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道中編
第55話 将を射んと欲すればまずは馬を射よ
しおりを挟むあ、これ夢だ。
一日に2回も見るだなんて眠りが浅い証拠だ。
まだペインパーティーの性根を理解しきってないため、そう警戒を緩めることが出来ない。だから眠りが浅いんだろう。
あの中に……まだ……。
なんだろうな。あのパーティー。不安定で、バラバラで。年齢も個性も好みも恐らく出生も点でバラバラ。街の中では困り者のリーダーを愛して支えるパーティーだと、思っていた。けど街の外では困り者はもう1人。途端に、ペインが大人になった。リーダーになった。
あのパーティーは、何故か警戒心が消えていく。だから私はあえて警戒心を意識する。
虎視眈々と狙われているような。特に、ペインの目が。
……ま、いいか。
起こってもないことを警戒しすぎても本末転倒ってわけだ。
「リィン、リィンおいで!」
「まちゅすてぇ!」
白いモヤが夢の中の視界を覆い尽くす。
ファルシュ領の首都メーディオに、私の幼馴染が居た。
私より少し年上のお兄ちゃん。
景色の中で、お兄ちゃんを追いかけてリィンが走っていた。屋敷を抜け出した幼い頃の私。
近所の子だと嘘ついて、幸い前世があったから嘘を隠し通すのは簡単だった。
「おにちゃ、はやきいぃ」
「あはは、ごめんって」
ああそうだ。今更思い返すのは。
──彼の髪色が似ていたからだ。
==========
「ん……」
人の気配で目が覚めた。
幌馬車の中で雑魚寝をしていた空間に、サーチさんとペインが戻ってきた瞬間だった。
「……?」
私の隣で壁(正確に言うと幌)にもたれ掛かり寝ていたライアーも目を覚ました。
「え、2人とも寝入り浅くね?」
「俺もこいつも元ソロ」
ライアーが他を起こさないように簡潔な説明を告げる。
酔っている非常時ならともかく、体調も何も問題がない今。そこまで寝る必要性がない。
ソロ冒険者は1人でなんでもこなすから、寝る作業も見張りの作業も両方しなければならない。だから寝ながら夜番なんて無茶も出来るのだろう私は無理だ。
「ん、交代な」
サーチさんの言葉にのそのそと幌馬車を出ていく。大きな欠伸をしながらおっさんも這い出た。
馬車の外はか細く火がたかれてあり、時折火の粉をはじいて燃えていた。
椅子替わりに置かれた丸太に腰掛ける。
街灯も何も無い真っ暗闇の草原に、ゆらゆらと2人の影が揺れた。
「ライアー」
「ん?」
「コンビ結成すて1ヶ月以上経ちますたが」
私はスン、と表情を無に変えた。
「──2人きりでゆっくり雑談する時間、何気に初なのでは」
「それな」
いや慌ただしい……!
私たちの生活が! 全体的に慌ただしい!
休日にわざわざ連むほどベッタリなわけじゃないけど、冒険者としての活動時間……要は仕事中一緒なのに! なぜ!? 冒険者的なスローライフが送れてないんだ!?
「ハー……」
ライアーは疲れたようにため息を吐き、空を見上げる。
それに習うように見上げれば、満天の星空が輝いていた。
私の知っている星座はない。
「俺は」
小さく呟かれたその言葉に、ゆっくりと顔を向ける。
「20年前。丁度、お前らぐらいの時」
「うん」
「死にかけてんだ」
今までに死にかけたことはもちろんあったけど。
そう付け足して言うが、それでもピックアップするくらいには覚えているんだろう。
それに20年前と言えば戦争の真っ只中。
「川に、毒が流れ込まれて。俺は死に目に遭った。遭わされた」
「盗賊退治で睡眠薬が効かぬですたのって……」
「その頃から薬の効き目が悪くなった。それは毒にも言えるが」
ソロ冒険者の手の内だからと教えて貰えなかったが、吸い込むだけで即座に効く睡眠薬。アレが効かなかった理由が判明した。なんだ、私と一緒だった。
私は他人の策略というか毒耐性を築き上げ信頼関係を木っ端微塵にするためにパパ上が仕込んだ地獄だけど。まさか実の父親に毒を盛られるとは。
「川の下流にいたから、俺たちの村だけで被害は済んだ。多分敵国にとっても俺たちの村しか被害を与えられなかったと思っているだろう。だけ? しか? 冗談じゃねぇ」
ケッと吐き出し、瞳に嫌悪を滲ませる。
「俺はあいつらを許さねぇ。俺を苦しめた首謀者を、絶対に」
拳が強く握り締められている。
ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
嘘じゃなさそう。
というか嘘じゃないと確信できるくらい強い感情に、私の胃が痛くなる。痛い。
それ多分、やらかしたのも雑な対応したのも貴族なんだろうね。
彼の貴族嫌い疑惑は疑惑のままだけど、嫌いの先にある理由が判明した。
「幸い親戚が居たから王都で少し暮らしてたが」
「えっ、王都居たです!?」
「あぁ。まぁ家の外にも出ず、情けないことに年下の従弟の家に居た」
「……は、ヒモニー」
「言わせるか」
「もぎゃあ」
それってヒモニートじゃん! って率直な感想を言おうとしたら防がれた。事実なのに。
口を塞がれたためモゴモゴと抗議の動きを示すもライアーは格好をそのままに話を続けだした。
「その後、仕事の都合で国を跨いだり、転々と暮らしていた。俺も随分歳をとった。もう30を過ぎた。そんな時だ」
あ、嫌な予感がする。というかこれ絶対……。
「従弟が死んだ」
ほーーらね! 知ってた!
暗い景色に感化されて話し始めるのは大概死に話だって相場が決まってんだよ! どこの相場か知らないけど!
「なぁリィン」
熱を帯たような目で、私と目が合った。
口は塞がれたままコツリと額がぶつかり合う。
「お前は……俺の味方で居てくれるよな……?」
まだ肌寒い春の夜。
微かに震えたのは寒さなのか恐怖なのか、それとも。
助けを求めるような、縋るようなその瞳。
私の口を塞いでいた手は答えを求めるようにゆっくりと外された。は、と吐き出した息が私にかかる。
少しずつ近付く。
ライアーの左手が私の頬を撫で、髪を掬い、耳の裏を掠め、後頭部に回る。
揺れた瞳に私の顔が映る。
息を少し吸い込んだ。
「──ケースバイケースで状況次第では無きですか?」
ずるり。ごん。
今の音は私の答えに脱力した男が私の肩に頭をぶつけた瞬間の音。
あ、肩痛いです。重いです。
「……お前……お前ぇ……。普通はここで『ずっと味方だょ』とか『当たり前じゃない』とか、こう、もっと女らしい感じに答えるところだろ。もしくは俺に惚れるところだろ。いつも気丈に振舞っていた彼が見せる弱気な一面にキュンとするとこだろ」
「異世界人なんでちょっと……」
「そういうとこだけ都合のいい疑惑使ってんじゃねーーーーよ」
お前その手口絶対色街の姉ちゃんに使ってたやつでしょ。
わなわなと屈辱に身を震わせて居たライアーが叫ばないように音量に意識しながら抗議を物申す。
「いや私所詮自分第一ですし」
「そのお前を味方につけれるかなんて考えた俺が馬鹿だったよ! クソ!」
「ライアーうるさい」
これもしかしてだけど、落とそうとしてる?
恋は盲目とも言うし、私も誰かを自分に傾倒させるなら恋させるし愛させるよ。その方が手っ取り早いし確実だもん。
金の切れ目が縁の切れ目とは言う。
だけど、愛だの恋だの綻びが可視化できない縁を頼りにすると長期間は関係を維持出来ないし破綻するよ。
ブスッと拗ねくれたライアーが私から顔を背ける。
多分彼の言ってることは事実だろう。真実がどうかは知らないし、まだ隠していることもあるだろう。
だけどまぁ。
「ライアーが私を裏切らぬ限り、味方くらいはしてあげますぞ」
永劫には誓えない。
違うには嘘が多すぎる。私は身分を隠していて、ライアーの嫌う貴族だ。
……これなら私がライアーを裏切る方かもしれないな。
「なんだ、簡単な条件じゃねェか」
ライアーが膝を抱えたまま、私に視線を向けてそう言った。
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