呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件!

みこと。

文字の大きさ
上 下
1 / 15

1.サミュエル、結婚を決める(約束)

しおりを挟む
「ご結婚される、って、ええええ? い、一体どういうことです、サミュエル様!! 普通に資金援助に行かれただけのはずでしょう?」

 トレモイユ家、王都滞在用タウンハウスの一角で、夜のしじまを破って驚く、太い声があった。

「そうだったんだが……。まあ、成り行きだ」
「成り行きで結婚される方が、どこにますか!! どうされるおつもりです!! "サミュエル・アーレ・トレモイユ伯爵"は、戸籍上では60歳なのですよ? あなたはどう見たって……」
「童顔、と思われような」

 貴族然とした端正な面持おももちで、サミュエルと呼ばれた銀髪の青年が頷く。

「ご自身でもわかってるくせに、とぼけないでください! せいぜい18、19。とにかく、どう見積もっても60には見えません」

「まあな。だからとりあえず俺は伯爵ではなく、いつも通り"家令のアーレ"という設定で切り抜けるから、お前も、こう、ふわふわっと屋敷の奥あたりに伯爵がいる演技で合わせてくれ、ゾフ」

「ふわふわって……、幽霊ではないんですから」

 40代半ば。黒髪、男盛りの従者がため息をついた。

「ご結婚ですよ? これまでとは違います。この先何年もご一緒に過ごされることになるのですよ。あなた様の秘密を打ち明けられるのですか?」

「――いや、大丈夫だ。令嬢とは、とりあえず白い結婚のまま一年くらい過ごし、その後、離縁して良い嫁ぎ先を世話してやれば……」

「だから、なんでそんな面倒なことになったのですか、サミュエル様! お相手だって、お気の毒ですよ~~」

 がっくりと項垂うなだれる30年来の側近を横目に、サミュエル・アーレ・トレモイユ伯爵を名乗る若者は、事の経緯を反芻はんすうした。

 元婚約者にして初恋相手、ミレイユの息子・・が、投資に失敗し、借金苦で困っている。このままでは家屋敷はもちろん、土地も爵位も失って、路頭に迷うことになる。

 その話を聞きつけ、助け船を出そうと、かの邸宅を訪れて借金の肩代わりを申し出た。

「サミュエル・アーレ・トレモイユがあなたを助けたいと思っている」

 サミュエル自身は伯爵家の家令を名乗りつつ、いざ本題を切り出した途端。
 相手……カデュアール男爵家当主であるレイモン・カデュアールはさっと青褪めた。

 それもそのはず、この国でトレモイユ伯爵といえば、恐ろしい噂のつきまとう、得体の知れない貴族の名だったからである。

 若い頃、事故で足に大怪我を負い、満足に歩くことも出来ず領地に引きこもっている。
 そして、腹いせに子どもの奴隷を買い漁っては、地下室でその手足を切り刻み、ウサを晴らすような狂人。

 聞くだけで酷い人物である。

 そんな噂の持ち主が、なんの見返りもなく援助をするはずがない。
(求められる代償は何だ――)

 レイモン卿は震えあがった。

 持ち掛けたサミュエルも困った。

 噂は半分以上、大間違いである。

 ある呪いを受け、

 年相応に見えない見た目を考慮し、人づきあいをって閉じこもっていただけである。
 誰も寄って来ないから丁度良いとばかりに、人々の好奇心のままに膨れ上がる噂を放っておいた。その結果が、この信用のなさである。
 もちろん奴隷を切り刻んでいるわけもなく。

 しかし、まさか初恋相手の子どもが困ってるから助けたいだけだなんて、そんな純情ラヴストーリーを信じてもらえるピュアな伯爵像は、どこを探してもない。
 というか、たとえ援助の申し出相手が人格者だったとしても、無償で助けてくれるなど、そんな美味しい話が来たら疑う。誰だって。

 仕方ない。
 それらしい交換条件を出そう。
 そういえば自分は独り身だ。

 借金返済の代わりに、レイモン卿の娘を結婚相手として要求した。

 その言葉に、レイモン卿はまるで死刑宣告を受けたように蒼白になった。
 その上、思いつきの提案のせいで、サミュエル自身も頭を悩ませる事態に陥った。

 だが今更取り消せない。

 二千五百万ノルト。
 広大な領地と豊かな鉱山、そして多くの事業を成し、潤沢な資金を持つサミュエルにとっては問題ない額であるが、一般的には大金だ。
 けれど妻の実家を助けるためといえば、不自然な話ではない。

 良い落とし所だと思えた。

「まあ、俺はカンが良いほうなんだ。悪いことにはならないさ」
「根拠もないのに、お気楽が過ぎます」
「でも俺の行き当たりばったりのおかげで、お前ゾフは俺と出会えたわけだし」
「私としてはあなたに拾われて、ついてきたことを時々後悔してますけどね」
 
 広い肩を落として、ゾフが諦めたように言う。
 
「心にもないことを言うな。俺でなければ不審を得るぞ。とにかく必要な一切を手配しろ。俺は先に領地に戻って、花嫁を迎える準備を進めておく」

「……そのご令嬢の家では、今頃泣いてますよ。年齢としへだたる、こわい噂の伯爵に嫁ぐのですから」

 "同情します"。

 そんなゾフの言葉を、サミュエルは聞こえないフリで流した。

 そう、この一連は単なる突発的事項だ。
 思いつきで、偶然で、ほんの成り行きだ。
 決して、ミレイユに対する未練なんかじゃない。絶対にない。


 窓外の星が、サミュエルを眺め返して、黒い夜空にキラリと光った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音
恋愛
男爵令嬢ロザリーンは、母を失って以降、愛を感じた事が無い。 父は人が変わったかの様に冷たくなり、何の前置きも無く再婚してしまった上に、 再婚相手とその娘たちは底意地が悪く、ロザリーンを召使として扱った。 義姉には縁談の打診が来たが、自分はデビュタントさえして貰えない… 疎外感や孤独に苛まれ、何の希望も見出せずにいた。 義姉の婚約パーティの日、ロザリーンは侍女として同行したが、家族の不興を買い、帰路にて置き去りにされてしまう。 パーティで知り合った少年ミゲルの父に助けられ、男爵家に送ると言われるが、 家族を恐れるロザリーンは、自分を彼の館で雇って欲しいと願い出た___  異世界恋愛:短めの長編(全24話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

【完結】婚約破棄寸前の令嬢は、死んだ後に呼び戻される

四葉美名
恋愛
「サラ! ようやく僕のもとに戻ってきてくれたんだね!」 「ど、どなたでしょう?」 「僕だ! エドワードだよ!」 「エドワード様?」 婚約者でこの国の第1王子であるエドワードにダメなところをさんざん注意され、婚約破棄寸前の伯爵令嬢のサラ。 どうせ明日には婚約破棄されるのだからエドワードに魔術トラップを仕掛けて驚かそうとしたところ、大失敗して死んでしまった。 「本当に私って馬鹿! 本当に大馬鹿!」 そんな自分の愚かさを反省しエドワードの幸せを願って死んだはずなのに、目覚めると目の前にはエドワードだと名乗る別人がいた。 なんとサラは死んでから30年後に、エドワードによって魂を呼び戻されてしまったのだ。 これは不器用な2人がすれ違いながらいろんな意味で生まれ変わって幸せになる、成長恋愛ストーリーです。 設定ゆるめです。他サイトにも掲載しております。 本編&番外編すべて完結しました。ありがとうございました!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...