呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件!

みこと。

文字の大きさ
上 下
10 / 15

10.静かな夜と、騒がしい朝①(解呪)

しおりを挟む
 彼の手にあった白石の指輪が、変化を見せた。

「?」

 夜の黒い窓に映るそれを、はじめ何かの反射で見間違えたのだと、サミュエルは思った。

 しかし。
 明らかに指輪が多彩なきらめきを見せはじめ、彼はあわてて石を確認する。

 サミュエルの指にあった、ただ真っ白だったはずの石は、七色の遊色を内包して神秘の光を発していた。それとともに魔石の魔力が高まってきているのを感じる。

「!!」

「アーレ、それは?」
 サミュエルの困惑に、エマも気づいた。視線を寄せて尋ねてくる。

「これは……、俺の呪いを解くために取り寄せた魔石なんだが……」

 今までどうあっても、何の反応も見せなかった。それがここに来てなぜ突然──。

(もしや発動している?!)

 エマをソファに残し、サミュエルは部屋中央の執務机に急いだ。
 引き出しを開け、ナイフを取り出す。

「アーレ!」

 エマが悲鳴に似た叫びを上げた時には、彼の腕には一筋の切り傷が、赤い血を垂らしていた。

「…………」

「アーレ! どうしたの! 大丈夫? 痛くない? すぐに治療をしないと」

 無言で傷を見続けるサミュエルに、エマが走り寄った。
 
「……治らない」
「え?」

「エマ、傷が治らない!」
「え、ええ」

 どうしちゃったの、アーレ。

 そう言わんばかりの眼差しを向けるエマに、サミュエルは言葉を足した。

「《魔王妃の涙》が有効なら、こんな傷、すぐに消えてたんだ」
「!!」

 理解した。彼の、言わんとすることを。
 確かに瀕死の状態からも、彼はあっさりと全快した。

「じゃあ、もしかして」
「ああ。呪いが解けたのかもしれない」

 ふたりは思わず、顔を見合わせた。

 40年以上、サミュエルを悩ませ続けた、"時を止める"呪い。
 どんな傷も病気も治してしまう反面、一切年を取ることも出来ず、社会から姿を隠すより仕方がなかった呪い。

 その呪いが今、《聖女の微笑み》と呼ばれる白石の魔力によって、消されたかも知れない。

 サミュエルの胸は高鳴った。

(これで人間として、エマと年を重ねていくことが出来る──?)

 もちろん、実際には何年かを経てみなければ変化はわからない。
 だが、手につけた白石の指輪が効力を発揮しているのは、まざまざと実感できた。体内の細胞すべてが一斉に芽吹いたかのように、呼吸し始めたのを感じる。
 今まで覚えなかった、時が刻まれていく感覚。

 "希望がつながった"。

 そう思った。

「エマ!! きみはきっと幸運の女神だ!」
「ふぇえ?!」

 両手を強く握られエマは、あまりの顔の近さに心臓が張り裂けそうなほど、どぎまぎした。

(わ、私は何もしてないのに)

 正直、生まれて16年のエマに、サミュエルの苦悩は実感し辛い。
 本心では、"アーレ・・・が怪我をするなど耐えられないので、奇跡の光は維持しておいてほしい"とも思う。

 それでも彼が時間に取り残され、幾人もの人や世間と別れて来たことに思いを馳せると。

(良かった──)

 心から、そう思えた。

 彼の全身からはじけるような喜びが、触れた指先を通しエマに伝わってくる。

「良かった、アーレ」

 改めて、微笑みながら。エマは再び愛しい相手の口づけを受け入れた。

 サミュエルの指輪は石いっぱいに光を揺らめかせ、絶えることなく輝きを持続していた。

 
 ──引き金トリガーはわからない。

 母の愛は守りにもなるが、過剰な縛りは時として子の成長を妨げる。
 そうして閉じてしまった時間は、影響ある他者との交流で、再び開かれる。
《魔王妃の涙》の発端が"母の強い思い"なら、《聖女の微笑み》のきっかけは、エマと結んだ交誼が、何らかの変化を持たらしたのかも知れなかった。

 すべては伝説で、憶測のままに。
 サミュエル・アーレ・トレモイユは、正しく進む時間ときの内へと戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音
恋愛
男爵令嬢ロザリーンは、母を失って以降、愛を感じた事が無い。 父は人が変わったかの様に冷たくなり、何の前置きも無く再婚してしまった上に、 再婚相手とその娘たちは底意地が悪く、ロザリーンを召使として扱った。 義姉には縁談の打診が来たが、自分はデビュタントさえして貰えない… 疎外感や孤独に苛まれ、何の希望も見出せずにいた。 義姉の婚約パーティの日、ロザリーンは侍女として同行したが、家族の不興を買い、帰路にて置き去りにされてしまう。 パーティで知り合った少年ミゲルの父に助けられ、男爵家に送ると言われるが、 家族を恐れるロザリーンは、自分を彼の館で雇って欲しいと願い出た___  異世界恋愛:短めの長編(全24話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

処理中です...