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ダクア編
第31話 狐と狸の探り合い
しおりを挟む盗賊退治の経緯というか、一連の流れの説明が終わった私に、グリーン子爵は顎に手を当てて考え込んでいた。何を思っているのか分からないけど、眉間には皺を寄せて所々唸っている。
「──そういえば」
1分程だった。
何かを決めたグリーン子爵は私の顔を見て、笑顔を見せた。
「此度起こったスタンピードの件についても、なにか情報は無いかな」
「いえ、残念ですけど、スタンピードの情報は微塵もねェですぞ」
「そちらのライアーも」
「悪ィがねェな」
不躾な口調に、思わず肘鉄を喰らわせる。
流石に敬語くらいは使え馬鹿。ほら見てみろ、執事がとっても笑顔で凝視してきてるじゃんか! 絶対『あなた誰に口聞いてるか分かってますよね?』ってやつだよ!
「ふむ。我々が掴んでいる情報はこうだ。『なんらかの原因で起きたスタンピードを、狐の面を被った女が魔法によって止めた』」
「狐面……ですか……?」
「狐の……。そうだね、女狐と呼ぶ事としよう。街でもそう呼ばれているようだし」
はて、心当たりないぞ?
その気持ちを込めて首を傾げる。
私の態度に少し動揺を見せたグリーン子爵だったが、続きを話した。
「女狐なぁ……」
ライアーが声色に嫌悪を滲ませて呟く。
「まぁ、女狐の起こした魔法で──畑はボロボロ。収穫すべき作物は潰え、財政にも大打撃」
「わァ……」
「まぁスタンピードを起こした魔物の死体が丸々残っているお陰でそこまでピンチとも言わないし、逆によくその程度で被害を食い止めたな、と誉れを与えたいところだ」
よ、よかった。
私の魔法で1番使いやすいのは『空間魔法』だ。その発動と威力には純粋に努力したから。だって楽したかったし。
サイコキネシスが最善だったんだ。領主直々の言葉に安堵する。でもため息を吐いてはいけない。自分の心を押し殺すのって大変だよね。
「女狐の情報を知らないのであれば仕方ない」
大丈夫、先の商会長と同じくグリーン子爵もリィンを知らない。
ならば誤魔化しつつ、逃げだせばいい。
「おっとそうだ。リィン、ライアー。盗賊を見事制圧したキミ達に依頼がある」
はい?
私は思わずライアーを見上げるも、ライアーはギュッと眉間に皺を寄せていた。
わかった、こいつもしかして貴族嫌いだな?
「もちろん断ってくれて構わない。一介の冒険者には荷が重いからね」
「は、はぁ」
「依頼したいのは内部調査だ。冒険者ギルドダクア支部と──我が子爵邸の私兵団」
ギョッと目を見開くどころか、思わず立ち上がった。驚きで立ち上がるというか瞬時に逃げ出そうとしてしまったのだけど。
「盗賊団の件も、スタンピードの件も。私は『偶然』で終わらせてはならない、と思っている」
グリーン子爵はずっと私を見て交渉をしている。
隣にいる、明らかに私よりも大人であるライアーよりも、私を。
実際はさておき、まるでこのコンビにある決定権は私だと言っている様に。
「当然だがタダでなんてケチ臭いことは言わない。結果がどうであれ、『私が直々に依頼をした』という事実は付き纏う。つまり、Fランク冒険者のキミ達に子爵の後ろ盾を」
つまり、依頼を受けて欲しいな♡って言ってる現状ですら子爵と繋がりがあるってことになりませんか!? それって後ろ盾って恩恵の余波を受けている現状私に断れるんですか!?
しかもFランクと強調しているあたり、『Eランクになって強制依頼を受けたくないのはわかっているよ』って言ってるもんだよね。
「まぁ子爵の称号なんて、辺境伯の称号には劣るけどね。リィン、キミの出身はファルシュ領だっただろう?」
………………ん?
今、なんか変な副音声があった気がする。
「えっと、もう一度お願いするです」
「聞き取りにくかったか……。えっと」
グリーン子爵は私の不躾な願いを聞いてくれて、もう一度噛み砕いて言ってくれた。
「私が(地位も権力も持たない)Fランク冒険者のキミの後ろ盾になろう。キミの出身(=貴族令嬢として)のファルシュ辺境伯(の権力)と比べて、子爵の位は劣ってしまうけどね」
……。
…………。
副音声、聞こえちゃった。
「そ、」
「……そ?」
「──そう来たか……!」
ダメだこれ最初っっから断れないやつだ。
『子爵のトップシークレット』を情報を元々掴んでしまっている。明確な口封じがされてないと疑問に思っていたけど、これはアレか。違う、掴んでしまったんじゃない、トップシークレットとして掴まされたのだ!
そもそも『子爵紋章の付いた剣の発見』自体はあまりまずくない。それを『まずいと思った私』が最もまずい。
子爵紋章自体が子爵を揺するネタになると気付いてしまい、重大事件として捉えることが出来る私が!
こんなの『えぇ私貴族のまずいこととか触れられたくないこととか弱点になりうるラインを知ってますよ』って言ってるようなもんじゃん!
それに、この人、わざわざスタンピードの件を口に出した。
魔法職の女って、──果たしてこの街にいる?
女狐はただの通りすがりだろう、と言う推測を話す逃げ道はある。けど、グリーン子爵は確信を持っている。
私が女狐である、と。
「あぁ……」
私は項垂れて頭を抱える。
そうか、そうね。
貴方が私を貴族だと分かっているなら、無礼な庶民として交渉してやるよ。
「それで……──貴方の用意する報酬は? まさかその程度?」
「……!」
「無礼な」
「リィンさん貴族相手です大人しくしてください」
流石の態度に護衛の私兵も、ついでに仲介役としてずっといるリリーフィアさんも止めに入る。執事の老人はピクリと眉を動かし、観察するような視線を私に向けてきていた。
「そうだね、今回のスタンピードで得た素材...…。防衛に参加した冒険者に先に渡さないといけないけど、残る私に上納される金貨を、全てキミに」
「……………………へぇ~?」
それは、私が女狐だと。
スタンピードを解決した魔法職が私だと、そういう前提を持ったまま抜かしてんの?
その金貨、誰が生み出したと?
「ははは、そんな顔をしないでおくれ。安心して欲しい。もちろんそれだけじゃない」
「いや普通に考えりゃ上等だろ」
「貸し、でどうだい」
グリーン子爵は私を見る。
「ファルシュ領出身のキミがグリーン領で冒険者登録をした、ということはキミに地元で登録を出来ない何かしらの理由があった。多分、キミは実家を頼れないんじゃないだろうか」
『深窓の令嬢が庇護下である地元ではなく、グリーン領で生活しているということは、ファルシュ辺境伯の支援は受けられないと見てもいい』って意味ですね。正解です。
むしろ実家から追い出されました。可愛い子には旅をさせよとは言うがほぼ無一文で街に放り投げる親が居てたまるか。
「──舐めてもらっては困るよ、小娘」
読まれてる。
訂正しよう、グリーン子爵の認識を改よう。『リィンを知らないから誤魔化せる』なんて思ったことを。
「私がキミの父代わりになろう。冒険者リィンの。まぁ実際に養子縁組を組む訳にもいかないから、口約束だけれど」
Fランク冒険者を貴族のような動きが出来るようにバックアップをしようってわけね。
後ろ盾ってそういうことか……!
この人、私を知っている。
冒険者としてのリィンも、貴族としてのリアスティーンも、そして女狐としての私も。
「……これだから貴族社会って」
私は両手を上げて降参のポーズを見せると、ソファーにボスンと後ろから倒れ込んだ。
「ライアーごめん負けるした」
「勝ち負け関係あるのかコレ」
ああーー悔しい。この狸親父め!
流石に長年貴族の当主として席について、下準備も事前情報も揃えた男に、不意打ちで行われた交渉──勝てるわけがない!
予め子爵の弱点を掴んでおくんだった。もちろん盗賊の一連の流れを除く。
「ま、話はお前に全部任せてんだから俺が文句言うのはお門違いだろ」
「おっさん……!」
「誰がおっさんだせめておじさまと呼べ」
「ヒモニート……──い゛っっだぁ!」
==========
「いやぁ、見事に庶民らしく貴族らしい感じだったね」
帰りの馬車の中でヴァルム・グリーンが独り言を呟く。
共に連れてきた兵士は外を歩き、執事は御者をやっている。その声に反応する者はいない。
「全く、怖い怖い。報酬の話を切り出された瞬間、獣に睨まれているかと思ったよ」
おかげで大人げなく威嚇をしてしまった。
『庶民』として会話をした彼女だったからセーフだが、少なくとも辺境伯の娘に掛けていい言葉ではない。特に小娘、など。
「頭の回転も早い、うん、私が『知っている』ことを『知った』スピードと言ったら、賞賛に値する」
情報を漏らしたのはコチラだが、それで気付くかは正直賭けだった。しかし、彼女は漏れなく『隠した言葉』も読み取って見せた。なんでちゃんと喋れないのに隠した方を読み取れるんだ。
「……それにしても」
女狐の件だ。
アレは完全にハッタリだった。もう、本当に勘でしかなかった。根拠も証拠も何も無い。
ただ、『ローク・ファルシュの娘なら女狐としてスタンピードを収めても納得出来る』という確証もない確信だった。ハズレる確率の方が高かっただろう。
Fランク冒険者の名前を聞いて嫌な予感はしていたが、まさか本当にロークの娘だとは思わないじゃないか。
「当たりだったねぇ……」
女狐のハッタリは当初予定してなかったが、口に出せば圧倒的に有利に進むだろうと思った。
執事がちらりと視線を寄せてきた時は申し訳ないと思ったが。
でも、彼女は女狐だった。
「よりにもよって『狐』を使うとは」
彼女が女狐だと思った要素。
・ロークの娘である
・金の髪を持っている
・狐面を選べる深窓の令嬢
狐面の報告を受けた瞬間に頭を抱えた私がいるとも知らずに呑気なものだ。
「狐を使う危うさは隣の冒険者の方が知っていた様だけど」
まぁいい。
ヴァルムは解決の目処もたっていないのにもう余裕な気持ちでいっぱいだった。
窓の外の荒れ果てた農地を見て、肘を着く。
「後ろ盾が出来たのはキミだけじゃないよ、リィン」
Fランク冒険者としてでいい。
いつか彼女が社交界に出た時も、我が領と親密な関係を保てるなら。この投資も悪くない。
それに領が少ない被害で救われたのは事実だ。
ヴァルム・グリーン子爵はこれから迫り来る胃痛の予感に気付かず、今後の策を練り始めた。後悔してももう遅い。その第一歩は自ら踏み出してしまったのだから。
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