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ダクア編
第43話 ザコモブは名前すら出ない
しおりを挟むとある男がいた。
実家による金銭援助という名のコネ入社で、冒険者ギルド協会の職員になっている者が。
男は三男坊であった。
実家は男爵家。とは言えど、実家も金があるだけで貴族としての功績もなく、首の皮1枚で生き延びている。
男は退屈だった。
男は誰にも目をかけられなかった。
名も無き職員で終わる人生。
人生にはスリルが必要だ。
そして働くのはなんとも愚かしい。不労働でいかに金を稼げるか、が人生においての勝ち組。
だが男は三男坊。
働かなければならない。
ああくだらない!
そして男は冒険者ギルドの扉を潜る。
日も登りきった久しぶりの出勤だ。強制招集なんてものすっぽかせば良いが、領主である子爵の名を出されると堪らない。
──ギイ……
「おはようございま……」
形式だけの挨拶を口に出すが、出し切る前に終わる。
ギルド内の気温は外より低く感じた。
視線が全て男に集まる。
その冷たい視線にヒュッと喉が鳴った。
「ようやくいらっしゃいましたね」
「サブマス……! これは一体」
「単刀直入に言います。──貴方はクビです」
見覚えのある顔がズラリと並ぶ。
その視線は全て自分を責め立てる目だった。
「なっ、何を……! 不当な解雇は見過ごせんぞ!」
「不当な行為を働いていたのはどっちだ」
ギルマスが前に出て男を睨む。
元Aランクの冒険者という噂は本当だったのか、その圧にビクリと肩を震わせた。
まずい、非常にまずい。
今ここで職を失うのはまずい……!
男爵家の出とは言えど、貴族として結婚しなければ最早庶民と同じ。ここでの、ギルドでの栄光は実家の金銭支援で成り立っている……!
「お前、ギルドの金を使っていただろう。証拠を見せて欲しければいくらでも見せてやる」
「……それがただの不正ならまだ良かった。あなたが隠した解体費。アレが正しければスタンピードの予兆を察知出来る程の数値だったのに」
そんなことは知らない!
増えていっている解体費に手を付けて何が悪い! だって自分は吹き込まれただけなんだ! 騙されただけなんだ!
顔を隠した男に、解体費の利益を少しずつ下げれば、バレやしないと……!
「だっ」
「何か弁明がおありで?」
「誰だと思っている! この私を! この平和なギルドが成り立っているのは私の家が金を出したからだ! お前らよりも貢献していた! 金だけ貰って適当な理由を付けて解雇か!? 黙っていないぞ!」
男の言葉にダクア支部ギルドマスターが静かに口を開く。
「お前の給料と不正の金額が無ければ、そんな援助は必要ねェんだよ」
ガツン。
頭を鈍器で殴られる感覚。
馬鹿な。そんな馬鹿な。
毎月援助している金額は金貨50枚以上……! その数が賄えるだと!?
「私を、誰だと……、」
数歩後退りする男の視界。人の隙間に隠れて天使が見えた。
金の髪を2つに結び、ヒラヒラと揺れる飾りっけのない青いリボンを着けた最近ダクアに現れた話題の少女。
「リィン! リィンじゃあないか! お前も何か言ってくれ!」
自分に好意的な少女の姿。
宿で食事なんて、と思っていたが、アレよアレよと通いつめたのは自分をほめて認めてくれる少女がいるから。
リィンは笑顔をうかべた。
男の胸に希望が湧き出る。
「──どなたか知りませぬがお疲れ様ですた!」
足元がガラガラと崩れ去る音がした。
==========
不正した3人の処分ようやく終わり、一息ついたギルドの中。
過労死しかけているまともに働いていたギルド職員から贈られる感謝のハグ(全力)を避けて(全力)ライアーの腕の中に入ると、流石に野郎に抱きつくのははばかられたのか皆諦めた。
そんな攻防を繰り広げ終わると、リリーフィアさんが首を傾げた。
「リィンさんアレとお知り合いだったんですか?」
「覚えてなきです」
なんか知ってそうな雰囲気出していたけど、私人の顔覚えるの苦手なんだよね。
アイドル見て同じ顔に見えるみたいに。作画一緒じゃんって思っちゃう。多分ヅラを被れば皆同じ。
この世界髪の毛カラフルで服装にも癖があるからなんとか見分けつくけど。
「アイツあれだろ。宿でめちゃくちゃお前に絡んでたやつ」
「えっ? あー。……?」
「心当たりねぇのか」
「うん」
上から声が掛けられ、下から覗くとライアーが私を見ていた。
言われてみれば居そうな……。いや、やっぱり覚えてないや。
宿で聞いたギルドの汚職暴露した阿呆はもう初っ端で処分したし。うん、やっぱり覚えてない。
「承認欲求強い方ですし、堪えたでしょうね」
ざまぁみろと言いたげにリリーフィアさんが鼻で笑う。
「それより本当にあいつの家からの援助無くなっても良かったのか……?」
「あぁ……それは……」
「大丈夫ぞ」
ギルマスとサブマスが揃って顔を暗くする。
余裕な顔して『問題ない』なんて言っていたけど財政的にはキツい現状。だってダクアは一時的に魔物の素材で潤っているとは言え、基本魔物の素材が採れない地域。
ま、その前提条件があるとはいえど。2人が何に悩んでいるのか、私にはよく分からない。
私は普通の顔をして最適な案を口に出した。
「ギルド内部の依頼ぞしたは子爵です。子爵から支援ぞして貰うすれば完売!」
「完璧な」
「完璧な!」
そういうのも貴族の仕事。
ギルドは無くてはならない組織だし、関わった以上子爵という名前的にも断れないだろう。
「そういえば依頼自体は子爵が報酬を払うんでしたっけ……。でもギルドの方でも何もしないという訳には」
なんと!
ちょっと期待してたけどギルドの内部調査はギルドからも報酬貰えるのか!
貰えるものは貰っとかなきゃ!
「貰えるものは貰っとかなきゃ!」
「標準語で心の声を漏らさないでください」
「お前なんで都合のいいタイミングでまともに喋れるんだよ」
「リィンの口調はどっから来たんだ?」
辺境伯邸から。
多分記憶を吹き飛ばさないと一生治らない気がする。ん? 治る、と言うのはちょっと違うな。正常な状態から異常に変化したものを元に戻すことだから。正常な状態を体験したことがない私は………………。進化?
「ギルマス、どうしますか?」
「あーーーー。……戦闘訓練とか」
「「却下!」」
「はえぇよ断るのが。普通俺やリリーフィアの戦闘訓練って金払ってでも受けるやつだぞ」
普通じゃないので。
「俺リリーフィアちゃんとのデート券」
「私サブマスのアイテムボックス教授願い!」
「私じゃないですか! リィンさんのならともかくライアーさんのは嫌です!」
おっさんの女好きってどこでも発動するよね。リリーフィアさんなら今更だから止めないし助けないけど。
「エルフって不思議ですぞね」
「そうですか? 私たちの種族は人に比べてよっぽど分かりやすい思いますけど」
そうかなぁ。
人はほら、寝て起きたら魔力回復するし魔法の使える上限もあるし。
なのにエルフはなんだっけ。精霊を通して魔法を使う種族、なんでしょ? 場所によって強くなるし面倒臭いじゃん敵に回すと。
「私の師匠もエルフなのですけどね」
「えっ、そうなんですか? あ、いや、空間魔法を使えるならエルフの可能性が高いですよね……」
私も空間魔法がどこから来たのか聞いて納得したよね。でもマジでアイテムボックス教えてくれなかったのは許さない。
「あの、失礼かと思いますが師匠さんのお名前は? エルフ族は古くからありますし、もしかしたら私の知っているエルフかも」
長寿種のエルフならたしかに輪が狭い気がする。あーあのエルフね200年前に会ったよ、とか。予想でしかないけど。
「フェヒ爺!」
「フェヒ爺……。フェ族ですか…………? フェ族なんていましたっけ……?」
フェ族とはなんぞや?
その気持ちをめちゃくちゃ込めて首をグルングルン横に傾げていると、リリーフィアさんが察して小さく笑ったあと説明してくれた。
「私のリリーフィア、という名前ですが。エルフ族は一族の名前を1番最初に。そして師匠の名前を最後尾につける風習があるんです」
「へぇ、そうだったのか。んじゃリリィは人で言うと」
「リ家のフィア流派のリーさん、みたいな感じですね」
「リが頭文字だとリリィの家族で、フィアが語尾に付いてると兄弟弟子か師弟ってことか」
「そういうことです!」
ややこしい名付け方をするな。
「エルフは長寿ですからね。上下や血の繋がりを大切にするんです」
「せんせーしつもーん!」
「ハイハイ、なんですかリィンさん」
「エルフの寿命って如何様?」
師匠の葬儀には生きている内に参加したいから知りたいな。
「ん~……難しい質問ですね」
「んえ?」
「その、エルフ族が寿命で亡くなった例を聞いたことがなくて」
「!?!?!?」
えっ、それはそれでどうなの!?
永遠か!?
「エルフって大概自殺で終わるんですよね」
「あぁ、それで」
「長い期間生きてますし恨みも買いますし現世に飽きますし嫌なところ見まくるので。──あ、私はまだ若いですし、見聞が足りないだけかもしれませんよ?」
取り繕う様に慌て始める。エルフ換算で若いのか人間換算で若いのかちょっとよく分からない。
「……! 俺が歳とってもリリーフィアちゃんの美貌はそのまま……つまり目の保養……?」
「ハハッ、そこに目の保養がいるじゃないですか。中身はさておき」
リリーフィアさんが向ける視線は私だった。
「こいつは……なんだろうな……たしかに顔はいいけど」
「はって何ぞ喧嘩特売中? 言い値で買うぞ」
「成長しても変わらなさそうな……。容易に10年後を期待出来ない童顔」
「よし表出ろジョリ髭寝癖モブ顔加齢臭野郎。テメェの顔面整形すてやる」
「訂正する。顔だけじゃなくて悪口の語彙力もレベルが高い」
ムキーーー!
適当にあしらってくれるんじゃないわよー!
「そういえば、子爵の方はどうなさるんですか?」
「あー、それな」
リリーフィアさんが疑問を浮かべるとライアーが遠い目をした。
「小細工だらけでしょうし庶民にどれもこれも内部を見せるとは思えないので」
うん。そうだよ。
いくら内部調査を依頼しても、いくら私の身元がはっきりしていても。
弱点となるものを早々に晒したくないだろう。
でも盗賊と繋がっている裏切り者が子爵の私兵団にいるのは、因果関係から確実だろう。
「あのですね。──小細工も力技の前には無力なのですよ」
ヒント:ダクアに最近やってきた黒髪碧眼が初対面で使ってきた魔法
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