海の中から

さばのみそに

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 少年は流木の上にだらしなく座っていた。そして、非常にセンチメンタルな気分であった。思春期を生きる者が往々にしてそのような状態に囚われるのは珍しいことではない。かといって、それに対して周囲の者が腫れ物を触るように扱ったりするのはよくない。なぜなら、彼らは人を払う一方で人との関わりを求めているからである。
 彼よりも年下の――この場合には彼よりも賢いという意味にとって構わない、子供達が白い砂浜で遊んでいた。彼らは足に絡みつく砂を蹴飛ばし、無邪気に笑っていた。
 「そっち見てこ、あっちまでこ。いけるものならいってみてこ」
 くるくる回りながら歌い踊る彼らの姿とそのエスニックな雰囲気を持つ童歌は、少年に邪な神を崇める狂信者を連想させた。
 ざざ、ん。
  波の合間に白い手が見えた。
  肘先から海上に姿を見せる手は、その全体を扇情的に(手に欲情する者がいるかどうかはともかくとして)動かした。
  招かれている。彼はそう感じた。こっちみてこ、あっちきてこ、いけるものならいってみてこ。幼子の奏でるメロディが少年の思考に霞をかける。
 その誘いを振り払うこともできないままに、少年は砂を踏みしめてゆっくりゆっくり海岸へと歩いていった。その砂は日光を余すことなく吸収していて、熱量によって少年が海岸に近づくことを妨げようとしたが、既に五感が鈍くなっていたのであろうか、少年が痛みに気づくことは決してなかった。
 ざざ、ん。
 少年は波打ち際にしゃがみこんだ。ざざ、ん。と揺れる波は彼にとってとても魅力的なものだと錯覚させた。
 手を伸ばした。彼にはそれがとても美しく見えたから。招かれたことが嬉しかったから。
 海から白い手が伸びた。病的に白く、青く、そして美しかった。ぐにゃり、と手首を柔軟に動かし、握手を求めるかのように少年へと手を伸ばした。
 あっちみてこ、こっちみてこ、いけるものならいってみてこ。
 少年の中に僅かに残っていたかもしれない自制心と理性は、メロディに背中を押され、遂には消えてしまった。
 少年は小麦色に焼けた健康的な手を、海に向かって、青白い手に向かって。伸ばした。
 二つの手は絡み合い。しっかりと握りあった。少年は手の冷たさに震えた。その温度は黄泉の温度であった。死者のみがもつ、無機物よりも冷たい、失われたという事実が与える温度だ。
  少年にはその温度すらも心地よく感じられた。
 海の中から無数の手が伸びる。少年の全身に余すところなく触れようとでもするかのように。
 白い手に包まれて、少年は海へと足を進める。そして、するっ、と波の中に消えた。
 こっちみてこ、あっちきてこ、いけるものならいってみてこ。
 青白い肌をした子供達が、忌まわしい響きを持った童歌を、呪いの歌を歌い続けた。
 こっちみてこ、あっちきてこ、いけるものならいってみてこ。
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