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11.静かな夜と、騒がしい朝②(解呪)
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(夢か、おとぎ話の世界みたい)
ふわふわと、エマはここ数日の出来事を振り返りながら、朝露に濡れる果実を手籠に摘んでいた。
つい先日、奇跡の夜があった。
トレモイユ家に嫁いだエマは、伴侶である伯爵に会わないままに二か月を過ごし、夫とは別の相手に心を奪われた。
本来であれば罪でしかない。
ところが、決して結ばれることはないと思っていた男性こそが、エマの結婚相手その人で──。
彼女は意中の相手と思いがけず、祝福の中で添えることになった。
何度思い出しても、紅潮する頬とむず痒くなる恥ずかしさに身を捩りたくなる。
(アーレが伯爵様だった!)
わかるはずがない。
10代の青年にしか見えない彼が、本当は60歳だったなんて。
アーレ自身は"呪い"だと言っていたが、呪いにも加護にも受け取れる不思議な力の影響で、彼の時はずっと止まっていた。時の輪に戻った現在は、エマとの日々を過ごしている。
あの夜アーレは、部屋外に案じながら待機していたゾフに解呪が成ったことを告げ、大いに歓喜し、長年の労を噛み締め合った後、宣言した。
「離婚は止めた。当分は新婚生活を優先する」と。
つまり(エマは知らなかったが)アーレの中で予定されていた離婚が消え、エマを真に妻として受け入れたと、そういうことらしい。
彼の"初恋"はエマとの縁をつないだ"過去"となり、夢の中で聞いたミレイユの歌は"懐かしい"だけで、"恋しい"でも"戻りたい"でもなかったと。
そう自覚したアーレは積極的だった。
ずっと傍にいて欲しい、エマが好きだ、必要だ。
密かに恋してた相手から何度も熱く口説かれ、急に近くなった距離と言葉に、エマは戸惑った。
(すごく嬉しいけど、どう接していいかわからない)
ずっと"家令"だと思って、気軽な口もきいていた。
呼び方から改めなければ、と緊張すると、そのままで良いという。
サミュエルの名でも、トレモイユの名でもなく、そして何の敬称もなしに呼ばれる「アーレ」という名は、彼にとって新鮮だったらしい。
「エマにそう呼ばれる響きがとても心地良い」
耳横で囁かれて、なんのかんので"アーレ"と呼ぶままになっていた。
会話もこれまで通りと言われ、つまり。
変わったのは、アーレが自分への態度に甘い拍車をかけたうえに、夜、互いのどちらかの部屋で一緒に過ごすようになったこと。
(きゃあああああ)
い、いたたまれない!
いろんなことを振り返りつつ、半ば逃げるように今朝も早起きして、庭に出ていた。
朝摘みのベリーは、夜に貯めた栄養を消費しておらず、新鮮で美味しい。
朝食に添えて、アーレの笑顔が見たい。
そんな思いに身を浸しながら、エマが籠をいっぱいにした頃に、騒ぎが起こった。
「…………!!」
「…………!!!」
大勢の人たちの、それも怒号と呼べるほどの勢いで、叫び合う声が聞こえる。
(厨房の方で何かあったのかしら?)
様子を見に、エマが庭を回り込むと。
たくさんの騎士たちが、厨房がある棟を取り囲んでいた。
騎士の旗は、国の聖教会を示すもの。
トレモイユの私兵ではない。
その物々しさと迫力に驚くエマの耳を、さらに驚愕の大音声が撃ち抜いた。
「トレモイユ伯には、奴隷を切り刻み、地下室で禁じられた黒魔の儀式をしている疑いがある! 証拠隠滅をはからせないため、これより即座に屋敷地下を改める!!」
「────!?」
慌ただしい朝が、訪れようとしていた。
ふわふわと、エマはここ数日の出来事を振り返りながら、朝露に濡れる果実を手籠に摘んでいた。
つい先日、奇跡の夜があった。
トレモイユ家に嫁いだエマは、伴侶である伯爵に会わないままに二か月を過ごし、夫とは別の相手に心を奪われた。
本来であれば罪でしかない。
ところが、決して結ばれることはないと思っていた男性こそが、エマの結婚相手その人で──。
彼女は意中の相手と思いがけず、祝福の中で添えることになった。
何度思い出しても、紅潮する頬とむず痒くなる恥ずかしさに身を捩りたくなる。
(アーレが伯爵様だった!)
わかるはずがない。
10代の青年にしか見えない彼が、本当は60歳だったなんて。
アーレ自身は"呪い"だと言っていたが、呪いにも加護にも受け取れる不思議な力の影響で、彼の時はずっと止まっていた。時の輪に戻った現在は、エマとの日々を過ごしている。
あの夜アーレは、部屋外に案じながら待機していたゾフに解呪が成ったことを告げ、大いに歓喜し、長年の労を噛み締め合った後、宣言した。
「離婚は止めた。当分は新婚生活を優先する」と。
つまり(エマは知らなかったが)アーレの中で予定されていた離婚が消え、エマを真に妻として受け入れたと、そういうことらしい。
彼の"初恋"はエマとの縁をつないだ"過去"となり、夢の中で聞いたミレイユの歌は"懐かしい"だけで、"恋しい"でも"戻りたい"でもなかったと。
そう自覚したアーレは積極的だった。
ずっと傍にいて欲しい、エマが好きだ、必要だ。
密かに恋してた相手から何度も熱く口説かれ、急に近くなった距離と言葉に、エマは戸惑った。
(すごく嬉しいけど、どう接していいかわからない)
ずっと"家令"だと思って、気軽な口もきいていた。
呼び方から改めなければ、と緊張すると、そのままで良いという。
サミュエルの名でも、トレモイユの名でもなく、そして何の敬称もなしに呼ばれる「アーレ」という名は、彼にとって新鮮だったらしい。
「エマにそう呼ばれる響きがとても心地良い」
耳横で囁かれて、なんのかんので"アーレ"と呼ぶままになっていた。
会話もこれまで通りと言われ、つまり。
変わったのは、アーレが自分への態度に甘い拍車をかけたうえに、夜、互いのどちらかの部屋で一緒に過ごすようになったこと。
(きゃあああああ)
い、いたたまれない!
いろんなことを振り返りつつ、半ば逃げるように今朝も早起きして、庭に出ていた。
朝摘みのベリーは、夜に貯めた栄養を消費しておらず、新鮮で美味しい。
朝食に添えて、アーレの笑顔が見たい。
そんな思いに身を浸しながら、エマが籠をいっぱいにした頃に、騒ぎが起こった。
「…………!!」
「…………!!!」
大勢の人たちの、それも怒号と呼べるほどの勢いで、叫び合う声が聞こえる。
(厨房の方で何かあったのかしら?)
様子を見に、エマが庭を回り込むと。
たくさんの騎士たちが、厨房がある棟を取り囲んでいた。
騎士の旗は、国の聖教会を示すもの。
トレモイユの私兵ではない。
その物々しさと迫力に驚くエマの耳を、さらに驚愕の大音声が撃ち抜いた。
「トレモイユ伯には、奴隷を切り刻み、地下室で禁じられた黒魔の儀式をしている疑いがある! 証拠隠滅をはからせないため、これより即座に屋敷地下を改める!!」
「────!?」
慌ただしい朝が、訪れようとしていた。
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