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10.静かな夜と、騒がしい朝①(解呪)
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彼の手にあった白石の指輪が、変化を見せた。
「?」
夜の黒い窓に映るそれを、はじめ何かの反射で見間違えたのだと、サミュエルは思った。
しかし。
明らかに指輪が多彩な煌きを見せはじめ、彼はあわてて石を確認する。
サミュエルの指にあった、ただ真っ白だったはずの石は、七色の遊色を内包して神秘の光を発していた。それとともに魔石の魔力が高まってきているのを感じる。
「!!」
「アーレ、それは?」
サミュエルの困惑に、エマも気づいた。視線を寄せて尋ねてくる。
「これは……、俺の呪いを解くために取り寄せた魔石なんだが……」
今までどうあっても、何の反応も見せなかった。それがここに来てなぜ突然──。
(もしや発動している?!)
エマをソファに残し、サミュエルは部屋中央の執務机に急いだ。
引き出しを開け、ナイフを取り出す。
「アーレ!」
エマが悲鳴に似た叫びを上げた時には、彼の腕には一筋の切り傷が、赤い血を垂らしていた。
「…………」
「アーレ! どうしたの! 大丈夫? 痛くない? すぐに治療をしないと」
無言で傷を見続けるサミュエルに、エマが走り寄った。
「……治らない」
「え?」
「エマ、傷が治らない!」
「え、ええ」
どうしちゃったの、アーレ。
そう言わんばかりの眼差しを向けるエマに、サミュエルは言葉を足した。
「《魔王妃の涙》が有効なら、こんな傷、すぐに消えてたんだ」
「!!」
理解した。彼の、言わんとすることを。
確かに瀕死の状態からも、彼はあっさりと全快した。
「じゃあ、もしかして」
「ああ。呪いが解けたのかもしれない」
ふたりは思わず、顔を見合わせた。
40年以上、サミュエルを悩ませ続けた、"時を止める"呪い。
どんな傷も病気も治してしまう反面、一切年を取ることも出来ず、社会から姿を隠すより仕方がなかった呪い。
その呪いが今、《聖女の微笑み》と呼ばれる白石の魔力によって、消されたかも知れない。
サミュエルの胸は高鳴った。
(これで人間として、エマと年を重ねていくことが出来る──?)
もちろん、実際には何年かを経てみなければ変化はわからない。
だが、手につけた白石の指輪が効力を発揮しているのは、まざまざと実感できた。体内の細胞すべてが一斉に芽吹いたかのように、呼吸し始めたのを感じる。
今まで覚えなかった、時が刻まれていく感覚。
"希望がつながった"。
そう思った。
「エマ!! きみはきっと幸運の女神だ!」
「ふぇえ?!」
両手を強く握られエマは、あまりの顔の近さに心臓が張り裂けそうなほど、どぎまぎした。
(わ、私は何もしてないのに)
正直、生まれて16年のエマに、サミュエルの苦悩は実感し辛い。
本心では、"アーレが怪我をするなど耐えられないので、奇跡の光は維持しておいてほしい"とも思う。
それでも彼が時間に取り残され、幾人もの人や世間と別れて来たことに思いを馳せると。
(良かった──)
心から、そう思えた。
彼の全身からはじけるような喜びが、触れた指先を通しエマに伝わってくる。
「良かった、アーレ」
改めて、微笑みながら。エマは再び愛しい相手の口づけを受け入れた。
サミュエルの指輪は石いっぱいに光を揺らめかせ、絶えることなく輝きを持続していた。
──引き金はわからない。
母の愛は守りにもなるが、過剰な縛りは時として子の成長を妨げる。
そうして閉じてしまった時間は、影響ある他者との交流で、再び開かれる。
《魔王妃の涙》の発端が"母の強い思い"なら、《聖女の微笑み》のきっかけは、エマと結んだ交誼が、何らかの変化を持たらしたのかも知れなかった。
すべては伝説で、憶測のままに。
サミュエル・アーレ・トレモイユは、正しく進む時間の内へと戻ったのだった。
「?」
夜の黒い窓に映るそれを、はじめ何かの反射で見間違えたのだと、サミュエルは思った。
しかし。
明らかに指輪が多彩な煌きを見せはじめ、彼はあわてて石を確認する。
サミュエルの指にあった、ただ真っ白だったはずの石は、七色の遊色を内包して神秘の光を発していた。それとともに魔石の魔力が高まってきているのを感じる。
「!!」
「アーレ、それは?」
サミュエルの困惑に、エマも気づいた。視線を寄せて尋ねてくる。
「これは……、俺の呪いを解くために取り寄せた魔石なんだが……」
今までどうあっても、何の反応も見せなかった。それがここに来てなぜ突然──。
(もしや発動している?!)
エマをソファに残し、サミュエルは部屋中央の執務机に急いだ。
引き出しを開け、ナイフを取り出す。
「アーレ!」
エマが悲鳴に似た叫びを上げた時には、彼の腕には一筋の切り傷が、赤い血を垂らしていた。
「…………」
「アーレ! どうしたの! 大丈夫? 痛くない? すぐに治療をしないと」
無言で傷を見続けるサミュエルに、エマが走り寄った。
「……治らない」
「え?」
「エマ、傷が治らない!」
「え、ええ」
どうしちゃったの、アーレ。
そう言わんばかりの眼差しを向けるエマに、サミュエルは言葉を足した。
「《魔王妃の涙》が有効なら、こんな傷、すぐに消えてたんだ」
「!!」
理解した。彼の、言わんとすることを。
確かに瀕死の状態からも、彼はあっさりと全快した。
「じゃあ、もしかして」
「ああ。呪いが解けたのかもしれない」
ふたりは思わず、顔を見合わせた。
40年以上、サミュエルを悩ませ続けた、"時を止める"呪い。
どんな傷も病気も治してしまう反面、一切年を取ることも出来ず、社会から姿を隠すより仕方がなかった呪い。
その呪いが今、《聖女の微笑み》と呼ばれる白石の魔力によって、消されたかも知れない。
サミュエルの胸は高鳴った。
(これで人間として、エマと年を重ねていくことが出来る──?)
もちろん、実際には何年かを経てみなければ変化はわからない。
だが、手につけた白石の指輪が効力を発揮しているのは、まざまざと実感できた。体内の細胞すべてが一斉に芽吹いたかのように、呼吸し始めたのを感じる。
今まで覚えなかった、時が刻まれていく感覚。
"希望がつながった"。
そう思った。
「エマ!! きみはきっと幸運の女神だ!」
「ふぇえ?!」
両手を強く握られエマは、あまりの顔の近さに心臓が張り裂けそうなほど、どぎまぎした。
(わ、私は何もしてないのに)
正直、生まれて16年のエマに、サミュエルの苦悩は実感し辛い。
本心では、"アーレが怪我をするなど耐えられないので、奇跡の光は維持しておいてほしい"とも思う。
それでも彼が時間に取り残され、幾人もの人や世間と別れて来たことに思いを馳せると。
(良かった──)
心から、そう思えた。
彼の全身からはじけるような喜びが、触れた指先を通しエマに伝わってくる。
「良かった、アーレ」
改めて、微笑みながら。エマは再び愛しい相手の口づけを受け入れた。
サミュエルの指輪は石いっぱいに光を揺らめかせ、絶えることなく輝きを持続していた。
──引き金はわからない。
母の愛は守りにもなるが、過剰な縛りは時として子の成長を妨げる。
そうして閉じてしまった時間は、影響ある他者との交流で、再び開かれる。
《魔王妃の涙》の発端が"母の強い思い"なら、《聖女の微笑み》のきっかけは、エマと結んだ交誼が、何らかの変化を持たらしたのかも知れなかった。
すべては伝説で、憶測のままに。
サミュエル・アーレ・トレモイユは、正しく進む時間の内へと戻ったのだった。
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