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1巻
1-3
しおりを挟む「で? 僕の大事なこずえさんに何か用ですか? こずえさんは、あなたとはもう別れてるはずですけど?」
(だ、大事な……? 僕の? 誰が――?)
自分の名前がそこに入っていても、意味がわからずに司の横顔を見つめたまま呆けてしまう。
その間に、健吾は司に向かって凄んでいた。
「外野はすっこんでろ! 俺が用があんのはそっちの女だ。それとも何か? おまえがそいつの新しい男だってーのかよ?」
「そうですよ」
(なっ!)
突然の予想だにしない展開に目を白黒させていると、健吾がありえないと言いたげに嘲笑った。
「は? こずえに新しい男? バカ言ってんじゃねーよ。おまえどう見てもこずえより年下だろ? そいつ二十九だぞ」
「だから? 僕は年上の女性が好きなんです。だいたい、愛に年齢なんて関係ないでしょう?」
路上で二人の男が繰り広げる口論の中心に自分がいる。なのに話についていけない。
完全に置いてけぼりになっていると、含むような笑みを浮かべた司が囁いてきた。
「……僕と付き合ってるって、言っちゃえ」
(えっ!?)
弾かれたように息を呑むと、彼はスリスリと顔を寄せながらこずえの手に指を絡めてきた。それはとても近い距離で、ほろ苦いコーヒーの匂いがして思わず胸がドキンと跳ねてしまう。彼の吐息が耳にかかって、最近ではまったく感じることのなかった懐かしい緊張が、じわっと頬を紅潮させた。
(こ、恋人のフリ……してくれる、ってこと……だよね……これ……)
こずえは迷わずその提案に乗った。健吾から逃げ切るには、もうこれしかない。
「今わたし、この人と付き合ってるの。あなたはあの彼女とよろしくやってれば?」
思いっきり司に身を寄せて強気に微笑むと、さらに彼が追い打ちを掛けた。
「こずえさんの部屋にあったあなたの荷物は全部処分されてますし、あなたの居場所はもうないですよ。ね? こずえさん?」
「ねーっ」
司と二人して頷き合うと、健吾の顔が引き攣った。
「はぁ? ふざけんな、勝手に捨てんなよ、俺のだろ!」
「買ったのは全部わたしよ。文句があるなら、わたしが貸してるお金を返してから言って!」
九年の間に貸していたお金のことに触れると、さっきまでの勢いはどこへやら、健吾は急に押し黙った。目尻を険しく吊り上げて、歯ぎしりをしながら鋭く睨み付けてくる。
その沈黙は、彼にとってこずえが「都合の悪い女」になった瞬間の現れ――
(……わたしを好きだって気持ちはないんだね……)
彼には他の女がいる。だから自分は愛されてなんかいない。
わかりきっていたことに今更傷付いてしまう自分の弱さを感じながら、キュッと唇を噛んだ。
その時、司にくいっと手を引かれた。
「こずえさん。こんな人ほっといて、ご飯食べに行こうか? 僕、お腹空いたんだよね」
沈み込んだこずえをよそに、あっけらかんとした声で司は沈黙を破った。
「そ、そう……? じゃあ、そうしよっか!」
こずえは司に話を合わせて、もう何も言わない健吾を無視して彼に付いていく。
しばらく歩いても、健吾は追ってきたりはしなかった。
健吾と別れられたのだから、もっと清々した気持ちになればいいのに、実際はジクジクと胸が痛む。そして同時に、健吾があれで納得したとも思えないという不安が、心のどこかにあった。
(でも、これで良かったはず)
そう思わないとやってられない。
俯いたこずえを励ますように、司が明るく話を振ってきた。
「このまま本当に食事に行こう? 近くに美味しい店があるんだ。僕、案内するから」
「……で、でも……」
助けてもらったとはいえ、よく知らない男に付いて行ってもいいものかと躊躇っていると、彼は人懐っこい、それでいて甘えたような笑顔を見せてきた。
「ねー、どうしてもだめ? 恋人役の僕がこんなに頼んでるのに?」
彼に見つめられると、なぜか嫌だなんて言えなくなる。確かにさっきは彼のお陰で助かったのだ。それに、この人畜無害そうな綺麗な目を見ていると、食事くらいならと思えてくる。
「……だ、だめじゃ、ないけど……」
「はーい、じゃあ決まり! 今から電話で予約しよう」
スマートフォンを取り出した司は、あっという間に店に予約の電話をしてしまった。
「あっ! も、もう……勝手に!!」
「えへへへ」
こずえは、強引な彼のペースに呑まれはじめていた。
2
「……わ……凄いね……綺麗……」
闇の中に宝石をばら撒いたような夜景に、こずえは感嘆の声を上げていた。
ここは海岸沿いのホテルの最上階にある、メインダイニングだ。こずえの職場からタクシーを十分程走らせた所にある。
BGMはグランドピアノの生演奏。提供される食事は正統派フランス料理。客層も落ち着いていて雰囲気がいい。こんな小洒落たお店が近場にあるだなんて知らなかった。
こずえはスタッフにメニュー表を返す男――司に、緩慢な動きで視線を向けた。
「僕が勝手にメニュー決めちゃったけど良かったの?」
「あ、うん……良いよ。司くんの好きなのを食べて、わたしが払うから」
値段は高そうだが、こういう店ならクレジットカードが使えるはずだ。今も助けてもらったことだし、それに司からは色々プレゼントを貰いすぎている。ここの払いでトントンになるとも思えないが、御礼に自分がごちそうしよう。
(とりあえず、食事に付き合ったらすぐに帰ろう。なんか今日は疲れたわ……)
健吾と会ったせいか、疲労がどっと襲ってきた気がする。こずえが再び視線を夜景に向けようとすると、司が声を上げて笑った。
「やだな。こずえさん、誘ったのは僕だよ? 僕が払うって」
「……いや、でも、助けてもらったし……」
「僕も助けてもらいましたー」
「その御礼はもう貰ったわ。十分すぎるくらいにね。だから、それとこれは別よ」
そう言って胸元に手をやると、ネックレスのひんやりとした感触が指先に当たってハッとする。まだ彼に助けてもらった礼を言っていない。
「……ごめんなさい。わたし、ちゃんと御礼を言えてなかった。助けてくれてありがとう。もう気が付いてると思うけど、あの人元カレで……ちょっとこじれちゃって……だから彼氏のフリしてもらって助かった。本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げながら言うと、司は「やめてよ」と慌てたように首を横に振った。
「僕がしたくてしたんだよ。お願いだから、そんなにしないで。ね、こずえさん!」
椅子から少し腰を浮かせた彼の声が本気で焦っていたようだったから、こずえはゆっくりと顔を上げた。
さっきから――いや、正確には再会した時から気になっていたのだが、彼はずっと「こずえさん」と名前で呼んでくる。
「……あの……ところで、どうして司くんはわたしの名前を知ってるの? 名前教えたっけ?」
「ええ? あれだけ大声で、『こずえーこずえー』って呼ばれてたら、ねぇ?」
同意を求めるように語尾を上げながら、司は「聞きたくなくても聞こえちゃうよ」と、クスリと笑った。彼は本当によく笑う。その笑顔には厭味がなくて、とても感じが良い。
仕事帰りなのか、イタリアンスタイルのスーツを着ている。そのデザインはスタイリッシュで、彼の身体のラインを強調していた。スラックスの裾が細いせいで、脚を組むとたまらなくセクシーだ。そのスーツ姿は、彼を落ち着いた男性に見せていた。
くりくりとした目元は幼さを感じさせるはずなのに、そこに男の色気を持ってこられると、まったく違う印象になる。そのギャップからか、こずえは落ち着かない。彼は本当に、あのゴミ捨て場で倒れていた男の子なのだろうかとさえ思えてくる。
健吾との口論を聞かれていた気恥ずかしさと、屈託なく笑いかけてくる司の視線に耐えられなくなって、自分でも知らぬ間に俯いていた。
(……恥ずかしい。全部、健吾のせいよ……)
胸中で元カレを罵って小さくため息をつくと、ソムリエがワインを運んできた。
「来たよ。ワイン飲む?」
「ええ。いただく」
これが飲まないでやってられるか。ワインが注がれたグラスの細い柄を持ち上げると、司がカツンとグラスを合わせてきた。
「別れられて良かったね。僕ね、女性に手を上げる男って大嫌い。合わないよ、こずえさんにああいう男は」
嫌悪感を滲ませた声でそう言われる。こずえは少し苦笑いして、グラスに口を付けた。
実を言うと、健吾に暴力を振るわれたことは一度もない。今日が初めてなのだ。今まで、何もかも健吾の思い通りにしていたから。
「……そうね……。でもね、あんな人じゃなかったのよ、前は……」
一度は同意しながらも、すぐに「でも」と否定を並べて健吾を庇う。すると、司は少し眉を寄せた。
「……もしかして、あの人と別れたこと……後悔してる? 僕、余計なことしちゃった?」
「それはないよ」
即答する。
それだけはない――健吾と別れた自分の判断は間違っていないと今でも思っている。ただショックだったのだ。他の女の匂いを漂わせているにもかかわらず軽々しく結婚を口にし、お金を返せと言われれば押し黙り、最後には追いかけてくることもなかった、健吾のその態度が。
昔の彼は違った。
出会った時の健吾は大学のサークルのムードメーカーで、多少派手なところもあったけれど、男女関係なくみんなに慕われていて、本当に魅力的だった。そんな活発な彼がこずえは好きだった。
好きだから、もっと笑ってほしかった。自分ができることで彼が喜んでくれるなら――そう思って彼が望むことをしていただけなのに、どうしてこんなふうになってしまったのだろう。何がきっかけなのかも思い出せない。いつの間にか彼は変わっていたのだ。
(健吾の変化に気付けなかったってことは……わたし、健吾をちゃんと見てなかったのかな……)
どうして彼の浮気を見落としていたのか。彼に尽くす自分に酔ってはいなかったか。
彼をあんなふうにしてしまったのは、この九年間一緒にいた自分ではないのか――
こずえが黙ると、司はテーブルに肘を突いて目を閉じ、しばらく無言になった。やがて彼はゆっくりと瞼を持ち上げ、同時に尋ねてくる。
「……ごめんね、立ち入ったことかもしれないけど、聞いてもいい?」
頷きながら先を促せば、司はテーブルから肘を下ろしてじっと見つめてきた。
「あの人と何があったの?」
本当は話したくない。自分が惨めな思いをしたことなんか口にしたくない。けれど――
こずえはクイッとグラスを一息で呷ると、情けない自分を嘲るように口元だけで笑った。
「……浮気されたの、わたし」
話したくなかったはずなのに、口にしてしまえば楽になる。
こずえは今まで誰にも見せることのできなかった心の傷口を、司の前に無防備に晒していた。
3
「――それでね、健吾と一緒に部屋にいた女の子に、『都合のいい女』って言われたの。ショックだった……目の前が真っ白になって……わたしの九年間は何だったのかって。だから今、あの部屋に一人でいるのがちょっと辛いの……」
出された何皿目かの料理をフォークでつつきながら、こずえは健吾との出会いから別れまでの全てを、司に話してしまっていた。
目の前の司は、「酷いね……」と何度も相槌を打って、親身になって話を聞いてくれる。そうやって聞いてもらえるだけで、ここ最近感じ続けていた重苦しさから解き放たれる気がした。
六杯目のワインをギューッと一息で飲み干すと、自分でもわかるほど酒臭い息が吐き出される。
さっきから飲んでばかりだが、司は何も言わずに空になったグラスにワインを注いでくれた。飲みなれないワインがやけに美味しく感じるのはどうしてだろう?
「……好きだったんだね。あの人が」
ポツリと零れてきた司の感想に、胸が刺されたように痛んだ。
好きだったから、彼の裏切りがこたえたのだ。好きじゃなかったら、こんなに深く傷付いていない。こんな酷い終わり方はしたくなかった。
ぽろっと零れ落ちてきた大粒の水滴が、七杯目のワインを波打たせる。その波紋を見て、こずえは自分が泣いていることに気が付いた。
「……あっ……ご、ごめんなさい……どうしたのかな、急に、わたし……」
一度零れてしまった涙は、次の雫を呼んでくる。
飲み過ぎてしまったのか、感情がセーブできなくなって、視界に映る全てがぼやけてしまう。
慌ててハンカチで顔を隠したが、目の前の司にはバッチリ見えているようだった。
「出ようか……。来て。少し落ち着けるところに行こう」
料理はまだ途中だったが、チラチラと周りの視線を感じたこずえは、顔を押さえて立ち上がった。
ホテルの人に事情を説明した司に手を引かれて、何も考えられずにエレベーターに乗る。そのまま案内された先は、中央にダブルベッドが置かれた広い部屋だった。奥にはローテーブルやソファもある。どう見ても客室だ。
「……ここ……」
「うん。ホテルの人に用意してもらった」
「ごめんなさい……」
また迷惑を掛けてしまったと、自分に嫌気が差す。ハンカチを握り締めたままこずえが俯くと、彼はジャケットを脱いでソファに腰を下ろし、自分の隣を軽く叩いた。
おいで――そう言われている気がして近づくと、身体を引き寄せられて、彼の膝の上に座ってしまう。そのまま強く抱き締められる。スーツのジャケットから、香水とは違うほろ苦い匂いがした。
「っ!」
突然のことに驚いて身体を硬直させていると、ポンポンと優しく頭を撫でられる。
そのあやされるような手付きにカッと顔が熱くなって立ち上がろうとした時、頭上から司のしっとりとした声が響いてきた。
「こずえさんは……もっと自分に優しくしてあげればいいのに。なんだか自分を責めてるように見えるよ。自分が悪かったのかもしれないって思ってない?」
――思ってる。
健吾との終わりには、もっと別の道があったんじゃないかと頭のどこかで考えている自分がいる。浮気される側にも原因があるのよと、嗤う声が自分の中にある。
思わず目を見開いて顔を上げると、眉間に小さく皺を寄せた司と視線がかち合った。同情とは違う、まるで自分が苦しんでいるかのような表情をしている。
「こずえさんは悪くないよ。人よりちょっと優しすぎるだけ」
「……わ、たし、そんな優しくなんか、ないわ……」
否定するこずえの唇は震えていた。
「そう? 見知らぬ僕を助けてくれたでしょう。ああいうのを優しいって言うんじゃないかなぁ?」
黙っていると、より一層強く抱かれて、温かい胸に顔を押し付けられた。
「こずえさんは優しいんだよ。その優しさを、自分にも向けてあげられたらいいのにね。今のこずえさんに必要なのは、思いっきり泣いて自分を解放してあげることなんじゃないかな?」
何度も何度も頭を撫でられながら耳元で囁かれた言葉が、やたらとストンと胸に落ちてきたのは、酔っているからだろうか?
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ろくに素性を知りもしないこの男の子が、自分をとてもわかってくれているような気がした。
「自分で自分の気持ちが受け止められないなら、僕が代わりに受け止めるから、泣いちゃえ。ね? 泣いていいんだよ」
優しい声に導かれるまま、こずえは知らず知らずのうちに嗚咽を漏らしていた。
司のシャツに涙の染みが広がっていく。
「……う、ふっ……ああ、うああああ……ああ……なんでぇ? ……なんで……うう……うあ……」
「うん、うん……。辛かったよね、なんでって思うよね……」
「好きだったの……一緒にいたかっただけなの……それなのに……それだけなのに……ううっ……」
「……うん……わかるよ……大丈夫だよ。僕で良かったらこずえさんの側にいるからね……」
泣いて、泣いて、まるで子供のように声を上げて泣きじゃくった。
悲しさも、悔しさも、惨めさも、全部一人で受け止めるには重たすぎて、押し潰されそうになっていたのに、そんな弱い自分を認めたくなかった。人に自分の弱さを見せるのが嫌だった。でも本当は、弱い自分を肯定してもらいたかったのかもしれない。そして、誰かにこうして抱き締めてほしかったのかもしれない。
泣きすぎてぼーっとした頭では、これ以上深く考えることができなかった。
自分を抱き締めてくれている温もりが、言いようもなく心地良い。このままこの温もりの中にいたい――そう思った時、顎をゆっくりとすくい上げられて、唇に柔らかいものが押し付けられた。
(え…………?)
腫れぼったくなった瞼をめいっぱい開くと、ぼやけた視界に司の顔が広がる。
自分が彼にキスされていることに気が付くまで、ゆうに十秒はかかっていた。
「ぁ、ンっ……」
小さく声を上げた隙に、司の舌先がぬるりと口内に入り込んでくる。くちゅくちゅと舌を絡められる。久しぶりのキスに身体の内側から揺さぶられて、思わず目を閉じた。
その間もキスは繰り返される。
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ゆっくりと頬を撫でてくる彼の体温に縋りたくなる。濡れた唇を指先で拭われて、躊躇いながら目を開けると、彼が額を重ねてきた。
沈黙の中に自分の心臓の音が響く。それを破ったのは、少し掠れた彼の声だった。
「……ねぇ、辛いことを僕が全部忘れさせてあげるって言ったら、こずえさんはどうする?」
泣いた疲労と、身体に残るアルコール、そして理性を飛ばす甘い言葉。
嫌なことから逃げる条件は整っている。
今、自分を抱き締めてくれている男が全てを忘れさせてくれると言うのなら――
「……忘れ、させて……」
掠れる声でそう伝えると、彼は目を細めて小さく微笑んだ。
「イエス、マアム……」
チュッと啄むように唇にキスされて、ふわりと身体が浮き上がる。ゆっくりと寝かされたのは、ダブルベッドの上だった。
こずえの腰に跨がった司が、ネクタイを片手で解きながら舌を絡めるキスをしてくる。その仕草がやけに色っぽい。
「……ぁ……ぅん……」
司から貰ったネックレスのトップがころんと転がり、首の裏に落ちた。
彼の手が髪の中に入ってきて、優しく撫で、また抱き締めてくれる。彼から香る匂いに包まれて、こずえは安心してしまった。
「……わたし、酔ってる……」
「うん、酔ってるね……いいんじゃない? そういう夜もあるよ。大丈夫、僕に全部任せて」
キスをしながら、ブラウスもスカートも脱がされる。下着姿になると、彼も上半身裸になった。
この前あった痣は既になくなっていて、均整の取れた綺麗な男の身体が現れる。
覆い被さってくる司の重みさえも心地いい。
キスを交わしたまま彼の熱い手が身体を優しく撫でてくれる。唇が離れたら、混ざり合った唾液が糸を引いて顎に垂れた。
「……電気、消して……」
こずえが眩しさに目を細めると、キャミソールをたくし上げていた司が臍の横にキスをしてくる。そして、そのまま肋骨をなぞるように舐め上げられた。
「お願い」
司の柔らかい髪を掻き抱きながら仰け反ると、プチッと小さな音を立ててホックが外れ、ブラが浮き上がった。
「だめ、消したらこずえさんが見えない」
キャミソールがはだけて露出した肌に、彼の視線を感じる。胸の高鳴りを抑えるように身体を反転させ、いやいやと首を振って火照る顔をシーツに埋めた。
「恥ずかしいの。だから見ないで……」
「無理。こんなに白くて、すべすべで綺麗な肌――」
そう言いながら司の熱い指先が、腹から背中、そして横腹を通って胸を揉みしだいてくる。その円を描くような丁寧な愛撫に、吐息混じりの声が漏れてしまう。
「ん……っ……」
「は――柔らか……全身で僕を誘ってるみたい」
興奮した司の息が首筋に当たって身体が震える。彼の熱で身体が溶かされてしまいそうだった。
「こずえさん、綺麗だよ。凄く……綺麗だ……」
後ろから司に抱き込まれ、ふっくらと丸く盛り上がった二つの乳房が手のひらに包まれる。そして、胸の先が人差し指と中指の間で捏ねくり回された。その刺激が下腹にジクジクとした疼きをもたらして、意思とは関係なく神経が研ぎ澄まされていく。
背中に覆いかぶさってきた司が、肩口を甘噛みしながら囁いてきた。
「可愛い……こっち向いてよ。ココ、舐めさせて……」
そう言ってツンと立ち上がってしまった胸の先を擦られ、また下腹部が疼く。
「ねぇ……、こずえさん……」
「ゃ……いゃあん……」
それでも仰向けになるのを拒んでいると、乳首の代わりだと言わんばかりに耳たぶを強く吸われる。
こんなに強くされてしまっては、赤くなってしまう――そう思って、シーツに押し付けていた顔を少し上げると、そのまま唇を奪われた。
「……ぅン!」
深く挿し込まれた舌に絡め取られ、口内を侵食される。
咄嗟に身を捩ろうとしても、背中には司が伸し掛かっている。胸の前で交差する彼の腕が、まるで、「離さない」と言っているかのように強く抱き締めているのだ。その抱擁に息苦しさを感じる前に、身体の中で熱が弾けた。
彼の舌を吸い、胸の先から与えられる刺激を感じながら、考えること一切を放棄する。
高くそびえ立つプライドの壁が、彼の熱に溶かされきってゼロになるのを待つ。
目を閉じて身体の力を抜くと、胸にあった手の一方が徐々に下がってショーツの中に入り込み、二枚の花弁に埋もれた蕾に触れた。
「――はぅっ!」
ビクッと跳ね上がった腰は、彼の熱く滾ったものに当たってさらに震える。
唇を重ねて互いの唾液を啜り合う水音が、吐息に混ざって部屋に響く。いつの間にかショーツを濡らすほど滴っていた愛液を蕾に塗りつけられ、淫靡さを伴った行為が興奮を誘う。
酒で熱くなった身体に、さらに熱を移され、溶かされれば溶かされるほど彼が足りない。
(このまま溶けてしまいたい……)
司の舌を甘噛みして、こずえはねだるように腰を揺らした。
「……ね、抱いて……?」
「まだナカを解してないけどいいの?」
「いいの……忘れさせてくれるんでしょう?」
「もちろん。何もかも忘れさせてあげる」
少しの間、司の重みが身体から退いて、そして再び戻ってくる。
髪を丁寧に梳かれ、瞼や頬、首筋に落とされるキスの優しさ。その一連の動作にうっとりと目を閉じて微笑むと、司が耳元で囁いてきた。
「好きだよ」
「――え?」
反射的に疑問を返すと、ショーツのクロッチが脇に寄せられて、熱いものを充てがわれる。
「好きだって言ったんだよ。僕はこずえさんが好きだって――」
(なに……言って――)
「挿れるよ」
驚きが口を出る前に、経験したことのないほどの硬い漲りが体内に割って入ってきた。
ひゅっと喉が鳴るような音がして、唇が塞がれる。
(やだっ……! おっきい……!)
熟れた身体から滴り落ちた蜜が滑りを良くして、じゅぶっと一気に奥まで貫かれる。そして浅いところまで引き戻され、ぐちゅぐちゅと優しくナカを掻き回された。
「う……ああん……な……なに、これぇ……っ……奥がっ……奥、熱いっ……!」
愛液に濡れた蕾を左右に揺らされながら、ぐじゅ、ぐじゅと深くゆっくりと挿し込まれる。その度に身体が跳ね上がり、腰が震えてしまう。
「うわ……こずえさんのナカ、キツキツ……凄い締まってるよ。僕の食いちぎられそう。ああ――……気持ちいい」
「やぁ……ああ……そんなの、いわないでぇ……」
「ごめん、ごめん。じゃあいくよ」
腰を少し持ち上げられ、バックからの抽送が始まった。
後ろから腰を抱かれているせいだろうか。自分が司の手によって、どこかに引きずり堕とされそうになっているような気がしてしまう。
でもその堕とされる感覚に抵抗できない――いや、抵抗したくない。
むしろこのまま快楽に沈んで、何もかも忘れさせてほしかった。
「あっ、あっ、あっ……ああ……」
背中に司の重みが伸し掛かる。
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