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冒険者編
第14話 胃痛案件発生してた
しおりを挟むリィンとライアーの『いけない遅刻遅刻☆曲がり角でごっつんこ~来世でお会いしましょう~』交通事故の少し前。
ライアーはお高い店で戦利品を手に入れ、よし後は休むだけだとか怠惰な事を思っていた最中だ。
「おっ、ラグレイト!」
「…………げぇ」
確実にライアーを指差しながら、ライアーとは似ても似つかぬ名前で呼ばれた。
1文字目しか合ってない事をツッコミ入れようか無視しようか。
その数秒の迷いは命とり。
この場合リアル命ではなく人生という非常に曖昧な命なのだが。時間を無駄にすることに変わりはない。
「お前この後暇か?」
「忙しい」
「一緒に伝説の虹色スライム探しに行こうぜ!」
「聞いたんなら聞け!」
有無を言っているのにも関わらず腕を引っ張られるライアー。これ逃げ出すべきだったと気付いた瞬間だ。ナチュラルどころかスタンダードにサイコパス。狂ってやがる。
月組がこいつを1人で出歩かせるわけが無い。どこかにお供がいるはずだ。
「おいリック」
「ん? 俺の事?」
「お前自分の名前は流石に忘れんなよ」
「いやー、アイツが居ないと忘れる忘れる」
「そのアイツはどこだよ」
「グララグラなら先にクラン戻ったぜ? 他にもパフェとチーズケーキとあんころ餅が居たんだけど」
おい誰だそれ。
確実に分かるのはグララグラがグレンであることと、スイーツの羅列が人の名前を仮置きしているとんでもない思考回路だ。殴りたい。
「蝶々追っかけてたらどっか行った」
一瞬考えを要した。
そしてライアーは叫ぶ。
多分どっか行ったのはお前の方だな!?
「絶対どっか行ったのはお前の方だな!?」
思考回路よりも反射的に口から出てくる言葉の方が確信めいていた。
「そういうことでさ! 流石に街の外に出るには誰かと一緒に行けって口煩く言われてるから一緒に行こうぜ!」
「このッ、くそサイコ!」
「そーそー俺の名前サイコだった」
「お前はリックだろうがッッッ!」
毎日狩りをするリックと怠惰に生きるライアー。小細工無しの引っ張り合いてどちらの筋力が上かは考えるまでもなく。
ズルズルと引き摺られるライアーは門番に合掌されながら街道を進んだのだった。
==========
「……と、言うわけで。俺はコイツに連れられてここまで来たっていう経緯」
「「うわぁ」」
「ドン引くな特にグレン」
ライアーの経緯説明に思わず声が漏れる。私を見捨てたから同情はしないしざまぁみろとか思ってるけど、流石にドン引きだった。
ざっと聞くだけでもやばさが分かる。人の話聞かないのかこの人。
「えっ、とぉ。リックさん?」
「ん?」
初めましてのリックさん。いや遠目では見た事あるけど。
私は彼を観察する。
白の短髪。特に目立つ特徴はない。
武器は二刀流なのか盾ではなく片手剣を2本腰に差している。
グレンさんは魔法職だし、2人でコンビをよく組むのだろうか。
「私、リィンです。グレンさんにお世話になるますた。よろしくお願いします? ……まぁ覚えるか分かるませんけど」
「おう! よろしく!」
リックさんは軽く手を上げた。
「俺とこいつ、幼馴染なんだよ」
「ほへぇ」
それは大変だな。ここは素直に同情する。
「確かリックさんは月組のリーダーなのですよね?」
「そうだぜー」
ぬかるんだ地面をべシャリと踏みしめ、リックさんがよしよしと私の頭を撫で来る。特に抵抗をせず大人しく撫でられた。
普通に話してるとまともに見えるんだけどなぁ。
でもリックさんのせいで月組は評判悪いらしいよね。
「つーかなんでリックのバカがクラン作ろうって思ったんだ?」
ライアーがグレンさんに向けて疑問を投げかける。
グレンさんはため息を吐いた。
「その話はまぁ、すると訳が分からなくなる。頭を使うというか。……それより」
グレンさんは真剣な目で私を見た。
うーん、私はそこまで真剣じゃ無いんだけどなぁー。
でも普通に真剣そうな目をする。
「人探す依頼ぞ優先したきです」
私を撫でていたリックさんの手が止まった。
「それは優先しないとな。リィン、どうやって動く?」
その時大人2人がカチリと動きを止めた。
え、何。何事?
「リ、リックお前……。今まさかリィンの名前呼んだ?」
「自分の名前すら危ういのに……?」
どういうこと?
私も流石に人の名前を全て覚えるわけじゃないけど、自分の名前くらいは覚えるよ?
健忘症とか?
「いや、だってこの子ならまだしも俺やお前らは」
殺気!
私はリックさんを思いっきり引っ張って場所を入れ替えると、空にウォーターボールを浮かべた。
──ドパンッ!
炎の矢が水で掻き消える。火の弓は1つではなく、いくつも降り注いだ。
「ッ、敵襲か……!」
ライアーが剣を引き抜いた。
「ライアー!」
炎が飛んできたからと張っていた水の防壁を易々潜り抜ける普通の矢。
ライアーとリックさんの手で何本かは弾かれる。
「〝鼓舞・敏速〟──急急如律令」
リックさんがなにかを呟けば杖の先に着いた大きな魔石から光が灯り、前衛の2人に飛んで行った。
恐らく補助魔法。見てわかるほどライアーとリックさんの速度が速くなる。
ポツリ。
「ん?」
ポツ、ポツポツ。ザァーー。
空に雲が急激にかかり、雨まで降ってきた。
「ッ、はぁ。急急如律令は疲れるんだよっ。──それでリィンお前、今詠唱と発動呪文してたか?」
「いえ、全く」
魔法職を前にして誤魔化せるわけもなく。
私は素直に答えた。
「弓の雨に普通の雨。いや、急過ぎるな」
「攻撃の意思しか感じませぬ」
ふと地面を見る。
今まで歩いていた足跡が消えていた。
「痕跡削除!?」
私が思わずグレンさんを見上げると、その言葉にハッとしたグレンさんも気付いた。
前衛2人は最大に警戒してくれている。推理するのは私たちだ。
これはもしかしなくても、人の仕業。
そしてもしかしなくても。
「証拠もなく、連れ去られた可能性があるな」
そう、街道の横の茂みから現れた。
「さてさて、お前らを生きて返す訳にはいかねぇな」
荒れくれ者達の手によって。
込み上げる胃痛に吐き気が伴って来た。これは迷う余地なく胃痛案件です。
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