3 / 17
1巻
1-3
しおりを挟む
本当だ。下心で誘ったのなら、こんなに気は遣わないし、緊張だってしない。
つむぎという女は、存在は、凪にとってそれだけ特別なのだ。
つむぎにだけは嫌われたくない。つむぎにだけは……
信号で車を停めた凪は、彼女に顔を向けた。
「今も昔も、俺はおまえがいっちゃん好きや」
ついに言ったひと言に、つむぎがにぱっと輝くような笑みを向けてくるから、凪は思わず彼女の後頭部を掴んで抱き寄せ、そのぽてっとした可愛い唇に噛み付いた。
柔らかな下唇をねぶって、口内に舌を捻じ込む。小さくて熱い舌は、軽く触れ合うだけで魂が震えるようだ。
自分の伴侶はやっぱりこの子だと、すでにわかりきっていた答えが出る。
他の誰かじゃもう満たされない。つむぎじゃないと意味がない。
舌の腹をすり合わせ、絡めて吸いながら、凪はゆっくりとつむぎの頬を撫でた。
くちゅっと唇が離れ、ほうと息を吐く。
「……初めてキスした……」
ぽろっとこぼれてきたつむぎのつぶやきに、思わず目を瞠った。
(初めて? 今、初めて言うたか!?)
素で動揺した。
あんなに急に離れ離れになることがわかっていたら、キスのひとつやふたつしとくんだったと思ったのも一度や二度じゃなかったのに。初めて? キスが初めてなら他も全部? 本当に?
この十一年、彼女に男がいなかったことを知って嬉しいはずなのに、あの頃とは違って汚れた自分に気が引ける。
信号が青になるのと同時に、凪は車を発進させた。
「マジか。俺でいいんか?」
「なんで?」
きょとんとした顔も可愛い。なんの疑問も持っていなさそうなつむぎに、凪は自分の首元に手をやって、ワイシャツの襟を軽く引っ張ってみせた。
「なんでって……俺、ほら……」
首元に覗くのは、和彫りの昇り龍の片鱗。親父の組を継ぐと決めたとき、首から左胸、そして左腕にかけて昇り龍を彫ったのだ。それは、裏の世界に一生を置くという凪の覚悟のあらわれ。
凪の父親がヤクザ者だということはつむぎも知っているはずだが、今や凪もそうなのだ。再会したときに気付いているだろうとは思うが、しっかり者のくせに、たまに抜けているのがつむぎだ。
もしも気付いていないのなら、早いうちに教えてやらなくてはならない。
彼女は……普通の女だから。今ならまだ、引き返せる。まだ――
「タトゥー入れたんだ? 今、多いよね~。うちのおじいちゃんも入ってるよ。結構立派なやつ」
返ってきたのは、そんなあっけらかんとした言葉。ドン引きするわけでもなく、まるでファッション感覚で彼女は言うのだ。ワンポイントタトゥーなんかじゃなく、結構ガッツリと入っているのだが。いや、本題はそこじゃない。
「いやいや、俺、ヤクザやってんねんけど……え、もしかして全然気にしない感じ?」
「あはは。なんで今頃そんなの気にするの? 凪くん家がヤクザなんて子供の頃から知ってるじゃん。気にするんだったら、最初から気にしてるよ」
そうか。この子はそう言ってくれるのか。彼女は、本当に昔から変わっていないのだ。
家も、生き方も、気持ちも、凪の全部を受け入れてくれる存在――
(やっぱ、こいつしかおらん!)
「つむぎ!」
運転中にもかかわらず、凪はつむぎを抱き締めると、その唇に二度目のキスをした。
「絶対大事にする!」
◆ ◇ ◆
『絶対大事にする!』――その言葉通り、凪はつむぎを大事にしてくれる。本当に、これ以上ないくらいに大事に。
忙しいだろうに、父親が退院してからもほぼ毎日病院まで迎えに来てくれるというマメさだ。デートも多い。離れ離れだった時間を埋めるように、思い出を確かめるように、凪はつむぎと一緒にいたがる。それがちょっと可愛い。
それに、脱がされるまでは早かったが、実際はそこから半年も時間をかけるのだから、彼の気の長さはつむぎの想像以上だ。
この人はセックス抜きでも、つむぎを想ってくれている。
大事にされている実感と、彼のくれる気持ちを同時に感じて、満たされるものがあるのも確か。でもそんなことをしている間に、季節がふたつも過ぎてしまった。もう十二月だ。
シャワーから上がったつむぎは、キャミソールとショーツ姿で髪にドライヤーを当てながらベッドに腰掛けた。
湯上がりの身体が火照っている。凪もまだ暑いのか、上半身裸で水を飲みながらやってきて、つむぎの隣に座った。
つむぎが独り暮らしをしているのは、こぢんまりとした1DK。キッチンはお粗末だが、洋室部分は九畳と広めだ。つむぎにはちょうどいいこの部屋も、体格のいい凪が寛ぐには狭い。それでも彼は毎日のようにこの部屋に来てくれる。一応、彼にも独り暮らし用のマンションがあるにはあるが、今やそちらは着替えを取りに行くくらいで、最低限の出入りだ。
ヤクザといえば、酒と博打と女。なのに凪は、飲む打つ買う、どれもやらない。
「酒を飲めば運転できねぇ」、「博打は胴元をやるから儲かるんであって、自分が賭けちゃ意味がねぇ」、「女はおまえがいい」と、こんな具合だ。
「あのね、明後日、シフト代わってほしいって言われて。早番が遅番になるの」
「ほうか。ええで、俺迎え行くし。遅番やったら終わりが朝九時やんな?」
「うん」
「お疲れさん。よう働くなぁ。正直、患者が羨ましいわ。俺もつむぎに世話されたい」
突然なにを言い出すのかと、思わず笑ってしまった。これ以上ないくらいの健康体のくせに。
「凪くん、病院ごっこしたいん?」
「めっちゃしたい」
真顔で頷いた凪は、コップを座卓に置いて、つむぎを軽々と抱え上げ自分の腰を跨がせた。
ドライヤーを止めて首を傾げると、凪が緩く開いた胸元に顔を埋めてくる。
ぐりぐりと額を押し当てながら顔を左右に揺らした彼は、次の瞬間には首筋に唇を当ててきた。
つむぎが好んで使うボディソープとシャンプーの混じった甘い香り。それを凪が纏うと艶っぽく感じるから不思議だ。
「つむぎ……好きや」
微かな切なさが滲む声に、きゅっと胸が締め付けられる。
受け入れたい。誰よりも大好きなこの人だから、身体の奥深くで繋がって、溶け合いたい。その気持ちは本物なのに……
(なんでえっちできないの……?)
もしかして……いや、もしかしなくても、身体の相性が悪いんじゃないだろうか? こんなの、付き合っていく上で致命的な――
(そ、そんなはず、ないし……うちら相性ぴったりだもんっ! 昔からずっと仲良しだもんっ!)
――とは言っても、裸の触れ合いは濃密かもしれないが、肝心なことはできていないのだから、男の凪には物足りないはずだ。それに、これだけいい男だ。女がほっとくはずがない。
欲求不満の凪を、他の女が誘ったら……それが発散のためだけだったとしても、凪が一瞬でも他の女を見るなんてつむぎは絶対に許せない!
この人を繋ぎとめたい。どうあっても離したくない。
なら、浮気なんかしないようにつむぎが彼を満足させるべきだ。
「うちも好き。凪くんが大好き」
ちゅっと凪の瞼に口付ける。彼は嬉しそうに笑って、つむぎをベッドに押し倒した。
「つむちゃん、もうどこも行ったらあかんで? ずっと俺の側おりよ……ずっとやで?」
凪が言わんとしていることはわかる。急な転校はつむぎ自身もショックだったが、凪にとっても相当なショックだったのだと、付き合ってから聞いた。それだけ、あの頃から想っていてくれたことが嬉しい。
「うん……どこも行かない」
凪の背中に両手を回しながら、つむぎは柔らかく目を閉じた。
(はぁ……なんとかしたいなぁ……)
セックスは言わずもがな。そしてもうひとつ、つむぎには悩みがあった。
実は、凪にまだ言っていないことがあるのだ。本当は早いところ言ったほうがいいのだろうが、どうにも躊躇ってしまって言えない。
彼はそれを聞いたときなんと言うだろう? 正直、反応はふたつしかないはずだ。
――つむぎから離れていくか、そうでないか。
そのとき、身体を繋げていたなら、つむぎから離れることを躊躇ってはくれないだろうか……
そんな打算的なことを考えてしまうくらい、凪の反応に臆病になっている自分がいる。
「凪くん……」
すりっと凪の胸に頬ずりする。
「ん?」
凪の声に顔を少し上げ、「好き」とひと言つぶやいて、また彼に抱き付いた。
彼を離したくなかった。
◆ ◇ ◆
先輩看護師とシフトの交代をした日の休憩時間。
つむぎは休憩室のテーブルの上に置いてあったおまんじゅうには目もくれず、ソファに座ってスマートフォンにポチポチと文字を入力していた。
(えっと、『えっちで彼のが大きすぎて入りません。なにかいい対策はないでしょうか?』――これで送信っと)
誰にも言えない質問を送るのは、みんなの味方、ヤッホー知恵袋。
悩んでいるだけじゃ駄目だ。行動あるのみ! ここはひとつネットで幅広く皆様のお知恵を拝借しようじゃないか。うまくいけば、有用なアドバイスが得られるかもしれない。と、本人は至って大真面目である。
送った質問に「わたしは処女です」という、超特記事項が抜けていることには気付かず、つむぎはひと仕事終えたつもりで息をついた。
(……どう考えても大きすぎだよ……)
裸でじゃれ合っているときに目にした凪の物を思い出す。
看護師という職業柄、尿道カテーテルや清拭の際に他の男性の物を目にする機会はある。だが、尿道カテーテルは勃起が収まってからするし、陰部清拭の必要がある患者さんで若い人は少ない。両手が動かせるのなら、自分で拭いてもらう。患者さんが自分でできない場合は看護師ふたり組で行い、寝間着を脱がせ、温タオルを作って、拭いて、保湿クリームを塗ってと時間内にやるのだ。それも何人も。
正直言って忙しい。手早くするのが患者さんのためでもある。皮膚に炎症や異変がないかを見ることはあっても、勃起なんて正常な反応は基本スルーなのだ。
だから勃起時の患者さんの物をじっくりと観察することはないのだが、目に入るものは目に入る。そうして目にしてきた物と比べても、確実に凪の物は大きい。通常形態でも大きいのに、臨戦態勢になるとそれが増す。アレが自分の身体の中に入るとはとても思えない。
(でも入るはずなんだよねぇ……)
人体の不思議。つむぎが女である以上、そういう身体の作りになっている。ただまぁ、最初が凪の物なら、人一倍痛いかもしれないが。
一時間半の深夜休憩を終えたつむぎは、ナースステーションに顔を出してから、巡回に向かった。
今夜はいつもより落ち着いているようだ。が、これを口にしてはいけないが暗黙のルール。この言葉を口にしたが最後、なぜか緊急入院や容態の急変が相次いで起こるという不幸に見舞われる。看護師あるあるの鉄板ネタだ。
運よく急変の患者もなく朝六時になると、モーニングケアの時間。
眠気のピークを迎えながらも、経管栄養投与、検温、血糖測定、口腔ケアを行って、七時には朝食の配膳、配薬をする。カルテの記載をして、日勤への引き継ぎが終わったら、朝九時にようやく退勤だ。
夜間出入り口のドアの隙間から、無情な朝日が差し込んでいる。寒いが解放感がはんぱない。夜勤明けは休みを二日連続で取ることができるから、凪とラブラブして過ごそう。
(凪くん、もう来てるかな?)
足取りも軽く、外へ向かおうとすると、後ろから声をかけられた。
「黒田さん、今終わり?」
振り返ると、当直だった男性医師が小走りで近付いてくる。
彼は同い年の救急外来の研修医で、つむぎがこの病院に入って間もない頃から、気を遣って時々話しかけてくれるのだ。救急外来に入ってきた凪の父親を最初に診たのもこの医師だ。医師の当直明けは八時のはずだが、残業していたのだろう。
「お疲れ様です。はい、今日は上がりです。先生もですか?」
会釈をしながら答えると、医師は伸びをしながら頷いた。
「うん。病棟に回した患者さんでちょっと気になる人がいたから確認してて」
つむぎがもう一度、「お疲れ様です」と頭を下げれば、彼は照れくさそうに笑って夜間入り口のドアを開けてくれた。外に出るとサーッと風が吹き込んできて、つむぎはコートの襟を掻き合わせた。
「そこまで一緒に帰ってええ?」
彼は車通勤だったはずだから駐車場までだろう。勝手にそう解釈して「もちろんです」と頷くと、医師は「知ってる?」と話を振ってきた。
「なんか最近、うちの病院の周りにガラの悪い連中がうろついてるらしいよ。半年くらい前に、暴力団関係者が入院してきたせいかな? もうとっくに退院してるのに……。これだからいやなんだ、暴力団関係者って。黒田さんも気を付けて」
「っ!」
心当たりがありすぎて、思わずドキッとした。ちょっぴり視線が泳いでしまう。
(え、それって、もしかして、もしかしなくても凪くんのこと……?)
半年前に入院してきた暴力団関係者が、凪の父親なのは言わずもがな。そして、凪の父親が退院しても、凪はつむぎを送迎するために病院まで来てくれていた。凪以外の暴力団関係者は見たことがないので、必然的に彼を指していることになってしまう。
迎えに来てくれるときはスーツが多い凪ではあるが、極稀にゆるっとしたシャツで迎えに来てくれることがある。もしかするとそのとき、彼の刺青が見えてしまった可能性はあった。長袖でも首の刺青は見えることがあるから。あの体格で刺青ありとなれば、確かに筋者にしか見えないだろう。
「はは……そうなんですねぇ」
「駅まで送ろうか? 俺、車だし――」
「つむー」
声のしたほうに目をやると、凪が全開にした車の運転席の窓から手を出していた。今日もスーツだ。ネクタイはなかったが。
「あ、先生。迎えが来たので。失礼します」
「え? あ、黒田さん!?」
医師がなにか言おうとするのも聞かずに凪の車へと走り寄ると、サッと助手席に乗り込んだ。
「ただいま!」
「おー。お疲れさん」
ぽんぽんと凪が頭を撫でてくれる。凪は今日も優しい。
彼は確かにヤクザだけれど、ただこうしてつむぎを迎えに来てくれるだけだ。暴れたり、人に迷惑をかけることをしたりしているわけじゃない。病院に実害はなにもないはず……
つむぎが微笑むと、彼はクイッと親指で窓の外を指差した。
「なぁ、あれ誰?」
「ん? ああ。うちの病院の先生だよ。救急外来担当なんだ。凪くんのお父さんを最初に診てくれた先生もあの人だよ」
入院になってからは、入院治療担当医が診療を引き継ぐから、凪はあの研修医に会ったことはないかもしれないが。
「ふーん?」
凪は研修医のほうをチラリと見やると、突然、つむぎの顎を掴んでカプッと噛み付くように口付けてきた。
口内に舌を差し入れ、舐めるように舌をすり合わせてからしっかりと吸い上げるキスに、身体がじわっと熱くなって息が上がる。
離れようとしても離してもらえず、逆により深く舌を差し込まれてしまう。
「んっ、んんっ……ん――ぷは――――もう……びっくりしたじゃない……」
人に見られたかもしれないという以前に、凪のキスは執拗なのに甘くってドキドキするからいけない。火照った顔を手うちわで扇ぎながら凪を睨むと、彼はニヤリと意地悪そうに笑った。
「んー。ちょっと牽制しとこーと思って。――つむぎは俺のやし」
「――!?」
牽制? まさか、あの医師に? つむぎが盗られると思って!?
気が付いたつむぎが「えっ」と驚きの声を上げると、凪はプイッと顔を逸らしてハンドルを握った。
マンションに帰ってシャワーを浴びて出てくると、キッチンでフライパンを片手に凪が振り返った。
「飯、もうできるからな」
「わぁ~ありがとう! あ、チャーハンだ。凪くんのチャーハン大好き!」
もこもこの部屋着を着てから凪の大きな背中に飛び付く。
意外なことに凪は時々料理を作ってくれる。レパートリーは多くないし、大抵一品料理だけど、繊細な味付けでお店の味がする。なんでも、組関係の知り合いに教えてもらったレシピらしい。趣味というわけではないらしいが、進んでやってくれるところを見るに嫌いではないらしい。
凪はちゃぶ台の上にチャーハンを置いて床に座ると、自身の太腿をペシペシと軽く叩いた。
「ここ座り」
「座るの? 重くない?」
躊躇うと、彼が「ははっ」と軽く笑った。
「重いわけあるか。つむぎやぞ。軽い軽い」
「じゃ、失礼して……」
凪の膝に座って、チャーハンを口に運んでいると、ふと髪を撫でられた。
「あんなぁ、つむちゃん。俺、来週、組の用事あんねん。何日か来れんから。ごめんなぁ」
「そうなんだ?」
肩越しに振り返る。
「十二月十三日が事始めやねん。関西ヤクザの正月や」と教えてくれた。
事始めとは初めて聞いたが、忘年会と正月を一気にするようなものらしい。
抗争の絶えない汪仁会の本家は、ついに今年、特定抗争指定暴力団に指定されてしまった。そのため、総本部のある市が警戒区域となり、事務所が使えないだけでなく、大勢で集まることも禁止されることになる。やむを得ず、今年の事始めは県外の二次団体の事務所で行うため、泊まりがけになるんだそうだ。そこに、椎塚組若頭の凪も出席するのだという。
「はぁ、本家での集まりやったら、近いから日帰りやってんけどな。怠いわ。絶対飲んでるし、泊まりになるやろ? まず用意が怠いねん。用意に時間かかるわ」
ぎゅ~っと抱き締められて、つむぎはスプーンを置いた。肩越しに手を伸ばし、凪の髪に触れる。サラッとした指通りが心地いい。
そうか、来週は何日か会えないのか。再会してからは初めてかもしれない。凪はいつもつむぎを優先してくれていたから。
(寂しいな……)
そう思ったとき、スルッと服の中に凪の手が入ってきた。彼はつむぎの肩に顎を載せると、悪戯な眼差しを向けてくる。
「寂しいか?」
まるで心を読んだかのように言い当てられて、つむぎはプイッとそっぽを向いた。すると、大きくて熱い手にお腹を撫でられる。その手はすぐさまブラジャーの中にまで入ってきて、ふにふにと乳房を触ってきた。なんて不埒な。でも凪に触られるのはいやじゃない。耳をチロッと舐められて、その擽ったさにつむぎは身じろぎした。
「もぅ……食べてるのに……」
「寂しないで? 終わったらすぐ会いに来るからな。なぁ、いい子で待っとり……な、つむ……つむちゃん。俺のこと好きやろ?」
子供をあやすようにして身体をさすり、抱き締めてくる凪に、無性に甘えたくなってくる。ちょっと低い声も、甘みを帯びていていい。
会話は成立していないのに、お互いの気は合っていて唇を寄せ合った。
「んっ、は……ん、ぅ……すきぃ」
くちゅり、くちゅり――まあるく乳房を撫でてきゅっと乳首を摘まみながら、彼は艶っぽくつむぎに舌を絡めてくる。舌先から伝わる甘い痺れが脳髄を占領して心臓を速くするのと同時に、凪がつむぎを抱き締めたまま後ろに倒れた。そのままラグに寝そべる凪の上に重なる形になって、腰の辺りに硬く滾る物が触れる。
彼が興奮してくれている……そのことに子宮がきゅんと疼いてしまった。
大きな彼の大きな漲り……「入らない」とすぐ音を上げるくせに、一人前の女のように欲しがる身体が恥ずかしい。
カァッと顔を赤くすると、凪がニヤッと笑った。
「欲しいんか?」
「~~~~っ!」
もみもみとお尻を揉まれてしまい、凪の胸に齧り付いて顔を隠す。彼はつむぎのズボンの中に手を入れると、お尻の側からショーツのクロッチに触れてきた。
「もうびしょびしょやん。つむちゃんはエッロイなぁ」
揶揄いながらつむぎからズボンを脱がして、お尻を撫で回し、ショーツの中に手を入れてくる。こういうことをするから、つむぎがまた濡れてしまうのに。彼はやめてくれない。
「凪くんのえっち」
顔を上げたつむぎが真っ赤になりながら抗議すると、凪は笑いながら蜜口を撫でてきた。
「知らんかったんか?」
「……しってる」
昔は知らなかったけれど、今はもう知っている。そして、前よりもっと好きになった。
お腹の上に乗ったまま、刺青の覗く首筋につむぎがカプッと噛み付くと、蜜口にぬるんと指が入ってきた。
「っは……!」
いきなり指を二本挿れられて、目を見開く。こんな体勢で挿れられるのが初めてのせいか、挿れられた指が二本のせいか、お腹の裏側が強く擦れる。みちみちと広げられている被虐感に、頬が灼けるように熱くなって、愛液がとろーっと垂れてきた。
凪は指でぽんぽんぽんぽんと臍の裏側を軽く押しては、つむぎにはしたない声を上げさせるのだ。
「あっ、あっ、ん――なぎ、く……ん……はぁはぁはぁ……うぅん……」
目の奥がチカチカして、力が入らない。ただお腹の奥だけがきゅんきゅんして、つむぎを凪に縋り付かせる。苦しいのに凪の指が気持ちいい処を擦ってくるのだ。
「最初から二本挿れても大丈夫なったな。今日は三本目に挑戦してみよか」
凪はねっとりと肉襞を擦りながら指を出し挿れしつつ、反対の手でつむぎの頬を撫でると、「優しく挿れたる……奥までな」と囁いた。
◆ ◇ ◆
ザー――――……
「はう……もぉ……凪くんたら……」
凪のシャワー中の音を聞きながら、つむぎはぼんやりしたままラグの上で寝返りを打った。
体が怠い。凪の指でめちゃくちゃに掻き混ぜられたお腹が、まだ疼いている気がする。
あれからつむぎは凪の指で何度も追い立てられ、あられもない声で啼かされ、辱められてしまった。
凪がつむぎの気持ちいい処を的確に擦り上げ、責め立ててくるものだから、身体は壊れたように濡れっぱなし。つむぎは感じることしか許されず、ついには三本目の指まで咥え込んでしまった。
気をやりながら意識を飛ばしたところで、ようやく解放されたのだ。
つむぎの身体を弄んだ凪はというと、昂った身体を静めるためにシャワー中。
(本当に三本入っちゃった……)
身体が確実に凪の指に慣らされていくのを感じる。
でも凪の物は指より断然太いのだ。今日は指三本入ったけど、気をやりすぎて気絶してしまったんだから、凪の物に耐えられるはずがない。
凪のあの太くて長い物を全部挿れられてしまったら……
「…………」
つむぎという女は、存在は、凪にとってそれだけ特別なのだ。
つむぎにだけは嫌われたくない。つむぎにだけは……
信号で車を停めた凪は、彼女に顔を向けた。
「今も昔も、俺はおまえがいっちゃん好きや」
ついに言ったひと言に、つむぎがにぱっと輝くような笑みを向けてくるから、凪は思わず彼女の後頭部を掴んで抱き寄せ、そのぽてっとした可愛い唇に噛み付いた。
柔らかな下唇をねぶって、口内に舌を捻じ込む。小さくて熱い舌は、軽く触れ合うだけで魂が震えるようだ。
自分の伴侶はやっぱりこの子だと、すでにわかりきっていた答えが出る。
他の誰かじゃもう満たされない。つむぎじゃないと意味がない。
舌の腹をすり合わせ、絡めて吸いながら、凪はゆっくりとつむぎの頬を撫でた。
くちゅっと唇が離れ、ほうと息を吐く。
「……初めてキスした……」
ぽろっとこぼれてきたつむぎのつぶやきに、思わず目を瞠った。
(初めて? 今、初めて言うたか!?)
素で動揺した。
あんなに急に離れ離れになることがわかっていたら、キスのひとつやふたつしとくんだったと思ったのも一度や二度じゃなかったのに。初めて? キスが初めてなら他も全部? 本当に?
この十一年、彼女に男がいなかったことを知って嬉しいはずなのに、あの頃とは違って汚れた自分に気が引ける。
信号が青になるのと同時に、凪は車を発進させた。
「マジか。俺でいいんか?」
「なんで?」
きょとんとした顔も可愛い。なんの疑問も持っていなさそうなつむぎに、凪は自分の首元に手をやって、ワイシャツの襟を軽く引っ張ってみせた。
「なんでって……俺、ほら……」
首元に覗くのは、和彫りの昇り龍の片鱗。親父の組を継ぐと決めたとき、首から左胸、そして左腕にかけて昇り龍を彫ったのだ。それは、裏の世界に一生を置くという凪の覚悟のあらわれ。
凪の父親がヤクザ者だということはつむぎも知っているはずだが、今や凪もそうなのだ。再会したときに気付いているだろうとは思うが、しっかり者のくせに、たまに抜けているのがつむぎだ。
もしも気付いていないのなら、早いうちに教えてやらなくてはならない。
彼女は……普通の女だから。今ならまだ、引き返せる。まだ――
「タトゥー入れたんだ? 今、多いよね~。うちのおじいちゃんも入ってるよ。結構立派なやつ」
返ってきたのは、そんなあっけらかんとした言葉。ドン引きするわけでもなく、まるでファッション感覚で彼女は言うのだ。ワンポイントタトゥーなんかじゃなく、結構ガッツリと入っているのだが。いや、本題はそこじゃない。
「いやいや、俺、ヤクザやってんねんけど……え、もしかして全然気にしない感じ?」
「あはは。なんで今頃そんなの気にするの? 凪くん家がヤクザなんて子供の頃から知ってるじゃん。気にするんだったら、最初から気にしてるよ」
そうか。この子はそう言ってくれるのか。彼女は、本当に昔から変わっていないのだ。
家も、生き方も、気持ちも、凪の全部を受け入れてくれる存在――
(やっぱ、こいつしかおらん!)
「つむぎ!」
運転中にもかかわらず、凪はつむぎを抱き締めると、その唇に二度目のキスをした。
「絶対大事にする!」
◆ ◇ ◆
『絶対大事にする!』――その言葉通り、凪はつむぎを大事にしてくれる。本当に、これ以上ないくらいに大事に。
忙しいだろうに、父親が退院してからもほぼ毎日病院まで迎えに来てくれるというマメさだ。デートも多い。離れ離れだった時間を埋めるように、思い出を確かめるように、凪はつむぎと一緒にいたがる。それがちょっと可愛い。
それに、脱がされるまでは早かったが、実際はそこから半年も時間をかけるのだから、彼の気の長さはつむぎの想像以上だ。
この人はセックス抜きでも、つむぎを想ってくれている。
大事にされている実感と、彼のくれる気持ちを同時に感じて、満たされるものがあるのも確か。でもそんなことをしている間に、季節がふたつも過ぎてしまった。もう十二月だ。
シャワーから上がったつむぎは、キャミソールとショーツ姿で髪にドライヤーを当てながらベッドに腰掛けた。
湯上がりの身体が火照っている。凪もまだ暑いのか、上半身裸で水を飲みながらやってきて、つむぎの隣に座った。
つむぎが独り暮らしをしているのは、こぢんまりとした1DK。キッチンはお粗末だが、洋室部分は九畳と広めだ。つむぎにはちょうどいいこの部屋も、体格のいい凪が寛ぐには狭い。それでも彼は毎日のようにこの部屋に来てくれる。一応、彼にも独り暮らし用のマンションがあるにはあるが、今やそちらは着替えを取りに行くくらいで、最低限の出入りだ。
ヤクザといえば、酒と博打と女。なのに凪は、飲む打つ買う、どれもやらない。
「酒を飲めば運転できねぇ」、「博打は胴元をやるから儲かるんであって、自分が賭けちゃ意味がねぇ」、「女はおまえがいい」と、こんな具合だ。
「あのね、明後日、シフト代わってほしいって言われて。早番が遅番になるの」
「ほうか。ええで、俺迎え行くし。遅番やったら終わりが朝九時やんな?」
「うん」
「お疲れさん。よう働くなぁ。正直、患者が羨ましいわ。俺もつむぎに世話されたい」
突然なにを言い出すのかと、思わず笑ってしまった。これ以上ないくらいの健康体のくせに。
「凪くん、病院ごっこしたいん?」
「めっちゃしたい」
真顔で頷いた凪は、コップを座卓に置いて、つむぎを軽々と抱え上げ自分の腰を跨がせた。
ドライヤーを止めて首を傾げると、凪が緩く開いた胸元に顔を埋めてくる。
ぐりぐりと額を押し当てながら顔を左右に揺らした彼は、次の瞬間には首筋に唇を当ててきた。
つむぎが好んで使うボディソープとシャンプーの混じった甘い香り。それを凪が纏うと艶っぽく感じるから不思議だ。
「つむぎ……好きや」
微かな切なさが滲む声に、きゅっと胸が締め付けられる。
受け入れたい。誰よりも大好きなこの人だから、身体の奥深くで繋がって、溶け合いたい。その気持ちは本物なのに……
(なんでえっちできないの……?)
もしかして……いや、もしかしなくても、身体の相性が悪いんじゃないだろうか? こんなの、付き合っていく上で致命的な――
(そ、そんなはず、ないし……うちら相性ぴったりだもんっ! 昔からずっと仲良しだもんっ!)
――とは言っても、裸の触れ合いは濃密かもしれないが、肝心なことはできていないのだから、男の凪には物足りないはずだ。それに、これだけいい男だ。女がほっとくはずがない。
欲求不満の凪を、他の女が誘ったら……それが発散のためだけだったとしても、凪が一瞬でも他の女を見るなんてつむぎは絶対に許せない!
この人を繋ぎとめたい。どうあっても離したくない。
なら、浮気なんかしないようにつむぎが彼を満足させるべきだ。
「うちも好き。凪くんが大好き」
ちゅっと凪の瞼に口付ける。彼は嬉しそうに笑って、つむぎをベッドに押し倒した。
「つむちゃん、もうどこも行ったらあかんで? ずっと俺の側おりよ……ずっとやで?」
凪が言わんとしていることはわかる。急な転校はつむぎ自身もショックだったが、凪にとっても相当なショックだったのだと、付き合ってから聞いた。それだけ、あの頃から想っていてくれたことが嬉しい。
「うん……どこも行かない」
凪の背中に両手を回しながら、つむぎは柔らかく目を閉じた。
(はぁ……なんとかしたいなぁ……)
セックスは言わずもがな。そしてもうひとつ、つむぎには悩みがあった。
実は、凪にまだ言っていないことがあるのだ。本当は早いところ言ったほうがいいのだろうが、どうにも躊躇ってしまって言えない。
彼はそれを聞いたときなんと言うだろう? 正直、反応はふたつしかないはずだ。
――つむぎから離れていくか、そうでないか。
そのとき、身体を繋げていたなら、つむぎから離れることを躊躇ってはくれないだろうか……
そんな打算的なことを考えてしまうくらい、凪の反応に臆病になっている自分がいる。
「凪くん……」
すりっと凪の胸に頬ずりする。
「ん?」
凪の声に顔を少し上げ、「好き」とひと言つぶやいて、また彼に抱き付いた。
彼を離したくなかった。
◆ ◇ ◆
先輩看護師とシフトの交代をした日の休憩時間。
つむぎは休憩室のテーブルの上に置いてあったおまんじゅうには目もくれず、ソファに座ってスマートフォンにポチポチと文字を入力していた。
(えっと、『えっちで彼のが大きすぎて入りません。なにかいい対策はないでしょうか?』――これで送信っと)
誰にも言えない質問を送るのは、みんなの味方、ヤッホー知恵袋。
悩んでいるだけじゃ駄目だ。行動あるのみ! ここはひとつネットで幅広く皆様のお知恵を拝借しようじゃないか。うまくいけば、有用なアドバイスが得られるかもしれない。と、本人は至って大真面目である。
送った質問に「わたしは処女です」という、超特記事項が抜けていることには気付かず、つむぎはひと仕事終えたつもりで息をついた。
(……どう考えても大きすぎだよ……)
裸でじゃれ合っているときに目にした凪の物を思い出す。
看護師という職業柄、尿道カテーテルや清拭の際に他の男性の物を目にする機会はある。だが、尿道カテーテルは勃起が収まってからするし、陰部清拭の必要がある患者さんで若い人は少ない。両手が動かせるのなら、自分で拭いてもらう。患者さんが自分でできない場合は看護師ふたり組で行い、寝間着を脱がせ、温タオルを作って、拭いて、保湿クリームを塗ってと時間内にやるのだ。それも何人も。
正直言って忙しい。手早くするのが患者さんのためでもある。皮膚に炎症や異変がないかを見ることはあっても、勃起なんて正常な反応は基本スルーなのだ。
だから勃起時の患者さんの物をじっくりと観察することはないのだが、目に入るものは目に入る。そうして目にしてきた物と比べても、確実に凪の物は大きい。通常形態でも大きいのに、臨戦態勢になるとそれが増す。アレが自分の身体の中に入るとはとても思えない。
(でも入るはずなんだよねぇ……)
人体の不思議。つむぎが女である以上、そういう身体の作りになっている。ただまぁ、最初が凪の物なら、人一倍痛いかもしれないが。
一時間半の深夜休憩を終えたつむぎは、ナースステーションに顔を出してから、巡回に向かった。
今夜はいつもより落ち着いているようだ。が、これを口にしてはいけないが暗黙のルール。この言葉を口にしたが最後、なぜか緊急入院や容態の急変が相次いで起こるという不幸に見舞われる。看護師あるあるの鉄板ネタだ。
運よく急変の患者もなく朝六時になると、モーニングケアの時間。
眠気のピークを迎えながらも、経管栄養投与、検温、血糖測定、口腔ケアを行って、七時には朝食の配膳、配薬をする。カルテの記載をして、日勤への引き継ぎが終わったら、朝九時にようやく退勤だ。
夜間出入り口のドアの隙間から、無情な朝日が差し込んでいる。寒いが解放感がはんぱない。夜勤明けは休みを二日連続で取ることができるから、凪とラブラブして過ごそう。
(凪くん、もう来てるかな?)
足取りも軽く、外へ向かおうとすると、後ろから声をかけられた。
「黒田さん、今終わり?」
振り返ると、当直だった男性医師が小走りで近付いてくる。
彼は同い年の救急外来の研修医で、つむぎがこの病院に入って間もない頃から、気を遣って時々話しかけてくれるのだ。救急外来に入ってきた凪の父親を最初に診たのもこの医師だ。医師の当直明けは八時のはずだが、残業していたのだろう。
「お疲れ様です。はい、今日は上がりです。先生もですか?」
会釈をしながら答えると、医師は伸びをしながら頷いた。
「うん。病棟に回した患者さんでちょっと気になる人がいたから確認してて」
つむぎがもう一度、「お疲れ様です」と頭を下げれば、彼は照れくさそうに笑って夜間入り口のドアを開けてくれた。外に出るとサーッと風が吹き込んできて、つむぎはコートの襟を掻き合わせた。
「そこまで一緒に帰ってええ?」
彼は車通勤だったはずだから駐車場までだろう。勝手にそう解釈して「もちろんです」と頷くと、医師は「知ってる?」と話を振ってきた。
「なんか最近、うちの病院の周りにガラの悪い連中がうろついてるらしいよ。半年くらい前に、暴力団関係者が入院してきたせいかな? もうとっくに退院してるのに……。これだからいやなんだ、暴力団関係者って。黒田さんも気を付けて」
「っ!」
心当たりがありすぎて、思わずドキッとした。ちょっぴり視線が泳いでしまう。
(え、それって、もしかして、もしかしなくても凪くんのこと……?)
半年前に入院してきた暴力団関係者が、凪の父親なのは言わずもがな。そして、凪の父親が退院しても、凪はつむぎを送迎するために病院まで来てくれていた。凪以外の暴力団関係者は見たことがないので、必然的に彼を指していることになってしまう。
迎えに来てくれるときはスーツが多い凪ではあるが、極稀にゆるっとしたシャツで迎えに来てくれることがある。もしかするとそのとき、彼の刺青が見えてしまった可能性はあった。長袖でも首の刺青は見えることがあるから。あの体格で刺青ありとなれば、確かに筋者にしか見えないだろう。
「はは……そうなんですねぇ」
「駅まで送ろうか? 俺、車だし――」
「つむー」
声のしたほうに目をやると、凪が全開にした車の運転席の窓から手を出していた。今日もスーツだ。ネクタイはなかったが。
「あ、先生。迎えが来たので。失礼します」
「え? あ、黒田さん!?」
医師がなにか言おうとするのも聞かずに凪の車へと走り寄ると、サッと助手席に乗り込んだ。
「ただいま!」
「おー。お疲れさん」
ぽんぽんと凪が頭を撫でてくれる。凪は今日も優しい。
彼は確かにヤクザだけれど、ただこうしてつむぎを迎えに来てくれるだけだ。暴れたり、人に迷惑をかけることをしたりしているわけじゃない。病院に実害はなにもないはず……
つむぎが微笑むと、彼はクイッと親指で窓の外を指差した。
「なぁ、あれ誰?」
「ん? ああ。うちの病院の先生だよ。救急外来担当なんだ。凪くんのお父さんを最初に診てくれた先生もあの人だよ」
入院になってからは、入院治療担当医が診療を引き継ぐから、凪はあの研修医に会ったことはないかもしれないが。
「ふーん?」
凪は研修医のほうをチラリと見やると、突然、つむぎの顎を掴んでカプッと噛み付くように口付けてきた。
口内に舌を差し入れ、舐めるように舌をすり合わせてからしっかりと吸い上げるキスに、身体がじわっと熱くなって息が上がる。
離れようとしても離してもらえず、逆により深く舌を差し込まれてしまう。
「んっ、んんっ……ん――ぷは――――もう……びっくりしたじゃない……」
人に見られたかもしれないという以前に、凪のキスは執拗なのに甘くってドキドキするからいけない。火照った顔を手うちわで扇ぎながら凪を睨むと、彼はニヤリと意地悪そうに笑った。
「んー。ちょっと牽制しとこーと思って。――つむぎは俺のやし」
「――!?」
牽制? まさか、あの医師に? つむぎが盗られると思って!?
気が付いたつむぎが「えっ」と驚きの声を上げると、凪はプイッと顔を逸らしてハンドルを握った。
マンションに帰ってシャワーを浴びて出てくると、キッチンでフライパンを片手に凪が振り返った。
「飯、もうできるからな」
「わぁ~ありがとう! あ、チャーハンだ。凪くんのチャーハン大好き!」
もこもこの部屋着を着てから凪の大きな背中に飛び付く。
意外なことに凪は時々料理を作ってくれる。レパートリーは多くないし、大抵一品料理だけど、繊細な味付けでお店の味がする。なんでも、組関係の知り合いに教えてもらったレシピらしい。趣味というわけではないらしいが、進んでやってくれるところを見るに嫌いではないらしい。
凪はちゃぶ台の上にチャーハンを置いて床に座ると、自身の太腿をペシペシと軽く叩いた。
「ここ座り」
「座るの? 重くない?」
躊躇うと、彼が「ははっ」と軽く笑った。
「重いわけあるか。つむぎやぞ。軽い軽い」
「じゃ、失礼して……」
凪の膝に座って、チャーハンを口に運んでいると、ふと髪を撫でられた。
「あんなぁ、つむちゃん。俺、来週、組の用事あんねん。何日か来れんから。ごめんなぁ」
「そうなんだ?」
肩越しに振り返る。
「十二月十三日が事始めやねん。関西ヤクザの正月や」と教えてくれた。
事始めとは初めて聞いたが、忘年会と正月を一気にするようなものらしい。
抗争の絶えない汪仁会の本家は、ついに今年、特定抗争指定暴力団に指定されてしまった。そのため、総本部のある市が警戒区域となり、事務所が使えないだけでなく、大勢で集まることも禁止されることになる。やむを得ず、今年の事始めは県外の二次団体の事務所で行うため、泊まりがけになるんだそうだ。そこに、椎塚組若頭の凪も出席するのだという。
「はぁ、本家での集まりやったら、近いから日帰りやってんけどな。怠いわ。絶対飲んでるし、泊まりになるやろ? まず用意が怠いねん。用意に時間かかるわ」
ぎゅ~っと抱き締められて、つむぎはスプーンを置いた。肩越しに手を伸ばし、凪の髪に触れる。サラッとした指通りが心地いい。
そうか、来週は何日か会えないのか。再会してからは初めてかもしれない。凪はいつもつむぎを優先してくれていたから。
(寂しいな……)
そう思ったとき、スルッと服の中に凪の手が入ってきた。彼はつむぎの肩に顎を載せると、悪戯な眼差しを向けてくる。
「寂しいか?」
まるで心を読んだかのように言い当てられて、つむぎはプイッとそっぽを向いた。すると、大きくて熱い手にお腹を撫でられる。その手はすぐさまブラジャーの中にまで入ってきて、ふにふにと乳房を触ってきた。なんて不埒な。でも凪に触られるのはいやじゃない。耳をチロッと舐められて、その擽ったさにつむぎは身じろぎした。
「もぅ……食べてるのに……」
「寂しないで? 終わったらすぐ会いに来るからな。なぁ、いい子で待っとり……な、つむ……つむちゃん。俺のこと好きやろ?」
子供をあやすようにして身体をさすり、抱き締めてくる凪に、無性に甘えたくなってくる。ちょっと低い声も、甘みを帯びていていい。
会話は成立していないのに、お互いの気は合っていて唇を寄せ合った。
「んっ、は……ん、ぅ……すきぃ」
くちゅり、くちゅり――まあるく乳房を撫でてきゅっと乳首を摘まみながら、彼は艶っぽくつむぎに舌を絡めてくる。舌先から伝わる甘い痺れが脳髄を占領して心臓を速くするのと同時に、凪がつむぎを抱き締めたまま後ろに倒れた。そのままラグに寝そべる凪の上に重なる形になって、腰の辺りに硬く滾る物が触れる。
彼が興奮してくれている……そのことに子宮がきゅんと疼いてしまった。
大きな彼の大きな漲り……「入らない」とすぐ音を上げるくせに、一人前の女のように欲しがる身体が恥ずかしい。
カァッと顔を赤くすると、凪がニヤッと笑った。
「欲しいんか?」
「~~~~っ!」
もみもみとお尻を揉まれてしまい、凪の胸に齧り付いて顔を隠す。彼はつむぎのズボンの中に手を入れると、お尻の側からショーツのクロッチに触れてきた。
「もうびしょびしょやん。つむちゃんはエッロイなぁ」
揶揄いながらつむぎからズボンを脱がして、お尻を撫で回し、ショーツの中に手を入れてくる。こういうことをするから、つむぎがまた濡れてしまうのに。彼はやめてくれない。
「凪くんのえっち」
顔を上げたつむぎが真っ赤になりながら抗議すると、凪は笑いながら蜜口を撫でてきた。
「知らんかったんか?」
「……しってる」
昔は知らなかったけれど、今はもう知っている。そして、前よりもっと好きになった。
お腹の上に乗ったまま、刺青の覗く首筋につむぎがカプッと噛み付くと、蜜口にぬるんと指が入ってきた。
「っは……!」
いきなり指を二本挿れられて、目を見開く。こんな体勢で挿れられるのが初めてのせいか、挿れられた指が二本のせいか、お腹の裏側が強く擦れる。みちみちと広げられている被虐感に、頬が灼けるように熱くなって、愛液がとろーっと垂れてきた。
凪は指でぽんぽんぽんぽんと臍の裏側を軽く押しては、つむぎにはしたない声を上げさせるのだ。
「あっ、あっ、ん――なぎ、く……ん……はぁはぁはぁ……うぅん……」
目の奥がチカチカして、力が入らない。ただお腹の奥だけがきゅんきゅんして、つむぎを凪に縋り付かせる。苦しいのに凪の指が気持ちいい処を擦ってくるのだ。
「最初から二本挿れても大丈夫なったな。今日は三本目に挑戦してみよか」
凪はねっとりと肉襞を擦りながら指を出し挿れしつつ、反対の手でつむぎの頬を撫でると、「優しく挿れたる……奥までな」と囁いた。
◆ ◇ ◆
ザー――――……
「はう……もぉ……凪くんたら……」
凪のシャワー中の音を聞きながら、つむぎはぼんやりしたままラグの上で寝返りを打った。
体が怠い。凪の指でめちゃくちゃに掻き混ぜられたお腹が、まだ疼いている気がする。
あれからつむぎは凪の指で何度も追い立てられ、あられもない声で啼かされ、辱められてしまった。
凪がつむぎの気持ちいい処を的確に擦り上げ、責め立ててくるものだから、身体は壊れたように濡れっぱなし。つむぎは感じることしか許されず、ついには三本目の指まで咥え込んでしまった。
気をやりながら意識を飛ばしたところで、ようやく解放されたのだ。
つむぎの身体を弄んだ凪はというと、昂った身体を静めるためにシャワー中。
(本当に三本入っちゃった……)
身体が確実に凪の指に慣らされていくのを感じる。
でも凪の物は指より断然太いのだ。今日は指三本入ったけど、気をやりすぎて気絶してしまったんだから、凪の物に耐えられるはずがない。
凪のあの太くて長い物を全部挿れられてしまったら……
「…………」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。
すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!?
「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」
(こんなの・・・初めてっ・・!)
ぐずぐずに溶かされる夜。
焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。
「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」
「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」
何度登りつめても終わらない。
終わるのは・・・私が気を失う時だった。
ーーーーーーーーーー
「・・・赤ちゃん・・?」
「堕ろすよな?」
「私は産みたい。」
「医者として許可はできない・・!」
食い違う想い。
「でも・・・」
※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。
※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
それでは、お楽しみください。
【初回完結日2020.05.25】
【修正開始2023.05.08】
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。