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無能貴族編

35話 俺、転移者と対峙する

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 動揺した信者をよそにケントはミランダの喉元に鞭を打ちつけた。響く「ぎゃあああ!!」と痛みを訴えかける悲鳴。
 その光景を見てケントは満足そうな笑みを浮かべる。

「泣け! 泣け! 泣き叫べ!!」
「……い、いや痛い……いやあああ!!」

 襲撃された時にも感じたが、こいつ只者ではなさそうだ。で、名前からして転移者――勇者なのかもしれない。
 しかし、いかにも強者らしい風格を懸命に見せようと努力しているみたいだが、あれは単に少し強いやつが弱いやつをいたぶっているだけの話だ。
 けども、ここで黙って見てられないのが俺の性分なわけで。

「姉ちゃん、ユリアナ」
「ネオ君、お姉ちゃんが援護する」
「わたしもよ」
「ああ、頼む」

 俺は片手を天に掲げた。
 目の前には次元の狭間が現れ、そこに勢いよく手を入れる。そして引き抜いたのは、“殲滅剣オーバーウェルム”。禍々しい色は相変わらずのようだ。
 でもこれを創造したのが、姉ちゃんだったのはさすがに予想外だった。
 まさかと思うけど、まだ隠し事があるんじゃ?
 いやいや、今はそんなことよりあいつの相手が先だ。
 
「おっと変な空気を感じると思ったらいたんだ。で、それがヤクモをった剣ってだな」
「さて、どうだか……」
「勿体振って、後悔するよ。悪いけど君は殺されるんだ。この僕にね」 
「はいはい、そういうセリフもう聞き飽きたよ」

 俺は殲滅剣を上段に構え振り下ろす。
 斬撃波が真っ直ぐとケント目掛けて飛んでいく。突風を起こり、地面を裂いては戦意喪失した信者をも巻き込む。

 俺と姉ちゃん、そしてユリアナに牙を剥いたやつは徹底的に潰す。それにあのケントってやつにはセレシアのことを聞き出せないといけないからな。

「へぇ~なかなかの威力だね。でも、残念だな。この程度だなんて」

 ケントは鞭一つで斬撃波を消し去った。
 あの威力のものを簡単に消し去るとは、さすがは転移者って感じだな。
 ヤクモと同じく特殊なスキルを所持しているのか、それともあの変わった鞭のおかげか。

「ボーっとしてていいのかな。とっくに僕は後ろに――」
「ああ、気づいてるさ」

 殲滅剣を床に突き刺すと“カゲツルギ”がケントに襲いかかる。
 上手く捌いているように見えるが、実際は手足を含めて数カ所に傷を負っている。トドメを背中から突き刺すつもりだったが、やっぱり魔剣大会のようにはいかない。
 まあ、そりゃ対策するわな。
 同じ転移者のヤクモがああも情けなくられたわけだし。

「はぁはぁ……やっぱりすごいよ。これならヤクモが殺されたのも納得だよ」
「それはどうも」
「君は気づいてるだろうけど、僕は転移者だ。この教団の奴等が信仰するちっぽけな女神ではなく、本当の神に力を授かった。この世界を救えと」
「だって姉ちゃん。神っているんだな」
「みたいね、感慨深いわ~。でも大天使がいるぐらいだもの、その主がいて当然かも!」
「おお、確かにそれはそうだな。アハハハッ」

 と、呑気に話している余裕がある。
 正直、相手はその程度のということだ。

 これならまだヤクモの方が厄介だったかもしれない。だって大蛇を召喚しては操り、さんざん好き放題に試合を自分のペースに引きずり込んでいたからな。
 まあ、あの時は状況だけに俺に戦う力なんて皆無だったっていうのもあるけど。

「君たち、僕をバカにしているの?」
「あ、ごめんごめん。えっと力が何だって?」
「全員僕をバカにして。許さない、許さない君たちもアイツらも全員殺してやる!!」
「ネオ煽りすぎよ! 気をつけて!」

 確かにユリアナの言う通り煽りすぎたかも。
 ここは反省すべき点だ。
 もう相手も怒っちゃって話すらできない状態になってるし。

 今までの姿とは打って変わり、見事なまでに人間を辞めた姿に変貌していた。
 女性のように細かった手足は肥大化し青白く変色している。顔面は溶け潰れダラダラした液体となり床に流れ落ちる。
 しかし厄介なことにその液体は酸性のようで落ちるたびにジューっと音を立て床を溶かす。もう元の原型を保っていないとはこのことだ。

「哀れな姿になったな」
「君たちをれる。これで終わりだ!」

 ケントは肥大化した腕を大きく振り下ろした。
 さすがにこれを真っ向から受けるのは、少々無理があるか。
 そう思った俺はユリアナに指示を出した。

「ユリアナ!」
「ええ、光の精霊よ反撃の障壁カウンターシールド

 ユリアナは俺と姉ちゃんの前に障壁を展開した。
 肥大化した腕の力と圧力が強く乗しかかる。
 際どい表情を浮かべるユリアナ。
 何とか耐えてはいる状況だが、いつ破られるか……。

「ここからよ!」

 障壁は何度か点滅し、肥大化した腕を大きく弾き飛ばした。その反動で化物ケントは背中から転倒する。
 今だ、今しかない。

 俺は殲滅剣に黒き炎を付与した。
 どんな物でも焼き尽くすこの炎は地獄の業火とも呼ばれている。肉体はもちろん魂ごと葬る。

闇魔術ダークエンチャント地獄ノ業火ヘルフレア》。魂ごと燃え尽きろ!」

 目にも止まらない剣戟で何度も何度も化物ケントを斬り裂いた。
 その勢いに燃え盛る炎は天井にまで広がりを見せる。

「ぐぎゃああああ! まだだ、まだ終わらない……君たちを殺すまでは!!」

 化物ケントの再生力はおぞましい物だった。
 斬っても斬っても再生する肉体に俺の剣戟は通用しない。というより、この再生速度に俺の剣戟が追いつかないのだ。

「許さない、僕をこんな……醜い身体に――」
「はぁはぁ……まだやるつもりか」
「僕は負けてない、君たちを殺すまでは死ねない。それになぜ僕たちと敵対する……わからない、なぜ」
「決して敵対しているわけじゃない。たまたまそういう状況になっただけの話だ」
「そのたまたまを疑問に思わないのか……? 神はなぜ僕たちをこの世界に転移させた?」
「いや、俺に聞かれてもな。そもそも本当に神がいるのかすら怪しいんだが」
「そう思うのも無理はない……けどこれだけは君に伝えたい。この世界を破滅に導く者を討つため、僕たちは神に転移させられた……だから本当の敵は僕たちではなく――」

 俺の背後で聞こえたパチンッと指を鳴らす音。
 それと同時に化物ケントは一瞬で灰と化した。
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