだな?」
ピキッ。
ここで『ビビってんのか?』って煽られても『ビビってるので失礼しまーす』って流せたんだけど。
「あァそうだよな。お前がいくら魔法職でも大人には勝てない。それを俺と比較されるのが嫌なんだろ? 仕方ないさ、お前はまだ子供なんだ。この俺が、お前より、優れてしまったばかりに。ハハハ、子供の癇癪に付き合うのも大人の役目だよなァ?」
「……………………」
そ う き や が っ た か !
この野郎そうきやがったか。(2回目)
流石は猫被りやめた私とコンビ組んでるだけある。私の堪忍袋の緒を引きちぎる才能と沸点を低くさせる才能はピカイチだなぁ?
おろボケ共と比較されたり私自身の実力のみを過小評価されるのは構わない。
だけど、だけど……!
「んなわけねぇだろ表出ろやジョリ髭ボサ髪ルーズ野郎!」
──明らかに馬鹿にした憐れみと、てめぇとの非対等な扱いだけはごめんだね!
「……何愉快な煽り合いしてんだこいつら」
どこぞのCランクパーティーのリーダーのお声が聞こえた。
==========
訓練場。
タバコの煙を纏いながらライアーが屈伸する。
……なんか、流されてない?
いややっぱり私がこの場にいるのはおかしい気がする。
「そんじゃルールを説明するわね。あなた達には魔導具をつけた、殺しあいをしなさい。以上」
「めりゅるりらさん簡潔すぎるです! 詳細! 詳細ぞください!」
「それまさかアタシの名前言ってるつもり?」
メルクリウスさんって言いにくくない? とても思うんだけど。
というか、どこからか現れたメルクリウスさんが、ギルド裏の訓練場をいそいそと使用させてくれた。2対2の殺し合い。お互い武器は本物だ。
それぞれ、腕に冒険者ギルドから与えられた魔導具を着けている。なんだろう、これ。
「ギルドが持ってる魔導具は、1回だけ致命傷を防ぐ魔導具なんだよ」
「へ!? それってかなりお高きやつでは!?」
「普通の怪我は防いでくれないが、まぁ俺たちの財布は痛まないから壊すだけ壊しちまおうぜ」
「馬鹿なこと言わないでちょうだい。それ1つで屋敷建つわよ」
それは、うん、確かにそれなりにする。
「魔導具自体にそこまで価値は無いの。けど、魔石の方は特殊な魔石を加工したやつだから絶対壊さないでね」
魔石が見えない。属性も何も分からないや。
これは今判明したんだけど、スライムから取れた水属性の魔石みたいに魔法の補助に使える魔石と、腕に着けたり光を灯したりと色々な魔導具に付いている魔石は別物みたい。
あ、だから武器用に加工されるのか。杖として。
魔導具として加工された魔石は魔法補助に使えない。覚えておこう。
でも魔石が消耗品なのは両方とも変わらないし……どうするんだろう。
「顔に出てるわよリィン。安心なさい、魔石修理は朝飯前のエルフ。冒険者ギルドに所属したエルフは魔石修理も出来なきゃいけないのよね……!」
ケケケ、とわるぅい顔をしたメルクリウスさん。
リリーフィアさん、そういえば受付に魔導具沢山置いてたな。あれ、もしかして魔石修理? 回復? の依頼とかだったのかな。
ウチのクソ師匠も出来るのだろうか。
「お互い冒険者なら致命傷が何か分かるわね? 寸止めや峰打ちでも勝敗はついたことにする。──アタシの判断は、絶対よ」
だから勝敗決まった後にグズグズ言うなってことね。オーケー、理解した。
別に殺してしまっても構わんのだろう?
さて、さて。どう倒そうか。
おろボケは両方とも片手剣を使っている。特に盾がある訳でもない。ペインのような盾持ち片手剣使いに比べて、武器が少し大きいように思える。
おろボケAはライアーの真正面に。おろボケBはAの少し後ろに。
2人を同時に相手するのではなく、1人をさっさと片付ける方が安全策かな。
「Dランクコンビ対Fランクコンビ。対戦開始!」
声と共にザッと踏み込むライアーの足音を聞きながら、私はおろボケAに魔法を放った。体勢を崩させてもらう……! イメージするはリリーフィアさんの風魔法!
〝ウィンドスラッシュ〟!
「うわっ!」
──スカッ
「……え?」
ライアーが呆然と声を零す。
「………………。」
私が強い風を起こすと、おろボケが尻もちをつく位の威力にはなった。ブラストと違いスラッシュなので服も皮も少し切れているけど。
言い訳をさせていただきますと、私は無詠唱なので魔法の発動が速いから、ぶっちゃけ前衛職の足より先に魔法が到達するんだよね。
私の魔法のせいで、ライアーがおろボケAの首筋を狙った致命傷確定であろう攻撃が……──空振りした。
気まずい空気が流れる。
流石のおろボケAもBも、黙ったまま呆然とその場を動かない。
「小娘ーーーーッ!!!!!」
「コンビネーションッッッ!」
ダメだ! 私たち本当にコンビネーションが壊滅的だ!
「お前はなんだ!? 俺じゃなくてあいつらの味方をしてぇのか!?」
「別にそんな気は微塵もなきですけどね!? ライアーが走る速度速きが悪いですよ!? 私の魔法と同等ってどういうことぞり!?」
「そりゃどうもありがとな!?」
「あれ!? 褒めるすた、つもりは無きですけど!?」
別に褒めてないし私の魔法速度知ってんなら足並み揃えて欲しいよね!
それに! 微妙に! 私の方が! 速かった!
「俺に合わせろよ小娘」
「てめぇが合わせるしろよおっさん」
ジリジリと睨み合う。よく分かった、この場の敵はおろボケじゃなくてこのおっさんだ。
「は、はは……た、ッ、たかがFランクごときにDランクの俺たちが負けるわけが」
「ほっ、炎よ! 生命の炎よ、生まれ集い破壊を生み出せ!──〝ファイアボール〟!」
「「うるさいッッッ!」」
〝マジックシールド〟!
おろボケBが放った魔法は水を練りこんだ魔法防護壁に阻まれ、空中で消え去った。
マジックシールド。防御魔法の1つ。
とりあえずこれさえ覚えとけば万能で、火は水に、風は土に。対極に位置する物質属性を練り込めばより強度は増す。
ここら辺は魔法学の、『四元素の属性による相殺と相乗効果』って項目にあるから今度学び直そう。
閑話休題。
それより目の前の問題について。
……よし。
「……1対1だ」
「タイマンですぞね」
コンビネーションは捨てた。
ライアーはおろボケAを、私はおろボケBを狙う。
秒で片を付けてやる。
一歩踏み出せばおろボケは距離を取って武器を構えた。
魔法職相手に距離を取るとは片腹痛い。
「Fランクだからって俺を舐めるな」
ライアーが地面を蹴ると、あっという間に相手に詰め寄り、左手の篭手で顎をぶん殴った。
ゴッ、という音。おそらく顎は割れた。
続け様にライアーが剣を振るう。動きは刺突……喉。
刺さる、そう思った瞬間にガインッと光を発しながら防がれた。なるほど、致命傷を防ぐ魔導具。
隣の惨劇にびびったのか、瞳を揺らしながらおろボケBも攻撃に入った。
「ほ、炎よ! 生命の炎よ」
「〝ロックウォール〟」
速度っていう格が違うんだよ。
私の魔法は土の壁を生み出すもの。生み出した場所は足を開いて詠唱している男の……──足の間だ。
「ぎっっっっ!」
「ひっ」
「うわ」
ありゃ、致命傷になるかと思ったけどならないんだ。
「悪魔の所業だ……人間じゃねぇ……」
「嘘だろ……」
私は優雅に歩いて悶えているおろボケの元に向かった。
「いつ、致命傷認定ぞされるかな~!」
〝アイテムボックス〟
「え、箒?」
穂先を顔面にフルスイングした。
「いッ!」
子供の腕力だし穂先だからやわらかいし致命傷にはならないでしょう。
死ぬほどチクチクするし顔全体がむず痒いだろうけど。
「もういっちょ」
思わず顔を押さえたおろボケ。今、腕は、上に、上がっているね?
ニンマリ笑って放棄の柄を股間に命中させた。
「あ゛ぁああおあ゛!」
ふむ、致命傷には程遠いな。もう1回なんかやってみ──。
「馬鹿おいお前ストップやめろ馬鹿」
背中から羽交い締めにされた。あ、しかもめっちゃ力強い。
何やってくれるのよ。まだ致命傷与えてないのに。
それに相手は手を出せない状態だから私に猶予があるし……圧倒的有利だし……。
「耳をすませ」
そう言われて耳をすませば聞こえてくる歓喜の声。
『お、男の尊厳が……』
『可哀想に』
『あれがFランクとか嘘だろ……?』
『鬼畜だ、人の所業じゃない!』
『喧嘩吹っかけた方が可哀想に思うの何この感情』
……。
歓喜の声! (ゴリ押し)
「しゅ、終了! 終了よ!」
真っ青な顔したメルクリウスさんが慌てて間にはいった。
「貴方達もいいわね!? Fランク……F? このコンビの勝ちで文句ないわね!?」
おろボケAとBは高速で首を縦に振りまくった。
「……叩きのめして欲しかったのは欲しかったけど、それに関しては思惑通りだけど。まさかこういう結末とは」
聞こえてきたメルクリウスさんの声に思わずギョッとした。もしかして、依頼ってこれだった?
公開処刑っていうか、冒険者にしか叩きのめせない冒険者を叩きのめせっていう。
くっそ、まんまと利用されたってわけか。ライアーの馬鹿野郎。
「敵には制裁を与えるしなければ……」
「おまっ、本当にお前の思考回路酷いな」
味方のはずのライアーまでドン引きしていたし冷や汗流していたし心臓がバックバックと激しい音を鳴らしていた。
==========
「目を離せばお前らはさー!」
プンスコ怒りながらペインが幌馬車を動かす。
「め、面目皆目ござりませぬです」
「不思議語で誤魔化そうとすんな! 申し訳ございませんだけは流暢に使えるの知ってんだからな!」
しかもセントルムで被った猫が抜けないまま5時間。
申し訳ないと思ってるけど反省はしない。
「女のウチでもあのやり方はどうかと思うで」
横からちまちまサーチさんが口を挟む。
喧嘩を買ったライアーじゃなくて巻き込まれただけの私がライアーより怒られてるのは素直に不服なんだけど。
ガラガラと馬車の音が続く。
ポツ、ポツ。ぽつり。雨だ。
「……っ!」
「お、入ったか」
肌を触る魔法の気配に思わずマジックシールドを張った。
なんだ、これ。周辺に魔法が降り注いでいる。
「張らなくていいよ。これ、宮廷相談役かなんかだった偉いやつが永遠に雨を降り注がせているんだって」
「なにそれ。つまりこれ、人工雨?」
「そゆこと」
馬車の進行方向を見てみると、大きな大きな海が……。
いや、潮の匂いがしない。
見渡す限りの水だけど、対岸に森が見える。
「湖……?」
「そう。永遠に降り注ぐ水の恵。水を求めて争いあった過去、それを解決するために創られた魔法らしい」
じゃあ害は無さそうだ。
私は魔法壁を解く。
青く晴れ渡り太陽が顔を覗かせるどころかガン見している空模様なのに、雨は湖に降り注いでいる。
街道は遠回りになるので、ショートカットのために舗装されてない獣道を進む。そんな獣道でさえポツポツと糸の雨が道を濡らしていた。
「クアドラードの絶景108選に選ばれる場所、水の都。都って言っても街があるわけじゃなくて、命に繋がるからそう言われてるんだって」
横からペインの顔を覗き込むと、とても優しい瞳をしていた。
「俺、この場所好きなんだよな……」
ペインは湖と同じような瞳に愛しさを浮かべた。
宮廷相談役が創った水。
師匠のエルフにも、全ての魔法は水から始まり水で終わると教わった。
この水はきっと川となり大地を駆け、飲み物に、植物に、命になる。
「私も、好きぞ」
王都はきっと、この先にある。
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