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4.銀眼の魔女
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「この部屋に安置されています」
魔獣に促されて入った地下室は、厳かな空気に満たされていた。
部屋奥に安置された宝箱。
正面の壁には、旧オーロ王国の紋章。そして代々の王の名前はじめ、家系図が記されているようだ。
(この名前の中に、前世の私の名前もあるのかしら。……あれ?)
それらしい王女の名前が見当たらない。変だなぁ。
とはいえ、かつての自分の名前など、まるで見当つかないのだけど。
「オーロ王家の"秘宝"とは、どういうものなの?」
過去世を覚えていないので、率直に魔獣に尋ねる。
「"時繰りの砂時計"と呼ばれる、時間を操る魔道具です。」
「時間を?!」
聞き返す私に、魔獣が頷く。
オーロ王家の祖先は、神を助けたことがあり、お礼としてそれを授かったのだとか。
けれども王家は魔道具の力に頼ることなく、真摯に政に向き合ってきた、善き国だったと彼は言う。
「えっ、でもアルジェント王国は、オーロ王が暴君だったから革命を起こして出来た国だと言われているのに?」
「それは歪められた歴史です。欲に駆られたアルジェント大臣が謀反を起こし、王位を簒奪。大臣は自身を正当化するために、嘘をでっちあげて世間に広めたのです」
「な!!」
「真実を唱える者は悉く粛清され、この百年で昔を知る者はいなくなりました」
「なんてことなの……」
「俺はそんなアルジェント王国が許せなくて」
「それでずっと古城と宝を守ってくれていたのね」
悔しさを滲ませる魔獣の表情はまるで人間のようで、私は彼を慰めたくて、ぎゅっと抱きつきながら"ありがとう"と呟いていた。
「俺のことは大丈夫ですから、姫殿下が一番幸せだと思う時間まで、時を戻してください」
「でも、私に使えるかしら」
今の私はオーロの王族ではなく、アルジェントのいち貴族の娘だ。
「おそらく、お使いになれると思います。オーロの王族の魂は、神によって厳選された力ある魂たち。でなければ、その箱自体、開けることは出来ないので」
「えっ?」
魔獣の……、セストの言葉に振り返った時には、私はもう箱を開けていた。
何の抵抗もなく蓋は開いたけど、前のめり行動がとても恥ずかしい。
箱の中には、上等なクッションに収められた、砂時計があった。
大きさは手の中に納まるくらい。
よく見かける普通の砂時計。
けれど普通と違うのは、中の砂がひとつひとつの星のようにキラキラと輝いていて、神秘的な力を発しているように見えること。
「これを使って?」
「ええ。時間を戻すのです」
「けど、いつくらいまで──」
私の記憶にあるのは、アルジェントの貴族としての人生だけ。オーロ王族だったという前世は、まるで覚えてない。
悩んでセストを見つめた時だった。
私とセスト以外の、もうひとつ、別の声が部屋に響いた。
「よくぞ箱を開けてくれたわ!! 期待通りに!!」
「なんっ──?」
セストが私を庇いながら威嚇を向けた先の空間が、ぐにゃりと歪む。
そして何もないはずの場所に切れ目が現れ、中からドレス姿の可憐な少女が出てきた。
「ニコレ嬢!」
「"銀眼の魔女"!」
私とセストの叫びは、同時だった。
(セスト、ニコレ嬢のことを今なんて? 魔女?)
「おさがりください、姫殿下。あれは"銀眼の魔女"。百年前、オーロの"秘宝"欲しさにアルジェント大臣を誑かした諸悪の根源です!!」
(ニコレ嬢が、王国を滅ぼした魔女──?)
"銀眼の魔女"の存在は、おとぎ話で聞いたことがある。でもニコレ嬢の目は、銀色ではなく桃色だ。
認知と感情処理が追いつかない私の横で、ニコレ嬢はセストに話しかけた。
「おやおや? 浅ましい姿だねぇ? オーロ王国一の騎士が、今ではしがない四つ足の獣とは」
「え」
(今なんて?)
「黙れ!」
吠えたセストを無視し、ニコレ嬢は私に向けて言葉を続けた。
「そいつの前身は人間の騎士さ。落城の最中、恋仲だった王族を逃がすために召喚魔獣と融合したけれど、恋人はあえなく命を落とし。なのに自分は魔獣としての制約に縛られ、城からも出れず、転生も出来なくなった。ふふっ、憐れな男」
心底愉快そうに、ニコレ嬢が嘲笑う。
花のような顔立ちから生まれる邪悪な笑みは、凶悪さを纏ってゾッとするような形相に見えた。
(セストが、人間の騎士だった? 恋人のために魔獣と融合?)
もしかして魔獣の名前がモフリートで、セストというのは彼自身の名前だったとしたら。
だからあの時、あんなに寂しそうな顔をしたのかも?
「しかもそうまでして守ろうとした相手には、記憶がないだなんて。不幸の塊りのような人生だ」
(! まさかその守ろうとした相手って、私のこと?)
困惑する私の前で、セストが怒りを露わにしている。
「いい加減その口を閉じろ、魔女め! 今回のこと、またも永遠の命を狙っての仕業か!」
「もちろんだとも。国ひとつ滅ぼしたのに箱は開かず、砂時計は手に入らなかった。だから開けられる者に開けて貰った。百年待つのはギリギリだったよ。魔術で底上げはしていても、私の寿命はまだ人間そのものだからねぇ」
つまり。つまり、ニコレ嬢の正体は"銀眼の魔女"と呼ばれる魔女で。
永遠の命欲しさにオーロの"秘宝"を狙い、そのために百年前、オーロ王国を滅ぼした。
そして今、オーロから転生した魂を持つ私を使って、目的を果そうとしている──?
(すべては自分の欲を叶えるためだけに?)
状況を把握した途端、身体中からカッと熱が噴き出しそうになる。
「砂時計は渡さない!! 貴方の望みが叶えられることはないわ!!」
「殿下、早くそれを使ってください! 魔女が悪さを働く前の、"平和な時間まで戻れ"と願うのです!」
「させると思うかい?!」
私に掴みかかろうとする魔女。
魔女に飛び掛かるセスト。
"秘宝"を使うため、砂時計を逆さまにする私。
私たちは揉み合うようにぶつかって。
"時繰りの砂時計"はパリンと音を立てて、割れた。
私の目の前で、ひょうたん型のガラスから砂がこぼれ、セストと魔女の双方にかかっていく。
「──!!!」
そして私にも少し。
輝く砂粒を浴びて、私の意識は暗転した。
魔獣に促されて入った地下室は、厳かな空気に満たされていた。
部屋奥に安置された宝箱。
正面の壁には、旧オーロ王国の紋章。そして代々の王の名前はじめ、家系図が記されているようだ。
(この名前の中に、前世の私の名前もあるのかしら。……あれ?)
それらしい王女の名前が見当たらない。変だなぁ。
とはいえ、かつての自分の名前など、まるで見当つかないのだけど。
「オーロ王家の"秘宝"とは、どういうものなの?」
過去世を覚えていないので、率直に魔獣に尋ねる。
「"時繰りの砂時計"と呼ばれる、時間を操る魔道具です。」
「時間を?!」
聞き返す私に、魔獣が頷く。
オーロ王家の祖先は、神を助けたことがあり、お礼としてそれを授かったのだとか。
けれども王家は魔道具の力に頼ることなく、真摯に政に向き合ってきた、善き国だったと彼は言う。
「えっ、でもアルジェント王国は、オーロ王が暴君だったから革命を起こして出来た国だと言われているのに?」
「それは歪められた歴史です。欲に駆られたアルジェント大臣が謀反を起こし、王位を簒奪。大臣は自身を正当化するために、嘘をでっちあげて世間に広めたのです」
「な!!」
「真実を唱える者は悉く粛清され、この百年で昔を知る者はいなくなりました」
「なんてことなの……」
「俺はそんなアルジェント王国が許せなくて」
「それでずっと古城と宝を守ってくれていたのね」
悔しさを滲ませる魔獣の表情はまるで人間のようで、私は彼を慰めたくて、ぎゅっと抱きつきながら"ありがとう"と呟いていた。
「俺のことは大丈夫ですから、姫殿下が一番幸せだと思う時間まで、時を戻してください」
「でも、私に使えるかしら」
今の私はオーロの王族ではなく、アルジェントのいち貴族の娘だ。
「おそらく、お使いになれると思います。オーロの王族の魂は、神によって厳選された力ある魂たち。でなければ、その箱自体、開けることは出来ないので」
「えっ?」
魔獣の……、セストの言葉に振り返った時には、私はもう箱を開けていた。
何の抵抗もなく蓋は開いたけど、前のめり行動がとても恥ずかしい。
箱の中には、上等なクッションに収められた、砂時計があった。
大きさは手の中に納まるくらい。
よく見かける普通の砂時計。
けれど普通と違うのは、中の砂がひとつひとつの星のようにキラキラと輝いていて、神秘的な力を発しているように見えること。
「これを使って?」
「ええ。時間を戻すのです」
「けど、いつくらいまで──」
私の記憶にあるのは、アルジェントの貴族としての人生だけ。オーロ王族だったという前世は、まるで覚えてない。
悩んでセストを見つめた時だった。
私とセスト以外の、もうひとつ、別の声が部屋に響いた。
「よくぞ箱を開けてくれたわ!! 期待通りに!!」
「なんっ──?」
セストが私を庇いながら威嚇を向けた先の空間が、ぐにゃりと歪む。
そして何もないはずの場所に切れ目が現れ、中からドレス姿の可憐な少女が出てきた。
「ニコレ嬢!」
「"銀眼の魔女"!」
私とセストの叫びは、同時だった。
(セスト、ニコレ嬢のことを今なんて? 魔女?)
「おさがりください、姫殿下。あれは"銀眼の魔女"。百年前、オーロの"秘宝"欲しさにアルジェント大臣を誑かした諸悪の根源です!!」
(ニコレ嬢が、王国を滅ぼした魔女──?)
"銀眼の魔女"の存在は、おとぎ話で聞いたことがある。でもニコレ嬢の目は、銀色ではなく桃色だ。
認知と感情処理が追いつかない私の横で、ニコレ嬢はセストに話しかけた。
「おやおや? 浅ましい姿だねぇ? オーロ王国一の騎士が、今ではしがない四つ足の獣とは」
「え」
(今なんて?)
「黙れ!」
吠えたセストを無視し、ニコレ嬢は私に向けて言葉を続けた。
「そいつの前身は人間の騎士さ。落城の最中、恋仲だった王族を逃がすために召喚魔獣と融合したけれど、恋人はあえなく命を落とし。なのに自分は魔獣としての制約に縛られ、城からも出れず、転生も出来なくなった。ふふっ、憐れな男」
心底愉快そうに、ニコレ嬢が嘲笑う。
花のような顔立ちから生まれる邪悪な笑みは、凶悪さを纏ってゾッとするような形相に見えた。
(セストが、人間の騎士だった? 恋人のために魔獣と融合?)
もしかして魔獣の名前がモフリートで、セストというのは彼自身の名前だったとしたら。
だからあの時、あんなに寂しそうな顔をしたのかも?
「しかもそうまでして守ろうとした相手には、記憶がないだなんて。不幸の塊りのような人生だ」
(! まさかその守ろうとした相手って、私のこと?)
困惑する私の前で、セストが怒りを露わにしている。
「いい加減その口を閉じろ、魔女め! 今回のこと、またも永遠の命を狙っての仕業か!」
「もちろんだとも。国ひとつ滅ぼしたのに箱は開かず、砂時計は手に入らなかった。だから開けられる者に開けて貰った。百年待つのはギリギリだったよ。魔術で底上げはしていても、私の寿命はまだ人間そのものだからねぇ」
つまり。つまり、ニコレ嬢の正体は"銀眼の魔女"と呼ばれる魔女で。
永遠の命欲しさにオーロの"秘宝"を狙い、そのために百年前、オーロ王国を滅ぼした。
そして今、オーロから転生した魂を持つ私を使って、目的を果そうとしている──?
(すべては自分の欲を叶えるためだけに?)
状況を把握した途端、身体中からカッと熱が噴き出しそうになる。
「砂時計は渡さない!! 貴方の望みが叶えられることはないわ!!」
「殿下、早くそれを使ってください! 魔女が悪さを働く前の、"平和な時間まで戻れ"と願うのです!」
「させると思うかい?!」
私に掴みかかろうとする魔女。
魔女に飛び掛かるセスト。
"秘宝"を使うため、砂時計を逆さまにする私。
私たちは揉み合うようにぶつかって。
"時繰りの砂時計"はパリンと音を立てて、割れた。
私の目の前で、ひょうたん型のガラスから砂がこぼれ、セストと魔女の双方にかかっていく。
「──!!!」
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