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閑話

第23話 犬骨折って鷹の餌食

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 スタンピードの最中。
 グレンははぐれてしまったリィンをキョロキョロと探すが、見つからないことに小さく舌打ちをする。

 グリーン領地は基本的に農地が殆どの面積を占めている。
 首都であるダクアもそうだ。農耕が盛んな地域だからこそ、領主は農地確保の為街から少し離れた場所に屋敷を建てた。

 今回のスタンピードの報告が遅れるのは必然的とも言えよう。

「グレン、どうする」

 ザ・ムーンのリーダーを差し置いてサブリーダーのグレンに決断を任せている辺り脳内でハーブを栽培している男の評価は伺えよう。隣にいるのに。


 ダクアに在中する騎士団の実力は高くない。グリーン領にいる限り高ランク推奨魔物と出会うことはほぼないからだ。
 ただ、それは冒険者にも言える。
 ダクアの冒険者の大多数は『ザ・ムーン』に属している。だからこそグレンには分かる。いや、グレンだけではなく冒険者なら全てが分かるだろう。

 月組の最高ランクはC。しかも4人しか居ない。
 ワイバーンなど、推奨ランクがAの魔物を相手にしたって敵うわけが無いということに。

「……ッ」
「グレン!」

 クーバーの悲鳴にも近い叫び声にグレンは必死に策を練る。籠城戦など以ての外。

 どうすれば。
 どうすればいい……!

 脳裏に描いた最悪な策は、一部の冒険者が囮になるという策だった。

「魔法職が……──」

 囮になるぞ、と。喉まででかかった言葉は発することなく消えていった。

 グレンの視界に真っ白な塊が入り込み、それは空に向かって飛んで行ったのだ。

 目を疑うとはまさにコレ。
 驚きで言葉も出ず上を見上げる。

 見間違いか、いや、違う。自分は目だけは・・・・優れている。疑いようもない。

「なんだ、あれ……」

 誰かがそう呟く。月組が揃って見上げている状態に、パニックを起こしていた街の住民もチラホラと上を見上げた。
 狐面を被った白いマントの何かは、距離もあってよく分からない。

 ドドドドドド、と地鳴り。

 何も分からない中で分かる事は、あの狐面が東に向かって魔法を放ったこと、そして…──。

「なぁ、なぁ、俺の友よ!」

 クシャクシャになり、目にきらりと涙を浮かべたリックがグレンを引っ張りながら呼ぶ。

「やっぱ、あの子が俺の主人公なんだ……!」

 リックの野生の嗅覚とも言える直感。
 グレンは見・た・。あの狐面の存在の魂の形を。


 ──そして、彼女がリィンであること。


 東に降り注いだ大雑把な攻撃が止むと、『リィン』は西に飛んで行った。
 果たして彼女をリィンと呼んでいいのか、グレンには分からなかったが。


 ……その時、人の隙間を一陣の風が駆け抜けた。

 時の流れがゆっくりと進む様な思考回路の中で、グレンだけはその風と目が合う。

「(ライアー……!)」

 言葉を発する間もなく過ぎ去って行った存在は、西へ向かっていた。
 リィンが向かった方向へ。

「……! 野郎共、俺たちは東に行く! 撃ち漏らしを決してダクアに入れるな!」

 一見すれば東ではなく西に行くべきかもしれない。だけど、彼女が西に行ったのなら。彼女を追いかけてアイツが向かったのなら。

 グレンの指示に従いリックが駆け出し、クランの人間は負けじと続く。
 最後尾を保って東へ向かうグレンは手に持っていた武器を力いっぱい握り締める。

 メイスの柄がビキリと音を立てる。

「……あッッッッの野郎、やっぱ実力隠してやがったか」

 人の隙間を縫って風とも見間違える速度で走れる人間が、Fランクであってたまるか。Cランクに謝罪しろ。そう、主に俺にな……!

 この苛立ちは全て撃ち漏らしの魔物にぶつけることとしよう。

 別に実力は隠していいのだ。罪ではない。グレンだって隠し事もある。能ある鷹は爪を隠すとは言うが爪どころか鷹であることすら隠されると腹が立つ。くちばしで鳥の種類を当てろと言うのか。理不尽極まりないな。

「〝水ノ回転〟──急急如律令!」

 門の外に出て早速魔法をぶつける。
 突進してきたブラッディボアをまっぷたつにした。

 三分クッキング。お前サンドバッグな。

 間違えて前衛に当てられるとシャレにならないのでもう少し落ち着いて欲しい。そばにいた月組の誰かはそう思った。

「なぁグレン。お前のソレ何?」

 ゼーハーと息切れを起こしながらグレンがその声に振り向いた。

「急急如律令の、ことか?」
「そうそれ」

 ビン、と張り詰めていた弓から矢を放つ。ちなみに真面目に弓を使っているが、男はこの後まだるっこしいと叫びながら矢を手に持って物理で突き刺しに行く。そんな遠距離詐欺師だ。

「詠唱省略って意味だな。急いで魔法を起こせ、みたいな」

 正確に言うと少し違うのだが、非魔法職にはこの説明で伝わる。ふぅんと言う興味の無さげな返事が返ってきた。

「……くそ、高ランク推奨魔物、まだ残ってたか」

 魔物達の屍の中、マンティコアだけが悠々と立ち上がる。
 マンティコアは迷う余地なくAランク推奨だ。1匹だけなのが不幸中の幸いだが無傷なことにより不幸中の不幸でしかない。
 というかファルシュ領地こんなどえらい魔物飼ってるのか。

 月組は連携力が命。
 暴れ狂うリーダーのフォローを取り合うのだ。

 皆それぞれが武器を構える。

「──野郎共! 殺るぞッッッ!」

 リックの雄叫びに全員が反応を示した、その時。
 ──金の光がマンティコアの脳天にぶつかった。

 なんか、何かしら覚悟決めた時に邪魔されてる気がするな。グレンはそう思った。あながちリックの言っていた『俺たちモブ説』が当たっているのかもしれない。
 やる気がシュンと萎えた音を聞いた。

 マンティコアはグラグラと頭を揺らし、ズドンと大きな音を発しながら倒れる。土煙が晴れた時、そこに居たのは黒い馬に乗った、こう、見るからに貴族だろお前と言いたげな格好をした金髪の男が居た。

「(もしかして金髪ってろくな奴いないのでは?)」

 当たりだ。

「あぁ、嫌な予感がする……。どっかのアホの子がなんかやらかす予感が……いややらかした後かもしれないけど……」

 男の名はローク・ファルシュ。
 ファルシュ領の領主であり、リィンの父親だ。

 この男、双子に進言され丁度グリーン子爵の屋敷を訪れる最中だったのだ。

 まさかこの男、娘がダクアに放り投げたほんの2日でトラブルを起こしまくっているとは知りもしなかった。予感はしてるけど。

「ごめんグリーン子爵……!」

 ロークは慌てて移動を再開した。馬は素直に従う。ぶっちゃけマンティコアなど眼中に無い。足先にぶつかった道端の小石の種類など分からない。そういうものだろう。

 馬の速度とは思えない速度で走り去る金髪。





「……なにあれ」

 グレンは放心状態に近いが他の月組は既に撤収準備を始めていた。
 グレン、能力と出自を除けば最もまともな男である。つまりは胃痛の被害者なのだ。アーメン。
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