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2.公爵令嬢の胸の内

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 一体何が起こったのか。わたくしはまだ、事態について行けていない。

 わたくしの後ろには、常にアルヴィン様が控えてくださっている。
 長年の婚約者だったアルヴィン様が、わたくしの護衛騎士となったからだ。

 わたくしとの婚約を破棄し、どこからともなく連れてきた平民の娘を妃とすると言い張って、"王族の自覚無し"と王家を追われた。それと同時に、相手の娘も消えた。まるで、初めからいなかったみたいに、煙のように。

 幻めいた一件で、けれどもアルヴィン様が王子のご身分を失われたのは、現実。

 婚約破棄を告げられた時、ショックよりも不思議が先立った。

 アルヴィン様とお会いする機会は、滅多になく。
 そんなアルヴィン様が、急にわたくしを呼び出し、大勢の前でののしって声高に非難した。

 そのすぐ後の、ご自身の凋落。
 仕組まれたような急展開だった。


 アルヴィン様は公式行事にさえろくに参加されない勝手な王子と目されているが、違う。
 冷たく、周りに無関心と言われているけれど、本当はあたたかく優しいお方。

 わたくしは知っている。
 王宮を訪れた際、風に飛んだ洗濯ものを、探しに来る下女が見つけやすいよう、木から降ろしてあげる姿を見た。それに他にも……。貴方様はいつも、そっと気遣われている。

 そんな貴方様をお慕いしていたし、その気持ちは今も変わらない。

 わたくしの思い違いでなければ、アルヴィン様もわたくしを憎からず思ってくださっていたはずなのに……。

 立場が変わってしまった今、わたくしは自分の気持ちを隠さなくてはならなくなった。


(王子ではなくなったアルヴィン様と、わたくしが結ばれる未来は、このままなくなってしまうのでしょうか?)


 今のアルヴィン様は、王宮におられた頃とまるで違うお姿をお見せになられている。
 明るく伸びやかな笑顔と人あたりで、あっという間に周囲を魅了してしまった。

 屋敷の者たちは、"よく似た別人が身代わりに来た"と捉えているようだけれど、ずっとアルヴィン様を見ていた私にはわかる。
 間違いなく、ご本人。
 大体、十八の若さで、ここまで腕が立つ騎士なんて、おいそれといるわけがない。密かに剣に励まれていたアルヴィン様でこそ。

 アルヴィン様、わたくしにはわかりません。
 婚約破棄は貴方様のご本心?

 父であるイングラル公爵に相談したら、「しばらく静観するように」というお返事だった。
 我が家に泥を塗った婚約破棄にも関わらず、アルヴィン様を引き取った父様。

 もし何か思惑があるのならば。
 わたくしにも相談して欲しかった。
 
 クラリスにはそれが、寂しゅうございます──。




 
「リロイ殿下がいらっしゃいました」

 召使が部屋に告げに来たことで、わたくしの思考は中断された。

 また?

 第二王子のリロイ殿下は、この数か月。アルヴィン様との婚約が無くなった私の元に、何度も通っては求婚を繰り返しておられた。

 理由はわかっている。

 第一王子アルヴィン様が王位継承権を剥奪されたとはいえ、第二王子リロイ殿下の立太子はまだ。
 アルヴィン様がいつ許されて、王宮に返り咲くかわからない。

 リロイ殿下はわたくしと婚姻を結ぶことで、公爵家の後ろ盾を得て、確固たる地盤を築きたいのだ。
「そんな気持ちになれない」とわたくしがお断りしても、お構いなしにやってくる。こちらの意向など、はかる素振りすらない。

「お部屋にお通ししてもよろしいでしょうか?」

「いいえ。お庭でお会いします。すぐに参りますから、ガゼボで少しお待ちいただいて」


 若葉の中、庭園の椅子に腰かけ、リロイ殿下がカップを口に運ぶ。
 わたくしはリロイ殿下に対して座す。

 アルヴィン様は、もう一人の騎士ニールと並んで、私の後ろに立ってらっしゃる。

 これだけでもアルヴィン様にはお辛いことでしょうに、リロイ殿下と来たら。

 わざと物を落とし、アルヴィン様に拾えと命じたり、言い返せないアルヴィン様に見下すような視線と暴言を投げかける。

 なんという幼稚な行為。
 何が、「おい、そこのお前」よ。兄君に対して!

 元々、アルヴィン様とリロイ殿下は母親が違う。

 他界されたご正妃の息子であるアルヴィン様に対し、リロイ殿下は、アルヴィン様の母上亡き後、側妃から正妃に昇格した、エブリン妃の御子。

 エブリン妃は宮廷での力を得たものの、アルヴィン様が第一王子としてご健在だったから、リロイ殿下を王太子に押し切ることが出来ないでいた。

 そんな渦中で、エブリン妃によくよくご教育されてきたリロイ殿下の、アルヴィン様に対する敵愾心は大きい。
 アルヴィン様が失墜された今、ここぞとばかりに身分差を見せつけてくる。

 リロイ殿下の振舞ふるまいに、憤慨していた時だった。


「では、次の狩猟祭にはぜひお越しください、クラリス嬢。あなたの騎士たちも連れて。ですが、誰にも負けない獲物を私が仕留めましたならば、その時こそ求婚をお受けくださいますよう」

「なっ……!」

 一方的に条件と招待を押し付けて、リロイ殿下は帰って行ったのだった。
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