3 / 8
3.蜜のお味は?
しおりを挟む
時間は少し前に遡る。
(こんなはずじゃなかった)
歴史と威容を誇るハルオーンの王宮で、広い居室を与えられたセラは、バルコニーで海を見ながら思考を巡らせていた。
(まさか妃が私ひとりだとは……。くっ、アキム王め。もっとウハウハと嫁を集めておけ! これじゃあ私の、"奥様いっぱいいるから私は要らないですね? 郷里に帰らせていただきます"作戦が使えないじゃないか!!)
実際複数いたら夫を殴りかねないくせに、とんでもない言い草である。
そもそも"後宮"が誤情報だったことが痛い。
一応嫁いで両国の面目を保ち、約束を守った上で不要返品される。
それが理想と織り込んで、ハルオーン行きを呑んだのだ。
これでは何を口実に出戻れば良いのか。
正式な婚礼は二か月後。
セラは悩んでいた。
他に女性がいないのなら、このまま妃としてハルオーンに在っても良さそうなものだが、もうひとつ、帰りたい大きな理由があった。
願い出ても、海行きの許可が得られなかったのである。
高台に建つ王宮から、海の全容はよく見える。目と鼻の先に海がある。
しかしアキム王は「何でも自由にして良い」と言ったくせに、海への外出は認めなかった。
後宮だったのなら、あるいは束縛も仕方ないのかもしれない。だが、後宮ではないというのに。
(海に行きたい……)
心を落ち着けたい時、寂しい時、悲しい時、困った時、セラはいつも海に慰めて貰っていた。
海があったからこそ、王族として毅然とした精神と態度を保つことが出来ていた。
幼い頃に生母を失って以来、海はセラを受けとめてくれる拠り所だったのに。
ぱん!!
小気味良く乾いた音が響く。
セラが自分の両頬を打っていた。
(らしくない! 切り替えよう!!)
そもそも部屋に籠ったりしてるから、思考が内向きになる。
こんな時は──そう! 探索だ!!
ハルオーンの王宮のことは、ほとんど知らない。
いざという時に備えて、抜け道でも探してみよう!
いざという時がどんな想定かは自分でもわからないが、とにかくセラは体を動かすことにした。
そして庭を巡り、咲き乱れるキラファの花と出会った。
(何ここ、楽園?)
先ほどまでの不満はどこへやら、セラはたくさんの花に歓喜していた。
しかもスイハ国では見たことがないくらいの大ぶりな花弁。
(わああ……! これはきっと、美味しい!!)
キラファは蜜が吸える花であり、外遊びが多いセラにとって、大好きなおやつだった。
(今すぐ味見をしなければ!!)
ご機嫌で花蜜を吸っていた時だった。
誰もいないはずの背後から突然、ハリのある声が話しかけて来た。
「何をされているのです? セラティーア姫」
(□×◎△※!!)
「へ、陛下???」
(なぜここに、このタイミングで?!)
気配を感じなかった。
いつから見られていたのか。
そしてこの現場をどうしよう。
さすがに私でもわかる。
(花をくわえた王女、限りなく王女らしくない!)
一瞬ですべてを把握したセラは、さも当然のことのように、にっこりと微笑みながら答えた。
「キラファの花蜜を、味わっておりました」
「蜜を?」
「はい。ハルオーンでは、どんなお味だろうと?」
見よ、私の淑女スマイル!
猫五匹分の完璧な優雅さ。
もちろん花はサッと口から外し済みだ。
これだけ堂々と言えば、スイハの習慣だと思うだろう。
我が国では、王女は蜜を吸うんだ!!
私がいま、文化を作った!!
「蜜……?」
不思議そうに首をかしげるアキムに、セラこそ首をひねった。
(あれ?)
「もしかして陛下。キラファの蜜を召し上がったことがない、とか?」
「そうですね。はちみつはありますが、花から直接蜜を吸うという経験は皆無です」
「!!??」
「ど、どうされました、姫。何か」
「す、すみません。あまりに驚いたので、猫が一匹逃げてしまったようで」
「猫?」
「大丈夫です、こちらの話。お気になさらずに。……でも……」
(蜜を吸った経験がない? え……。この人、人生ものすごく損してるんじゃない?)
まじまじとアキム王を凝視しながら、セラは失礼な評価を下した。
そして同時に、未経験に同情もした。
さらに花泥棒の共犯として、巻き込もうとも閃いた。
「陛下、もしよろしければ、お試しになりませんか?」
「え?」
「キラファの味をご存じないだなんて、失礼ながら損をされていらっしゃると思うのです」
恥じらう風を装い、上目遣いで控えめにガン推ししてみたところ。
「…………」
少しの間セラを見つめていたアキムだったが、意外にもあっさりノッてきた。
「姫がそこまでおっしゃるなら、私も試してみようと思います」
言って、アキムが花をとり、口に当てる。
セラが期待を込めて尋ねた。
「いかがでしょう?」
「実に……かわいいです。あ、いえ、美味しいです」
「良かった」
布教は成功したらしい。
セラの満面の笑みに、アキムが急にむせ込んだ。
「ぐほっ!」
「えっ? 陛下? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、花粉が少し喉にひっかかったようです。しかしこれに似た味なら……。姫、甘いお菓子はお好きですか?」
(こんなはずじゃなかった)
歴史と威容を誇るハルオーンの王宮で、広い居室を与えられたセラは、バルコニーで海を見ながら思考を巡らせていた。
(まさか妃が私ひとりだとは……。くっ、アキム王め。もっとウハウハと嫁を集めておけ! これじゃあ私の、"奥様いっぱいいるから私は要らないですね? 郷里に帰らせていただきます"作戦が使えないじゃないか!!)
実際複数いたら夫を殴りかねないくせに、とんでもない言い草である。
そもそも"後宮"が誤情報だったことが痛い。
一応嫁いで両国の面目を保ち、約束を守った上で不要返品される。
それが理想と織り込んで、ハルオーン行きを呑んだのだ。
これでは何を口実に出戻れば良いのか。
正式な婚礼は二か月後。
セラは悩んでいた。
他に女性がいないのなら、このまま妃としてハルオーンに在っても良さそうなものだが、もうひとつ、帰りたい大きな理由があった。
願い出ても、海行きの許可が得られなかったのである。
高台に建つ王宮から、海の全容はよく見える。目と鼻の先に海がある。
しかしアキム王は「何でも自由にして良い」と言ったくせに、海への外出は認めなかった。
後宮だったのなら、あるいは束縛も仕方ないのかもしれない。だが、後宮ではないというのに。
(海に行きたい……)
心を落ち着けたい時、寂しい時、悲しい時、困った時、セラはいつも海に慰めて貰っていた。
海があったからこそ、王族として毅然とした精神と態度を保つことが出来ていた。
幼い頃に生母を失って以来、海はセラを受けとめてくれる拠り所だったのに。
ぱん!!
小気味良く乾いた音が響く。
セラが自分の両頬を打っていた。
(らしくない! 切り替えよう!!)
そもそも部屋に籠ったりしてるから、思考が内向きになる。
こんな時は──そう! 探索だ!!
ハルオーンの王宮のことは、ほとんど知らない。
いざという時に備えて、抜け道でも探してみよう!
いざという時がどんな想定かは自分でもわからないが、とにかくセラは体を動かすことにした。
そして庭を巡り、咲き乱れるキラファの花と出会った。
(何ここ、楽園?)
先ほどまでの不満はどこへやら、セラはたくさんの花に歓喜していた。
しかもスイハ国では見たことがないくらいの大ぶりな花弁。
(わああ……! これはきっと、美味しい!!)
キラファは蜜が吸える花であり、外遊びが多いセラにとって、大好きなおやつだった。
(今すぐ味見をしなければ!!)
ご機嫌で花蜜を吸っていた時だった。
誰もいないはずの背後から突然、ハリのある声が話しかけて来た。
「何をされているのです? セラティーア姫」
(□×◎△※!!)
「へ、陛下???」
(なぜここに、このタイミングで?!)
気配を感じなかった。
いつから見られていたのか。
そしてこの現場をどうしよう。
さすがに私でもわかる。
(花をくわえた王女、限りなく王女らしくない!)
一瞬ですべてを把握したセラは、さも当然のことのように、にっこりと微笑みながら答えた。
「キラファの花蜜を、味わっておりました」
「蜜を?」
「はい。ハルオーンでは、どんなお味だろうと?」
見よ、私の淑女スマイル!
猫五匹分の完璧な優雅さ。
もちろん花はサッと口から外し済みだ。
これだけ堂々と言えば、スイハの習慣だと思うだろう。
我が国では、王女は蜜を吸うんだ!!
私がいま、文化を作った!!
「蜜……?」
不思議そうに首をかしげるアキムに、セラこそ首をひねった。
(あれ?)
「もしかして陛下。キラファの蜜を召し上がったことがない、とか?」
「そうですね。はちみつはありますが、花から直接蜜を吸うという経験は皆無です」
「!!??」
「ど、どうされました、姫。何か」
「す、すみません。あまりに驚いたので、猫が一匹逃げてしまったようで」
「猫?」
「大丈夫です、こちらの話。お気になさらずに。……でも……」
(蜜を吸った経験がない? え……。この人、人生ものすごく損してるんじゃない?)
まじまじとアキム王を凝視しながら、セラは失礼な評価を下した。
そして同時に、未経験に同情もした。
さらに花泥棒の共犯として、巻き込もうとも閃いた。
「陛下、もしよろしければ、お試しになりませんか?」
「え?」
「キラファの味をご存じないだなんて、失礼ながら損をされていらっしゃると思うのです」
恥じらう風を装い、上目遣いで控えめにガン推ししてみたところ。
「…………」
少しの間セラを見つめていたアキムだったが、意外にもあっさりノッてきた。
「姫がそこまでおっしゃるなら、私も試してみようと思います」
言って、アキムが花をとり、口に当てる。
セラが期待を込めて尋ねた。
「いかがでしょう?」
「実に……かわいいです。あ、いえ、美味しいです」
「良かった」
布教は成功したらしい。
セラの満面の笑みに、アキムが急にむせ込んだ。
「ぐほっ!」
「えっ? 陛下? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、花粉が少し喉にひっかかったようです。しかしこれに似た味なら……。姫、甘いお菓子はお好きですか?」
10
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる