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3章・船上の邂逅
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豪華客船による船旅の目的は、ひとえにハウスオーナーであるダニエルに会うことだった。ハオランが言うには、ダニエルは商談のためにこの船に乗船中であり、2日目の昼食後に時間が空くらしい。
それにしても、2泊3日の短い船旅とはいえ、クルーズ船で商談とは。クリスにとってのアジアン雑貨店と同様、ダニエルもまた、礼一らの住む家を、利益を得る目的で所有しているわけではないのだろう。彼のビジネスが一体なんなのか気になったが、それ以上にあの場所への興味がさらに深まっていく。
乗船後、仕事があるからと部屋に引きこもってしまったクリスと、興味がないと言って本を片手に船の奥へ消えたハオランを見送ってから、礼一は出航セレモニーが行われるデッキへと足を向けた。
派手ではないが、質の高さと趣味の良さを感じさせる調度品の数々を眺めながら、ゆっくりと広い階段を下りていく。つくづく不思議な船だ。豪華客船というものは皆、白いホテルを真横にしたようなものばかりだと思っていたのだが、この船はホテルというよりも、中世の趣を残すヨーロッパの町並みのようだ。船の主な部分は白色だが、窓枠やバルコニー、屋根や壁の一部は独特な色合いに彩られている。そして斬新ながらもどこか懐かしいデザインは、この船に不思議な存在感を与えていた。
そしてそれは外観だけではなく、船内にも言えることだった。高級ホテルというよりは、自然あふれる中に建てられた、知る人ぞ知る隠れ家的リゾート、と言った趣きで、レンガを模した壁やあふれる花々は、ガラス越しに見える空や海とすばらしく調和がとれていて、大変美しい。また店自体も免税店や、高級志向のレストラン、というよりはオーガニックの果物や野菜、西洋ハーブをふんだんに用いた料理を提供する、かわいらしいレストランが目を惹いたし、船の中心部に位置している公園は、洗練された庭園というよりは、美しい田舎町のおじいちゃんが、心を込めて世話をしている庭、と言った風情で、礼一は好きだった。――そして、このような雰囲気を、彼らも好むのだろう。
きらきらと輝く半透明な魚たちが、それはそれは嬉しそうに目の前の庭を飛び回っていた。
出航セレモニーが無事に進み、柔らかくも青空に映える演奏に包まれながら、船は海原へ向けてゆっくりと走り出す。
それを見届けてから部屋に戻ると、先に戻っていたハオランが、ルームサービスで頼んだらしいポテトチップスをつまんでいた。何となく自分もメニュー表を手に取り――礼一は思わず感嘆の声をあげる。
「すごい、オーガニックのものばかりだ。」さらに良く見ると、卵は平飼い鶏の卵、ミルクはホルモン剤不使用で、牧草によって育てられた牛から採れたもの、などの解説が細かく入っている。
「これが全部食べ放題か」と礼一が真顔で喜んでいると、隣のベッドからその様子を見ていたハオランが、オーガニックチップス・海塩&ローズマリー味をつまみながら口を開いた。「ここのメニュー、クリスの店のやつだぜ。」
「え、そうなんですか。」
「クリスとダニエルは、ここの仕事での取引を通して知り合ったみたいだから。」
取引、と聞いて礼一はピンとくるものがあった。
半透明な魚が飛び交う空間。空間を彩る、花々、趣味のいい調度品、手入れの行き届いた植物。風情のある赤れんが作りの庭――パティオと船の不思議なほどの共通点。
「......ハオラン、まさかとは思いますが、この船の所有者って――。」
「ダニエルだよ。今日の商談も、この船を売り込むためのものだって言ってたぞ。」
――こいつは本当に、余計なことばかり言って肝腎なことは言わねえな!
日本語で叫ぶ代わりにオーガニックチップスを大量に片手で鷲掴むと、礼一はハオランの抗議を無視してそれらを口に詰め込んだ。
それにしても、2泊3日の短い船旅とはいえ、クルーズ船で商談とは。クリスにとってのアジアン雑貨店と同様、ダニエルもまた、礼一らの住む家を、利益を得る目的で所有しているわけではないのだろう。彼のビジネスが一体なんなのか気になったが、それ以上にあの場所への興味がさらに深まっていく。
乗船後、仕事があるからと部屋に引きこもってしまったクリスと、興味がないと言って本を片手に船の奥へ消えたハオランを見送ってから、礼一は出航セレモニーが行われるデッキへと足を向けた。
派手ではないが、質の高さと趣味の良さを感じさせる調度品の数々を眺めながら、ゆっくりと広い階段を下りていく。つくづく不思議な船だ。豪華客船というものは皆、白いホテルを真横にしたようなものばかりだと思っていたのだが、この船はホテルというよりも、中世の趣を残すヨーロッパの町並みのようだ。船の主な部分は白色だが、窓枠やバルコニー、屋根や壁の一部は独特な色合いに彩られている。そして斬新ながらもどこか懐かしいデザインは、この船に不思議な存在感を与えていた。
そしてそれは外観だけではなく、船内にも言えることだった。高級ホテルというよりは、自然あふれる中に建てられた、知る人ぞ知る隠れ家的リゾート、と言った趣きで、レンガを模した壁やあふれる花々は、ガラス越しに見える空や海とすばらしく調和がとれていて、大変美しい。また店自体も免税店や、高級志向のレストラン、というよりはオーガニックの果物や野菜、西洋ハーブをふんだんに用いた料理を提供する、かわいらしいレストランが目を惹いたし、船の中心部に位置している公園は、洗練された庭園というよりは、美しい田舎町のおじいちゃんが、心を込めて世話をしている庭、と言った風情で、礼一は好きだった。――そして、このような雰囲気を、彼らも好むのだろう。
きらきらと輝く半透明な魚たちが、それはそれは嬉しそうに目の前の庭を飛び回っていた。
出航セレモニーが無事に進み、柔らかくも青空に映える演奏に包まれながら、船は海原へ向けてゆっくりと走り出す。
それを見届けてから部屋に戻ると、先に戻っていたハオランが、ルームサービスで頼んだらしいポテトチップスをつまんでいた。何となく自分もメニュー表を手に取り――礼一は思わず感嘆の声をあげる。
「すごい、オーガニックのものばかりだ。」さらに良く見ると、卵は平飼い鶏の卵、ミルクはホルモン剤不使用で、牧草によって育てられた牛から採れたもの、などの解説が細かく入っている。
「これが全部食べ放題か」と礼一が真顔で喜んでいると、隣のベッドからその様子を見ていたハオランが、オーガニックチップス・海塩&ローズマリー味をつまみながら口を開いた。「ここのメニュー、クリスの店のやつだぜ。」
「え、そうなんですか。」
「クリスとダニエルは、ここの仕事での取引を通して知り合ったみたいだから。」
取引、と聞いて礼一はピンとくるものがあった。
半透明な魚が飛び交う空間。空間を彩る、花々、趣味のいい調度品、手入れの行き届いた植物。風情のある赤れんが作りの庭――パティオと船の不思議なほどの共通点。
「......ハオラン、まさかとは思いますが、この船の所有者って――。」
「ダニエルだよ。今日の商談も、この船を売り込むためのものだって言ってたぞ。」
――こいつは本当に、余計なことばかり言って肝腎なことは言わねえな!
日本語で叫ぶ代わりにオーガニックチップスを大量に片手で鷲掴むと、礼一はハオランの抗議を無視してそれらを口に詰め込んだ。
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