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2.突然の婚約破棄
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お兄様が休暇で引きこもって数週間。
以前より招待されていた宴席に、私は今日、出なくてはならない。
仕度を終えると、見送りのお兄様が心配されていた。
「本当に、付き添わなくて大丈夫か? バシュレー伯爵子息……フェルディナン殿はまだ迎えに来ていないようだが」
「平気です、お兄様。会場で待ち合わせをしていたのを、うっかり忘れていました。あちらで合流いたしますから、ご心配なさらないで」
嘘。そんな約束はしていない。
フェルディナン様が下位貴族の娘である私を、尊重してくれたことはない。
ただ、私を娶るとアルエン公爵家と親しくなれる。その利だけで婚約を結んだのだと、直接言われたことがある。
わざわざ告げるのは、私を見下している証拠。
現にフェルディナン様は婚約期間にも関わらず、遊び相手をとっかえひっかえ、おそらく今日は、最近夢中な子爵令嬢と会場入りされることだろう。
待つだけ無駄だ。
そんな相手と添い遂げて、幸せになれるとは思わない。
けれど公爵家に長く残って、これ以上お兄様に迷惑をかけるわけにもいかないし、前公爵様がまとめてくれた縁談に、異を唱えるのは贅沢だろう。
(オーギュストお兄様に婚約者がいないのは、いずれ女王陛下と結ばれて王配になられるからだとしても。だからといって、私がいつまでも居座るわけにはいかないわ)
だからフェルディナン様にどんな扱いを受けようと、私が耐えれば──。
「ラヴィニア・セリエール。今夜限りで、オレはお前との婚約を破棄する」
「……え?」
王宮の夜会にひとりで出席した私は、よりにもよって庭で子爵令嬢と睦あっている婚約者を目撃し。
目があった彼から、いきなり爆弾発言を投げつけられた。
フェルディナン様は、冷めた眼差しで私を見る。
「まったく。なんと鬱陶しい女だ。こんな場所でまで、オレたちに付き纏うなど。その調子でコリンナ嬢のことも追い詰めたのか」
「何を……おっしゃられているのか、私にはさっぱりわかりません……」
付き纏った? そんな過去は一度だってない。
今も偶然見つけてしまって、"不快な逢引きを見てしまった"と引いたところなのに。
彼の頭の中は、一体どうなっているのだろう。
戸惑う私を無視し、フェルディナン様が決めてかかった。
「お前が常々、このコリンナ嬢に嫌がらせをしていたのを、知らないとでも思っていたのか?」
彼の腕の中に顔を伏せ、コリンナ様が私に向けてニヤリと笑う。
(嫌がらせ? 何のこと?)
コリンナ様がフェルディナン様に寄りかかってる姿は何度か見かけたが、彼女と言葉を交わしたことはない。
ましてや何かを仕掛けたことなんて皆無。実は名前も今聞いたと、思ってしまったくらいだ。
(子爵家の方ということぐらいしか、知らないわ)
でももし平気でウソを捏造されるなら……、そういう性格の方なのだろう。
(嫌がらせって、どんな設定を吹き込まれたのかしら)
疑問だらけの私に対し、フェルディナン様が続けざまに非難する。
「男の火遊びを許容できないお前は、貴族の妻として相応しくない。しかもいかに公爵家に養われていようとも、お前自身は男爵家の身。目上である子爵令嬢をやっかむなど、増長も甚だしい!!」
「……嫌がらせなどしていません。第一なぜ、私がコリンナ様をやっかむ必要があるのでしょう」
「はぁ? 自分の気持ちさえ把握出来てないマヌケなのか? それはお前が、オレの愛を得られずに僻んでいるからだ」
フェルディナン様が言いきった。
(えぇぇ……。僻んだ、かしら?)
別にフェルディナン様の愛は求めてない。
そんなところがいけなかったのかもしれないけれど、互いに契約だと割り切ってたはず。
でなければ、婚約者としての逢瀬も贈り物もエスコートさえもガン無視な理由が成り立たない。私が送った手紙すら一度も返事がないのは、ビジネスとしても失格だと思う。
けど。
「あの、フェルディナン様? 私との婚約は、公爵家との繋がりのため、とおっしゃっておられませんでしたか?」
(バシュレー伯爵家との縁談がなくなると、お兄様にご負担をかけてしまう)
その一心だけで尋ねた言葉は、軽く一蹴された。
「構わないさ。アルエン公爵家はともかく、お前やオーギュスト殿の未来は明るくないだろう」
(え? 私はともかく、なぜお兄様の未来が明るくないの?)
目を丸くした私に、フェルディナン様が得意そうに言う。
「状況が変わったことを、オレに隠しても無駄だぞ。王宮の確かな筋からの話だが……、オーギュスト殿は先の事故で大怪我をして、引退されるそうだな」
以前より招待されていた宴席に、私は今日、出なくてはならない。
仕度を終えると、見送りのお兄様が心配されていた。
「本当に、付き添わなくて大丈夫か? バシュレー伯爵子息……フェルディナン殿はまだ迎えに来ていないようだが」
「平気です、お兄様。会場で待ち合わせをしていたのを、うっかり忘れていました。あちらで合流いたしますから、ご心配なさらないで」
嘘。そんな約束はしていない。
フェルディナン様が下位貴族の娘である私を、尊重してくれたことはない。
ただ、私を娶るとアルエン公爵家と親しくなれる。その利だけで婚約を結んだのだと、直接言われたことがある。
わざわざ告げるのは、私を見下している証拠。
現にフェルディナン様は婚約期間にも関わらず、遊び相手をとっかえひっかえ、おそらく今日は、最近夢中な子爵令嬢と会場入りされることだろう。
待つだけ無駄だ。
そんな相手と添い遂げて、幸せになれるとは思わない。
けれど公爵家に長く残って、これ以上お兄様に迷惑をかけるわけにもいかないし、前公爵様がまとめてくれた縁談に、異を唱えるのは贅沢だろう。
(オーギュストお兄様に婚約者がいないのは、いずれ女王陛下と結ばれて王配になられるからだとしても。だからといって、私がいつまでも居座るわけにはいかないわ)
だからフェルディナン様にどんな扱いを受けようと、私が耐えれば──。
「ラヴィニア・セリエール。今夜限りで、オレはお前との婚約を破棄する」
「……え?」
王宮の夜会にひとりで出席した私は、よりにもよって庭で子爵令嬢と睦あっている婚約者を目撃し。
目があった彼から、いきなり爆弾発言を投げつけられた。
フェルディナン様は、冷めた眼差しで私を見る。
「まったく。なんと鬱陶しい女だ。こんな場所でまで、オレたちに付き纏うなど。その調子でコリンナ嬢のことも追い詰めたのか」
「何を……おっしゃられているのか、私にはさっぱりわかりません……」
付き纏った? そんな過去は一度だってない。
今も偶然見つけてしまって、"不快な逢引きを見てしまった"と引いたところなのに。
彼の頭の中は、一体どうなっているのだろう。
戸惑う私を無視し、フェルディナン様が決めてかかった。
「お前が常々、このコリンナ嬢に嫌がらせをしていたのを、知らないとでも思っていたのか?」
彼の腕の中に顔を伏せ、コリンナ様が私に向けてニヤリと笑う。
(嫌がらせ? 何のこと?)
コリンナ様がフェルディナン様に寄りかかってる姿は何度か見かけたが、彼女と言葉を交わしたことはない。
ましてや何かを仕掛けたことなんて皆無。実は名前も今聞いたと、思ってしまったくらいだ。
(子爵家の方ということぐらいしか、知らないわ)
でももし平気でウソを捏造されるなら……、そういう性格の方なのだろう。
(嫌がらせって、どんな設定を吹き込まれたのかしら)
疑問だらけの私に対し、フェルディナン様が続けざまに非難する。
「男の火遊びを許容できないお前は、貴族の妻として相応しくない。しかもいかに公爵家に養われていようとも、お前自身は男爵家の身。目上である子爵令嬢をやっかむなど、増長も甚だしい!!」
「……嫌がらせなどしていません。第一なぜ、私がコリンナ様をやっかむ必要があるのでしょう」
「はぁ? 自分の気持ちさえ把握出来てないマヌケなのか? それはお前が、オレの愛を得られずに僻んでいるからだ」
フェルディナン様が言いきった。
(えぇぇ……。僻んだ、かしら?)
別にフェルディナン様の愛は求めてない。
そんなところがいけなかったのかもしれないけれど、互いに契約だと割り切ってたはず。
でなければ、婚約者としての逢瀬も贈り物もエスコートさえもガン無視な理由が成り立たない。私が送った手紙すら一度も返事がないのは、ビジネスとしても失格だと思う。
けど。
「あの、フェルディナン様? 私との婚約は、公爵家との繋がりのため、とおっしゃっておられませんでしたか?」
(バシュレー伯爵家との縁談がなくなると、お兄様にご負担をかけてしまう)
その一心だけで尋ねた言葉は、軽く一蹴された。
「構わないさ。アルエン公爵家はともかく、お前やオーギュスト殿の未来は明るくないだろう」
(え? 私はともかく、なぜお兄様の未来が明るくないの?)
目を丸くした私に、フェルディナン様が得意そうに言う。
「状況が変わったことを、オレに隠しても無駄だぞ。王宮の確かな筋からの話だが……、オーギュスト殿は先の事故で大怪我をして、引退されるそうだな」
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