14 / 15
14.未来を一緒に③(代替わり)
しおりを挟む
エマの推測は的中していた。
サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後に公の場に復帰するための準備をしていた。
──年の離れた弟の息子──。
紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。
以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。
トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりと呑んだ。
彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。
第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわと過ごすらしい。
代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。
かくして。
サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、自分の跡を、自分で継いだ。
結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。
届け出も息のかかった領内の教会だ。
都合の良い方に合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。
その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢に放り込んだ。
自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。
「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」
サミュエルが面白そうに言う。
「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」
「またそのようなことを……」
「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」
ゾフの呆れ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。
「それなんだがな」
サミュエルが腕を見せる。
先日、ナイフで作った切り傷。
包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。
「えっ、もう治ったんですか?」
「赤い筋が濃かったのに」
「故あって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」
「「え??」」
「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」
「「えええ──??」」
「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」
呟くようにサミュエルが言う。
「つまり、指輪が外せないということだな!」
結論だった。
「そんな……」
「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」
「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」
もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。
「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」
「えっ?」
「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」
「ええっ?」
「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父上と鎧話をしたい」
「えええっ?」
「楽しみだな、エマ」
にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。
けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。
「そうね!!」
満面の笑みで、エマも頷いたのだった。
明るく抜ける晴れやかな空。
朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。
◆ ◆ ◆
トレモイユ家に伝わる文献は示す。
第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。
トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。
《完》
サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後に公の場に復帰するための準備をしていた。
──年の離れた弟の息子──。
紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。
以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。
トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりと呑んだ。
彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。
第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわと過ごすらしい。
代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。
かくして。
サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、自分の跡を、自分で継いだ。
結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。
届け出も息のかかった領内の教会だ。
都合の良い方に合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。
その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢に放り込んだ。
自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。
「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」
サミュエルが面白そうに言う。
「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」
「またそのようなことを……」
「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」
ゾフの呆れ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。
「それなんだがな」
サミュエルが腕を見せる。
先日、ナイフで作った切り傷。
包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。
「えっ、もう治ったんですか?」
「赤い筋が濃かったのに」
「故あって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」
「「え??」」
「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」
「「えええ──??」」
「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」
呟くようにサミュエルが言う。
「つまり、指輪が外せないということだな!」
結論だった。
「そんな……」
「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」
「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」
もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。
「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」
「えっ?」
「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」
「ええっ?」
「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父上と鎧話をしたい」
「えええっ?」
「楽しみだな、エマ」
にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。
けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。
「そうね!!」
満面の笑みで、エマも頷いたのだった。
明るく抜ける晴れやかな空。
朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。
◆ ◆ ◆
トレモイユ家に伝わる文献は示す。
第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。
トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。
《完》
16
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説

タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。毎日19:00に更新します。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。
ゲームにはほとんど出ないモブ。
でもモブだから、純粋に楽しめる。
リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。
———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?!
全三話。
「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる