239 / 344
239話
しおりを挟む また数日後。アステルはヴェラの見舞いに病院へ足を運んだ。アステルが調合した薬がヴェラの体に合ったようで彼女の容態は少しずつではあるが確実に回復しているそうだ。どこか不安な気持ちを抱えながらアステルは静かに病室の前に立ち、護衛の騎士が見守る中、深呼吸を一つ。そしてドアをノックした。
「失礼します」
柔らかな声で告げながらドアがゆっくりと開き、アステルはそのまま中へと入る。
ヴェラはベッドに横たわり、しばらく目を閉じたままでいたがアステルが足音を立てずに近づくと、ゆっくりと目を開けた。
その瞬間、アステルの中で小さな驚きが駆け巡る。ヴェラの目には、以前感じた冷徹なものとは違う、それは感情が宿っているような、少し弱さを含んだ輝きが見えたからだ。
「……あ……あなたは……」
ヴェラがかすれた声で呟く。アステルは思わずその声に耳を傾けると、微笑みを浮かべて、優しく答える。
「アステルです。気分はどうですか?」
アステルの言葉に、ヴェラは少し驚いた様子を見せ、しかしすぐにそれを振り払うように首を横に振った。
「……良くなりました」
その言葉に、アステルはほっと胸を撫で下ろす。だが、すぐにヴェラは続けた。
「何故、私を助けたのですか?放っておけば、貴女の夫を奪おうとする女が一人消えたはずなのに」
その問いはどこか冷ややかでありながらも、心の奥底で疼く痛みが滲んでいた。
その言葉にアステルは一瞬黙ったが心の中で深く息を吐き、ヴェラの目をしっかりと見つめた。
「ヴェラさんがいなくなっても、また別の人が来るのでしょう?」
「はい」
アステルのその言葉にヴェラはゆっくりと頷く。そして、アステルはその言葉に心から納得した。無理もない。ダークエルフの里において、彼女達に必要なのは──男のダークエルフ、つまり使命を果たす者であり、ヴェラが果たせなかった役割を担う者がまた現れるだけ、ヴェラの代わりはいくらでもいる。
アステルは小さく息をつく。ヴェラ一人をどうにかしても、根本的な解決にはならない。シリウスが心配している通り、また別の者が現れ、同じことの繰り返しになる。
「家族を引き離すのは、我々が想像しているよりも辛いものなのですね」
その言葉は、かすかに自嘲を含んでいた。ヴェラは目を伏せ、過去の記憶に囚われるように呟く。
「父とはあまり会話をしたことがありません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので」
父は沢山の子供達の父親だったが妻の中にはお気に入りとそうでない者で差をつけていった。気に入った女の子供には愛情を注ぎ、そうでない女の子供には何もしない。
ヴェラは気に入られなかった女の子供だった。だからヴェラには家族が大切だと言われても理解ができなかった。彼女の自分の状況と向き合う姿はどこか哀しげだった。
その言葉にアステルは胸が痛むのを感じた。ヴェラに家族というものが、彼女にとってどれほど遠い存在であったのか、それが今、言葉となってアステルの耳に届く。
「……だから、家族が大切だと言われても、理解できませんでした」
ヴェラの瞳には、未だに冷徹さが残るが、そこに小さな陰りが見え隠れしている。それが彼女の孤独の証であり、過去の傷でもあるのだろう。
「私はどうすればいいのでしょうか?」
その時、ヴェラはふと顔を上げ、アステルに問いかけた。
孤独に押しつぶされそうなヴェラの心が今、初めて素直にアステルに助けを求めてきた。ずっと一人で悩み、迷ってきたのだろう。アステルはその気持ちを感じ取ることができた。
「私も一緒に考えます」
その言葉を聞いたヴェラは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。彼女の表情には、僅かながらも安堵の色が浮かんだ。
それからの日々、アステルは定期的に病院を訪れ、ヴェラと話を続けた。最初はぎこちなかった会話も、回を重ねるごとにヴェラの表情が柔らかくなり、彼女の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
どんなに具体的な解決策が見つからなくても、二人で話すことがヴェラにとっては大きな支えとなった。
「失礼します」
柔らかな声で告げながらドアがゆっくりと開き、アステルはそのまま中へと入る。
ヴェラはベッドに横たわり、しばらく目を閉じたままでいたがアステルが足音を立てずに近づくと、ゆっくりと目を開けた。
その瞬間、アステルの中で小さな驚きが駆け巡る。ヴェラの目には、以前感じた冷徹なものとは違う、それは感情が宿っているような、少し弱さを含んだ輝きが見えたからだ。
「……あ……あなたは……」
ヴェラがかすれた声で呟く。アステルは思わずその声に耳を傾けると、微笑みを浮かべて、優しく答える。
「アステルです。気分はどうですか?」
アステルの言葉に、ヴェラは少し驚いた様子を見せ、しかしすぐにそれを振り払うように首を横に振った。
「……良くなりました」
その言葉に、アステルはほっと胸を撫で下ろす。だが、すぐにヴェラは続けた。
「何故、私を助けたのですか?放っておけば、貴女の夫を奪おうとする女が一人消えたはずなのに」
その問いはどこか冷ややかでありながらも、心の奥底で疼く痛みが滲んでいた。
その言葉にアステルは一瞬黙ったが心の中で深く息を吐き、ヴェラの目をしっかりと見つめた。
「ヴェラさんがいなくなっても、また別の人が来るのでしょう?」
「はい」
アステルのその言葉にヴェラはゆっくりと頷く。そして、アステルはその言葉に心から納得した。無理もない。ダークエルフの里において、彼女達に必要なのは──男のダークエルフ、つまり使命を果たす者であり、ヴェラが果たせなかった役割を担う者がまた現れるだけ、ヴェラの代わりはいくらでもいる。
アステルは小さく息をつく。ヴェラ一人をどうにかしても、根本的な解決にはならない。シリウスが心配している通り、また別の者が現れ、同じことの繰り返しになる。
「家族を引き離すのは、我々が想像しているよりも辛いものなのですね」
その言葉は、かすかに自嘲を含んでいた。ヴェラは目を伏せ、過去の記憶に囚われるように呟く。
「父とはあまり会話をしたことがありません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので」
父は沢山の子供達の父親だったが妻の中にはお気に入りとそうでない者で差をつけていった。気に入った女の子供には愛情を注ぎ、そうでない女の子供には何もしない。
ヴェラは気に入られなかった女の子供だった。だからヴェラには家族が大切だと言われても理解ができなかった。彼女の自分の状況と向き合う姿はどこか哀しげだった。
その言葉にアステルは胸が痛むのを感じた。ヴェラに家族というものが、彼女にとってどれほど遠い存在であったのか、それが今、言葉となってアステルの耳に届く。
「……だから、家族が大切だと言われても、理解できませんでした」
ヴェラの瞳には、未だに冷徹さが残るが、そこに小さな陰りが見え隠れしている。それが彼女の孤独の証であり、過去の傷でもあるのだろう。
「私はどうすればいいのでしょうか?」
その時、ヴェラはふと顔を上げ、アステルに問いかけた。
孤独に押しつぶされそうなヴェラの心が今、初めて素直にアステルに助けを求めてきた。ずっと一人で悩み、迷ってきたのだろう。アステルはその気持ちを感じ取ることができた。
「私も一緒に考えます」
その言葉を聞いたヴェラは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。彼女の表情には、僅かながらも安堵の色が浮かんだ。
それからの日々、アステルは定期的に病院を訪れ、ヴェラと話を続けた。最初はぎこちなかった会話も、回を重ねるごとにヴェラの表情が柔らかくなり、彼女の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
どんなに具体的な解決策が見つからなくても、二人で話すことがヴェラにとっては大きな支えとなった。
13
お気に入りに追加
4,225
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした
水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」
子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。
彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。
彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。
こんなこと、許されることではない。
そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。
完全に、シルビアの味方なのだ。
しかも……。
「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」
私はお父様から追放を宣言された。
必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。
「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」
お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。
その目は、娘を見る目ではなかった。
「惨めね、お姉さま……」
シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。
そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。
途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。
一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる