呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件!

みこと。

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7.エマが見たもの(発覚)

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(アーレの瞳……、紫で綺麗……)

 しびれた手が、布から離れた。

「!!!!」

 彼の顔が驚愕に染まり、そしてアーレが、んだ。
 抱き留めたエマを上へと、アーレが身体を反転させる。


 ドサァァァッッ!!


 鈍い音が響き、ふたりの身体が地面に打ちつけられた。
 
 激しい衝突の後、少しの間を置き。

「……ぅ……っ」

 身じろぎしたのはエマだった。
 朦朧とした意識の中で、その身を起こす。

 アーレが両腕でしっかりと抱えていたため、彼女は投げ出されることもなく、その衝撃も軽減されていた。
 けれど目にした光景に、全身の血が凍り付く。

「アーレ!!」

 自分の下にアーレがいる!

 彼の表情は苦痛に歪み、目は固く閉じられている。月明かりに照らし出された顔は真っ青だった。
 すぐさま上から降りるが、アーレはあえぐようにうめいたきり、呼吸すら満足に出来ていないようだ。


 エマをかばったアーレは、受け身が取れていなかった。
 加えて、彼自身の体重に、エマの重さが乗っている。

 落下負荷の大半を引き受けた彼は、いまや息も絶え絶えの状態だった。

「あっ……、あ……っ」

 すぐに誰か呼ばなくては!

 頭ではそう思っているのに、声は乾きって喉に貼りつき、足もまったく言うことをきかない。
 
 そうしているうちにもアーレの生命いのちが夜に溶け出すように消えかけ始め、エマの焦りが一層募った時だった。

 キラリ

 光の粒が、散るように舞った。

 夜から生まれたような紫の光。

「!」

 キラリ、キラッ……

 粒はアーレの周囲を取り囲むように現れ……、突如ふくれ上がると、大きなうねりとなってアーレを包み込んだ。

「──!?」
 
 まるで紫色の炎が闇の中に出現したかのように、彼の全身を覆う。そして燃え盛るようにおどれると、光は次に銀色に変わり、アーレの内へと吸い込まれていった。

 次第に、アーレの頬にほんのりと赤みが戻り、規則正しく呼吸が整い始める。

 奇跡を見ていると、エマは思った。
 そして、気がつけば一心に祈っていた。

 "アーレが助かりますように! 絶対に、絶対に、助かりますように!!"

 ひたすらに願い、力を込めて組んだ指が、手の甲に赤く指跡をつける頃。

 アーレが、目を開けた。

 ぼんやりと彷徨さまよう視線が、エマに定まる。

「エ……マ? ……どうして泣いて……?」

 その言葉で、エマは自分がとめどなく落涙していたことに気づいた。

「あ……」

 指でぬぐおうとすると、アーレがね起きた。

「!! 怪我したんだな? 痛むのか!?」

 彼から飛び出した言葉が、真っ先に自分を案じる内容だったことに、エマの胸はこれ以上ないくらいに締め付けられた。

「わ、私は大丈夫。アーレが守ってくれたから。それよりもあなたが……あなたが大変な目に遭って……」

 エマは興奮のままに叫んだ。

「奇跡が起こったの! この目で見たわ! 光りがアーレを治してくれたの!!」

 その言葉を聞くなり、アーレの全身が強張こわばった。
 エマに伸ばしかけた手をピタリと止めて、次に来る言葉をさぐるようにエマを凝視している。

(おかしなものを見たと言ってしまったせい? で、でも本当に光ったのに)

 アーレの急変ぶりに、エマが戸惑う。

「見た、のか……」
 アーレがぽつりと呟いた。

(アーレも知ってることなの?)

 だけど、その光のおかげでアーレは助かった!!
 自分のせいで巻き込んで、今にも命を落としそうだったアーレを助けてくれたのは、あの奇跡の光。
 アーレには、困る光なの?

「いや、そうだな。全て話すつもりだったから」
 思い直したように、アーレが言葉を継ぐ。

「話して、謝るつもりだった」

 まっすぐな目と言葉が、エマを射抜いた。

「……謝る?」

(アーレが、私に? 何を?)


 その時だった。屋敷の中から、幾人か駆けつけてきた。

サミュエル様、、、、、、! ご無事ですか! いまの大きな音は、一体!?」

 ゾフ以下、数名の召使い達。

(待って。いまアーレのことを呼んだの?)

 ゾフの声を確かに聞いた、"サミュエル様"と。

("サミュエル様"は、伯爵様のお名前。でも私の目の前にいるのはアーレだけで……)

 エマの疑問を含んだ視線に、アーレが頷いた。

「サミュエル・アーレ・トレモイユは、俺の名だ。エマ、きみが結婚した相手は俺だ」

「!!」


 ◆ ◆ ◆


「……え……?」

 自分でも間の抜けた声が出たと、エマは思った。

 でもいまアーレは何と?
 伯爵様の名前が、自分の名で。
 私と結婚したのは自分だと。

 そう聞こえたのですが──???

 どうなってるの? どういうことなの? だって伯爵様は60歳で、アーレはどう見ても20歳に満たなくて。
 アーレはお屋敷の家令で、伯爵様は奥のお部屋にいらして、足もお悪くて。

 え──???

 私は何か盛大な勘違いをしているの?
 それとも実はいま眠っていて、アーレと結ばれたいという願望から、都合の良い夢を見てるとこなの?

 混乱するエマをよそに、アーレ・・・そばに来たゾフに指示を出す。 

「エマが怪我をしたようだ。すぐに医者を呼べ」

 命令し慣れた声音こわねが、明らかにいつも会うアーレと違っていて。
 エマは更に慌てた。

「ま、待って、怪我はしてないの。大丈夫。ほら」

 立ってみせようとして、失敗した。
 二本の足は力なく、よろけるようにエマの意思に反して崩れる。

「あ、あれっ」

 そういえば、さっき人を呼ぼうとした時も立てなかった。もしかして、腰が抜けた? とか?

 カアアアアアアッッ

 急に顔が火照ほてる。恥ずかしい。

 いつでもエマを支えれるように構えていたアーレが言う。

「無理をするな。暗いし、たとえ外傷がなかったとしても落ちたんだ。医者に見せよう。──れても?」

(え?)

 何を聞かれたのか、脳処理が追いつく前にエマはふわりとした浮遊感を覚える。
 アーレが自分を横抱きしたのだと、一拍遅れて認識した。

(アアア、アーレ、さっき死にかけてたのに、なんでそんなに元気なの──? 奇跡の光は万能ですか?!)

 もちろんアーレが無事なのは、ものすごく嬉しい。嬉しいけど、この距離をどうすれば??

 吐息が耳にかかるほど顔が近くにあって、なんなら彼の銀髪に触れれるくらい至近距離で、いっそもう"うなじ"にくっついてしまっても良いくらいドアップなのだけど、ああああ、私は何を考えているの──???

 アーレはそのまま「部屋に行くぞ」と言って屋敷へ歩く。
 ゾフたちが自然に付き従っているようすが、突拍子もないアーレの告白を肯定している。

(せ、説明してもらうのを、待とう)

 私、本当は窓から落ちて、いまは気絶して夢を見てるんじゃ……。


 エマが見上げた星空は、"まだまだ夜はこれからだ"と、そう彼女に告げていた。
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