上 下
48 / 55
断章 悪魔の誕生

3話 光と闇の交錯

しおりを挟む
 崖から落ちて数時間後。
 
 リリーは目を覚ました。
 落下の影響か身体の節々が痛い。幸い着地直前で風魔法を使えたおかげで即死には至らなかったが、背中にはズキズキとした痛みが走る。

 ポツポツと雨が水溜りに落ちる音。

 痛みと出血のせいでまともに歩けないまま、リリーはその場でじっとしていることしかできなかった。腰に下げた剣を地面に置くと「はぁ……」と息を吐いた。
 着ている鎧はもちろん下着も濡れ寒さが酷い。

 このままではいずれ死に至る。

 リリーは心のなかでそう覚悟していた。
 なんてつまらなくも、惨めな人生だったのだろう。幼少期からずっと親の言いなり、この世界に飛ばされ自分が望んだ通りに生きるようとしても、帝国とやらに勇者として行動制限され何もできない。
 正義を果たそうとしても、この結果だ。

 悔しい、悔しい、悔しい。
 
 苦しい苦しい苦しい苦しい。

「お主、我もとへ」

 近くから女性の声が聞こえた。
 周囲を確認するも、人の姿はない。
 唯一あるのは無惨に放置された死体だけ。

「こっちじゃ……頼む、我の力を」

 リリーは剣を支えにして立ち上がる。
 痛む背中に気を遣いながら、声のする方向に歩き出した。一歩、また一歩とゆっくりと進む。
 
 そして辿り着いた先には、激しく出血した女性の姿。マントを纏い、薄気味悪い仮面を着けている。

「お主が……勇者かの?」
「ええ、そうです」
「何とも律儀な……人族にもお主のような者が、うぅ……まだ、いたのじゃな」
「私は別に律儀などでは。自分が思ったこと一つ果たせない。そんな情けない勇者の一人です」
「フハハッ……だったら、お主に力を託せば……我の悲願を果たしてくれかの? 果たしてくれた先はその力をお主の思うように使うがよい」
「まさか……あなたは魔王、なのですか?」

 リリーは呆気を取られた。
 なぜなら魔王はすでに絶命しているとばかり思っていたからだ。

「……そうじゃ。我の名はリリス」
 
 リリスと名乗る魔王はリリーを信頼したのか、仮面を取って姿を見せた。

 やがて雨は止み、月が見え始めた。
 その光がリリー達二人を照らす。

 リリスの素顔は同性のリリーですら驚くほどの絶世の美女だった。クリクリとした青い瞳はまるで人形のようで、光に照らされた白銀の髪は美しくなびく。

「あなた女性だったのですか?」
「うむ、だからこそこの仮面を着け……ごほごほッ、この世界はまだまだ差別が多いのじゃ。我はそんな世界を変えようと……魔族と人族が共存できる世界を創造しようと」

 そんな言葉にリリーは心打たれた。
 
「あなたの考えは理解しました。でしたら私に力を授けてください。何年、何十年、何百年掛かろうともあなたの悲願を必ず」
「では、頼むのじゃ」

 そしてリリーと魔王リリスとの契約は成立。

 世界はさらなる闇に覆われることになったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
 ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※前回10万文字ほど連載したものを改良し、さらに10万文字追加したものです。

従者♂といかがわしいことをしていたもふもふ獣人辺境伯の夫に離縁を申し出たら何故か溺愛されました

甘酒
恋愛
中流貴族の令嬢であるイズ・ベルラインは、行き遅れであることにコンプレックスを抱いていたが、運良く辺境伯のラーファ・ダルク・エストとの婚姻が決まる。 互いにほぼ面識のない状態での結婚だったが、ラーファはイヌ科の獣人で、犬耳とふわふわの巻き尻尾にイズは魅了される。 しかし、イズは初夜でラーファの機嫌を損ねてしまい、それ以降ずっと夜の営みがない日々を過ごす。 辺境伯の夫人となり、可愛らしいもふもふを眺めていられるだけでも充分だ、とイズは自分に言い聞かせるが、ある日衝撃的な現場を目撃してしまい……。 生真面目なもふもふイヌ科獣人辺境伯×もふもふ大好き令嬢のすれ違い溺愛ラブストーリーです。 ※こんなタイトルですがBL要素はありません。 ※性的描写を含む部分には★が付きます。

絶倫獣人は溺愛幼なじみを懐柔したい

なかな悠桃
恋愛
前作、“静かな獣は柔い幼なじみに熱情を注ぐ”のヒーロー視点になってます。そちらも読んで頂けるとわかりやすいかもしれません。 ※誤字脱字等確認しておりますが見落としなどあると思います。ご了承ください。

誰がための香り【R18】

象の居る
恋愛
オオカミ獣人のジェイクは疫病の後遺症で嗅覚をほぼ失って以来、死んだように生きている。ある日、奴隷商の荷馬車からなんともいえない爽やかな香りがした。利かない鼻に感じる香りをどうしても手に入れたくて、人間の奴隷リディアを買い取る。獣人の国で見下される人間に入れこみ、自分の価値観と感情のあいだで葛藤するジェイクと獣人の恐ろしさを聞いて育ったリディア。2人が歩み寄り始めたころ、後遺症の研究にリディアが巻き込まれる。 初期のジェイクは自分勝手です。 人間を差別する言動がでてきます。 表紙はAKIRA33*📘(@33comic)さんです。

クモ使いだとバカにしているようだけど、俺はクモを使わなくても強いよ?【連載版】

大野半兵衛
ファンタジー
 HOTランキング10入り!(2/10 16:45時点)  やったね! (∩´∀`)∩  公爵家の四男に生まれたスピナーは天才肌の奇人変人、何よりも天邪鬼である。  そんなスピナーは【クモ使い】という加護を授けられた。誰もがマイナー加護だと言う中、スピナーは歓喜した。  マイナー加護を得たスピナーへの風当たりは良くないが、スピナーはすぐに【クモ使い】の加護を使いこなした。  ミネルバと名づけられたただのクモは、すくすくと成長して最強種のドラゴンを屠るくらい強くなった。  スピナーと第四王女との婚約話が持ち上がると、簡単には断れないと父の公爵は言う。  何度も婚約話の破談の危機があるのだが、それはスピナーの望むところだった。むしろ破談させたい。  そんなスピナーと第四王女の婚約の行方は、どうなるのだろうか。

お願い縛っていじめて!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になって還暦も過ぎた私に再び女の幸せを愛情を嫉妬を目覚めさせてくれる独身男性がいる。

ただ君に会いたくて

朱宮あめ
ライト文芸
くたびれたサラリーマン、野上と、アパートの隣人・本田。 野上になぜか懐いてくる本田には、とある秘密があった。

ダメダメ妻が優しい夫に離婚を申し出た結果、めちゃくちゃに犯される話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...