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1巻

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 今日は卒業パーティーの日。
 本来ならこの日は、成人する第一歩として、おごそかで緊張感がありながらも、華やかに皆でお祝いする場、というのが一般的なものだと思いますわ。
 ですが、そんなパーティーに不釣り合いな声が会場中に響き渡りました。

「シャルロット! お前は王太子である俺と婚約しておきながら、次期王妃としてあるまじき行為をした!」

 そう叫んだのは私の婚約者であるカイン・ガーライア様ですわ。
 婚約者、とは言ったものの、ここ最近は話をすることはおろか、目が合うこともなかったので、本当に婚約しているのか、と疑問に思っていたところですが。
 久しぶりに話しかけてきた、と思ったらそのような話ですか。
 怒りで顔を真っ赤にしているカイン様に対して、私は首を傾げました。

「まぁ、それは一体どの行為を指しておっしゃっていますの?」

 そしてそのまま、カイン様の隣にいる、最近彼と仲睦まじいともっぱらの噂であるリリア・ジュンナー様に視線を向けましたわ。
 すると私の視線に気付いたのか、リリア様はわざとらしく肩をビクッとさせたかと思ったら、カイン様にり寄るように隠れてしまいました。
 隠れる、ということは何かやましいことがあるということだ、と私は思うのですが、カイン様とその取り巻きはと言うと見解が違うようです。

「シャルロットに睨まれて怖かったんだよな。俺がリリアのことは守ってやるから」

 なんてお馬鹿さんな発言をしながら私のことを睨みつけてきましたわ。
 はぁ……いつの間にこの国の子息達はお花畑のような頭になってしまったんでしょう。本当に恥ずかしいですわ。
 おバカさん達の反応に、思わずため息をついている私に、カイン様は自信満々に私に言い放ちました。

「なんだその態度は! お前はここにいるリリアに嫉妬し、嫌がらせをしていたそうじゃないか! そんなことをする奴は次期王妃に相応しくない!」

 こんな馬鹿馬鹿しい話を聞いて、言い返すことが出来る人はどれほどいるのでしょう? 
 流石に私も言葉を失ってしまいましたわ。
 だって、リリア様を虐める暇なんて私にあるわけがないんですもの。
 ですがカイン様はそんな私に対して何をどう勘違いしたのか、ドヤ顔まで披露していますわ。

「ふんっ! まさかバレているとは思わなかっただろう! 全てリリアから聞いているんだ!」

 はぁ……本当にしょうもないですわね。
 今日のような日に、しかもしっかりと調査もせずに私を糾弾しようとしているんですから。
 このようなくだらない茶番に付き合っている暇はありませんわ。
 そう思った私は仕方なくこちらから尋ねました。

「色々と申し上げたいことはございますが、まぁよろしいでしょう。それで? 私をどうしたいんですの?」

 要するに、最低限のオブラートに包んだ『言いたいことがあるならさっさと言ってください』ですわね。するとカイン様は、その言葉を待っていました! と言わんばかりに即座に返してきました。

「そんなの聞くまでもないだろう! 婚約破棄だ!」

 そう言って、してやったり、というような顔で私を見てきましたわ。
 婚約破棄、ですか。正直、リリア様に謝れば今回のことは許してやる、などと言ってくると思っていましたが、私の勘違いでしたわね。
 カイン様の急な婚約破棄に会場中がざわついていますが、まぁ、私としては願ったり叶ったりですわ。だって、カイン様のことなんて微塵も好ましいと思えなくなってしまったんですもの。
 そう思った私は、ドヤ顔をしながら私のことを見ているカイン様に「えぇ、承知いたしましたわ」と小さく返事をしました。
 すると、カイン様は何を思ったのかニヤニヤとしながら言葉を続けてきます。

「泣いてすがってくるのなら考え直してやってもいいぞ」

 これはリリア様も想定外だったみたいで、驚いた顔をしていますね。

「はぁ!?」

 聞いたことがないくらい太い声で叫んでいますが……恋は盲目などと言いますわよね。カイン様を含め、近くにいるはずの取り巻き達までもがリリア様のこの声には気付いていないみたいですわ。
 リリア様を横目に、泣いてすがる、と思い込んでいるのだろうカイン様に、今度ははっきりと、確実に聞こえる声量で返します。

「何をおっしゃっていますの? 承知いたしました、と申し上げましたのよ?」

 それだけ言ってその場を後にしようとすると、どうやらこの展開は、カイン様もリリア様も想定外だったようです。

「「……は?」」

 それだけ言って固まってしまったのがわかりましたわ。
 なぜ私が泣いてすがってくることが前提になっているのでしょう? 仮に私がそうしたとしても、カイン様の性格上、許す気なんて全くないはず……
 きっと私に恥をかかせたかったんでしょうね。
 そう思いながら、驚いて言葉を失っているカイン様に、一応事務的なお願いをします。

「では、婚約破棄の手続きに関しては陛下達に説明をお願いしますわね。それから、今まで私にかかった王妃教育の時間……は返せないので仕方ありませんが、先日おさめた結納金はすべてお返ししてもらいます。えっと、後はー……」

 まくし立てるように一気に話す私を唖然あぜんとした様子で眺めているカイン様。一方リリア様は立ち直るやいなや急に叫ばれました。

「そ、そんなことを言って婚約破棄をなかったことにしたいだけでしょう!」

 はぁ……私の話の何を聞いたらそのような考えになるんでしょう? 
 正直、婚約破棄は喜んで承諾しますわよ。
 先ほどまでのか弱さはどこへいってしまったのか、リリア様は目を充血させて私のことを睨みつけてきます。思わずため息をついてしまいそうになりましたがグッと堪えて、努めて冷静に答えましたわ。

「何を言っていますの? 婚約破棄の件は私も了承しましたわ。早く婚約をなかったことにした方が私もカイン様も都合がいいと思ってのことですが……」

 ここまで言って、肩をすくめてしまいました。冷静に、とは言い難いですわね。この馬鹿げた茶番からさっさと解放されたい、という気持ちがにじみ出てしまいました。

「お、お前は俺と婚約破棄になっても良いのか? 」

 ありえない、と言いたそうにカイン様が聞いてきましたが、そんなの当然ではありませんか。
 婚約者がいながら、他の令嬢に熱を上げているような人と結婚したい、なんて考えにはなりませんわ。その証拠に、カイン様とリリア様の後ろに立っている、リリア様の取り巻きの子息達も婚約破棄間近だ、と聞いていますもの。

「えぇ、別に構いませんわ。王妃教育にかかった時間は勿体もったいないですけど。それに新しく婚約者を探さないといけませんし……」

 私がそう言うと、カイン様は膝から崩れ落ちてしまいましたわ。
 あらあら……これではどっちが婚約破棄されているのかわかりませんわね。
 そう思いながらあたりを見渡すと、会場にいる他の人達が不安げな表情で私のことを見ているので、なんだか会場にいるのが苦痛になってきましたわ。

「とにかく、なるべく早めに婚約破棄の話は進めてくださいな。では、会場にいても居心地が悪いので私は失礼しますわ」

 そう言って、まだ終わらぬ卒業パーティーの会場を後にしました。
 さて、お父様に報告して……きっと今までに見たことがないくらい怒るでしょうね。それから新しく婚約者も探さなくてはいけませんし……色々と忙しくなりそうですわ。
 そんなことを考えながら、私は家へと急ぎましたわ。
 家に帰ると、着替えもままならない状態でお父様の部屋へ向かうことにしました。本音を言うと着替えて湯浴びをしてから、と言いたいところですが、このような話はなるべく早めに済ませておいた方が良いですもの。
 はぁ……婚約破棄になるんでしたらもっと早めに伝えて欲しかったですわ。
 なんて思いながら廊下を歩いていると、すれ違うメイド達の「え!? お嬢様!?」と驚いている声が聞こえてきます。
 そうですわよね……本来なら今頃、ダンスを踊っているであろう時間ですし。
 それに、まだ陛下の話も終わっていない状況だったので、流石に急ぎすぎたかも、とは馬車の中でも思いましたわ。
 まぁ、あのようなことを言って引き返すわけにもいかないので、そのまま帰ってきてしまいましたけどね。
 驚くメイド達を横目に、お父様の部屋に到着した私は、躊躇することなくコンコン、とノックします。

「どうぞ?」

 という、お父様のなんだか不思議そうな声が聞こえてきましたわ。
 この時間にお父様の部屋に誰かが来ることはありませんものね。
 本来なら仕事を終えてゆっくりとしているはずの時間なのに、なんだか申し訳ないですわ。
 そう思いながら「ただいま戻りましたわ」と私が部屋の中に入ると、お父様は驚いた顔をなさっています。

「シャルロット!? 随分と早かったな」

 そう言って、すぐに心配そうな顔に変わります。何かあったと察したみたいですわね。
 はぁ……お父様に心配をかけるなんて、つくづくあのバカ王太子はなんてことをしてくれたのでしょう。
 そんな思いを胸に抱きつつ、今日のパーティーで起こったことを説明しましたわ。
 私が男爵令嬢のリリア様を虐めているという報告がカイン様まで届き、それに怒った彼が婚約破棄してきた、と。
 もちろん、お父様も私の普段のスケジュールを把握していますし、私が冤罪であることはわかってくれているので、私が話をしている間、カイン様の発言に唖然あぜんとしていましたわ。
 あ、ついでに「俺がリリアのことは守ってやるから」とか言うおバカさんな発言のこともしっかりと伝えておきましたわ。あんなの、婚約者がいながらも他の令嬢に現を抜かした、と自分から言っているようなものです。
 全てを話し終えた私は、呆然としているお父様に頭を下げました。

「本当に申し訳ございません。もう少しで結婚だという時に……」

 そうして不躾にならないタイミングで顔を上げると、お父様は怒りと困惑が混ざったような複雑な表情をしていました。怒り、は娘として愛されている自覚がございますから分かります、しかし、困惑……? 流石にここまでの馬鹿な真似をカイン様がやらかすとは思わなかった、とかでしょうか?
 続くお父様からのお話は、そんな私の予想を遥かに上回っていました。

「い、いや……それがな。シャルロットが帰ってきたら話そうと思っていたことがあったんだ」

 そう言って引き出しの中から一枚の手紙を差し出してきましたわ。
 封筒には大きく王家の紋章が書かれてあるので、お父様に届いたものだと思った私は「なんですか? これは」とだけ言って、お父様に内容を聞く形を取ろうとしたのですが、お父様はそんな私の意図に気付かなかったのか分かっていて敢えて気付かないふりをしたのか、大きく溜め息をついて私にうながしてきます。

「いいから中を見てみなさい」

 王家の、ということは陛下からの、ということですわよね?
 お父様から渡された封筒をゆっくりと開けて、中にある紙を取り出すと、そこに書いてあったのは驚くべき内容でしたわ。

「急に今日の昼頃、こんな手紙が届いたものだから何かあったのか、と聞こうと思っていたんだよ」

 封筒の中に入っていたのは王令が書かれている一枚の紙でした。
 しかも内容は『レオン・リュードリア辺境伯とシャルロット・クリストファー公爵令嬢の婚姻を命じる』とのことでしたわ。
 辺境伯……確か、お父様の二歳年下で表舞台には滅多に出てこない、とのことで色んな意味で噂になっている人ですわね。パーティーに参加しないのは醜い見た目だからではないか、とか、辺境のような田舎に住んでいるんだから服が用意できないんだ、など散々な噂が私の耳にもはいってきていますわ。まぁ……どれもカイン様が言っていたことですが、それを面白がって賛同している子息達もいたのでよく覚えていますわね。
 ただ、なぜこのような王令がカイン様と婚約しているのに、今日の昼に届きますの? 
 そう思いながら、陛下のサインを書く欄を見ると、そこには陛下の字ではなくカイン様の字で、乱雑に陛下の名前が書かれていました。それに気付いた瞬間、あのバカ王太子が何をしでかしたのかに気付き、反射的に王令の書かれている紙を握りつぶしてしまいそうになりましたわ。
 だって、王令とは陛下以外が出すことが出来ない、というのはおバカさんなカイン様でも知っているはずです。なのに、陛下からの王令であると偽って、しかもこのような馬鹿げた王令を出すなんて、これがどれだけ重い罪かも、絶対にバレるつたない作戦だということも分かりませんの!?
 全く……仕方なくとはいえ何年カイン様の婚約者だったと思っているのでしょう。 
 カイン様の書く汚い字なんて、見飽きるほど見ていますのよ。
 そう思いながら王令の紙をジッと見つめていると、お父様は心配そうな顔をしながら私に聞いてきましたわ。

「どうする? 陛下に言って、この王令は取り消してもらうか?」

 一応このような馬鹿げた王令でも記録には残りますからね。これを無視してしまうと、我が家は王令を無視した、ということになってしまいます。
 しかし、陛下に言えばこの王令は間違いなく取り下げられるでしょう。それはつまり、王家が我が家に丁寧に謝罪した上での婚約破棄の取り消しです。それならば。

「いえ……構いませんわ」

 私はハッキリとお父様にそう言いました。
 なんだか考えてみるほど、腹立たしくなってきましたわ。
 私が王妃になる為に、あれほど必死に王妃教育を受けている間、カイン様はリリア様とイチャイチャして、それなのにいじめをしたから婚約破棄、だなんておかしい話じゃないですか。
 考えれば考えるほど、カイン様の人をバカにしたような笑みが頭に浮かんできて、今から王宮に行ってぶん殴って差し上げたい、と思うほどにはらわたが煮えくり返りますわ。
 そんな私をオロオロとしながら見ているお父様を後目しりめに、王令の紙を机の上にバンっと置きます。

「あんな男とこれで縁が切れるんだったら最後にカイン様の嫌がらせくらい乗ってやりますわよ! 後で散々な目に遭うのはあちらですもの!」

 そう宣言をすると、お父様は再度大きくため息をついていましたわ。
 きっとお父様は私の悪い癖が出た、と思っているんでしょう。ええ、自分が理不尽に対して堪え性がないことは理解しております。ですが私は、受けた屈辱を泣いて受け入れたり笑って許したり出来るご令嬢ではございませんの!
 その後はお父様としばらくお話を致しました。王令には、明日には辺境伯の領地に向けて出発するように、と無茶が書いてありましたので、すぐに自分の部屋で荷造りをしてから眠りにつこうかと考えましたが、荷造り、と言っても本当に必要な物を鞄に押し込むだけなので、翌朝メイド達に手伝ってもらうことにしました。弟のアルトとお母様にはお父様がこれから話をしておいてくれるとのことで、明日の段取りを話し終えたらゆっくり休みなさい、とのことです。
 明日、お母様達にゆっくりご挨拶する時間はあるかしら? 辺境伯の領地はどんな土地でしたっけ? それから……辺境伯はどのような人なのでしょう?
 そんなことを考えながら横になっていると、疲れがたまっていたのかすぐに眠りにつきましたわ。
 そして次の日、出発前に色々と想定外のことが起こりましたが、無事に準備を終えた私はお父様とお母様、それからアルトに声を掛けました。

「では、行ってきますわ」

 もう馬車に乗ってしまっているのでハグなどは出来ませんでしたが、旅立つのが名残惜しくなるので丁度いいですわ。
 お父様には最後に、「陛下から、至急との仰せで明日招集がかかった。おそらくは婚約破棄についてのことだろう」と返されました。
 正直、勝手に王令を出した、なんて今までに聞いたことがないようなことなので、発覚には時間がかかると思っていましたが、意外と早かったですわね。
 ですが、すでに辺境に行っているんですから呼び出されても私は何も出来ませんわ。
 ただ、お父様には相当迷惑をかけるので、それに関しては本当に申し訳ないですが。
 そう思いながら、別れの挨拶もそこそこに辺境へと出発しました。


 十八年間、お世話になったお屋敷に別れを告げて、辺境までは丸々三日かかりましたわ。てっきり一週間ほどかかると思っていましたが、思っていたよりも早く到着することが出来ましたわね。
 それもこれも、お父様が尽力してくださったおかげですわ。全てサティから聞いた話ですが。
 あ、サティというのは私が急遽公爵家から連れて行くことになったメイドの名前ですわ。
 出発前に起こった想定外のこと、というのはまさにこのことですの。
 てっきり私は辺境まで一人で行くものだと思っていたので、暇をつぶすための本でも持って行こうかと思っていましたが……荷造りの時に大きな鞄を抱えたサティが部屋に入ってきましたのよね。
 あの時は本当に驚きましたわ。
 もちろん、一緒に行くことには反対しましたのよ?
 ですがサティがこう切り返してきたのです。

「私は公爵家に物凄くお世話になりましたが、お仕えしたいのはお嬢様なんです!」

 そんな言葉を聞いてしまったら置いて行くことなんて出来ませんわよね。
 それにいつの間にかお父様に許可を貰っていたみたいですし……。
 話は戻りますが、サティから聞いた話というのは、お父様がなるべく足の速い馬の馬車を用意してくれたみたいなんです。それに内装も椅子も素晴らしくて、そのおかげで、移動中も体が痛くなることもありませんでしたし、それどころかしっかりとくつろいでいられましたわ。
 そう思っていると、正面に座っているサティが急に声を上げました。

「あっ! お嬢様! あれじゃないですか!?」

 思った以上に大きな声だったので、少し驚いてしまいましたが、ずっと馬車の窓から景色を見ていたので、見えてきたお屋敷にテンションが上がっているのでしょうね。
 そう思いながら、私も窓から外を見てみると、確かに貴族のお屋敷、という感じの立派な建物が見えましたわ。
 田舎者の貧乏人、などとカイン様が言っていたので、お屋敷は小さめなのかと思っていましたが、想像の三倍くらいの大きさはありますわね。我が家と同じくらいの大きさで、いや……もしかしたら我が家よりも少し大きいかもしれません。
 やはり、噂を信じすぎるのはいけない、ということがハッキリとわかりましたわ。
 そう思いながら、目をキラキラと輝かせているサティに「あれが辺境伯様のお屋敷でしょうね」とだけ返事をして、辺境伯の領地を眺めることにしたんですが、こちらも噂で聞いていたのとは全然違いますわ。
 あ、確かに王都のようにきらびやかな感じではありませんわよ? 農作業をしていたり、牛や馬を飼っていたり……これを田舎者がやることだ、という考えの人がいるのなら、ここは田舎なのかもしれません。
 ですが、買い物に困る、などと言われていますが必要なものはしっかりと揃えられそうですし、何より領民たちの表情がとてもいいですわ。皆楽しそうで笑顔が輝いて、少なくとも、王都で高い税金に苦しんでいる平民達よりも、良い暮らしをしていると思いますわ。見える範囲では貧困格差も少なさそうですし、領地内の経営がしっかりと出来ている、という証拠ですわね。
 なんて思いながら、領民の様子に思わず頬をほころばせていると、サティもホッとした表情をしていますわ。

「なんだか思った以上に賑わっているみたいで安心しましたよ」

 メイドにも色んな噂が聞こえてきますものね。
 サティも心配になっていたでしょう。

「ここでなら私も楽しく過ごせそうな気がしますわ」

 微笑むと、サティは小さく頷いてニッコリと微笑み返してくれましたわ。
 まぁ……私が気になっているのは領地のことだけではないですが。
 不安に思いながらも、領地内に入って馬車に揺られること二十分くらいでしょうか? 
 ゆっくりと馬車がお屋敷の前で止まりましたわ。
 サティが御者と話をしている間に、私も馬車から降りようと思ったのですが「お嬢様は待ってください! エスコートも無しに降りるなんてありえません!」と言われてしまったので、仕方なく待機することになってしまいました。
 別にエスコート無しでもいいんですけどね。だって、カイン様が婚約者だった時は一人でしたし、慣れていますから。ですがそんなことを言って無理に降りようものならサティがどんな反応をするかわからないので、黙っていましょう。
 なんて思っているうちに、御者と話し終わったサティが、今度は門番と話を始めましたわ。
 なんだか慌てたように門番がお屋敷の中に入っていったように思いましたが、何を話したんでしょう? あ、もしかしたら、こんなに早く到着するとは思っていなかったのでしょうか? 
 そう思っていると、サティが馬車に戻ってきましたわね。
 状況が全く理解できず、首をかしげてサティが馬車に乗り込むのを眺めていると、戻ってきた彼女が肩をすくめました。

「門番に話が伝わっていなかったみたいなんですよね」

 門番に話が伝わっていない、ということは、メイド達も何も知らないんじゃないでしょうか? 

「まぁ! それは大丈夫なのかしら? もしかしたら辺境伯にも伝わっていないとか」
「今、話を聞きに行くとのことだったので、もう少しだけ待っていましょう」

 そう言ってサティはお屋敷の方を見つめましたわ。
 うーん……本当に大丈夫なのでしょうか?
 もしこれで、誰も王令のことは知らない、なんて言ったら家に戻るしかありませんわよね。急ぎ足で出てきたとはいえ、お別れをしたばかりなので複雑な心境になりますわ。
 そう思いながら、サティと二人で外の様子を眺めていると、さっきお屋敷の中に入っていった門番と一緒に、髭を生やした細身の執事が慌てた様子で馬車に駆け寄ってきているのが目に入ってきました。
 流石にこれは、私が話を聞いた方が良さそうだと思った私は、サティに手を借りて慎重に馬車から降りましたわ。
 一応嫁入り、ということで、今日の私はいつも以上に重たくて煌びやかなドレスを着ているのですが、これがまた動きにくくて本当にうんざりしていますの。
 本当は辺境伯の目の色とか、髪の色に合わせてドレスを用意したかったのですが、時間もなかったですしわからない、ということで、定番の白いドレスに、私の髪の毛と同じ銀色の糸でバラの刺繍が入っているドレスを着ていますが……お父様が物凄く奮発した、という記憶はありますが、重過ぎて嫁入りのドレスにしよう、としまい込んでいましたのよね。
 カイン様と結婚していたら着ることがなかったドレスなので嬉しいですが、もう二度と着たくないですわ。


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