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1.元王子アルヴィン
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「クラリス・イングラル公爵令嬢! きみとの婚約は今日を限りで破棄する!!」
第一王子アルヴィン・ルクセルの突然の宣言は、誰をも驚かせるものだった。
◇
(もーうちょっと早く、"俺"が出てきてたら違ったんだろうけどなぁ)
「ここがお前の部屋だ」
ぶっきらぼうに示されたのは、簡素なベッドがぽつりとある、手狭な個室。
公爵家に従事する、騎士寮の一室だ。
「あ、はい、案内ありがとうございます……」
お礼を言ったら、憎々し気に睨まれた。
「今更殊勝な態度をとってみせたところで、この屋敷の者は誰一人お前を許さんぞ」
明確な敵意と警告。
「婚約破棄でクラリスお嬢様を傷つけ、ありもしない罪をでっちあげようとしたこと、皆が恨んでいる。こうして公正な裁きがなされたこと、神のご意思だ。いち騎士として、今後の人生を励むことだな」
俺を案内してくれた強面の騎士は、そう言い捨てると、さっさと立ち去って行った。
(めっちゃ……憎まれてるし)
それも当然。
近年、世間でよく聞く"婚約破棄"。
軽率な王子が"真実の愛"とのたまって、浮気。
邪魔になった婚約相手を身勝手に断罪する。
けれども、いろいろあって立場逆転。
王子は"ざまぁ"されて厳罰を受ける、という騒ぎが大陸各国で蔓延していたが。
溜息を落としながら、部屋に袋ひとつの荷物を置く。
(……よりにもよって"俺"まで! "ざまぁ"されるなんて!!)
頭を抱えるように、小さなベッドに倒れ込んだ。
アルヴィン・ルクセル。
ルクセル王国の第一王子として生を受けた俺ことアルヴィンは、結婚について横暴を押し通そうとした結果、王籍から抜かれた。
現在の身分は、領地もない騎士位。
ルクセルを名乗ることは許されず、働かないと食べてけない。
ふった婚約者、クラリス・イングラル公爵令嬢の家にお情けで雇われ、住み込みの護衛騎士として勤めることになった。
あまりの境遇変化に耐えきれなかったのか、王子として育ったアルヴィンはプッツン。
自分の意識を放棄して封じ、かわりに表に出たのが"俺"。
新しく生まれた人格。
せめて"ざまぁ"される前ならば!
いやいや、婚約破棄する前ならば!!
クラリス嬢との関係修復に努めることも出来たろうに、今となっては全てが遅い。
俺は明日から、自分が捨てた令嬢を主人と崇め、仕えることになる。
そこに抵抗があるかと言われたら、まあ……たぶん本家アルヴィンほどはない。
けれどアルヴィンにとって、イングラル邸は敵地。
自業自得っちゃその通りで、因果応報と言えば誰も恨めないんだけど。
(俺は"もうひとりの俺"に文句が言いたいぞ……)
何の不満があって、お前はクラリス嬢を貶めたんだ!
超絶美人で、非の打ちどころのない姫君なのに!
残念ながら、封じられた意識と一緒に、その辺の動機まで消えている。
固く閉じられ、覗けない記憶。
詳しいことがわからないまま、奉公の身とは情けない。
しかも浮気相手の娘とか、顔すらちゃんと思い出せない上に、いつの間にか逃げられてた。
ますます「何やってんだ?」感が強い。
公爵家預かりなのは、アルヴィンに対し効果的に屈辱を与えることが出来ると共に、元王族の俺を厳重監視出来るという、無駄のない措置だと思う。
さすがだね、イングラル公爵!
(じわじわといたぶられたら、イヤだなぁ)
前途多難だ。
(とりあえず今日は寝て、明日からの絶望に備えよう)
そう覚悟したのが、三か月前。
まさか、こうなるとは。
「おーい、アル! 今日の昼飯に、お前の好きな豆スープがあったぞ」
「えっ、ほんと? まだあるかな?」
「あるある。食堂のおばちゃんも、お前用にって除けててくれてるはずだし、早く行ってこい」
「おー、ありがとうー!」
勤務中、交代で食事をとる。
テーブルに着くと、「アル、休憩か?」と言いながら、同僚たちが寄ってきた。
なぜ周囲がこんなに好意的なのか。それは。
「でもお前も大変だなぁ。ダメ王子の尻拭いで身代わりなんて」
出た、定番の話題。
「いや俺、本人……」
「いいっていいって、無理しなくても。バレたらヤバいんだろ、皆言わないよ。俺達としては使えない元王子より、腕の立つお前のほうが嬉しいし」
いつの間にか同じ卓についてた仲間たちが、うんうんと頷く。
この現象、俺の素が、あまりに噂のアルヴィン王子とかけ離れていたため、遠方から連れてこられた"そっくりさん"だと誤解されているのだが。
(王子としての俺への偏見がヒドイ……!)
アルヴィンの代わりに就労している赤の他人と認識され、イングラル邸の中では"公然の秘密"扱いされてしまっている。
気づくと愛称呼びされてるし、なんならアルヴィン王子に迷惑をかけられた被害者として、同情さえされている。
本人だと訴えても、「そういうことにしておいてやろう」という返しは一体どうなんだ?
(で、でも、自分で言うのもなんだけど、俺は母上に似て美形だし、にじみ出る気品とか、そういうのがあったはずなのに……!)
中身が俺だと、外見の美貌が悲しいほど無効化されているということになる。
一時はどうなることかと思ったから、優しくして貰えるのは助かる。が、複雑だ。
俺だって、王子様生まれの王子様育ちなのに。
(やっぱあれか。初日に押し付けられた倉庫いっぱいの武具磨きを、鼻歌まじりにやったのがマズかったか。悲壮感が足りなかったのかも知れない)
まったく釈然としないが、大盛りの豆スープは美味かった。
第一王子アルヴィン・ルクセルの突然の宣言は、誰をも驚かせるものだった。
◇
(もーうちょっと早く、"俺"が出てきてたら違ったんだろうけどなぁ)
「ここがお前の部屋だ」
ぶっきらぼうに示されたのは、簡素なベッドがぽつりとある、手狭な個室。
公爵家に従事する、騎士寮の一室だ。
「あ、はい、案内ありがとうございます……」
お礼を言ったら、憎々し気に睨まれた。
「今更殊勝な態度をとってみせたところで、この屋敷の者は誰一人お前を許さんぞ」
明確な敵意と警告。
「婚約破棄でクラリスお嬢様を傷つけ、ありもしない罪をでっちあげようとしたこと、皆が恨んでいる。こうして公正な裁きがなされたこと、神のご意思だ。いち騎士として、今後の人生を励むことだな」
俺を案内してくれた強面の騎士は、そう言い捨てると、さっさと立ち去って行った。
(めっちゃ……憎まれてるし)
それも当然。
近年、世間でよく聞く"婚約破棄"。
軽率な王子が"真実の愛"とのたまって、浮気。
邪魔になった婚約相手を身勝手に断罪する。
けれども、いろいろあって立場逆転。
王子は"ざまぁ"されて厳罰を受ける、という騒ぎが大陸各国で蔓延していたが。
溜息を落としながら、部屋に袋ひとつの荷物を置く。
(……よりにもよって"俺"まで! "ざまぁ"されるなんて!!)
頭を抱えるように、小さなベッドに倒れ込んだ。
アルヴィン・ルクセル。
ルクセル王国の第一王子として生を受けた俺ことアルヴィンは、結婚について横暴を押し通そうとした結果、王籍から抜かれた。
現在の身分は、領地もない騎士位。
ルクセルを名乗ることは許されず、働かないと食べてけない。
ふった婚約者、クラリス・イングラル公爵令嬢の家にお情けで雇われ、住み込みの護衛騎士として勤めることになった。
あまりの境遇変化に耐えきれなかったのか、王子として育ったアルヴィンはプッツン。
自分の意識を放棄して封じ、かわりに表に出たのが"俺"。
新しく生まれた人格。
せめて"ざまぁ"される前ならば!
いやいや、婚約破棄する前ならば!!
クラリス嬢との関係修復に努めることも出来たろうに、今となっては全てが遅い。
俺は明日から、自分が捨てた令嬢を主人と崇め、仕えることになる。
そこに抵抗があるかと言われたら、まあ……たぶん本家アルヴィンほどはない。
けれどアルヴィンにとって、イングラル邸は敵地。
自業自得っちゃその通りで、因果応報と言えば誰も恨めないんだけど。
(俺は"もうひとりの俺"に文句が言いたいぞ……)
何の不満があって、お前はクラリス嬢を貶めたんだ!
超絶美人で、非の打ちどころのない姫君なのに!
残念ながら、封じられた意識と一緒に、その辺の動機まで消えている。
固く閉じられ、覗けない記憶。
詳しいことがわからないまま、奉公の身とは情けない。
しかも浮気相手の娘とか、顔すらちゃんと思い出せない上に、いつの間にか逃げられてた。
ますます「何やってんだ?」感が強い。
公爵家預かりなのは、アルヴィンに対し効果的に屈辱を与えることが出来ると共に、元王族の俺を厳重監視出来るという、無駄のない措置だと思う。
さすがだね、イングラル公爵!
(じわじわといたぶられたら、イヤだなぁ)
前途多難だ。
(とりあえず今日は寝て、明日からの絶望に備えよう)
そう覚悟したのが、三か月前。
まさか、こうなるとは。
「おーい、アル! 今日の昼飯に、お前の好きな豆スープがあったぞ」
「えっ、ほんと? まだあるかな?」
「あるある。食堂のおばちゃんも、お前用にって除けててくれてるはずだし、早く行ってこい」
「おー、ありがとうー!」
勤務中、交代で食事をとる。
テーブルに着くと、「アル、休憩か?」と言いながら、同僚たちが寄ってきた。
なぜ周囲がこんなに好意的なのか。それは。
「でもお前も大変だなぁ。ダメ王子の尻拭いで身代わりなんて」
出た、定番の話題。
「いや俺、本人……」
「いいっていいって、無理しなくても。バレたらヤバいんだろ、皆言わないよ。俺達としては使えない元王子より、腕の立つお前のほうが嬉しいし」
いつの間にか同じ卓についてた仲間たちが、うんうんと頷く。
この現象、俺の素が、あまりに噂のアルヴィン王子とかけ離れていたため、遠方から連れてこられた"そっくりさん"だと誤解されているのだが。
(王子としての俺への偏見がヒドイ……!)
アルヴィンの代わりに就労している赤の他人と認識され、イングラル邸の中では"公然の秘密"扱いされてしまっている。
気づくと愛称呼びされてるし、なんならアルヴィン王子に迷惑をかけられた被害者として、同情さえされている。
本人だと訴えても、「そういうことにしておいてやろう」という返しは一体どうなんだ?
(で、でも、自分で言うのもなんだけど、俺は母上に似て美形だし、にじみ出る気品とか、そういうのがあったはずなのに……!)
中身が俺だと、外見の美貌が悲しいほど無効化されているということになる。
一時はどうなることかと思ったから、優しくして貰えるのは助かる。が、複雑だ。
俺だって、王子様生まれの王子様育ちなのに。
(やっぱあれか。初日に押し付けられた倉庫いっぱいの武具磨きを、鼻歌まじりにやったのがマズかったか。悲壮感が足りなかったのかも知れない)
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