妻(さい)

谷川流慕

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先生

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 平和キリスト教会まではさほど遠くなかったので、車を置いて歩いて行った。教会の前に行くと、若干肥えた体型の中年男性が、Tシャツにジーパンという姿で玄関の掃除をしていた。店長は足早に近づき、話しかける。
「あの……こちらの牧師さんですか?」
「ええ、私が牧師の千々岩光秀ですが、どのようなご用件でございますか」
「あの……こちらに生田涼真さんが通っていたと聞きまして、生前の彼の様子などをお聞きしたいと思いまして」
「ええと、失礼ですがあなたは?」
「僕……って言うより、こちらは生田涼真夫人の今の旦那でして……」
「申し遅れました、さいの夫、吉永直です」
 僕も店長に続いて自己紹介する。千々岩牧師は警戒を解いた様子で「では、中でお話ししましょう」と教会内へ入り、牧師室と銘打たれた小部屋へ案内した。そしてほうじ茶と見慣れないデザートが出された。
「家内手製の豆腐プリンです。お口に合いますかどうか……」
 正直なところ、味は微妙だった。しかし店長は情報取得のために持ち上げ作戦に徹する。
「うわ、むっちゃ旨いです。ウチの店に置かせていただこうかな……」
「あなたのお店に……?」
「ええ、コンビニのフランチャイズ店を経営しています。最近ヴィーガンが流行なんで、こういう菜食スイーツがウケるんですよ」
「そうでしたか。まあ、私は別にベジタリアンというわけではありませんが、最近は健康面が気になり出しましてね」
 千々岩牧師は自分の脇腹をパンパンと叩き、自嘲的な苦笑を浮かべた。
「それで先生、生田涼真さんのことなんですけど……」
「ああ、そうでしたね。彼は熱心に私の話すことに耳を傾けておられました。結局、洗礼は間に合いませんでしたが、今頃は天の御国で、神の懐で安らかにしておられることでしょう」
「その、亡くなられる時のことですが、何か変わったことはありませんでしたか? 実は生田さんはさいに遺言を残しておりまして……『自分の死が先生の迷惑にならないように』と謳われているのです。もしかして、その先生というのは千々岩先生のことでしょうか?」
 千々岩牧師は笑いながら被りを振って否定する。
「確かに、私は生田さんに信仰的な指導はしておりました。でも、彼には他に信奉している人がいたんです」
「それは……どんな人ですか?」
「吉永さん、桑田健康会という名前を聞いたことがありますか?」
「桑田健康会……?」
 僕が何のことかわからずキョトンとしていると、店長が割り入って答えた。
「あの医師法及び薬事法違反で逮捕された桑田正志が運営していた団体ですよね……」
「そうです。独自に配合した薬草で治療するという療法で、一度テレビ番組で取り上げられてから、爆発的に大きくなったそうです。その番組では、桑田氏の薬草が腸内フローラに効き、ガン細胞を抑制するなどと専門家がコメントして話題になったのです。医者に見放された末期ガン患者が彼の元に多数押し寄せるようになりました」
「ところが実際はインチキであることが発覚して逮捕されたんですよね」
 店長のネガティブな表現に、千々岩牧師は少し顔を歪めた。
「マスコミの報道ではそういうことになっていました。でも、治らずに亡くなった会員だけでなく、その療法で完治した会員も多数いた……と生田さんは語られていました。そして、生田さんや多くの支持者から署名が集められ、結局桑田氏は釈放されたのですが、社会的信用を失って会員は激減、それからは借金ばかりが膨れ上がり、自己破産したとのことです」
「その桑田という人は、今はどうされているんですか?」
「去年亡くなられました。交通事故だったそうです」
「そうだったんですか……」
「桑田氏が逮捕されたきっかけは、亡くなった会員の遺族が起こした訴訟でした。生田さんも、桑田氏の療法を信頼して、一般の医者にはかかっていなかったのです。しかしながら、最早桑田療法をもってしても完治は難しいことも悟っておられました。そこで私のところに来て、いわゆる〝終活〟をなさったのですね。イエスキリストを信じて天国に行けるのだから、自分の生死については拘らない。しかし、桑田氏を訴えた遺族のようなことはしてもらいたくない。それが生田さんのご遺志だったのでしょう」
 僕の心の底に何かがストンと落ちた。桑田正志の療法が果たして本物だったのか、それともインチキだったのか、という疑問は残るが、生田涼真という人物の死に様は立派で、自身にとっても幸福であっただろう。それ以上僕には何も言うことはない。
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