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第69話 『人生が詰む』とは

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  最初に会った時もそうだが、あいつはよく『俺の人生はとっくに詰んでいる』と言う。俺自身、あいつについて知る前は『流石に大げさ過ぎるだろ!』と思っていたが、あいつは『人生は簡単に詰みますよ?』と。こっちの考えを読み取ったのか説明し始めた。
 『人生が詰む』。普通の人は『覆せない状況に追い詰められ、生活することが困難な人』を思い浮かべるだろう。だが、よく考えてみて欲しいのだが『人生とは何か』と言うことだ。この質問は道徳の授業やドキュメンタリー系の番組などでも取り上げられる内容だが、一番挙げられる回答は『その人の生きる道』だと言われている。
 生きている中で『何かを成し遂げる』とか『何かに対して熱中して取り組み、自分の糧にする』とか色々な人生があるだろう。では、これらに対し『詰んでいる』と言う状況はどのようなものか想像してみる。例えば、『20年以上掛けて学んだ技術が、片腕を失ったせいで使えなくなった』とか『スポーツのプロ選手として何とかデビューする事が出来た次の日に、身体全体が動かなくなった』などの場合、とても大きな絶望感を感じるだろう。人によっては、『自分の人生が詰んだ』と感じるかもしれない。勿論、一度挫折してから這い上がる人だって居る。這い上がれてしまう。
 他の手が打てる人生、そんな状況が『詰む』と表せるのか?
 俺は、ずっと答えが出ない答えだと考えていた。言い訳に使われる程度の言葉だと。だが、家族を失って初めて『人生が詰む』と言う言葉の意味に気が付いた。
 『人生が詰む』とは、『生きる為に必要な娯楽が心から消え、何処かでそれが思い浮かんでしまうこと』だと。例えば、『トラウマ』や『苦い経験』などがそうだ。
 トラウマの場合、どれだけ『克服した!』『もう怖くない!』と言ったり、思ったりしたところで、実際に直面した時には、トラウマが発生した当時の記憶が一瞬でも思い浮かんでしまうだろう。苦い経験の場合も同じようなものだ。ただ、一つだけ違う部分は、苦い経験の場合だと、次同じことをした時に経験を思い出すことで、ミスが少なくなると言う事だ。数少ないメリットだな。だが、苦い経験の数が増えたり、ミスをしたことによって恐怖を感じてしまっている場合は危険だ。
 次第に『また怒られるのは嫌だ!』とか『これを上手くやらないと今度こそクビになるかも』などを考えることが多くなってしまい、物事を恐怖感で考えるようになってしまう。無意識に。
 『人生が充実している』『人生を棒に振る』。どちらも『人生』が主語のようなものになっている。当然だ、人生は人によって変わるからだ。お金を稼ぐことが人生の楽しみだって言う人も居るし、裕福では無くても家族と過ごすことが幸せに感じている人がいる。反対の意味でも同じだ。『人生=身体』と考えると、『詰み=病気』だ。それも、身近に溢れていて、一生完治することの無い病気だ。
 俺の場合、家族を失ったこと事態を『人生が詰んでいる』と表現した訳では無い。ただ、『もう会う事の出来ない家族のことを思いながら、生きていく事が辛い』だけだ。
 他の人が聞けば、『いつまで引きずっているんだ?』と言うかもしれないが、引きずって当たり前だろう。『早く立ち直れ』と言いながら、『失うことがあるのも人生だ』などと、ふざけたことを言うよりもマシだ。そうすれば、本当の人生の詰みを受けなくても済むからな。

 涙を流しながら話していた姿を、今でも忘れることは無い。
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