上 下
3 / 5

3.狩猟大会

しおりを挟む
 俺はイングラル公爵家の騎士として、王家主催の狩猟祭に駆り出されていた。
 今日はクラリス嬢のために獲物を仕留め、成果を捧げることになっている。

 主要な貴族家が揃い、各所に豪華な幕舎テントが張られ、高らかなラッパに人がつどった。開幕式だ。

 参加経験はあるものの、王室ではなく公爵家の、しかも平騎士として混ざるのは初めてで、他貴族からの視線と小声が煩わしい。

(しかしリロイが絡んで来ない分には、清々しいな)

 クラリス嬢は公爵家の総意として、リロイの求婚を正式に断った。
 狩りの結果がどうであろうと、第二王子との婚約や結婚はないと突っぱねたらしい。
 おかげでリロイが寄り付かない。

 表向きは美辞麗句の辞退。けれど言葉裏で、"第一王子に傷つけられたから、王家を信用出来ない"と、かなり際どく匂わせて、押し切ったらしい。

 なんかホントごめん。アルヴィンが婚約破棄なんかして。


 俺の耳まで聞こえてきたのは、その時従事していた同僚騎士から。イングラル公爵の言いようは、エブリン妃をあおってるようにすら見えたらしい。

 召使いも噂していた。

「そんな情報ガバガバでいいのか公爵家」と思うけど、俺の場合、妙に親しまれているらしく、聞いてない話まで仲間内から入ってくる。

 いつの間にか公爵家の家人は、ほぼ顔見知り。

 そう。
 だから公爵家のテントに、外部の人間が出入りすると、すぐわかる。

 いま公爵家の女性用テントから出てきたメイドは、見ない顔だ。

(今って、テントの中は誰もいないはずだよな)

 クラリス嬢は、俺を含めた騎士を従え、国王の話を聞いている。
 大半の人間が広場で開幕式に並ぶ中、伝言ということもないだろうに。

(なんだ……?)

 不審を伝えようとした時だった。

 クラリス嬢が、騎士たちに向き直る。
 開会宣言が終わり、いざ狩場に入る前の激励のためだ。


「狩猟祭に参加する、わたくしの騎士たちへ。みなの活躍と、怪我のないよう祈って、タッセルを作りました」

 主人自ら作ったという剣護りに、騎士たちから歓声が上がる。
 イングラル家の慣習かと思いきや、これまでにない異例のことらしい。

 クラリス嬢が凛とした姿勢で、それぞれの騎士へひとつずつタッセルを渡していく。
 俺の番。彼女はそっと囁いた。

「押し付けになっているようでしたら、捨ててください」

(!?)

 束の間の交差で。

 激しく胸が痛んだ理由を知りたい。

 指触れることなくクラリス嬢が離れた一瞬、こんなに苦しい訳が分からない。

 視線は絡まなかったのに。
 切なさだけが募った。

(アルヴィン、お前どういう感情なんだよ、これ。まるで恋慕だぞ?)

 "お前から婚約破棄したんだろ?"
 
 引きこもってる意識からの答えはない。

 厄介ごとばかり押し付けられたようで、過去の自分アルヴィンに腹が立つけど、まずは仕事だ。

 クラリス嬢のそばに残る騎士に、"見慣れない女がテントに出入りしていたから気を付けるよう"言付けて、指定された狩場に向かう。

 森は豊かだった。
 勢子せこと合わせて鹿を仕留め、次はもっと大きな獲物をと息いた時、ふいに影が落ちた。

 見上げると、天を覆う怪鳥が頭上をすべり、テントの設営地へと向かっている。

「嘘だろ……!」

 即座に広場から、悲鳴が上がる。
 胸騒ぎに突き動かされ、走った先で見たのは、公爵家のテントに鉤爪を向けて舞い降りる、怪鳥。

 そしてテント前には、クラリス嬢。

 考えるより先に、身体が動いていた。
 怪鳥がクラリス嬢を掴んだ、その脚に躊躇なく飛びつく。

 多くの叫び声を後ろに、運び上げられる浮遊感。
 青ざめたクラリス嬢と目が合った。

(必ず守る……!!)

 ほんの数度の羽ばたきで、すでに狩場の森の上。 
 これ以上空高くなるより先に、怪鳥の爪を開かせないと。

 手に持つ剣をなんとか突き立てれば、嫌がった怪鳥に思い切り脚を振られた。
 投げ出されるクラリス嬢をかばう様に抱き留め、そのまま茂った枝葉に飛び込む。

 即座に防御魔法を張ったけど!

 もう何に何度ぶつかったかわからない!

 木々の間を落下し、地表に転がり落ちた。

「っ痛ぅ……」

 打ったし。

 あちこち痛いが。

「クラリス嬢?!」

 腕の中の彼女が、無傷かどうかのほうが気になった。
 目立つような外傷はなく、ほっとする。

 と、クラリス嬢も状況に気づくなり、俺を見て声をあらげた。

「なんという無茶をなさるのです! もし御身に何かあったらどうするおつもりで──」

 そこまで言って気づいたんだろう。
 彼女は、はっと言葉を飲む。

 いまのは、"自分の護衛騎士"に言うセリフじゃないって。
 完全に数か月前の、王子としての俺に向けた発言だ。

 ゆっくりと、俺は言った。
 
「今の俺はあなたの護衛騎士ですから、優先されるのはあなたの無事だけです。……お怪我はありませんか?」

「……ありがとうございます。かばってくださったおかげで、幸いにもどこも……」

 なぜか、沈黙が降り。

 細い声が、紡がれる。


「…………だから追ってくださったのですか? 職分だから」

 彼女が尋ねた。


「違……う……」


 傷ついたように顔をそらしたクラリス嬢を追って、引き出されるように言葉がこぼれる。

「ずっと守りたかった。なのに、俺と関わると……危険な目に遭わせるから……」


 "アルヴィン"の気持ちがにじみだしてくる。
 クラリス嬢が目を見開いてるが、混乱してるのは"俺"も同じで。

(な、なんだ? え、そうなの?)

 戸惑うと同時に思う。

(もしかしてそれで遠ざけた? だがそれなら。いまクラリス嬢が襲われたのは……、偶然か?)

 怪鳥なんだ。魔獣が故意に個人を狙うことは考えにくい。

 でも。
 そもそも国には結界が張られている。
 狩猟大会の会場がいくら国境近い場所だったとはいえ、魔獣が侵入したこと自体がおかしい。

「──まさか、結界が破れてる?」

 ぽそりと落ちた自分の声に、背筋が凍った。
 
「結界が消えたら、大変なことになる。すぐに張り直さないと!」



 ルクセル王国の地は、魔物が沸く裂け谷に近く、その侵略を受けやすい場所に位置していた。
 王家に伝わる宝剣で結界を維持し、年に一度、新年に、脆くなった結界を張り直す儀式が執り行われる。

 国土を守ると同時に、王家の正統性を示すためだが、常からも宝剣は王の移動に伴われ、結界に何かあれば即座に修復されることになっている。

 つまり国王が来ているこの狩場に宝剣はあり、綻びがあればすぐに結界が直されるはずなのに。


 空に舞う怪鳥たちの数が増えてきている。


「何かあったのかもしれない、です。皆も心配しているでしょうし、急ぎテントに戻らないと。、歩けそうですか?」

「え、ええ」

 返事とは裏腹に、がくがくと震えている彼女の足は、力が入りそうには見えない。
 怪鳥に掴まれ、空からダイブしたなんて、ご令嬢には衝撃体験だったろう。

「失礼しても?」

 了承を得て横抱きすると、真っ赤になって顔を伏せられ、くすぐるような柔らかな髪からは、甘い香りが届いた。

(やばい。意識してしまう。ゼロ距離反対。密接した肌から脈打つ鼓動が伝わってくるのとか、反則だから)

 俺はもう確信してた。

 ──"アルヴィン"は、クラリス嬢のことが好きだ。──

「もう少し、あなたのご真意をお聞かせいただきたかった」

 小さく、クラリス嬢が呟いた。

 そうだね。それは俺も知りたい。
 意識の底をこじ開けてでも、本家アルヴィンに問いただしたい気持ちだよ。

 複雑な恋心と謎を、残さないで欲しかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

わたくしの婚約は破棄される予定だそうです。計画を知ったので、婚約相手の弟ぎみと手を結ぶことにしました。

みこと。
恋愛
公爵令嬢アデリナは、婚約相手の弟であるゲオルク王子に招かれた。彼が打ち明けた話とは、なんと"兄・王太子ヴィラントが、卒業パーティーでアデリナとの婚約を破棄する計画だ"というもの。兄の廃嫡を予想し、自分と手を組んで欲しいと誘うゲオルク王子に、はじめは断るつもりのアデリナだったが……。ふたりの協定が、未来を変える! 嘘ではないこのタイトルで、ほのぼの展開ハッピーエンド。ざまぁ無し。癒しのひとときをどうぞ。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。

白雪なこ
ファンタジー
両親の怪我により爵位を継ぎ、トレンダム辺境伯となったジークス。辺境地の男は女性に人気がないが、ルマルド侯爵家の次女シルビナは喜んで嫁入りしてくれた。だが、初夜の晩、シルビナは告げる。「生憎と、月のものが来てしまいました」と。環境に慣れ、辺境伯夫人の仕事を覚えるまで、初夜は延期らしい。だが、頑張っているのは別のことだった……。 *外部サイトにも掲載しています。

婚約破棄の噂に、夜、公爵家の侍女が忍び込んできた話。

みこと。
恋愛
"王太子ジェラルドが公爵家のイザベラと婚約を破棄し、男爵令嬢エミリを王太子妃にする"。 そんな噂が流れていたある夜、ジェラルドが自室に戻ると、公爵家からの侍女が待っていた。 何かを隠し持つ侍女の前に、ジェラルドの命は風前の灯火に?  侍女の目的、イザベラの真意。それを知ったジェラルドの行動とは。 王城の一室で起こった一幕。軽めに仕立てた短編です。ハッピーエンドをお楽しみください。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅

みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。 美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。 アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。 この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。 ※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。

処理中です...