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プロローグ

第3話 呪文と魔法はとても噛む

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「ううーん」

 依頼ボードを眺める。眺める。

「あ、リィンさん代読しましょうか」
「読む可能故に大丈夫です」
「えっ」
「えっ」

 所持金0から始まった冒険者生活。これだけでタイトルになるんじゃなかろうかと思うほど波乱なスタートだった。
 挙句街中の仕事は無く、街の外に出なければならない。ただし付き添いの大人(要するに18歳以上)が必要。そしてこの世界は皆働き者なので朝の鐘が鳴って3時間以上経ったであろう今の時間にギルドにいる大人なんてものは、無い。

 ああ、なんて幸先が悪い。
 その半分が宿を出たくないとごねてた数時間が原因だと言うのはとりあえず見ないふりしておく。

 リリーフィアさんみたいな暇してるギルド職員に同伴を頼もうにも、恐らく依頼料がかかる。
 裏技として考えていた同伴。そもそも依頼料がなければ始まらない。

 ぶっちゃけ初日はなんとかなるって思ってました──!


 胃がキリキリして止まない。お金が無くて野宿、とかぜっっっったい嫌だ。

「大体服もチクチク刺すして痛き故に早急にお金ぞ必要……」

 衣食住の全てを奪い去られた私に唯一ある衣。
 これがまたとんでもなく質が悪い。これが庶民の平均だと言うのならこの世界の肌は鉄製だと思う。生まれた頃からコレならまだしも貴族として質のいい服ばかり着てきたから麻袋でも被ってるのかって気持ち。

 ……そういえば今日のお昼の食事代もないんだっけ。
 自覚したらグゥっとお腹が鳴った。


 とりあえず残っている依頼をいくつか見てみることにしよう。


 種類:討伐
 推奨ランク:A
 依頼主:代理官
 報酬:基本報酬金貨20枚、1匹当たり金貨1枚
 詳細:ストゥール川に生息するエレキアリゲーターの群れの討伐。討伐確認は舌

 種類:採取(常設)
 推奨ランク:F
 依頼主:冒険者ギルド
 報酬:1株当たり銅貨2枚
 詳細:西の森に生えているインジュリ草の採取。採取から2日以内の物に限る。※傷のある物は買取価格減


 種類:討伐(常設)
 推奨ランク:E
 依頼主:冒険者ギルド
 報酬:1匹当たり銀貨1枚
 詳細:西の森に生息するゴブリンの討伐。討伐確認は右耳

 などなど。
 うーん。ランクFの私が出来るのは採取がいくつかと討伐が2個。ゴブリンと同じくスライムの討伐もあるけど1匹当たり魔石で銅貨5枚……。しょっぼい。

 というか常設依頼かとんでも難易度の依頼しか残ってないな。割のいい依頼は全部朝に持ってかれたのか。

「リィンさん、何か困ってます?」
「あ、えと、いい依頼ぞ無き故に。それとパーティ探索……」

 ガランとしたギルドを眺めてもう一度ため息を吐く。

 しかし神は私を見捨てていなかった。

「ふわぁ……寝み……」

 ギィっと音を立てギルドの扉が開かれた。
 だらしなく服を着崩して髪の毛もボサボサないかにも寝起きといったおっさんが入ってくる。


「遅い朝ですねライアーさん」
「よォリリーフィアちゃん。今日もいいケツしてんな」
「…………(にっこり)」

 神、実は私の事嫌いだな。

 依頼ボードの前で立ち尽くしていた私とおっさんの目が合う。

「リリーフィアちゃんの妹?」
「それならいいんですけ……ど……。そうだライアーさん。貴方前衛職ですよね!」
「へ? 今更それがどうし……」

 その言葉を聞いて私はおっさんの手をギュッ握った。
 いきなりこんな可愛い美少女に詰め寄られたおっさんはギョッとした顔で私を見た。

 私には大人の力が必要なのだ……!

「おじ様、お願い! 私を街の外ぞ誘拐すて!」

 10秒。
 20秒。

 いつまでも続いた空白に終止符を打ったのはリリーフィアさんだった。

「──なんで文字の読み書き出来るのに喋るのがド下手くそなんですかッッッ!」

 それは14年間考え続けてきたことです。



 ==========



「ようし、失敗!」
「失敗じゃなくて出発な、出発」

 青い空! 広い草原! 隣にはおっさん!

 そう、私は無事おっさんを口説き落とせたので門を潜り外に出る事が出来たのだ。
 手紙に書いてた事を律儀に守ってるのも馬鹿らしいけど、パパ上なら多分すぐにバレる。それに私がこの街にいる事を知ってるのだ、パーティを組んだかソロで外に出たかなんて簡単に分かる。

「それにしても嬢ちゃん。街の外に出るつったって荷物はどうしたよ。杖も持ってねぇし」

 開幕早々私はおっさんから全力で目を逸らした。

「……まさか嬢ちゃん」
「無一文ですが何かッ!?」

 笑えよちくしょう! 私だって開始早々無一文になるだなんて思わなかったんだよ!

 思わず頭を掻きむしる。
 今日、なんとか現金を。銀貨1枚以上を入手しないと死んでしまう。食費が一体どれだけかかるのか分からないが質素な食事は耐えきれない。

 だって黒パン不味いんだもん! 美味しいご飯は食べたい!
 昔食べたことあるんだ、もう一生白パンで行くと決めたよね。お米があればお米に変わる。

「嬢ちゃん杖が無くても魔法使えるのか。属性は?」
「攻撃魔法」
「いや魔法の種類じゃなくて属性の方…………ってまさか」
「地水火風全部バッサリです!」
「バッチリな、バッチリ」

 グッ! とサムズアップするとおっさんは額に手を置いて斜め下を見た。深いため息と共に。

 4属性の魔法を使える人間はそんなに少ないだろうか。私のパパ上とか普通に4属性使えるけど。

「えーっと。嬢ちゃんは攻撃魔法が出来るって事だな。射程範囲とかはまぁ実践で把握すっか……」
「おっ……にぃさんは如何様にすて戦う?」

 危ない。おっさんって言いかけた。
 訝しげな目で見られるが言い切ってなければ全部セーフ。

「あー。自己紹介もまだだったな」

 ボリボリと頬をかきながらおっさんは私を見下ろした。

「ライアー、家名は無し。歳は34。好きな物は綺麗な姉ちゃん。戦闘スタイルは──」

 おっさんは左手の篭手と腰に差した片手剣を軽く叩いた。

「コイツ。篭手は金掛けてるから、防御してもよし、殴ってもよし。ま、俺はソロだから篭手で防御するよりは避けて、片手剣で切ってる」

 本当に普段はソロで活動をしているのだろう。
 それだけで戦闘スタイルが確約されている、というか。誰かが絶対必要な戦闘スタイルでは無い。
 彼個人で完結するスタイルだ。

「りゃいあーさん!」
「ライアー」
「らいらー!」
「ラ」「ら」
「イ」「い」
「ア」「あ」
「はい復唱、ライアー」
「おっさん!」
「ぶん殴るぞ」

 なんでそんなに喋るの苦手なんだ? などと私の深淵に触れるようなことをブツブツ言うおっさん。

 今、私に張り付いていた猫がヨロヨロとどこかに行きかけている。こっちに戻っておいで、私はここだよ!

「私、14歳のリィン! 魔法職!」
「ガキンチョリィンちゃんな」
「誰がリィンちゃんだリィンさんだろクソ野郎」
「急に流暢に喋るな!?」

 猫さんは逃げ出してしまいました。
 あーあ。お前のせいです。

「はぁ、言い難いのならライでも良い」
「むぐ、ライ」
「お、ちゃんと言えるな」
「ライアーならまだしもライだとおっさんには若すぎ──いだだだだだだだだだ」

 顔面を、顔面をそんなに躊躇なく握らないで欲しい!
 前衛職の腕力で握り締められると脳みそ溢れるから!

「うっせぇな自覚してんだよ」

 ギブ! と降伏のアピールをするとおっさん改めライアーは手を離してくれた。

 いてて。こんな美少女になんで暴力振るえるの……?

「……はー、1日とは言えこの俺がパーティ組むならもっとボインの姉ちゃんが良かったんだけどな」
「燃やすぞ貴様」
「よーし、その火力はあそこで転がってるスライムにぶつけろ。ゴー!」

 クルッと手のひらを返しておっさんが指さした先には水色のゼリーみたいな球体だった。ぶよんぶよんと動いている。

 仕方ない。流されてやろう。

 おっけー、あれがスライムね。
 スライムといえばどんな読み物でも記録でも言い方は悪いがショボイ生き物。物理攻撃を受け流すから前衛職には嫌われているみたいだけど魔法職である私にとってあまりにも楽勝。

 ま、倒したことないんだけどねー!

「いいか嬢ちゃん。あのスライムの体は火に弱い。核になってる魔石を壊せば倒せるし、体を溶かしても倒せる」

 スライムを定めた私の頭にライアーは肘を置く。意外に面倒見がいいんだな、とかどうでもいい事を考えた脳みそを切り替える。

『──せいぜい〝集中力〟を高めて〝想像力〟と〝思い込み〟で何とかするんじゃな』

 転生する瞬間の声の記憶を辿り、私は火を想起した。

 〝ファイアボール〟

 私の手の先から拳サイズの火球が飛び出し、スライムに命中する。本当に火に弱いのか、呆気ないほど簡単に消え、そこに残ったのは焦げた草と小さな魔石だけだった。

「どうですぞ、おっさ……」
「お前……詠唱だけならまだしも魔法名すら言わなかったな!?」

 ガシッと肩を捕まれ詰め寄られた。感情が昂っているのか顔が近い。

 杖無しも、無詠唱も、家族は皆出来る。魔法名を唱えるのはまぁ普通だけど、言わなくても出来る。……それに魔法名叫ぶの恥ずかしくない? これは前世の感覚、というか羞恥心だろうか。

「俺も魔法に詳しい訳じゃないが、お前貴族レベルと言われてもおかしくないぞ!?」

 ピクリと頬が思わず引き攣る。

「私が貴族とかそのようなる考えが浮かば無きですか」
「その口調で貴族なわけがねぇだろ殺されたいのか」

 表情がスンと真顔に変わった。


 これでも貴族なのだが!?
 私、これでも貴族なのだが!?

 大事な事なので2回言った。口調がボロボロなのは自覚しているけどコレのお陰で貴族だとバレない。泣けばいいのか喜べばいいのか分からない。嘘だちょっと泣いた。

「というか詠唱がなくてもせめて魔法名は出来る限り言え。俺だけじゃなくて、お前が他の奴らと組んだ時が困る。後ろからいつぶっ飛んで来るのかも分からねぇ魔法まで警戒してられねぇ」

 なるほど一理ある。
 そんな彼に私はハッキリ言い放った。

「ファイアボールなれば良きですが、呂律ぞ回転しない魔法名ある故に諦めろ、ぞ!」

 正直4文字ある時点で名前も魔法名も全部怪しい。そもそもウォーターとか言えないから。

 ライアーはガックリ肩を落とした。

「あーーもういい。分かった、次は草原に生息する兎でも倒してみろ」
「うさちゃん?」
「この草原多いからな、兎。草が動いたら大体兎だ」

 そう言われて周囲を見回すと確かに、風の動きではない。草が踊っている。

「集中……ッ」

 〝ファイアボール〟

「あっ、ばか」

 動いている対象物の進む先を目掛けて魔法を撃ち込むとライアーが小さく呟いた。

 なんでだろう。

「あーー、そっからだよな、そうだよな。燃やしたら毛皮も肉も解体出来ねぇだろ」
「あっ」

 あちゃー。そうだよね。
 最終地点は討伐する事ではなく、素材を売る事だもんね。

 もう1回やろう。


 ガサッ。
 ガサゴソ。

 視野を広く見れば5mの距離に1匹それらしい影が見えた。

 〝ウォーターボール〟

 拳より少し大きめの水球が地面に留まる。目標捕えた。

「何、やってんだ?」

 地面についても飛散させない魔法を眺めて、おっさんが訝しげに首を傾げた。

「──窒息待ち」
「お前は鬼畜か!?」

 解体はライアーがやってくれました。

 料理で肉を切るのとは違う感覚がどうにも無理だったのでギブアップしたんだけど、『あんな事やっといて……?』とドン引きした表情を私は多分これからずっと忘れないだろう。

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