となりの、きみ。

槇原まき

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1巻

1-3

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 この日の谷村はいつになくスパルタだった。
 ラフを描けと言われ、日野がいくつか描き上げると、容赦ようしゃない全ボツの制裁が待ち受けている。さすがに泣きたくなる。
 まだまだだなぁと苦い顔をされ、日野は谷村お勧めのデザイン関連の本をどっさり手渡された。読めということらしい。
 日野は紙袋に入った大量の本を抱えて、家路についた。

「ただいまーって……今から飯作るとか無理だろ、これも読まなきゃなんねぇし……」

 携帯の時計を見れば二十二時を回っている。
 青葉に張り合って自炊する以前に、この一人の生活と、新しい上司、新しい仕事に慣れねばならないのだ。
 日野は玄関先に置いた紙袋から、大量のデザイン本が自己主張するように流れ出てきたのを見て、深いため息をついた。彼は今日もコンビニ弁当だ。



   ■ 思惑と恋心の同窓会


 六月最後の土曜日――

『卒業から五年。就職して一年経ったことだし、そろそろ社会人としての生活にも慣れてきただろうから集まらないか?』

 そんな声掛けから企画された高校の同窓会が、今日の十七時半から行われることになっていた。
 初音と日野が通っていた公立みどり高校三年C組は、仲の良いクラスだと有名だった。

「ふんふんふ~ん」

 初音は鼻歌を歌いながら、机の上に置いたスタンドミラーを覗きこんだ。長い髪の毛を後ろでひとつにまとめ、前髪を横に流してヘアクリップで留める。
 クローゼットの前には、幅広ボーダーの半袖ワンピースが掛けられている。下にはジーンズを合わせてカジュアルにするつもりだ。あまり気合の入った格好だと浮いてしまう。
 なにせ開催場所は地元の駅前にある、全国チェーンの居酒屋なのだ。
 初音は雑誌のメイクアップ特集「この夏のトレンド眉!」のページを見ながら、アイブローパウダーをブラシにとり、眉に載せた。
 初音の手にあるアイブローパウダーは、雑誌に掲載されているものと同じだ。お値段、三千九百九十円なり。
 雑誌の記事によると、明るめの色合いを使い、全体的にふんわりとぼかすのが『この夏のトレンド眉』のポイントらしい。これで、イマドキ感がプラスされる、と雑誌に書いてある。そのためには、この三千九百九十円のアイブローパウダーが必要なのだ。たぶん。

「――どれどれ~。イマドキ感とやらは、プラスされたかな?」

 鏡を見ると、少し明るい顔色になった気がする。
 初音は満足そうに頷くと、アイブローパウダーをしげしげと眺めた。

「さすが三千九百九十円。いい仕事してますねぇ~」

 キュッと口角を上げると、初音は鏡に向かって笑顔を作った。何だか気分が明るくなった気がする。髪を丁寧にかすと、彼女は用意していたワンピースを手に取った。


 十六時になり、初音はナチュラル風のメッシュ素材でできたバッグを手にして、部屋を出た。
 鍵を掛けようとしていると、隣から日野が出てくる。

「あ、日野君! 同窓会行くの?」
「ああ」

 同じアパートに住んでいて、同じ同窓会に参加するのだから、同じ時間に部屋を出てもおかしくない。
 日野は仕事に行くときのスーツにネクタイを取っただけという格好で、自分の部屋に鍵を掛けていた。考えてみれば、休日に彼と会うのは初めてかもしれない。

「一緒に行く?」

 日野はチラッと初音の顔を見て目を細めると、無言で彼女の横を通り過ぎた。

「ちょっとぉ~。無視しないでよ」

 階段を下りようとする日野の背中に向かって、初音が唇をとがらせると、ふいに彼が振り返った。

「無視なんかしてねぇよ。オラ、行くぞ」
「待ってよ!」

 ぶっきらぼうに言った日野の隣に、初音は並んだ。


 電車に乗って、いつも降りている県庁前駅を通り過ぎると、途端に席が空いた。
 二人はロングシートに並んで座る。

「空いてて良かったね」
「土曜日だからな」

 日野の素っ気ない返事を聞きながら、初音は地元へと近づく電車の車窓を眺めていた。懐かしい顔ぶれに会える期待から、彼女は上機嫌だ。
 昨夜は卒業アルバムを引っ張りだして、クラスメイト全員の顔と名前を確認した。
 アルバムの出席番号順に並んだ個人写真のページを開けば、自分の写真の隣に写っているのは彼、日野省吾。
 今よりも幼い顔立ちをした彼は、口を真一文字にして、学ラン姿で写真に写っていた。
 初音は、今、隣に座る日野の横顔に目をやった。
 彼は何か考え事でもしているのか、胸の前で腕を組んで、軽く眉間に皺を寄せている。
 ――眉間の皺がなかったら、怖くないのにな……
 初音がそっと日野の眉間に手を伸ばすと、彼はハッとしたように目を見開き、次の瞬間、初音を軽く睨んできた。

「ンだよ」
「いや~、眉間に皺寄ってるから……。日野君、眉間に力入れてるから顔が怖いんだよ」
「……怖いか?」

 初音が頷きながら眉間をグリグリと押してやると、彼は眉根の力を抜いて、ずいっと顔を寄せてきた。
 日野の顔が近い。額が付きそうなほど、まつ毛の一本一本まで見えるほど――近い。
 初音はそんな至近距離にドキドキしながら、彼の顔から手を離した。

「これでどうだ?」
「う、うん」

 手を離したのに、彼はまだじっと初音の方を見てくる。彼のブラウンの瞳に映った自分の顔が、ほんの少し赤くなっているような気がした。

「な、何?」
「お前さ……今日、何かいつもと違くね?」

 メイクを変えたことに気が付いてくれたのかと思って、初音は少しはにかみながら笑った。

「えへへ~。どこか変わった?」
「知るか」
「えーっ? わかんないの?」

 あっという間にそっぽを向いた日野に唇をとがらせながら、初音はぶーたれた。
 こんなに至近距離で人の顔を見ておいて……しかもほとんど毎日会っているのだから、気が付いてくれてもいいのに。
 そんな初音を、日野はかいさず鼻で笑う。
 初音はバッグから手鏡を取り出して、前髪をちょんちょんと整えた。もうすぐ電車が目的の駅に到着する。
 すると突然、日野が初音の髪の毛をくしゃくしゃっとき混ぜた。せっかく整えた初音の髪が、乱れて鳥の巣になる。

「な、何するの!」
「着いたぞ」

 プシューッという音を立てて扉が開き、初音は慌てて電車を降りた。日野は彼女を振り返ることなく、スタスタと先に行ってしまう。

「ちょっと待って~」
「さっさとしろよ」

 日野と一緒に改札を出ると、本日の会場である居酒屋が目に入った。
 この居酒屋は、初音が北区に引越したあとにできたらしく、外観はまだ新しい。
 二人で居酒屋に向かっていると、初音は後ろからよく知った声に呼び止められた。

「初音!」

 クルッと勢いよく振り返ると、初音の親友、清水美幸が立っていた。

「きゃ~~っ! 美幸ぃ~~!」

 初音は高い声を上げながら美幸に抱きついた。彼女も初音の肩を抱いてくれる。

「久しぶりね、初音!」
「ホント久しぶり! 元気だった? 美幸ったら彼氏できたからって、私のことほっときすぎ」

 彼氏ができた途端、扱いがおざなりになった親友に嫌味をぶつけてやると、美幸はペロッと舌を出してかわいこぶった。

「ゴメンね。ちょっと忙しかったのよ」

 美幸は仕事帰りなのか土曜日だというのに、黒のパンツスーツを着て、さらに高いピンヒールを履いている。シンプルな装いだが、首に巻いている目の覚めるような大判の赤い花柄スカーフが印象的だった。ばっさりと切り込んだベリーショートの髪も彼女にはよく似合っており、見るからにバリバリのキャリアウーマン風だ。
 美幸は高校時代からとても面倒見がよく、初音は姉御肌あねごはだの彼女によく助けられていた。

「もう~。初音ったら髪がボサボサよ?」

 日野に乱された髪を美幸に撫で付けられて、初音は恨めしそうに彼の方を見やった。すると、美幸の視線もそちらへ向く。

「もしかして……日野?」
「うっす。久しぶり。清水」

 美幸は日野と初音を交互に見て、アハッと笑った。

「懐かしい~、ってか何!? 二人一緒に来たの? もしかして付き合ってんの? 聞いてないわよ?」

 初音が面食らっていると、日野が先に口を開いた。

「付き合ってねぇーよ。だいたい日向の彼氏はお前だろ、清水。それとも保護者だったか?」
「そぉーよ? 初音に手ェ出すなら、ちゃ~んとこのアタシに許可取りなさいよぉ? 初音はアタシのものなんだから!」

 美幸はニッと笑うと、初音のあごを持ち上げて自分の方に向けさせた。ヒールの高い靴を履いているせいか、美幸はとてもスタイルがよく見える。
 スマートで大人っぽい格好の彼女を見上げて、もっと大人っぽい格好をしてきたほうが良かっただろうか、と初音は自分の服を見下ろした。

「初音ったら、ちょっと見ないうちに可愛くなっちゃって。メイク変えた?」

 ――さすが美幸! ちゃんと気が付いてくれた! 
 おしゃれは気付いてもらわなくっちゃ始まらない。初音は美幸が自分の変化に気付いてくれたことに、満足して頷いた。

「うん! わかる?」
「もちろんよ。似合ってるわ」

 初音と美幸が会話に花を咲かせている間に、日野は一人でさっさと居酒屋ののれんをくぐっていく。初音がその背中を見ていると、ふいに美幸に横腹を突かれた。
 彼女はぐりぐりと初音の横腹をひじで押しながら、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

「はぁ~つぅ~ねぇ~」
「な、何よう~」

 美幸のオッサンじみた言動に、初音は噴き出しながら身をよじった。

「みぃ~たぁ~わぁ~よぉ~」
「見たって何を?」
「日野と初音が一緒に駅から来たトコ! バッチリ見ちゃったもんねぇ~」
「え~? 普通に一緒に来ただけだよー」
「でも日野の実家ってこの辺のはずでしょ? それがなんで初音と一緒に来るの? 何かアタシに話してないことがあるんじゃないのぉ~? やっぱ付き合ってんじゃないのぉ~? ウリウリ」
「付き合ってないよぉ~」

 美幸は初音と日野からそれぞれ、付き合っていないと言質げんちを取っても納得していないらしく、初音を更にくすぐりながら問い詰める。
 何か隠し事があると確信しているような彼女の言い草に、初音は困って笑みを浮かべた。
 隠し事なんかしていない。日野とも付き合ってなんかいない。ただ同じアパートの隣に住んでいて、同じ同窓会に出席するから、一緒に来ただけの話だ。

「ほらほら吐けぇー!」
「ヤダぁ~もぉ~。言う、言うからやめてぇ~」

 初音は執拗しつようにくすぐってくる美幸の手を振り解き、別に隠すことでもないからと、口を開きながら、居酒屋ののれんをくぐった。

「――先週ね、日野君が私の隣の部屋に引越してきたんだよ。あ、その前に、取引先で日野君と再会してね~。すっごい偶然でしょ?」
「なにそれ! そんな面白いことになってるなら、早くアタシに連絡しなさいよ!」
「えーだって美幸、彼氏できたから忙しいって言ってたじゃん~?」

 初音も、日野のことを話そうとは思っていたのだけれど、最近美幸とはメールのやりとりもしていなかったから、言いそびれていたのだ。それにどうせ一週間後には同窓会で会うのだから、その時に話せばいいとも思っていた。
 だが美幸はもっと早く知りたかったらしい。初音を睨みつけながら、意味深な表情をして、なおもからかってくる。

「ふ~ん? それでメイク変えたんだ?」
「もーっ、何でそうなるの?」

 美幸の勘ぐりが下衆げすになってきたところで、初音は唇をとがらせた。
 実際、日野とは何でもない。
 靴箱に靴を入れて美幸を振り返ると、綺麗に彩られた美幸の爪が、クラスメイトに囲まれている日野の背中を指差した。

「だって初音と日野って、昔から『友だち以上恋人未満』って感じで、はたから見ててじれったかったのよねー」
「そんなんじゃないもん」

 日野の周りにいるのは元サッカー部の連中だろう。日野を中心にして、どっと大きな笑い声が起こり、彼も楽しそうに笑っている。
 日野は毎朝初音の話を聞いてくれるが、眠そうな顔をしているだけで、あんなに楽しそうにはしていない。思えば高校時代からそうだった。いつだって彼は自分と話す時、眉間に皺が寄っている。あんな笑顔は決して向けてくれない。
 ――もしかして、毎日同じ時間に家を出るのって迷惑なのかも。
 そんな事を考えていると、振り返った日野と目が合った。
 なぜか一気に顔が熱くなってしまい、初音は目を逸らす。

「フフフ~。顔が真っ赤よ?」

 好奇を含んだ笑い声を漏らす美幸を睨みつけ、初音は声を上げた。

「先にお手洗い行ってくる!」
「早くしないと始まっちゃうわよぉ~」

 美幸のからかい交じりの声に、初音はベーっと舌を出した。


 化粧室に駆け込んだ初音は、鏡に映る自分の頬がチークを塗りすぎたように赤らんでいるのを見て、小さく息をついた。
 もうしばらくここにこもって、のぼせ上がった熱を冷やしてから戻った方がよさそうだ。
 美幸に「友だち以上恋人未満」と揶揄やゆされる日野との関係――それは、彼の近くにいる機会が多かったせいだ。
 日直、掃除当番、役員、修学旅行の班――何かと一緒に組む機会が多かったのは、単純に出席番号が前後だったから。
 口は悪いけれど、面倒見の良いところもあって、いつも何かと初音のフォローに回ってくれていた日野。
 彼に一番最初に助けられたのはいつだったかと思い返すと、夕暮れの公園とブランコが初音の頭の中に浮かんだ。
 文化祭の買い出しに日野と二人で行った時、彼と別行動をした初音は迷子になった。迷子になった子どもの母親を探しているうちに、自分自身が迷子になってしまったのだ。だが、日野はブツブツ文句を言いながらも迎えに来てくれた。
 ミイラ取りがミイラになった状況に呆れつつも、彼はあの時「お前らしいな」と呟いて、残りの買い物に最後まで付き合ってくれたのだ。
 あの時からだと思う。彼の隣になんとも言えない安心感を覚えてしまったのは。あまりにも自然に一緒にいたから、二人は付き合っているのか? と聞かれたことも一度や二度ではない。その度に二人で顔を見合わせて、そんなわけないだろう、と返してきたのだ。
 ――実際付き合ってないしねぇ~。
 確かに仲は良かったが、それ以上進展することはなかった。
 女子大に進学してしまったせいもあるかもしれないが、初音は異性関係をどうやって進めていいのかわからない。
 憧れている青葉しかり、素敵だな~と思う男性には、必ずと言っていいほど既に相手がいる。悲しいことに、それは初音のお約束になりつつあった。
 相手がいるのだから仕方ない、と自分の気持ちをうやむやにできるのは、初音が絶対に諦められない、と強く思い続けていられるような本当の恋に出会っていないから。
 ――あ~あ。恋したいなぁ。
 ファーストキスすら経験のない唇に、初音は色を塗った。


   * * *


「それでは三年C組の再会を祝してカンパーイ!!」

 各々自由に席に着き、同窓会は乾杯の音頭おんどで始まった。広い座敷に参加人数は二十数人。ひとクラス三十人だったから、まずまずの出席率だろう。
 なみなみと入ったピッチャーからビールが次々と注がれる。時間制限ありの食べ放題、飲み放題プランだ。
 料理はありきたりなものばかりだが、たまにはこういうのもいいだろう。大勢で食べればなんでも美味うまい。それが懐かしの面子メンツであればなおさら。
 みなそれぞれ、あっちの席に移りこっちの席に移り……とウロウロしながら、互いに近況報告をしあっている。
 日野はビールを飲みながら、元サッカー部の悪友たちと最近のワールドカップの話や思い出話に花を咲かせて、ワイワイ楽しくやっていた。

「日野は変わんねぇな」
「ホント変わんねぇ~。高校ン時に俺が好きだった先輩がさ、日野のこと紹介しろって言ってきた時は泣いたぜ。憎い、憎い、コイツの顔が絶妙に整ってるのが憎い! お前ちょっと殴らせろ!」
「うっせーよ」
「盛り上がってんじゃーん! アタシも混ぜてよ」

 突然、男ばかりの場所に顔を出してきたのは美幸。

「お前、もしかして清水か?」

 美幸が笑顔で頷くと、周りの男たちからオオッと歓声が上がった。

「マジで!? お前、清水!? うっわ……」

 男たちが美幸の変わり様に見とれているなか、美幸は悪友を押しのけて無理矢理日野の隣に座ろうとする。日野は初音を探した。彼女に美幸を押し付けようと思ったのだ。せっかく男同士で楽しく飲んでいるのを邪魔されたくない。
 ――ンだよ……日向とあっちで飲んでりゃいいもんを……
 キョロキョロと初音の姿を探したが見当たらない。そういえば彼女は乾杯の時にこの場にいただろうか? 

「おい、清水。お前、日向と一緒じゃなかったのか?」
「初音? ああ、トイレ」

 美幸が日野にアプローチをしかけているように見えたのか、サッカー部の連中はニヤニヤしながら、彼女に日野の隣の席を明け渡した。要らぬ気遣いに気が滅入る。
 美幸は一言の断りもなしに日野の隣に座り、彼のグラスにビールを注いだ。

「ねぇ~日野ぉ、初音から聞いたよぉ~?」
「あ?」

 ――何を聞いたっつーんだよ。
 彼女の探るような視線に辟易へきえきしながら、日野は唐揚げをひとつ口に放り込んだ。話の先を促すようにあごをしゃくってやる。

「仕事で初音に会ったんだって?」

 なんだその話かと思いながら、日野は頷いた。

「ああ。会ったな。ビビった」
「へぇ~。日野ってどこに就職したの?」
「白東」
「白東って、広告代理店の白東エージェンシー? へぇ~、大手じゃん」
「俺は末端構成員」
「ね、夏のボーナス出た? いくら?」

 やたらと際どい話題を振ってくる美幸に舌打ちして、日野はそっぽを向いた。

「えげつない女だなぁ、お前。日向はンなこと聞かねぇぞ」
「アタシは初音みたいに、夢見る夢子ちゃんじゃないもんでね。男は稼いでなんぼ!」

 親友を「夢見る夢子」とバッサリ言い捨てた美幸に、日野は片眉を跳ね上げ、あからさまにムッとした態度を見せた。

「お前、言い過ぎだ。日向はちょっと面食いなだけだろ」
現実リアルな男を知らなすぎ。初音は理想が高すぎるの。いつまでもタレントやモデルにキャーキャー言ってるようじゃダメよ。そんな男、身近にいるわけないんだから。いい加減卒業しなきゃ」

 そう言われて日野の頭に浮かんだのは、モデル顔負けのイケメンで、無駄にハイスペックな上司、青葉だった。
 外見は言うまでもなく、中身も仕事ぶりも彼は初音の理想らしい。だが青葉は既婚者。初音が既婚者相手に、あれこれちょっかい出せるような性格でないことは明らかだ。もっとも、青葉の方から誘われたらどうなるかわからないが、青葉もそういう男ではないはず……

「初音はそろそろ現実を見たほうがいいと思うのよ」
「ふーん?」

 日野は適当に相槌あいづちを打ちながら、彼女の表情から真意を読み取ろうとしたが、いまいちピンと来なかった。
 彼女が初音を心配していることはわかるが、なぜ自分にそれを話すのか、日野は皆目かいもく見当がつかない。

「初音、日野のこと好きだと思うんだけどなぁ~」

 ギョッとした日野に、「少なくとも高校の頃は」と美幸は付け足した。
 ――日向が……俺を……? 
 日野の視線は驚きと共に、初音を探して彷徨さまよう。
 ちょうどその時、日野はタイミングよく戻ってきた彼女とバチッと目が合った。
 高校の頃から変わらないその目が、日野の隣を陣取っている美幸を捉えてわずかに揺れたのを見て、彼は慌てて腰を浮かせた。なぜだろう。今は彼女の――初音の側に行きたかった。

「もーらいっと!」

 ちょっと目を離した隙に、美幸の手がにゅっと伸びてきて、日野の飲みかけのビールをかっさらった。

「あ!」

 自分のビールを全部美幸に飲み干され、日野は何するんだこのヤロー、とばかりに、彼女を見下ろした。一言文句を言ってやらねば気が済まない。その時、美幸が声を上げた。

「あーっ、初音が男と話してる。珍しい~っ」

 日野が今まで初音がいた方をさっと見ると、もうそこに彼女はいなかった。

「初音なら、あ・そ・こ」

 耳元で酒臭い息を吹きかけられ、日野は美幸を鋭く睨むと、彼女が指し示す先を見た。
 初音は座敷の入り口付近に座って、誰かと話している。相手は日野に背中を向けていたから顔は見えなかったが、スーツの後ろ姿から男であることはわかった。
 彼女がふわっと笑いながら、男から差し出されたメニュー表を広げて、肩を寄せ合って一緒に料理を選んでいる。それを見て、日野はサッと顔を背けた。なぜだか無性にイライラする。
 どうして彼女はここに――自分のところに――来ないのか? 
 ――清水がいるんだから清水の側にくればいいじゃねーか。そしたら一緒に話だってできるのに。だいたいアイツ誰だよ? 

「あっれぇ~? もしかして、いてんの?」
「はぁッ!?」

 日野は不満を込めた頓狂とんきょうな声を上げると、もう一度初音の方を見て美幸に向き直り、自分の鼻っ面を指差した。

「妬く!? 俺が?」
「日野ってさぁ~。昔っから素直じゃないよねぇ~?」
「……お前、いい加減に黙れよ?」

 クスクスと笑う美幸の声を遮ると、日野は軽くうつむいて、親指で眉間を押さえながらため息をついた。後ろから、悪友たちの好奇の視線が突き刺さる。
 誰かコイツをどこかへやってくれ! と、胸中で思い切り叫んで、日野は意識的に初音に背を向けた。


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