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8.エピローグ
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春に花揺れる季節。
「セラからの手紙ですか? 父上」
スイハ国、第四王女ミナーディアが、庭の東屋に座す父王に話しかけた。
「ああ。"新しい海を見つけた"とか言って、ちっとも里帰りせず、顔を見せもしない親不孝者からの手紙だ」
「まあっ、ふふっ。"新しい海"とは、アキム王のことでしょうか?」
「知らん」
軽やかに微笑んでミナが言う。
「セラは戻ってきませんでしたね」
「あっさり餌付けされおったからな」
不機嫌そうにそっぽを向く父は、どこか子どもっぽい。
ミナはおかしそうにそんな父王を眺める。
セラがハルオーンへ嫁いでから、じき一年になる。
ハルオーンのアキム王が王妃セラティーアを熱愛していて、夫婦仲がとても良いという話は、碧海六島に知れ渡り、スイハにも伝わってきていた。
ハルオーンの後宮説は、とっくに撤回されている。
セラからの手紙は、いつも淡白な内容で、力強く明快に書かれてある。
もっともその大半が「ハルオーンの食べ物は美味しいので、皆で楽しんでください」と綴られており、大量の荷が送られてくるのが常だった。
「今回は何でしたの? お菓子ですか?」
「妊娠したらしい。生まれるのは冬だな」
セラからの手紙を、ミナにも見せる。
──子どもが出来ました。何があっても絶対に死なない母親になろうと思います。──
それは"人為"、場合によっては"運命"とも戦うという、セラの決意表明だった。
「……セラらしいですわ。あの娘なら、相手を返り討ちしにしそうです」
「いや……セラは意外に脆いところがある。だが、アキム王がついているから大丈夫だろう。あそこの王は怖いぞ? 即位後すぐの反乱への対処は、いまだ碧海六島で語り草になっている」
「とんでもないお相手に嫁ぎましたのね、我が妹は。そんなお方がぞっこんだなんて。ふふ、セラもやりますわ。まずは懐妊のお祝いを贈らないと。父上、会いに行ってやっては?」
「む……。考えておく」
願ったりのくせに仏頂面をしているのは、やせ我慢だろうか。
「でも、あの時は本当に驚きました。"ハルオーンにはセラを送ることにしたから、ゼダンと早く事をなせ"と、父上に言われるとは思いませんでした」
「こら! その話は墓まで持って行けとあれほど……! ……おまえたちがいつまでも焦れったくしていたからだ」
「遠慮と慎みの塊と言ってくださらない? セラを送りだした後、あわてて式を挙げて、私たちも大変だったのですからね?」
「おかげで幸せになれただろうが。セラはアキム王と"合う"。そう思ったまでだ」
潔癖なセラが後宮を容認するはずもなく、にも関わらず、"合う"とは。
「父上、さてはあちらの後宮事情もご存じだったのでしょう?」
「……セラを説得するのは手間がかかるのだ。普通に命じても言うことを聞かん」
本人に"帰ってくる"と錯覚させることで、ようやく赴かせた。
「寂しくなりましたね? セラと口喧嘩が出来なくなって」
「なんの。孫がいるからな。いずれおまえの息子の相手で、忙しくなる。一歳になり、随分歩けるようになってきたから、今度散歩に連れて行ってやろう」
「うふふふ、よろしくお願いいたします。おじいさま」
スイハの春風が海を渡り、ハルオーンの花を咲かせる。
キラファの季節も、すぐそこだった。
《おしまい》
「セラからの手紙ですか? 父上」
スイハ国、第四王女ミナーディアが、庭の東屋に座す父王に話しかけた。
「ああ。"新しい海を見つけた"とか言って、ちっとも里帰りせず、顔を見せもしない親不孝者からの手紙だ」
「まあっ、ふふっ。"新しい海"とは、アキム王のことでしょうか?」
「知らん」
軽やかに微笑んでミナが言う。
「セラは戻ってきませんでしたね」
「あっさり餌付けされおったからな」
不機嫌そうにそっぽを向く父は、どこか子どもっぽい。
ミナはおかしそうにそんな父王を眺める。
セラがハルオーンへ嫁いでから、じき一年になる。
ハルオーンのアキム王が王妃セラティーアを熱愛していて、夫婦仲がとても良いという話は、碧海六島に知れ渡り、スイハにも伝わってきていた。
ハルオーンの後宮説は、とっくに撤回されている。
セラからの手紙は、いつも淡白な内容で、力強く明快に書かれてある。
もっともその大半が「ハルオーンの食べ物は美味しいので、皆で楽しんでください」と綴られており、大量の荷が送られてくるのが常だった。
「今回は何でしたの? お菓子ですか?」
「妊娠したらしい。生まれるのは冬だな」
セラからの手紙を、ミナにも見せる。
──子どもが出来ました。何があっても絶対に死なない母親になろうと思います。──
それは"人為"、場合によっては"運命"とも戦うという、セラの決意表明だった。
「……セラらしいですわ。あの娘なら、相手を返り討ちしにしそうです」
「いや……セラは意外に脆いところがある。だが、アキム王がついているから大丈夫だろう。あそこの王は怖いぞ? 即位後すぐの反乱への対処は、いまだ碧海六島で語り草になっている」
「とんでもないお相手に嫁ぎましたのね、我が妹は。そんなお方がぞっこんだなんて。ふふ、セラもやりますわ。まずは懐妊のお祝いを贈らないと。父上、会いに行ってやっては?」
「む……。考えておく」
願ったりのくせに仏頂面をしているのは、やせ我慢だろうか。
「でも、あの時は本当に驚きました。"ハルオーンにはセラを送ることにしたから、ゼダンと早く事をなせ"と、父上に言われるとは思いませんでした」
「こら! その話は墓まで持って行けとあれほど……! ……おまえたちがいつまでも焦れったくしていたからだ」
「遠慮と慎みの塊と言ってくださらない? セラを送りだした後、あわてて式を挙げて、私たちも大変だったのですからね?」
「おかげで幸せになれただろうが。セラはアキム王と"合う"。そう思ったまでだ」
潔癖なセラが後宮を容認するはずもなく、にも関わらず、"合う"とは。
「父上、さてはあちらの後宮事情もご存じだったのでしょう?」
「……セラを説得するのは手間がかかるのだ。普通に命じても言うことを聞かん」
本人に"帰ってくる"と錯覚させることで、ようやく赴かせた。
「寂しくなりましたね? セラと口喧嘩が出来なくなって」
「なんの。孫がいるからな。いずれおまえの息子の相手で、忙しくなる。一歳になり、随分歩けるようになってきたから、今度散歩に連れて行ってやろう」
「うふふふ、よろしくお願いいたします。おじいさま」
スイハの春風が海を渡り、ハルオーンの花を咲かせる。
キラファの季節も、すぐそこだった。
《おしまい》
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わああ、ご再読ありがとうございます!!
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1万文字以上を一ページに入れていたので、読みにくいかもと8分割作業をしただけだったんです。
でもおかげで丁寧で嬉しいご感想をたまわることが出来てホクホクです!ヾ(*´∀`*)ノ
アキム王にもセラにも深い読み込みをありがとうございます♪
セラの父親にもウケていただき感謝ー!(笑)
諸国にやった恐ろしいこと、いつか機会があれば語れると良いなぁ。
他の姫たちの話も読みたいというお声や、マリエラの裏設定なんかもあるので…。
ご感想、本当にありがとうございました! すごく励みになりました(∩´∀`*)∩
とても爽やかなお話。
途中でクスッと笑えるところがあって、楽しく読めました♪
特にラストが大好きです!
Y.ひまわり様!!
お読みいただき、ご感想を有難うございました!!
楽しんでいただけて、すごく嬉しいです(*´▽`*)♪
ラスト気に入っていただけたー。ばんざーい!! お話を書いて、本当に良かったと思えました~♡