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道中編
第54話 同じ島でも大違い
しおりを挟む「教えてやるともクアドラードの国民共。トリアングロの、小動物ちゃんをさぁ!」
そう言い放ったクレイジーボーイ(22)は完成した料理を手にした私たちから距離を離して幌馬車の側面、風雨や埃を防ぐために防水布で出来た外枠に貼り付ける布である幌を背に向けてスチャッと眼鏡を取り出した。
気分は教卓の先生とその生徒たちだ。
「えーそれでは出席を取りまぁす。1番、ご主人様ぁん」
「ご主人ならともかく様付けは嫌いなんだけど」
ペインがそう答える。
「2番、ドノーマル野郎」
「戦い方も性格も見た目と合致していることをノーマルと呼ぶな」
ラウトさんが呆れながらも珍しく長文を喋った。
「3番、姉御ぉ!」
「はぁい」
今更何もツッコミは入れられないのだろう。リーヴルさんが穏やかに笑った。
「んでそいつはスキップしてぇ」
「ちょお待たんか!」
「あ? 何まな板。まな板は黙って切られてなぁ」
「あっほう! 切られるんはまな板やなくて野菜やボケ!」
「あれれー? オイラはアホとボケどっちぃー? 正解はぁ」
「どっちもやんけ!」
「そういうオレサマが想像できる反応しか出来ねェの一周まわって面白いナ!」
「ダウト」
サーチさんを揶揄う姿を、目を見てないのにペインがジャッジした。多分魔法じゃなくて普通に判断したんだろう。私には噎せすぎて判断がつかない。
「んでー? ゲストのぉ」
こちらを見る目とかち合う。
ライアーが、もう余計なことはさせねぇぞと言わんばかりに膝の間に捕獲している私と。
立膝つけた状態で即座に動けるように私を背後から監視してるの、遠目で見て犯罪じゃない? そんなにキスが堪えた?
「ラリってるこんびぃ?」
「略すな!」
「舌が回らねーのをラリってるつーんだよ」
あぁ、酔っ払ったおっさんのことか。
「(あぁ、こいつの口調のことか)」
流石にちょっと慣れてきた。即物的な害は無いし愉快な曲芸師でも見てると思えばずっといい。あと自分が狂ってる自覚のある人間の方が、無自覚より楽だ。無自覚はタチが悪いから。
うんうん。私は狂ってないし常に正常で冷静だからね。害ある感じの狂ってる輩には手を焼くんだ。
「そんじゃークライシスセンセーのトリアングロ講座始めちゃいマース」
「わーい!」
「おっ、リッちゃんノリいいですねー! オレサマ、5点貰っちゃう」
あ、そこあげるんじゃなくて貰うんだ。配点制かと思えば没収制だった。
「まずぅ、トリアングロには軍があります。あー、多分5つ」
「3つな」
「そそっ、それー! 流石オイラのシャチョーさん」
そうしてどこからかペンを取り出した、幌に書き始めた。サーチさんが『それ洗うんどれだけ大変やと……!』って悲鳴上げてるけど聞いちゃいなかった。
「空軍、陸軍、海軍ー。まっ、これは名前だけであって空ぶっ飛んだり海泳いだりとかそんなのはしないぜー。多分なー。だって、俺が空飛べねーモン」
……飛べそうだけどなぁ。
確か、白蛇であるシュランゲが陸軍だったね。名前を冠する動物の生息地が由来なのだろう。
「んで、幹部は全部で16」
そう前置きをして書き始めた。
空軍。
鶴、烏、鷲、梟
陸軍
犬、猫、鹿、牛、猿、狐、蛇、白蛇
海軍
亀、鯉、蛙、海蛇
「蛇が、3種類ある?」
「なんっか繋がりあるみたいだけどバランス悪いよねー僕ちんもそう思うー! 空軍に入れろよ陸の蛇共」
いやそこにバランスを求めるな。
「んでー。おまいらが知りたがってた狐チャンですがぁ」
なんか喋り方に目を瞑れば会話のキャッチボールも出来るし思っていたより癖が少ないかもしれないと思ってきた。口調は慣れれば適応出来るってのは人生かけて証明してきたしね。ええ私が例題ですが何か。
「死亡フラグボッ「おい」マン」
私の耳を速攻で塞いだのは私を膝の間に入れているライアー。ごめん、隠されている言葉が何か普通に分かった。建設されちゃったのね。バベルの塔が。
「あいつはぁ、真面目で堅物じゃん?」
「知りませぬけど」
「パピーが亡くなっちまってすぐ? 後釜候補も居なかったから座ったやつぅ。アハッ、哀れ哀れ」
人物像が全く出てこないけど、歳が若いこと、そして頑固そうっていうのが口ぶりから見て取れる。
「それで、狐はどういう奴なんだ」
ライアーが低い声でそう問いかけた。
「髪はぁ、血染めの茶色でぇ」
「うん」
「ちょっとまて血染めってなんだ」
「赤みぞかかるすた茶色、では無きですか?」
「せーいかぁーい」
その言葉にライアーは自分の髪の毛を触る。
そういえばライアーも茶髪だったな。
「センセー!」
「ハァーイいやでーす」
「ライアーの髪と如何様な比較ぞ違うが存在する?」
「センセーの血が騒ぐくらい~」
「なるほど」
「……何がなるほどなんだ?」
うっかり殺人欲が刺激されるような、殺したくなるくらいには思える髪色なのか。ライアーは黄色よりの明るい茶色をしているから、それこそがっぽり血を被った……赤褐色ってところね。
「身長はぁー、ボクちん、よりちょっと下ぁ」
下……。
周囲を見渡してみる。ペインは、私より少し高め。150ちょい。サーチさんもそれくらい。リーヴルさんはそれより高めで……。ライアーとラウトさんはお互い180超えてるし、それより低いとなると。
このサイコ野郎が目視で170ちょいだろうから。170cmくらいってとこか。
「そんなに、狐チャン気になる? 俺っちより?」
私の視線で身長の見た目を割り出しているのに気付いたのだろう。ぎょろぎょろと目を大きく開いて首をかしげながら聞いてきた。
「ダクアで起こるすた一連の事件。白蛇の裏に狐ぞ潜んでいるのではないかと思うすたので」
というかそれ以外に動物の名の候補がないから必然的にそうなるだけで。
「いや……。でも所詮盗賊の所有物にあったってだけだろ……? あまり気にしすぎると思考が凝るぜ」
最初にその疑惑を持ち出したのがライアーなのでおろっと心配そうに顔を覗き込んで来た。
嘘。心配そうに……じゃなくて、これ絶対に『そこまで考えるの面倒臭い』って感じの顔だ。
え? そこまで考えんの? 一介の冒険者が? 上に任せるんでいいだろ? って。すっげぇ目で伝えてくる。
……確かに考えすぎかなって思うよ。
私がただの冒険者ならね。
「私たちは、確実に、シュランゲに隠れるすた、黒幕に、狙うされる」
背中を倒すように天を見上げながら、ビシッとライアーの鼻先を指さす。
私が戦いに縁しかない辺境伯の第三女だから困ってんだよおーー!
いいかよく聞け! うそです聞かないで欲しい! でもなぁ! ただの貴族のご令嬢ならともかく戦争が起こったら真っ先に被害を食うのは我が家! 実家!
私の生活圏に火の粉が降り注ぐ可能性があるならなるべくさっさと排除したいし! そもそも冒険者生活に命の危険があるのは耐えられない!
「ちょっとチョットー。拙者無視させるの虫刺され並に嫌いなんですけどぉ~まぢ病みぃ~」
「そういえば、お鶴ちゃん」
「エッ、今ズッキュン来た。誰も呼んでくれねーんだもん。えへへー。オラ、この子、好きー。ミジンコの次に」
「前の家名はなんですたの?」
鶴であった時の家名。
ようやく掴めてきた。面倒臭いところは無視しても大丈夫だ。後で面白いフォローを加えれば。
「グルージャ。今は、オレサマの弟クンか妹チャンが継いでるだろうぜ」
いやその性別結構重要なところ。
話の節々で思っていたんだけど、実力主義の軍事国家な割に幹部の引き継ぎは家系なのね。
最初に功績上げた初代から引き継ぎして行ったってことか。
「……は、まて、そしたらば」
私は元とは言え家名持ちの男を指さした。
「……貴族?」
庶民にも家名がある人はいる。商人とかはいい例だ。
でも、コイツはトリアングロ王国の元幹部。つまりはルーツがハッキリしている男。
疑惑を口にしたらペインが笑った。
「他国とは言え流石に知っておこうぜ」
「あ、ごめんウチも知らん」
間髪入れずにサーチさんが手を上げた。
「はーー。お前もか。流石に20オーバー共は知ってるよな?」
ペインが疑いの目を向けていると、ふとライアーと目が合ったようで指をさされていた。
あ、このスープうまっ。
「はいはい。あー、確かトリアングロは動物幹部と貴族は全くの別物だな。貴族は元から家名があるが、庶民はねぇ。よって、国から与えられる動物の名は、称号でしかない」
「じゃあ具体的に言うするとグルージャもシュランゲも家名では無きなのですね」
家名として考えていたけど、そういえばシュランゲも当主だけが名乗れるとか言っていたな。
家名といえば家名だけど、具体的にいえば家名ではなく称号。
「例えばシュランゲが元々『ヴィズダム・ハイト』って名前の貴族だとするだろ?」
実際貴族だったかさておき、例えを出すなら丁度いいだろう。
「あいつが功績を上げ、白蛇の名を頂戴すりゃ。あいつの名前は『ヴィズダム・ハイト・シュランゲ』で、息子の名前は『ムスコ・ハイト』になるわけだ」
「ほほー……」
貴族の名は当主……というか幹部に限りミドルネームみたいな扱いになるのか。
「んで、庶民の場合。こいつが『クライシス』って名前で、称号を頂戴すりゃ『クライシス・グルージャ』になる。前者も後者も家名として名乗っても別にいいが、まぁクアドラードでも知ってるやつは知ってるからな」
ここまで説明したライアーは不安そうにリーヴルさんとラウトさんに視線を投げた。
「……これであってるっけ?」
「自分より知識がある……ので分からんな」
「大まか正解だと思うわ。それにしても随分詳しいのね」
「まァ、元々トリアングロには足を踏み入れてたし。多少はな」
トリアングロの兵士を殺してたって聞くし、その影響もあるのかな。
「追加するなら、あいつらは軍人らしく全員戦えるみたいだ。元が貴族だろうと庶民だろうと関係ない。同じ名前持ちの幹部となったからには対等で、上下格差をつけるなら戦闘能力」
「そゆこと。ご主人の言うとーり。鳥だけに?」
つっこまないぞ私は。
というか、皆詳しい。いや、詳しいんじゃなくてそれが一般常識か。
「ライアーライアー」
「んぁ?」
「ライアーどっちの国出身?」
「クアドラード」
私と目を合わせたままそう答えた。
「けど」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めると呟いた。
「トリアングロに何年か居た」
「ぽブァ!」
俺の話は別にいいだろ。と言いたげに顔面を大きな手のひらで握られた。
「ま、旅は長い。早く着いても一週間はかかる。夜番を決めて早く休もう」
「ウチ夜番前半希望な。ウチ戦闘は出来へんけど偵察能力はあるから誰とでも組めるで」
「じゃあ俺と組むか。……あぁ、折角だしグリーン領の内にお前らもやってみとくか?」
ペインの言葉が向けられたのは私とライアーだ。
お互い顔を見合わせる。
出来れば、ずっと寝ていたい。
……ま、無理して叶える願いでもないな。
「魔物も獣もそう居ない内に慣れといた方がいいな」
「同感です。んじゃ後半貰うます」
年少が初日から夜番するのはまぁどうかと思うけど。このパーティー対等だし、私も客人ってわけじゃないし。むしろそう外敵が来ない内に経験はしといた方がいいだろう。
「へい青リボン、俺と組んでみる? 俺、寝るけど!」
「寝込みには気をつけろよクライシス。うっかり俺が刺し殺すかもしれないしな」
「んんんーーー! 坊ちゃんの殺気は痺れますなぁー! 高まる」
ペインがなんで何度も命を狙われていたのか。
最初は何かしら普通の理由があったのかもしれないが、2回目以降は絶対に頭パー野郎の趣味だなって思いました。まる。
応援ありがとうございます!
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