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君に求婚したいんだ! 転生ヘタレ王子は悪役令嬢に愛を告げ…られるか?
5.シンシア嬢は強かった
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(んんっ、あっれ──???)
こういう話だったっけ? そういえば詳しく知らないな。
破棄は認めないらしい。そうか。それもそうだね。でもダメ男だよ、そいつ。
あああ、しかしその方が問題はないといえば、ないのか?
混乱する僕は、ちょっとシンシア嬢の立場を思い返してみる。
彼女は『公爵家の令嬢』ではある。だが公爵である父親は、すでに亡くなっているのだ。
シンシア嬢自身が、数週間後の成人の儀をもって、女公爵となる。クラム公爵家のトップにして唯一の跡継ぎ。
現在のクラム公爵位は空位というわけで、その地位は彼女の後見人が預かっている。
あ、ちょうどシンシア嬢が、諭すようにダリル殿に話してるね。
「我が家の事情はご存知のはずです。近々私は、爵位の継承が認められます。クラム公爵家は現在、伯父上がみてくださっていますが、ご多忙な伯父上にいつまでもご負担はかけられません。成人後は速やかに私が女公爵となり、共に領地を支えてくださる伴侶を必要としていました。そのためにあなたと婚約していたのです。今更"無し"は、無いでしょう」
「だからこそ、だ。このままでは愛のない結婚を強いられ、一生貴様の尻に敷かれる。そんな人生は耐えられん」
「お願いです、シンシア様! どうかもう、ダリル様を解放して差し上げて! 私が虐められたことは、水に流して差し上げますから!」
(何言ってるんだ、このふたりは)
貴族間の政略結婚をなんだと思ってるのか?
特にダリル殿。イヤなら最初から辞退してろよ。
そんでジュディ嬢。キミそれ、格上の公爵令嬢に言っていいセリフじゃないからね。
シンシア嬢が静かな声で、ジュディ嬢に返している。
「そもそも、その虐め、ということ自体、身に覚えがないのですが。公の場でいい加減な発言をすると、己が身に還って来ますよ?」
「──ヒッ」
ジュディ嬢が青ざめた顔で、ダリル殿の陰に隠れる。
庇うように前に出たダリル殿は、憎々しげにシンシア嬢を睨みつけた。
「ジュディを脅すつもりか?! そして虐めの事実を揉み消すつもりだな! 身分を笠に着てやりたい放題がすぎるぞ、シンシア!」
つい成り行きを見てしまってる僕の耳が、背後の囁きを拾う。
"シンシア嬢は、あんなに可憐なジュディ嬢を虐めていたのか? 酷いな。すっかり怯えてるじゃないか"。
"日頃よほど怖い目に遭わされていたのかな。婚約破棄されても、仕方ないんじゃ……"。
(……。あんな常識外れな発言を真に受けるなんて、どこの馬鹿だ)
胸のうちに、ムカムカと不快な気持ちが沸き上がる。
思わず声の方を見ると、相手はビクッと身を竦めた。若い男子生徒たちだ。
ジュディ嬢はさすがピンク髪の男爵令嬢。味方を作るのが上手いらしい。
婚約破棄阻止のため、僕は主要人物たちをたぶん、他よりも注意深く見てきた。
シンシア嬢は孤高で誤解されやすくはあるが、卑怯な虐めをする性格じゃない。
なのに、いつの間にか彼女に非があるようになっていく空気に、居心地の悪さを感じた。
(無関係な僕が不安なのに……。さすが公爵家を背負う人間は、凛として揺るがないな)
感心しながらシンシア嬢を見ると、微かに。
ほんの僅かだけど、彼女の片手が震え……、すぐにもう一方の手が、さり気ない仕草でそれを隠した。
(あっ……)
気丈に振る舞ってはいても、頼れる味方がいない場所で、ひとり戦う緊張。
それを見せるまいとする努力。
そんな彼女の内心を、見てしまった気がする。
(そりゃ……、心細いよな。だってまだ十代の少女だ)
ふいに、前世の妹を思い出した。
普段は虚勢を張っていた意地っ張りだったけど、本当はとても怖がりで──。
僕の出番なくていいんじゃ、と思い始めていたけど、ひとり頑張る女の子を捨ててはおけない。
なんせ長年、気になってた子だ。
(シンシア嬢に求婚する役どころだったけど、彼女が破棄を望まないなら、そっちで助けるべき?)
方針変更かと思案した途端、先ほどとは真逆の言葉が、シンシア嬢から発せられた。
「仕方ありません。こうまで敵意を向けられて、そんな相手を伴侶にするほど私も愚鈍ではありません。わかりました。貴方の言う"婚約破棄"を認めましょう。シェル侯爵家の有責で」
こういう話だったっけ? そういえば詳しく知らないな。
破棄は認めないらしい。そうか。それもそうだね。でもダメ男だよ、そいつ。
あああ、しかしその方が問題はないといえば、ないのか?
混乱する僕は、ちょっとシンシア嬢の立場を思い返してみる。
彼女は『公爵家の令嬢』ではある。だが公爵である父親は、すでに亡くなっているのだ。
シンシア嬢自身が、数週間後の成人の儀をもって、女公爵となる。クラム公爵家のトップにして唯一の跡継ぎ。
現在のクラム公爵位は空位というわけで、その地位は彼女の後見人が預かっている。
あ、ちょうどシンシア嬢が、諭すようにダリル殿に話してるね。
「我が家の事情はご存知のはずです。近々私は、爵位の継承が認められます。クラム公爵家は現在、伯父上がみてくださっていますが、ご多忙な伯父上にいつまでもご負担はかけられません。成人後は速やかに私が女公爵となり、共に領地を支えてくださる伴侶を必要としていました。そのためにあなたと婚約していたのです。今更"無し"は、無いでしょう」
「だからこそ、だ。このままでは愛のない結婚を強いられ、一生貴様の尻に敷かれる。そんな人生は耐えられん」
「お願いです、シンシア様! どうかもう、ダリル様を解放して差し上げて! 私が虐められたことは、水に流して差し上げますから!」
(何言ってるんだ、このふたりは)
貴族間の政略結婚をなんだと思ってるのか?
特にダリル殿。イヤなら最初から辞退してろよ。
そんでジュディ嬢。キミそれ、格上の公爵令嬢に言っていいセリフじゃないからね。
シンシア嬢が静かな声で、ジュディ嬢に返している。
「そもそも、その虐め、ということ自体、身に覚えがないのですが。公の場でいい加減な発言をすると、己が身に還って来ますよ?」
「──ヒッ」
ジュディ嬢が青ざめた顔で、ダリル殿の陰に隠れる。
庇うように前に出たダリル殿は、憎々しげにシンシア嬢を睨みつけた。
「ジュディを脅すつもりか?! そして虐めの事実を揉み消すつもりだな! 身分を笠に着てやりたい放題がすぎるぞ、シンシア!」
つい成り行きを見てしまってる僕の耳が、背後の囁きを拾う。
"シンシア嬢は、あんなに可憐なジュディ嬢を虐めていたのか? 酷いな。すっかり怯えてるじゃないか"。
"日頃よほど怖い目に遭わされていたのかな。婚約破棄されても、仕方ないんじゃ……"。
(……。あんな常識外れな発言を真に受けるなんて、どこの馬鹿だ)
胸のうちに、ムカムカと不快な気持ちが沸き上がる。
思わず声の方を見ると、相手はビクッと身を竦めた。若い男子生徒たちだ。
ジュディ嬢はさすがピンク髪の男爵令嬢。味方を作るのが上手いらしい。
婚約破棄阻止のため、僕は主要人物たちをたぶん、他よりも注意深く見てきた。
シンシア嬢は孤高で誤解されやすくはあるが、卑怯な虐めをする性格じゃない。
なのに、いつの間にか彼女に非があるようになっていく空気に、居心地の悪さを感じた。
(無関係な僕が不安なのに……。さすが公爵家を背負う人間は、凛として揺るがないな)
感心しながらシンシア嬢を見ると、微かに。
ほんの僅かだけど、彼女の片手が震え……、すぐにもう一方の手が、さり気ない仕草でそれを隠した。
(あっ……)
気丈に振る舞ってはいても、頼れる味方がいない場所で、ひとり戦う緊張。
それを見せるまいとする努力。
そんな彼女の内心を、見てしまった気がする。
(そりゃ……、心細いよな。だってまだ十代の少女だ)
ふいに、前世の妹を思い出した。
普段は虚勢を張っていた意地っ張りだったけど、本当はとても怖がりで──。
僕の出番なくていいんじゃ、と思い始めていたけど、ひとり頑張る女の子を捨ててはおけない。
なんせ長年、気になってた子だ。
(シンシア嬢に求婚する役どころだったけど、彼女が破棄を望まないなら、そっちで助けるべき?)
方針変更かと思案した途端、先ほどとは真逆の言葉が、シンシア嬢から発せられた。
「仕方ありません。こうまで敵意を向けられて、そんな相手を伴侶にするほど私も愚鈍ではありません。わかりました。貴方の言う"婚約破棄"を認めましょう。シェル侯爵家の有責で」
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