最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音

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第5話 災厄の周辺

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 ファルシュ領 首都メーディオ 辺境伯邸

 愛娘をほぼその身一つでお隣さんに放り出した鬼──もとい父親は、心配することも無く執務室で仕事を片付けていた。

「入りますわお父様」
「失礼します」

 コンコンと軽いノックと共に入ってきた子供はウィリアムとレイラ。つまるところリィン捕獲の一手を打った双子だった。

「あぁ、丁度良かった」

 そろそろ学園の休暇も開ける頃。恐らく双子は王都に向かう準備を終わらせたであろう。そろそろ出発の時間だ。

「リアスティーンのことですけれど」

 レイラが開口一番に切り込む。

「おや、街に放り出すのは反対だったかな?」

 その言葉にレイラは無言で首を振る。

「いいえ。貴方ならそうすると思っていましたもの」

 父親であるロークにレイラはニコリと笑った。

 読めてるよねー。うん。知ってたけど。
 あな恐ろしや。ロークは我が娘ながらぞくりとした恐ろしさを抱いた。親の顔が見てみたいものだ。

「あの子は昔から変わっていましたわ。ね、ウィル」
「うん……。何度屋敷を抜け出したか分からないし」
「その割には小心者ですのよね」

 クスクスと笑い始める双子。そんな姿を父親は微笑ましい目で見つめる。

「魚釣りに行かせればまだるっこいと池の水全て抜きますし」
「草原で大火事が起こった時はその池の水ぶち撒いて脳筋な解決方法押し付けるし」
「この前潜り込んでた鼠。お父様は外に出てご存知ないでしょうが拷問したのは彼女なのですよ」
「いっそ殺してくださいとか泣いてたね」
「『鼠如きが偉そうに』と言って木に逆さ吊りにしていた時は流石に肝が冷えました。鼠が、死なないか」
「あれどこから来たのか口割って無かったっけ」
「王宮だと聞いたけれど」

 雲行きが怪しい。なんなそのとんでもエピソードは。王宮からの鼠を拷問したのか。
 というか報告をしなさい報告を。話している双子にも張本人にも言える。

「──お父様、グリーン子爵に伝えなくてもよろしいのですか?」

 何やらかすか分からないリアスティーンですよ?
 という副音声が聞こえた様な気がした。

「………………はぁーーーー」

 悩みの種の愛しい子。子供達の中で1番の問題児。
 誰よりも子供らしさを脱ぎ捨て、誰よりも子供らしさを身に付けた猫被りの子供。

 罪の証。

「──先に謝罪しに行ってくる」

 絶対問題しか起こさないと父は思った。



 ==========



 グリーン領 冒険者ギルド ダクア支部

「リリィ」
「あ、ギルマス」

 冒険者が誰も居ないギルドで。
 ギルドマスター、と言う職務に就いている筋肉質の『俺めっちゃ肉体労働派ッスから!』みたいな雰囲気しか醸し出せない男が書類を片手にフロアへ降りてきた。

 受付嬢ことリリーフィアはやれやれと書類を覗き込んだ。

「……あぁ、解体費ですか」
「おう。ギルドの解体費、若干下がってる」
「ふむふむ。解体出来る冒険者は昔と比べて増えてきてますし、そもそも専門技術が必要な魔物を田舎……ゴホン、ダクア支部に持ち込むことは少ないでしょう。気性は比較的穏やかですから」
「これはこのままでいいのか?」
「もっと下がれば考えることになりますね。解体の職員に暇が出てしまいます。……それより」

 リリーフィアはがらんとしたギルドの中を見渡す。
 冒険者はまだいい。この街の冒険者は農民出身が多い事もあり、お昼を過ぎた頃には皆仕事に出ている。

 では、職員はどうだ。

 リリーフィアはもう一度見渡してため息を吐いた。
 職員含め、がらんとしたギルドの現状に。

「ん? リリィ、そいつは新規冒険者の書類か?」
「あ、はい。メーディオ出身だそうです。喋る能力が若干……かなり……結構低いですが、読み書きは問題なく出来ますよ」

 ギルドマスターは『書き直す前の登録書』をじろりと眺めた。そんじょそこらの悪党より怖い顔付きをしている。

「……リリィ、この魔法職の魔力、見たか」
「ええ見ました。貴族と見てもおかしくない程」
「かー。こいつは突然変異か、才能か、はたまた貴族の隠し子か」

 ──残念ながら正真正銘貴族だということをギルドはまだ知らない。

「昨今、庶民と貴族との魔力差は縮まりつつありますからね。これが吉と出るか、凶と出るか。はぁ、頭が痛い話です」
「空間魔法も使えてやがんのか」
「真偽はどうであれ、空間魔法の存在を知っているということには変わりありません。要注目ですね」

 魔法に関して、庶民と貴族の違いなど初期段階に持ち合わせる魔力量でしかない。
 問題はその後だ。教育を受けることが出来るか出来ないか、そしてそれを鍛え上げる時間があるかないか。
 それが庶民と貴族の圧倒的な差であろう。……まぁ、それは魔法職だけでなく前衛職も含め全てに言えることだが。

 その日1日乗り切る生活をしながら訓練する余裕は庶民にない。

 だからこそ、空間魔法の存在を学んだ少女が気になって仕方がない。口調を考えるに、まともな教育は受けてないどころか親ですら居ない疑惑がある。
 ──非常に残念ながら正真正銘貴族だ。

「その子は今?」
「居合わせたライアーさんと一緒に街の外に行きました。依頼ボードから何も剥がしてない所を見るに常設依頼かフリー活動でしょうね」

 ライアー。
 ソロのフリー活動がメインで稼げば夜な夜な色街に金を落としていく。為、朝から活動しないという典型的なダメ人間だ。

 リリーフィアがケッと心の中で唾を吐きかけるとギルドマスターは顎に手を当てて評価を口にした。

「ライアーか……。あいつ万年Fランクだろ。依頼達成しないから」
「面倒臭いとは言ってましたね」
「俺はアイツならもっと上行けると思ってんだがなぁ。なんせ本人のやる気がよぉ」
「魔物追いかけるより女性のケツ追い掛けている方が好きなんでしょう」
「おま……女がケツとか言うなよ」

 あの子がとっても心配なのである。リリーフィアはライアーの様にゲヘゲヘと笑う様な下品なおっさんばかり相手しなければならないので、若くて可愛い女の子は日々の疲れを癒してくれるまさに天使なのだ。
 中身はどうであれ。

「はー。めんどくせぇ。ギルド長なんてやる質じゃねえんだよ俺は」
「知ってますよ。でも、Aランクの冒険者がギルマスになってくれて、とてもありがたいことです」

 本当に。
 リリーフィアは心からの感謝と安堵を飲み込んだ。

 ダクア支部のギルドマスターは4代目だ。先代も先々代も初代もそりゃもうハチャメチャだった。エルフという長寿種だからこそ、彼女は初めっから見てきたのだ。だからこそ思う。

 このギルド、よく潰れないな。と。

 まぁそれは私が尽力したからなんですけどね! リリーフィアはふんふんと自分に腹を立てた。


 Aランクの冒険者、と呼ばれた男はむず痒そうな顔をして返答する。

「元だっての──サブマス」


 ギルドマスターとサブギルドマスターの2人は、これから訪れる何かを肌で感じ取っていた。



 ==========



「ただいま聞いてくれ俺ファンクラブ作ろうと思うんだ!」
「「「「…………は?」」」」

 グリーン領の首都ダクア。
 その街唯一の冒険者クラン『ザ・ムーン』の建物に入った男は、興奮冷めぬまま言い放った。

 狩ってきた獲物もそのまま。
 その男とコンビを組んでいた赤毛の男はゼェゼェと荒い息を吐いている。
 門から爆走してきたのだろう。

「ファンクラブ、作るほどの人間この街にいたか?」
「言い方」
「ほらギルマスとかサブマスとかいるだろ」
「今更な話じゃん? 大体リリーフィアさんって年増……んん゛、過労死寸前の姿とかでファンが居なくなるじゃん」
「お前ほんとに失礼なやつだな」

 クランの建物内にいた男達はアレコレ好き勝手に言い合う。
 ようやく赤毛が息を整えることに成功した。

「…………もしかしてリック。さっきライアーと一緒に居た女の子の事、とか言わないよな」

 先程まで一緒に居た。否、突拍子もなく何かやらかしてしまう幼馴染の手綱を握って居た赤毛の男。グレンが頭の痛みに耐えながらそう聞けば。
 リックと呼ばれた男はイグザクトリーと言わんばかりの笑顔でグッ! と親指を立てた。

「このッッッ、脳内花畑野郎ーーーー!」


 ──今はまだ名も知らぬ少女のファンクラブが、爆速で走り出したことをここに記す。

 クランの誰かの日記にそう書かれる事となった。
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