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ダクア編

第44話 ウソとかそういうレベルじゃない

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 夜の鐘が鳴り終わり、しばらく経った。
 春の夜はまだ肌寒く、息を吸うと喉を締め付ける冷たさ。

 私は一歩一歩足を進める。ザクザクと足音を鳴らして。

 ほう、と息を吐けば微かに白くなる。
 狂おしい程に美しい月が、夜だと言うのに明るくその地を照らしていた。


 今宵。

「おや、リィンさんじゃありせんか」

 ──悲劇が始まる。



「こんばんは、執事さん」

 闇夜に紛れるその男に、私は笑みを浮かべた。

「この様な場所で何をなさっておいでかな。しかも月明かりがあるとは言え女性がおひとりで……──おっと、ライアー殿もいらっしゃいましたか」

 気遣うフリ・・をした執事さんは、私の後ろに静かに現れた男を見てほほっと笑った。

 今、私たちのいる場所はグリーン子爵邸の中庭だ。

 執事さんは私たちがここに現れることを何も知らない。要するに、彼から見ればただの侵入者ってこと。

「執事さんは何ぞすていたですか?」
「私は見回りですよ。こうして、変な輩が侵入してないか、の」
「えー? どのように? 変な輩、いずこいずこ?」
「遊ぶな」

 見回りで発見した変な輩ってどこにあるんだろー!
 そんな気持ちでキョロキョロ見回していたらライアーに頭を思いっきりひっぱたかれた。

「いてっ! 居ますた居ますた!」
「いましたねえ。というわけでライアー殿には大人しくお縄についてもらいましょうか」
「微妙に否定しにくい立場だから否定はしねぇが百歩譲ってもリィンがそっち側で俺を非難するのは違うだろ」

 コンビ内暴力野郎から受ける暴行にぴえぴえ言いながら執事さんに泣きつくと、執事さんはお茶目なので私の味方に回ってくれた。
 不法侵入してる立場だから弁明の余地も無いよね。

「ですが本当にどうしてここに……」
「それはね」

 私は背を伸ばして耳元に口を寄せる。当然背は届かないので屈んでくれたのだが。

 ぐぬぬ、カッコつかない。

 気を取り直してシリアス装い、私は口に出した。

「──貴方が裏切り者だ、か、ら」

 その言葉にギョッと表情を変えた執事さんは私の傍からスっと距離を離す。

 よし、標準語クリア……! ここで言語ミスったら締まりない感じになるし……!

「は、はは、ほほっ、随分と愉快なことを仰る」
「その動揺が答えぞ語るすていると、思いませぬ?」
「いやこの動揺は純粋に『この方目に疾患を抱えてらっしゃるのでは?』と動揺した次第ですぞ」
「誰の目が節穴ぞ! 私おめめパッチリめちゃくちゃ見えるですけど!? ね、ライアー!」
「…………。…………否定、出来ねぇ」
「何故!?」

 お客様の中にシリアスをお持ちの方はいらっしゃいませんかーー!? (キレ気味)

 あとライアーは真顔で答えんじゃねぇよスットコドッコイ。テメェの眉間で大根下ろすぞ。

「いやだってお前、ここに入る前頭上の侵入者避けの罠を見抜いてた癖にどシンプルな落とし穴にハマったじゃねぇか」
「ゑ???? あの子供の悪戯にですか???」
「黙るしろテメェ!!!!!」

 顔から火が出るほど恥ずかしいからファイアボールぶつけることにしました。避けられた。チィッ!

「ごほんっ。それでは話を戻しますが。裏切り者、と判断した理由や証拠や根拠をお話願いたい」
「そんなものは無き!」
「……無いんですか」

 なんで若干ガッカリしてるんだこの執事。

「正直、私兵団という調査は満足に行う不可能ですし、証拠も既に存在せぬ。貴方が、何を、どこまで犯行すたのかも。キッパリ不明」
「さっぱり不明」
「そう、しゃっきり不明なのです」
「お前それはワザとだな?」

 ドヤ顔で腰に手を当てて言い放つと呆れた視線が私に飛んで来た。

「……ただ。間違いなく『私兵の行方不明』の情報ぞ操作可能は。子爵邸内部にて。──最初は私兵団内部のみかと思うですたが」

 違った。
 私兵団は白だった。

 だから、消去法。


「貴方の目的はグリーン領に混乱を招く事。……違う?」


 私の質問に目を見開いたあと、執事は。





 ==========



「はぁ!?」

 ギルド内部の整理の翌日。
 ペイン達御一行が泊まる宿を(月組が)調べ、突撃した私が告げた依頼にペイン張本人はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

「オレに私兵団のウソを見抜けってぇ!?」
「そう! お願いするですペイン!」

 手のひらを合わせて拝むと、苦虫を噛み潰したあとトマトジュースで口直しをした感じの顔になった。

「いーーーやだね! というかお前普通考えねー?」
「何を?」
「『ペインはもしかしたらこの魔法で辛い思いをしたのかも……気を使って話題にしないようにしよう……きゅるん』とか」
「え? ペインが辛き思いぞすても私は辛くなきですよね?」
「ただの畜生じゃねぇか」

 ペインが過去にトラウマ抱えてようが何しようが。
 それ、今の私に関係ある? ないよね?

「辛き思いすた?」
「そりゃーしたよ。俺にヤサシ~クしてくれる奴らなんてウソの塊。幼い俺は失恋の如くブロークンハート」
「ペインの百発百中的な感じでは無きですけど観察眼あると普通に見抜く可能ですよね」
「……そう、それなんだよな」

 ぼすん、とベッドに倒れ込むペイン。

 確かに確実に分かるというのは辛かったかもしれないけど。私だって多少のウソなら見抜ける。人の顔色伺って生きている人なら私よりずっと見抜けるはずだ。

 ウソに気付くって、普通だよ?

「まー。それに気付くまで時間かかっちまったけど。例えウソ吐いてても口に出した言葉は事実だからウソも利用しまくってやったしー?」
「真実は知らぬところですね!」
「そー!」

 ガバッと起き上がってペインが『完全同意☆』と言わんばかりに指さした。

 キャッキャと笑い合う。

 そうそう、たとえその場しのぎのウソでも口に出したのは本当。言質取ったようなもんだよね!

「俺の魔法は生まれつき。だから多分完全に俺のオリジナルだと思うんだよな」
「へぇ」
「珍しいだろー?」
「凄さ分かりませぬけど」
「おい」

 私とペインがじゃれあいをしているとペインのパーティーメンバーがクスクスと笑っていた。

「ペインの奴が振り回されてる」
「だな」

「おいこらおめーら!」

 避難の声を上げるペインだったが、小指を出した。

「いいぜ。ただし聞きたいことがある」
「んえ?」

 キュッと瞳孔が小さく。
 あ、わかった。これ、目を合わせると発動する魔法だ。

「俺の存在を利用しないと誓えるか?」
「無理だけど」

 即答したら肩をガクッと落とされた。

「現状利用予定ですし、むしろ人付き合いは利用関係……」
「お前、しかもめちゃくちゃ本音だし」

 欠片もウソついてね~。とか頭抱えている。

「別にウソぞ使うしてはダメな魔法では無きでしょ」
「そりゃそうだけど」
「それに、舐めるなぞ」

 私は立ち上がってペインを見下ろす。

「ウソを吐くせずとも、嘘はつけるですよ」



 ==========




「──そうですよ」

 ………………えっ?

「す、ストップ!」
「はいストップします」

 今ちょっと回想が無意味になった答えが発せられた気がする。
 そして私の視界を共有してウソか本当か見抜いてくれるペインの魔力も無駄になった気がする。

 私今『混乱を招くのが狙いか!』って聞いたよね?
 んで、執事は弁明の余地も無く誤解もウソを吐ける要素もなく『イエス』って答えたね?


 ……普通この流れだとウソついて『ピンポンダウト!』って叫ぶところじゃん?
 いやそれより本当に執事が裏切り者……? まじで?

「お、おっけー。何も問題なき」
「問題しかねぇが」

 おかしい。当てずっぽうで聞いてみて、『裏切り者じゃないなら協力要請コース』で『裏切り者なら尋問コース』にご案内するはずだったのに。
 動揺を誘ってどんな展開でもこちらのペースに乗せようと思っていたのに。


「あの、ところで。私が口封じで殺しにかかるとか考えないのですか?」
「うるせー黙るしろ今それどころじゃなき!」
「それどころなんだよなぁ……」

 ライアーの『俺なんでこんなやつとコンビ組んでるんだろ』という副音声がため息と共に聞こえてきた。運が悪いからだよ。
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