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14.未来を一緒に③(代替わり)
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エマの推測は的中していた。
サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後に公の場に復帰するための準備をしていた。
──年の離れた弟の息子──。
紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。
以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。
トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりと呑んだ。
彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。
第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわと過ごすらしい。
代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。
かくして。
サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、自分の跡を、自分で継いだ。
結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。
届け出も息のかかった領内の教会だ。
都合の良い方に合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。
その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢に放り込んだ。
自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。
「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」
サミュエルが面白そうに言う。
「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」
「またそのようなことを……」
「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」
ゾフの呆れ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。
「それなんだがな」
サミュエルが腕を見せる。
先日、ナイフで作った切り傷。
包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。
「えっ、もう治ったんですか?」
「赤い筋が濃かったのに」
「故あって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」
「「え??」」
「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」
「「えええ──??」」
「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」
呟くようにサミュエルが言う。
「つまり、指輪が外せないということだな!」
結論だった。
「そんな……」
「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」
「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」
もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。
「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」
「えっ?」
「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」
「ええっ?」
「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父上と鎧話をしたい」
「えええっ?」
「楽しみだな、エマ」
にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。
けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。
「そうね!!」
満面の笑みで、エマも頷いたのだった。
明るく抜ける晴れやかな空。
朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。
◆ ◆ ◆
トレモイユ家に伝わる文献は示す。
第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。
トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。
《完》
サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後に公の場に復帰するための準備をしていた。
──年の離れた弟の息子──。
紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。
以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。
トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりと呑んだ。
彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。
第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわと過ごすらしい。
代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。
かくして。
サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、自分の跡を、自分で継いだ。
結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。
届け出も息のかかった領内の教会だ。
都合の良い方に合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。
その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢に放り込んだ。
自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。
「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」
サミュエルが面白そうに言う。
「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」
「またそのようなことを……」
「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」
ゾフの呆れ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。
「それなんだがな」
サミュエルが腕を見せる。
先日、ナイフで作った切り傷。
包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。
「えっ、もう治ったんですか?」
「赤い筋が濃かったのに」
「故あって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」
「「え??」」
「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」
「「えええ──??」」
「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」
呟くようにサミュエルが言う。
「つまり、指輪が外せないということだな!」
結論だった。
「そんな……」
「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」
「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」
もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。
「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」
「えっ?」
「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」
「ええっ?」
「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父上と鎧話をしたい」
「えええっ?」
「楽しみだな、エマ」
にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。
けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。
「そうね!!」
満面の笑みで、エマも頷いたのだった。
明るく抜ける晴れやかな空。
朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。
◆ ◆ ◆
トレモイユ家に伝わる文献は示す。
第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。
トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。
《完》
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