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Wミルク
もう少しだけ待っていて
しおりを挟む「あの、これ…」
シャワーを浴びいつも櫻井の部屋に置いていたワンピースタイプのパジャマを身に付けた静香はソファーの少し離れた場所に腰掛け、申し訳なさそうに頭を垂れる男を睨む。自分の髪はしっとりと濡れていて、彼もシャワーを浴びたばかりで髪を濡らしている。静香と違い短いのでゴシゴシ拭いただけで、ポタポタと水滴が落ちてくることもない。
静香が呑気にシャワーを浴びている間に櫻井は脱ぎ捨てられた服を片付け、色々皺になったシーツやらを変えてくれていた。至れり尽くせりである。あることで一言申したい気持ちではあったが、任せきりで申し訳ないという気持ちが湧いてきたので謝った。しかし彼からは一言「やりたくてやってるだけ」と返ってきただけだった。先んじて何でもやってしまうため静香の出る幕がない。このままでは堕落一直線だ、困る。
まあ、それはそれで「これ」とは別問題だ。10分足らずでシャワーを浴び終え戻って来た櫻井は静香に睨まれさぞ困惑したことだろう。別に怒ってはいない、ただ一言文句を言わないと気が済まないだけ。静香はワンピースの胸元を引っ張ると、あれを一瞥し櫻井に向き直る。
「洗面台の鏡で見た時変な声出ましたよ」
胸の辺りに無数の鬱血の痕の付いた身体は、自分の身体とは思えない程いやらしかった。見た瞬間情事の時の自分の乱れっぷりを否応なしに思い起こされ居たたまれない気持ちになる。以前首に付けられた痕1つであれだけ悶々とさせられたのに、これはもうどうしていいか分からない。見える場所に付けられるのも困るが、見えない場所にたくさん付けられるのも困る。
「…無我夢中で気づいたら付いてた…ごめんとしか言いようがない」
がっくりと肩を落とす彼はやはり叱られた犬を彷彿させる。だから強く出ることが出来ない。ほんの少し怒っていたはずなのに、彼の顔を見るとその気も失せる。が、そこでふとあることに気づいた。そう、付けられた記憶のない上半身でこれなら明確に覚えているあの場所はどうなのだ、と。恐る恐る訊ねた。
「あの、背中の方は…」
プイと気まずいのか露骨に顔を逸らす。その態度で大体分かり反射的に叫ぶ。
「物事には限度というものがあると思うんですよ…!」
「いや、背中はそっちより少ないから」
「そういう問題では…!…もういいです、怒るの嫌だし」
さっきと同じだ、こういう雰囲気の時に怒りたくないし喧嘩もしたくない。あっさりと引き下がり、パジャマの首元を引っ張り「これいつ消えるかな」とブツブツ呟いていると後ろからぎゅうっと抱き込まれる。何度もされている櫻井が好きで、静香も割と好きな抱き方。しっとりとした髪とうなじに鼻を擦りつけ、いつもみたいに匂いを嗅ぐ。風呂上りなので拒否する理由はない。
「あー落ち着く…」
「颯真さん後ろからこうするの好きですよね」
「ん-、サイズ感?こうすると腕の中にすっぽり収まるから」
「無駄に背高いですしね」
「無駄には余計」
本当にこの体制が好きらしい櫻井は話している間も崩すことはない。背後から聞こえる彼の声に相槌を打ち、こちらから話題を振ったり。他愛もない会話を繰り返していると自分を包んでいる腕の力が強まり、少し震えている。あ、これは、櫻井が不安に感じている時の合図みたいなもので…。その予想は外れなかった、背後から聞こえる弱々しい声に身構える。
「…嫌だったら言って?」
「…何がです?」
「今の体制もさっきのキスマークも。静香俺が何やってもあまり嫌がらないから、気遣って無理してるんじゃないかって心配になる。さっきもちょっと文句言ってそれで終わったし、無理してるなら本当に辞めて」
「…」
この人は本当に繊細で心配症だ。静香が図太いことはとっくに分かっているはずなのに、それでも無理してるのではと心配するのだ。まあ拒否したら傷つくだろう、という懸念はあるがだからって何でもかんでも受け入れるほど静香の器は大きくない。嫌なことだってある。些細なことでいがみ合うこと、痛いこと、見えるところにキスマークを付けられること、何の連絡もなく音信不通になること、汗かいている時に髪の嗅がれること、わざと恥ずかしい言葉を言われること…結構多い。この辺は追々話し合うとして。小さく嘆息すると、彼の腕にそっと触れた。
「私嫌だったらハッキリ『辞めて』って言いますよ。言わない限り嫌がっていない、という解釈でいいんじゃないですか」
「…何か軽いな」
「そっちが深刻に考えすぎなんですよ、まあ大雑把な私からしたら何でも慎重な性格、少し羨ましいです」
「俺は自分のクソ面倒な性格、好きじゃない」
「私は面倒な性格の人嫌いじゃないですよ」
うなじから顔を離した櫻井がハーッと大きく息を吐いたのが分かった。
「何か一生勝てる気がしない」
「勝ち負けあります?…ああ、先に好きになった方が負けというのはありますけど」
「それに則ると俺最初から負けてるよ」
自分に回された腕の力が強くなる。今度は震えてない、そのことにホッとした。それが仇となった。
「―負けっぱなしで良い、だからずっと傍にいて。本当に愛してるんだ、これからも好きで居てもらえるよう努力するから。俺の事だけ見ていて欲しい」
…油断していた。こちらが少しばかり優位に立てていると錯覚していた。その隙をついてこんなストレートな言葉をかけられると。エアコンが効いている部屋にいるのに体温が徐々に上がり、背中に汗を掻き始める。こんなに密着していると汗を掻いていることも、身体が熱くなっていることも全部バレてしまう。固まって黙ったままの静香を訝しんだ櫻井が耳元で「静香?」と訊ねてくる。更に身体が熱を帯びる。そして、遂に気づかれた。
「…耳赤くなってる、照れて…」
と言い出された瞬間大袈裟に身体が震えた。沈黙は肯定と受け取られてしまう。何を思ったのか頑なに離さなかった腕を外した櫻井がこう切り出した。
「ちょっとこっち向いて」
「無理です」
「無理でもいいから」
「さっき嫌がることはしないって言ってましたよね??」
「言ったけど、今は適用外」
「そんなのなしですよ!」
理不尽な主張に抵抗を試みるも羞恥心により身体に上手く力が入らなかった静香は、あっさりと正面を向かされる。頑なに俯いているが彼にはバレていることだろう。
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