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ダクア編

第37話 ウソツキ達の交奏曲

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 目が覚めるとそこにはおっさんの顔があった。

「よぉ、よくもロリコンだなんだと叫んでくれたな」

 サラッとライアーの髪の毛が零れ落ちてくる。

 明るい茶色だ。茶色と言っても色々種類はあるが彼の茶色は黄色がかっている。あまり珍しくもない髪色だけど、髪の毛を気にする男性は珍しい。他の冒険者に比べて無茶な活動をしない上に、無類の女好きということも重なって、髪の毛はサラサラだ。汗臭い匂いもしない。

 こうして見上げてみれば素材がいいこと位はわかる。めちゃくちゃ美形、ということは決してないけど、涼しげな目元、男らしい骨格、冒険者特有のガッチリとした筋肉の付き方、かといって筋骨隆々という訳ではなく、手足はスラリと長く、ゴツゴツとした手。
 無精髭とか、髪の毛がボサボサだったりとか、意図的に気を抜いている様なアンバランスな身だしなみ。

 瞼を閉じる。一呼吸、二呼吸。
 よし、思考が落ち着いてきた。

「おい、二度寝すんなよ」

 うっすら肌寒さを感じる室内。
 ライアーの低くて心地よい声を聞きながら、私は拳を握り締めた。

「──不可避パンチ!!!!」
「おぐぁ!?」

 ジョリッとした髭の感触と共に確かな手応えを感じ取った。


 このっ、変態ロリコン野郎……ッッ!

 乙女の寝室に入るとは何事か! 不届き者め!
 であえ! 者共であえーーーい!

 魔法はまだ完全に使えるわけじゃないから! 誰かこいつに正義の鉄槌を!


 ベッドの上に立ち上がると足の感覚がふわりと揺れた。
 あの木の板の上に布を置いただけのようなベッドの感覚じゃなくて、実家や前世で使う様なクッション性のある感覚。

「……ん?」

 足元を見るとベッドだと思っていたそれはソファだった。

「んん?」

 周囲を見回す。
 バラバラと書類が床に広がった。

「…………宿じゃなき」

 内装的にギルドの応接室だ。
 あー、思い出してきた。昨晩、片っ端から数字に関わる書類をリリーフィアさんに頼んで出してもらっていたんだった。
 数字が読めるのを「えっ」って驚いてたけど、そんなに驚くことかな。

 それで、そうだ。不自然なお金の流れがあったから計算して……。

「なるほど、寝落ちるした」

 ぽん、と手を叩いて納得する。
 するとライアーは左の頬を押さえたまま私を見た。

「体重……お前……体重ガッツリ乗せて殴りやがったな……親父にもぶたれたことないのに……殴り方が素人じゃねぇ……」

 殴る作業は自分の手も痛くなるので嫌いですが、大の大人にダメージ入るくらいには殴れるよ。

「おはようライアー」
「おうおはよう。じゃねーわ謝れ」
「例えギルドの中だろうと寝入る乙女ぞ寝顔を閲覧すた段階でアウトですぞ」
「そりゃすいませんねぇ!? リリーフィアちゃんにお前が寝落ちたから迎えに来いって朝っぱらから言われた俺の気持ちなんてわかんねぇでしょうな!?」

 書類が日焼けしないようにカーテン閉めてて分かんなかったけど朝なのか。『もう朝』と言うべきか『まだ朝』と言うべきか、最近の生活スタイルが遅めの活動で、私はよく分からない。

「俺は! お前の! 親か!?」

 叫んでいるライアーを後目に書類を片付けていく。徐々に回復していっているとは言え、魔力は万全とは言い難い。本来なら片付けはサイコキネシス一択なんだけど、渋々体を動かす。

「無視かよ」

 はぁー。と深いため息を吐きながらライアーも手伝い始めた。最近分かったんだけど、ライアーって結構面倒見がいい。かといって余計なことはしたくないみたいだけど。

「それで、何か収穫ぞありますた?」

 私を置いて逃げたライアーさん?
 その気持ちを込めて横目で見るとライアーは鼻を鳴らした。

「あったぜ」

 トン、と書類を整えて箱の中に仕舞う。
 ライアーは机の上に地図を置いた。

「魔導具が気になるって言ってたろ」
「あ、はい」

 ダクア周辺の地図を見る。西北西で魔導具を見つけたんだったか。

「驚け、魔導具は更に4つ見つけた。これ以上があるかもしれないが落し物って線は無くなったな」

 ライアーは魔道具のあった所を地図に書き込んでいく。
 へぇ、ライアー、働ける人なんだ。
 私ももしかしたらあるかもしれない、という予想も立てていたし。

「よし、ここだな」

 地図に書いた場所は、北、南西、南東、東北東。
 均等な位置にあり、五角形を描くようだった。

──コンコン

 ノックが聞こえたかと思えば扉が開く。
 外から入ってきたのはリリーフィアさんだった。

「ライアーさん……。私、貴方にリィンさんを起こして退出してくださいって言いましたよねぇ……?」

 やっば、目が怒ってる。

 私は退出させろなんて話聞いてなかったからセーフだけど! ……だといいな!

「ホッホッホッ、気にしなさるなリリーフィア嬢」

 リリーフィアさんの後ろからヒョコリと顔を出したのはグリーン子爵の執事だった。

「あ」
「……あー」

 貴族と名付く全てが嫌いなのか分からないがライアーは嫌そうな声を上げた。

「昨日はご挨拶も出来ず申し訳ございません。私はヴァルム様の元で働かせていただいております、しがない執事でございます」

 ウィンクをしてグリーン子爵の執事は挨拶をした。

「ご存知かと思うですが、Fランク冒険者のリィンです」
「同じくライアー」

 とてもニッコニッコと輝かしい笑顔で私たちを見る。

「執事さん、子爵と離れるしてよろしきです?」

 執事は軽く目を見開いて私を見た。

「これはこれは……」

 何に驚いているのか分からないけど、どうやら私の言動が気にかかった様。……不思議語、かな。自覚する所なんてそこしかない。

 執事は笑みを浮かべ直した。

「休暇を取りました」
「きゅうか」

 えっ、下級使用人ならともかくそんなトップレベルの執事が休暇を取れるもんなの?

「我が主の机の上に休暇届けをこう……バーン、と……」
「帰るしろ馬鹿!」

 お前の主多分今頃頭抱えてるよ!
 よく分かった、この人多分優秀だけど結構なお茶目さんだ!

「……我が主の私兵団から被害が出ている以上、なんとしてでも事件解決を望みたいですから」
「裏切り者ぞいますたらそりゃね」
「えっ」
「えっ」
「えっ」

「……えっ?」

 私の発言に全員がギョッとなった。3人の視線が私に集中する。
 な、なんですか。

「リィンさん、貴女、内部の裏切りに気付いて……?」
「普通に考えるしてそうでは無きですか? 私兵団に行方不明ぞ発生すれば、子爵は間違いなく調査ぞ派遣する。でも肝心の盗賊は旧別荘にいますたし、調査はされるして無き。逆に、調査されぬように手回しすた、としか思えませぬ」

 ここまで首都に近いと、というか元別荘に拠点を許してしまったんだから、裏切り者の疑いが1番大きいのは子爵本人だったんだけど。
 真意はどうであれ子爵は『ファルシュ辺境伯と繋がりのある私』に内部調査を依頼をしたんだ。辺境伯の方が貴族の爵位は上だし、子爵自体は探られても問題ないと判断したってことになる。

 子爵は内部調査という言葉を使って依頼をした。それって『不備があったかもしれないから探して!』って意味じゃなくて。

 『裏切り者の炙り出し』という意味で間違いないだろう。

「アッハッハッハッハッ、流石、流石はリィン・・・嬢」

 失敬な位大笑いしたあと、私を見た。

「私、リィン嬢のお父上を知っておりまする」
「……………………………………はぁ!?」

 言葉を飲み込むまでにしばらく時間がかかった。
 あ、いや、そこまで不思議なことではないか!? 子爵が知ってそうだったもんね!?

「いやはや、実に愉快。あ、ご安心ください、我が主以外には教えておりませぬ。えぇ、神に誓って」

 聞いてねぇぞ、と言いたげな視線がライアーから私たちに飛んでくる。言ってないからね!

「おま……お前……」
「何故そのように驚く?」

 執事を見て、私を見て、と視線を交互に繰り返していたライアーに聞くと、ライアーは数秒固まったあと、顔を覆って脱力した。

「てっきり……親が居ないもんだと……」
「人間誰しも親ぞいるではなきですか」
「あの、はい、私も失礼ながら。てっきり……」

 リリーフィアさんまで!?

「「異世界から来たもんだと……」」

 どういうこと!?
 えっ、待ってどういうこと!?

「常識知らねぇし、言語不自由だし、金持ってねぇし、挙句各種能力はぶっ飛んでるし」
「この前……あったんですよ……異世界召喚の成功……」

 お、驚きすぎて何も言葉が出てこないし一気にファンタジー要素ぶち込んで来ないで欲しい。しかもこの前って。

 知識が足りなさ過ぎて。というかこの場の全員は話の話題についていけてるの!?
 知らないのもしかして私だけ!?



「私、正真正銘! ファルシュ出身ですけど!?」

 家名的な意味で!







『我が主以外には教えておりませぬ』

 老人は1人愉快そうに笑みを浮かべる。


「(──もちろん、狐の小僧にも)」

 『つまらない男』にくれてやるにはもったいない、『面白い玩具』じゃないか。
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