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1章 紅葉の都スメラギ

7話 魔王とエリカ

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 過去に遡(さかのぼ)ること二十年前――それは、レイにとっては最悪の〝魔王時代〟の話。

 当時の魔王でもあり、レイの父親である『ラグナス・アザトース』が亡くなり、レイはしぶしぶ魔王の座に就いた。

 魔王の座に就いてからは、人間達の国とも友好関係を結び、平和な環境で何一つ不便もなく過ごしていたが、ある日を境に絶対魔族主義者の連中の行いによりこの友好関係が崩れたのだ。

 それからというもの、悪名高き魔王としてレイは恐れられた。

 地位を利用し、権力を乱用し、魔族・人間関係なく奴隷ように扱うと世界では知られるようになったのだ。

 だが、もちろんレイはそんなことを望まない上、実行したこともない。

 しかし、そういう噂が少しでも広まればこの世界に住む生物が絶滅でもしないかぎり一生自分につきまとってくる。

 その結果《顕現せし災厄》謳われることになったのだ。

 そして人間との友好関係が崩れたということは、各地で戦争も勃発し負けた種族は奴隷として扱われる。大陸によっては魔族は人間を奴隷にし、人間も魔族を奴隷にする。

 レイはそんな世界を気に食わなかった。

 もう一度、人間達との友好関係を築くべく色々と模索はしたが人間達へのメリットが何一つないのだ。

 人間は知識を活かし、さまざまな便利な道具を開発し、さらには水や食料の生産力も上げ、魔族の助けなど等に不要となっていたのだ。

 ある日、レイが今はなき『魔国サジル』の街中を歩いている時、一人の奴隷の少女と路地裏で出会った。

 レイがその少女に手を差し伸べると、その手を取った少女は寂しそうに笑うのだった。

「君、奴隷だね。大丈夫かい?」

「……う、うん」

「両親はどこにいるんだい?」

 レイは辺りを見渡すがそれらしい姿はどこにもない。

「わからないの。どこにいるか」

「うーん、そうか」

「なら、一緒に探してみよう」

 レイはその少女の手を引きながら一緒に両親を探すのだった。

 まず、人間達の奴隷が働く鉱山、次に食堂、そして湖畔など日が暮れるまで探し続けたが一向に見つかる気配すらない。

 そもそもこの『魔国サジル』で働いているのかも怪しくなってくる。
 
 その場合、どうしようもない。

 魔王であり総指揮官であるレイがこの『魔国サジル』を離れる訳にもいかない。指揮を執る者がいなくなれば魔族は必ず絶滅するだろう。

 それだけは絶対に避けないといけない。

 だが、この幼き少女を見捨てた場合、良心も痛み、さらには魔族達からの評判も慈悲がない魔王として謳われるようになるだろう。

 今更、気にすることでもないが。

 なら、少女をどうするのか。

 レイは考えた――両親が見つかるまで少女の面倒を見ようと。

 自分の住居まで少女を案内したレイは名前を問うのだった。

「えっと……君の名前は?」

「なまえないの。きづいたらいつも『ドレイ』っていわれてたの」

「そうか……なら、俺が名前をつけてもいいか?」

「うん、いいよ」

「そうだな…………〝エリカ〟なんてどうだ? この名前はもともと俺の母の名前だ。もうこの世にいないが……。どうだ? 気に入ってくれたか?」

「うん、ありがとう。おにいさん?」

「ああ、そうか。俺の名前はレイだ。レイ・アザトースって言うんだ」

「なら、レイにいだね!」

 レイは恥ずかしく思いつつも悪い気はしなかった。

「両親が見つかるまで、ちゃんと面倒を見てやるから安心しろよ。もうちょっとの我慢だからな」
「うん……」

 エリカはうなずき静かに返事をした。
 

 それから二人で暮らし始めて、一年、二年と月日が流れ、エリカも多少なりとも成長した。

 レイは魔王の職務とエリカの世話を一生懸命にこなす日々。

 エリカには世の中を生きていく上で必要なことをレイが一からすべて叩き込んだ。

 もちろん学勉だけでは、この時代生きていくのは厳しい。戦闘の実力や経験も積んで置かないといざというとき対応ができない。

 男性ならあまり心配はしないが、エリカは女性だ。

 悪い男だって寄って来るかもしれない。

 そんな時に役立つのが戦闘の実力と実践経験だ。

 レイはエリカの身長に合わせた小太刀で戦い方を指南したが、エリカには戦闘の素質があり習得には時間がかからなかった。

 そんな二人の幸せな時間は思わぬ出来事によって終わりを迎えた。

 人間達が兵力を整えこの『魔国サジル』に進軍していると知らせが入ったのだ。

 今の魔族の兵力では勝ち目がなく、まともにやり合うことすら叶わないだろう。

 レイは魔王として、一国の王として決意した。

 自分さえ存在しなければ、世界はきっと平和になるだろう。

 その後は時間がすべて解決してくれるだろう。

 何としてでも『魔国サジル』の住民とエリカだけは逃がさないと。

 エリカに逃げろと言っても自分も残ると言うのは明白だ。

 自分が嫌われる方向に話を持っていこうと考えたレイはエリカを罵倒し突き放した。

「……エリカ話がある」

「……どうしたの? そんな暗い顔して……」

「俺は今から人間共に戦争を仕掛ける。この世界を我が物にするためだ。だから、お前は用済みだ。人間の思考もある程度理解できたしな。お前は扱いやすい良き道具だったぞ」

(本当にエリカと暮らせた時間は楽しかった。頼むから……早く逃げてくれ)

 レイはエリカに発した言葉とは、真逆の気持ちが心の底から込み上げてくる。

 思はずレイは泣きそうになるが必死に涙をこらえるのだった。

「ねえ! 急にどうしたの⁉ レイ兄⁉」

「どうしたもこうしたもあるか! さっさと出て行け! お前は邪魔なんだよ!」

(エリカ……君だけは、生き残ってくれ。愛してる)

「なんで……なんで、そんなこと言うの?」

「お前、殺されたいのか?」

(……頼むから……早く)

 レイは漆黒のオーラを身にまとった。

「こ、怖いよ。レイ兄」

「これを持ってさっさと出て行け!」

「ぐすっ、……もうレイ兄なんて嫌いだぁ! うええぇぇえん!」

 エリカは泣きながらレイに言葉を吐き捨て、太刀を持ち家から飛び出したのだった。

(エリカ、強く生きろよ。今までの時間がすべて俺の宝だ)

 エリカが逃げたのを確認したレイは自分の守るべき者のために人間達との戦いに身を投じるのだった。

「さて、人間を相手にどう戦うか……まあ、戦争はあくまで時間稼ぎだ。そう構えることもない。いるか? ユイナ?」

「はっ」

 レイの背後から現れた黒い影が応答する。

「すべて手筈通りに頼む。わかったな、この魔国は手放すが……勇者だけは何としても殺せ! それがこの世界の平和にする最後の手段だ」

「承知」

 そして結果は――魔族は惨敗。

 魔王は勇者に殺され、人間達の勝利で幕を閉じたのだった。

「ふぅ、危なかったな。〝幻影魔法〟〈影人シャドー〉を発動して正解だったな。まあ、勝てない相手ではなかったが致命傷を負ってしまった。エリカは無事に逃げられただろうか」

 後にレイは今は亡き〝ネム・ユナンシア〟との再会が果たせたのだった。

 そして現在、エリカはレイとの再会に困惑していた。

 あの時の酷い言葉、すべて嘘だと信じたい。だけど、あの時のショックだけはどうしても拭いきれない。

 レイが言ったあの言葉の数々が、もし本心だったらと思うと……。

「エリカ、すまない。今は〝姫〟だな。あの時は本当にすまないことをした。すべてお前を――」

「分かってたよ。あの時……わたしを守ろうと追い出したのも」

「だが……せめて、俺に償いをさせてくれ! 今まで空いた時間を二人でまた……一緒に」

「うん! 昔のレイ兄と変わってないね。また、二人の時間を……ね」

 エリカは浮かない表情をしながら、レイにギュッと抱きつくのだった。
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